第124話「超スピードな結婚式」

 大都市ランクトにたどり着いて、エレオノラが「結婚できなければ死ぬ」と言った意味が即座に理解できた。

 街の最初の白い漆喰壁の門を潜ろうとした時、「エレオノラ公姫様、祝・ご成婚!」と書かれた横断幕が風に揺れていたのを見てしまう。


 これは、強烈なプレッシャーだ。


 いきなり入り口からこれであるので、白い漆喰壁と赤煉瓦の街の全体にまで広がった祝福ムードは説明する必要もないし、説明したくもない。

 街角の売店で、シレジエの勇者クッキーとか、ご成婚記念ケーキとか訳の分からない食べ物が売られていたことで察して欲しい。


 ちなみにご成婚記念ケーキはスライスした苺が中に入ってるショートケーキっぽい感じで、シレジエの勇者クッキーは、アーモンドが混じってビターな大人の味わいだった。

 俺も何試食しちゃってるのって感じだが、新商品が出てると思うとチェックせざる得ないのは商人勇者の性である。


「はいこれ」


 エレオノラから渡されたのは、姫騎士エレオノラジュースだった。白桃味の甘いジュースがエレオノラのイメージらしい。こいつはこんなに甘くないぞ、間違っている。

 すべての商品に、『公姫様ご成婚記念』の刻印が押されているのが、なんかこっ恥ずかしい。


「なんで、当人のお前がエレオノラジュースを買ってきてるんだよ」

「いまうちの街の商品は、どこでもこれなのよ! あんただってわかったでしょう私の言ってること」


 それはよくわかったって。

 街がこんな状況になったら、もう結婚しないと収まらないよね。いまさら結婚式中止なんて言ったら暴動が起こるだろう。


 婿の来てがない領主の娘の異名『ランクトの戦乙女』、半分は蔑称であるのだが、もう半分では尊称でもある。

 女を捨てて領地のために戦い続ける姫様は、「どうしようもないな」と呆れられながらも、領民たちにまるで自分の娘のように愛されてもいるのだ。


 この感覚なんなんだろうな。俺の世界で言うと、人気がありすぎて嫁に行き遅れた声優が「誰か早く貰ってやれよ」とか言われてるのに少し似ている。

 姫騎士は、民衆に大人気であるにもかかわらず、結婚する相手が見当たらないのだ。それがようやく結婚となったのだから、そりゃ祭りになる。


 ランクトの街の名物である、どうしようもないお転婆姫様にようやく来た良縁を、街の人が真心から純粋に祝っているのが、ヒシヒシと伝わってくる。

 普通に考えたら、こんな仕打ちをされたエレオノラが、剣を振り回して暴れそうなのだが、純粋な好意だから止めろとは言いにくいのだろう。


 こんなの商品にして売れるのかと聞いたら、かなり売れるらしい。いつの間にか、俺が作った『黒杉の木刀』のレプリカまで店先に並んでいた。おそらく、これでの決闘が結婚のきっかけになったとか、馴れ初め話を脚色して観光客に売りつけるのだろう。

 あいかわらず、なんでも取り入れて観光資源にしてしまう商魂たくましい街だと呆れてしまう。


「ねえ、タケル。そろそろその薄汚い黒ローブを脱ぎなさいよ」

「そうだな。薄汚いは余計だが、これから娘さんをくださいって父親に挨拶してこなきゃいけないわけだし」


「やだ、あんた何いってんのよ」

「ぐあっ、パンチはやめろ……肩の関節が外れるかと思ったぞ」


 あいかわらず格闘家向きの姫騎士だ。

 パンチ力だけなら、ダイソンに匹敵する威力がある。絶対、攻撃方法の選択を間違ってるよ。


 街中でも、隠形効果のおかげで目立たないで済んで、かなり役立ってくれた黒ローブだがここでしばしの別れである。

 さらば流離いの黒銃士ドリフ・ガンナー。また機会があればやりたいなあ。


 ランクトの城に入ると、もう入り口の大広間にエメハルト公と、執事騎士セネシャルカトーさんを始めとした使用人がずらりと並んで待っていた。


「これは、王将軍閣下。よくぞおいでくださいました」


 あっと、娘さんをくださいをやる前に、父親に跪かれたんだけど、どうしたらいいんだこれ。

 こういうシチュエーションは、見たことがないので困ってしまう。


「えっと、エメハルト公。いや、お父上とお呼びしたほうがよろしいか」

「この私を父と呼んでくださるか!」


 エメハルト公が泣いた、沈着な切れ者だと思っていた諸侯連合の大盟主が、紺碧の美しい瞳から使用人の前であるにもかかわらず、滂沱の如く涙を流して、絨毯を濡らしている。

 この激情っぷり、性格がぜんぜん似てないと思ったんだけど、やっぱり姫騎士エレオノラと父娘だったんだなあと納得してしまう。


 そのまま、公爵がズリズリとこっちにきて抱きしめられてしまう。


「婿殿ぉぉ、どうかふつつかな娘なれどぉぉ、エレオノラをなにとぞよろしく、よろしく……」

「わかったけど、いやくださいって言うのはこっちの方なんだけど、ちょっと聞いてますかエメハルト公」


「ああまざか、わがむずべがよべいりよべいりぃぃうわぁぁぁ!」

「公爵……」


 駄目だ、もう髪を振り乱して、感極まっていて話が通じない。

 エメハルト公まで、姫騎士化してしまった。


「ちょっと、カトーさん!」


 こういうときは、カトーさんだと助けを求めようと思ったら、いつも冷静な銀髪の老執事もハンカチを顔に当てて、声を殺して泣き崩れていた。

 よくよく見たら、使用人みんな号泣し始めてるじゃねえか。


「お父様、私幸せになります」


 エレオノラがそうまとめたところで、領主以下全員がボロボロに泣き崩れて、あとはもう言葉にならず俺に向かって「もらってくれてありがとう」と「姫様よかった」の連呼あるのみだった。

 この城の公姫は、ここまで嫁入りの心配をされていたのだ。一体何をやったらこうなるんだよ。


 結婚するとなっただけで、この阿鼻叫喚地獄のような惨状。

 いくらなんでも、周りに心配かけすぎだろうエレオノラ……。


     ※※※


「それで、結婚式っていつやるんですか」

「今からやりましょう!」


 ハンカチをグショグショにしてしまったエメハルト公は、メイドから渡されたタオルで大量の涙を拭き終えると、元気にそう宣言した。

 いきなりすぎるだろう。


「いや、準備とかあるでしょう」

「準備は全てできております。もちろん王将軍閣下の衣装もこれこのとおり」


 移動式の滑車がついてるクローゼットごと運んできた。

 何着あるんだよこれ、タキシード一着でいいんだよ。一着あれば要らないだろ。


「いやでも、今日はもう遅いですからね」

「なあに、今日で足りなければ明日もやればいいでしょう。とにかく挙式を急ぎましょう!」


 どんだけ嫁入りを焦ってるんだよ。

 エメハルト公って、もっと落ち着いて悠然たるタイプだったよね。キャラ変わってないか。


「ちょっと、カトーさん。公爵に落ち着けって言ってよ」

「勇者様、式場のご予約は済んでおります。こちらランクトの街のマレーア大司教猊下でございます」


 おいおい、なんで大司教をもう連れてきてるんだよ。ここで挙式するつもりか。

 カトーさんはこっちには朗らかな笑顔を向けながらも、影で執事やメイドに指示をだして慌ただしく動かしている。カトーさんまで、焦ってる様子だった。


「そうね、早くしないと、タケルの気が変わるかもしれないし急ぎましょう」

「なんでエレオノラまで焦ってるんだよ!」


 だから焦らなくても、俺は逃げないし、気は変わんないよ。

 どんだけ、いい加減な男だと思われてるんだ。


 ちなみに、大都市ランクトには世界に六つある司教座聖堂カテドラルの一つが存在する。

 王都シレジエにも大聖堂はあるものの、大司教区的にはランクト司教座に組み入れられていて、こっちが格上なのだ。


 リアの着ているシスター服を白銀の宝飾をあしらって豪華にした大司教服に、立派な司教冠を被ったマレーア大司教は、セピア色の長い髪のお姉さんだった。

 若くて美人に見えるが、アーサマ教会のシスターは女神に仕えた瞬間から、年齢不詳になるので(そういう戒律があるらしい、あの女神様らしいね)わかったものではない。


「どうも、初めましてマレーア大司教」

「これはこれは、この度はおめでとうございます。シレジエの勇者タケル様」


 純白の大司教服をなびかせて、その場に跪くマレーア大司教。

 この人が、あのホモ大司教と同格かーと思うと複雑な気分になる。


 一瞬、お前んとこの同僚はどうなってんだよと聞きたくなったが、すでにアーサマに弁明されたあとなので止めておいた。

 アーサマ教会上層部も、思想の自由を旗印にしている関係上、様々な考えをまとめるのに苦労しているのだろう。信者に自由を認めればこそ、新教派のような激烈な行動を起こす強硬論者も出てくるわけだ。


「おめでとうかなあ。俺は結婚するの七人目なんだけど、いいんでしょうか」

「アーサマは寛大なお方ですわ。勇者様ともあろうお方が嫁が七人ぐらいなんです、どうぞ御心を大きくお持ちください」


 毎回思うんだけど、アーサマは寛大すぎるよね。

 不埒だって怒ってくれたほうが、まだやりやすい。そんなにどうぞどうぞって言われると、なんか進んでいいのか迷うんだよ。


「えっと、結婚式っていうのは大聖堂でやるんですか」

「はい、勇者様はまだランクトの聖堂にはおいでになったことはありませんでしたね。さほど大きくはありませんが、歴史のある聖堂です。司教座が置かれておりますので、ワタクシごとき若輩が恐縮ではありますが、大司教を務めさせていただいております」


 なんか、若輩って言葉が私はまだ若いんだぞという感じに聞こえる。

 まあ、俺はアーサマ教会関係者に偏見を持ってるからな。


「じゃあ、お世話になります」

「ところで勇者様、ステリアーナを妻にされたということで彼女はシスターではなくなり、勇者付きシスターの枠に空きができたという解釈もできると思うのですが」


「そっちはお世話になりません」

「グッ、そうですか。ワタクシはこのあたりの神官など束になってかかっても勝てないほどに神聖魔法力ではピカ一です。安心と安全の勇者認定一級でございます。役に立ちますので、どうぞご贔屓になさってください」


 結婚式の前に、なぜか勇者付きシスターになろうと就職活動を始めたマレーア大司教。

 歴史のある司教座聖堂カテドラルの大司教を勤めてるんじゃないのか。その神聖魔法力は、街のために活かせ。


 やっぱり駄目だ、アーサマ教会関係者には油断してはいけない。

 俺はみんなに急がされているので、背中を押されるように適当に黒いタキシードを選んで着替えに入った。


 もう、結婚式も二回目だから慣れたものだ。

 着替えを終えて、出てきたらエレオノラが『炎の鎧』から、薄桃色のウェディングドレスに着替えていた。


「どんな早着替えだよ」


 女の着替えは時間が掛かるというのは、エレオノラには通用しないようだ。

 戦場慣れしている彼女は、基本的になんでもやるのが早い。そうじゃないと生き残れない世界で戦っているからだ。


「ウェディングドレスは、女の戦闘服よ」

「まあ、そう考えるとよく似合っているもんだな」


 ウェディングドレスは、純白というのが俺の主張であったが、淡いピンク色のドレスも悪くない。

 敵と味方の鮮血に塗れて戦っているエレオノラは、緋色のイメージだが。


 勝気なエレオノラが、瀟洒でありながら決して華美になりすぎない落ち着いたドレスに着替えて、ピンクのベールをまとうことで、女性らしい柔和さが生まれている。

 これで、黙って俯いていれば美しい花嫁であり、誰があの姫騎士エレオノラであると思うだろうか。


 さすがに、ランクト公国のファッションセンスは見上げたものだった。

 虎の威を借る狐じゃなくて、虎が猫を被っている。


 そのまま、マレーア大司教の先導で、街中を馬車でパレードさせられた。

 準備ができているとは嘘でも冗談でもなんでもなく、ランクトの城から出ると、街の赤レンガの床に教会までのビロードの通路が完成していた。


 すでにお祭りムードの民衆がずらりと並び、一面に色彩豊かな季節の花々をばらまいてバンザイしている。

 さっきまで普通に生活していたのに、どこから出てきたんだよ。準備できすぎているだろう。


「いつの間に、というか展開が早すぎて落ち着かない」


 俺のそんなぼやきは、総出で現れた市民たちが絶叫する「ご結婚おめでとうございます」と、万歳の連呼によってかき消される。

 街が総力を上げて、一分一秒でも早く、エレオノラを嫁に行かせようという気迫が感じられる。


 俺を絶対に逃がさないという圧力がすごい。

 この街自体が、怖い。


 しかしまあ、俺もこの規模の結婚式は二回目なので、やることは全部わかっている。

 無難に市民の歓声に応えて、式場の聖堂までやり過ごす。


 結婚式に慣れてしまうとか、本当にいいのかなあと思わざるを得ない。誰も注意してくれないから、重婚しまくってしまったぞ。本当に祝っていいのかよ。

 頑張ってパレードしているうちに、大聖堂が見えてきたのでホッとする。いまさら文句を言うつもりもないが、やっぱりこういう公の式典は苦手だ。


「綺麗なものだな」

「えっ、私が?」


 教会がだよと思ったが、まあエレオノラがってことにしておいてもいい。

 マレーア大司教が自慢するだけあって、白い漆喰壁を使った四角い教会は、やたら豪華な尖塔を立てたがる他の教会と比べると、ずっしりと落ち着きがある。


 教会の白い漆喰壁に、品位を欠けない程度にあしらっている白銀細工など、ステンドグラスよりも金が掛かっているはずなのに、自己主張しないでさりげなさが小憎たらしいほどだ。


 中世ファンタジー世界でこんなことを言うのもなんだが、歴史の重みを感じさせながらもそのセンスは近代モダンなのだ。

 落ち着きがありながら新しさを感じさせる、その風格のある佇まいは、さすがに最先端の文化力と技術力を誇るランクトの街の大聖堂であると言えた。


 民衆の熱い声援を抜けたあとに、聖堂の中に入ると、すっと温度が下がったような気がする。神聖な空気がある。

 赤絨毯の引かれた少し薄暗いからこそ、ステンドグラスから差し込む光が眩く感じる演出が見事だ。


 天井は木材でできており、この街の歴史を刻んだらしい寄木細工よせぎざいくの絵が飾られていた。

 はめ込まれた木材だけでこれほど詳細な絵が描けるのかと、かけられた手間と高い技術にため息が出る美しさだ。


 思わず寄付したくなる感じ、これはさすがはランクトだ。

 俺が言えた義理ではないのだが、こういう落ち着いた雰囲気の教会で厳かな結婚式をやりたかった俺は、少し嬉しくなる。


 マレーア大司教も、リアみたいにふざけたりしない。

 きちんとした宣誓の儀式があって「健やかなるときも、病めるときも」お互いの愛を誓い合った。


 薄衣をめくり上げて、垣間見るエレオノラは、文句なしに美しい公姫だった。

 ウェディングドレスは、女性を世界一美しく彩る衣装なのだろう。本来は、一生に一度のものだからな。


 触れると殺されてしまいそうなほどに甘美な、エレオノラの柔らかい真紅の唇にキスをするときに、責任を持ってこの面倒くさい公姫様の相手を、きちんと一生してやろうと思った。

 毒を食らわば皿までというのだから、いまさら躊躇もない。


「本当に、あんたの嫁になったのね」

「いまさら何を言ってるんだよ」


 お前のほうが結婚してくれって迫って来たんだろう、なんて無粋なことは言わない。

 結婚式の宣誓が終わって、しばらく呆けたようになっていたエレオノラは、とても可愛らしくなっていた。


 すべての過程が、あまりにも早く済んだからな。

 エレオノラがスピードについていけず、当惑してしまうのも無理はない。


 どうせまた放おっておいてもすぐもとの姫騎士に戻るのだから、ほんの少しだけ可愛らしいままのエレオノラを見つめていたいと思う。

 本当は何度もやっちゃいけないのだけれど、結婚式は何度やっても良いものだなと思った。


 こうしてランクトの街が、総力を結集して後押しした結果、すべての段階を超スピードでぶっちぎって、俺はエレオノラと夫婦になったのだった。

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