第52話「マジックアームストロング砲」

「久しぶりねタケル」

「おや、サラちゃんじゃん」


 本当に久しぶりに会った。さらさらの金髪の女の子である。

 久しぶりに見たらさぞかし成長してるかなーと思ったら、さほど背が成長していないので、将来が少し心配。


 俺とのコネクションを使い義勇兵団の兵長に就任して、人事権をほしいままにしたサラちゃんであったが。

 戦闘も激しさを増しているおり「ロッド家の娘を戦死させたら、申し訳がない」というルイーズの意見があったので。


 ロスゴー村の代官にして防衛隊長という地位に無理やり栄転させてまで、故郷に引っ込ませたのだ。

 ちなみにロスゴー村は、俺の領地じゃなくて、ダナバーン侯爵の領地なのだが、代官職に付けるのを特別にお願いした。


 俺たちがやってたロスゴー村の管理を放りっぱなしだったし、サラちゃんだって義勇隊を引き連れて故郷に錦を飾れと勧めれば、素直に言うことを聞くと思って。


 それでも「私はタケルの近衛だよ」と文句を言って、栄転を渋ったサラちゃんに。

 成人したら迎えに行くとか、適当に調子の良いことを言い含めて、納得させるのに苦労させられた。


 サラちゃんの実家のロッド家は、ぶっちゃけ、ただのちょっと大きな農家なのだが。

 冒険者時代に俺も、ルイーズも、ライル先生までも、雇い主として心底お世話になっているので、それなりに配慮が居るのだ。


 まだ十三歳かそこいらなのに、ロスゴー村の代官として義勇銃士隊(これも、ロスゴー村の子どもなんだけど)を率いて君臨するサラちゃんは、村を発展させてロッド家を村一番の富農へと盛り立てたそうであるが、それはまた別の話である。


「ナタルさんに頼まれて、新型の大砲と砲弾を持ってきてあげたのよ」

「おお、もしかしてアームストロング砲のことか」


 ライフリングが施された後装式の大砲である。

 ついに完成したのか。


 ちなみに、ナタル・ダコールは、俺が商人時代にお世話になった技師だが。

 彼も、俺がイエ山脈の権益を掌握したことで、ロスゴー村の小さな鉄鉱山代官から、イエ山脈全体の鉱山組合ギルドの長にまで出世している。

 ナタルは優れた技師でもあるので、いまだに鍛冶屋ギルドと相談して大砲や鉄砲を作らせる仲介役をしてもらっている。


「大変だったわよ、すっごく重いから。運ぶための馬をかりあつめて、大きな馬車を作るところから始めないと行けなかったんだからねー」

「それは、申し訳ないことをした。できれば馬車ごと買い取りたいな、代金は言い値で払うよ」


 固定砲台を運べるほどの大型馬車なら、使い道はかなりある。


 さてもとりあえずと、ライフリング砲を見に行ったら、ものすごい長大な砲台に仕上がっていた。

 この丸い砲弾の形も、なんかあれ?


 なあ、サラちゃん。これ俺とライル先生で協力して設計したのと、形状がぜんぜん違うんだけど……。

 なんかちょっと女の子の前で言い難いんだけど、アレに似ているというか。


「タケルの注文通り、えっと……ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲になってるでしょ」

「完成度高けーなオイ、って違うわ!」


「でも仕様書ってやつに、ちゃんとそう書いてあるじゃん」

「違うよ、これは俺のイタズラ書きの方だ。読まれないようにわざと上位文字で書いたのによく読めるな」


「士別れて三日なれば、すなわち、まさに刮目して相まつべし」

「うわ、頭良さそうなこと言いやがって……、子どもが十八史略とかそらんじてんじゃねーよ」


「私もライル先生に教えてもらってるのよ、いまも『宿題』が送られてくるし、元のまんまじゃないわよーだ」

「そうか、サラちゃんもライル先生チートの教え子だったな」


 ちなみにこの世界基準で、農村の子が上位文字まで読み書きできるのは、普通に天才である。

 サラちゃんがもともと賢かったのか、先生の施している教育法がチートなのか、微妙なところだ。


 それにしても、鍛冶屋さんたち。

 他に仕様書はあったのに、俺のヘッタクソなイタズラ書きのほう参考にして作成したのか、もしかして。


「この後部についてる魔法雷管まほうらいかんってのは、なんなんだ」

「ああそれ、どうしてもタケルの言う雷管らいかんってのが作れなかったから、苛立ったナタルさんが、これで起爆すればいいだろうって火の鉄ワンドをぶっこんだの」


 本当にこれ、ちゃんとしたライフリング砲になってるんだろうな。

 素人の俺が見ても、構造がおかしい……。


「ライフリングの溝はあるよな」

「その溝ってのは、多分機能してないの。でも、発射と同時に弓魔法『スパイラル・アロー』がかかるから大丈夫」


 当初の構想と別物じゃねーか。

 これはもうアームストロング砲じゃない、マジックアームストロング砲とでも言うべきか。


「タケルが『魔素の瘴穴』で採ってきた、変な金属も適当に参考にして外装を張ってあるって」

「ああ、あの耐侵食性の合金か。きちんと錆止めできてるなら、ありがたいけど」


 この世界の鍛冶屋さんってきちんと設計して送っても、それを踏まえずにアバウトに作るんだよ。

 精密な大砲を作るのに、向いてないことこの上ない。


「とりあえず、暴発する危険は少なくなったそうよ」

「危険があるのかよ……」


 サラちゃんは口を濁して「後装式ってやつは、ガス漏れがちょっとね……」と言う。

 本当に大丈夫なのか。


 まあいい、とにかく要塞街オックスは、置ける場所ならたくさんあるので、砲台に据えて試し撃ちしてみよう。

 砲手には、耐火の鎧を着せれば、暴発のときもまず死ぬことはない。


 ある意味で、リアルファンタジーは魔法があるので、リアルな中世よりは安全に大砲を運用できるとは言える。

 科学技術の不足を魔法で補うとは、なんとも不思議な気分だ。


「ああ、魔法と言えば魔法銃ライフルだけど、製造はもう少し待って欲しいって」

「あーそうか、しょうがないね」


 大砲より、小銃のほうが、精密なものを作るのは難しそうなんだよな。

 そこらへん、俺は自分で作れるわけじゃないから、専門家に任せるしかないのがもどかしい。


「その代わりと言ってはなんだけど、面白い砲弾もできたわよ」

「えっ、どんなの?」


「タケルの企画書にあったでしょ、投網とあみ弾ってやつ」

「ああ、砲弾の代わりに網が撃ち出されるやつだな」


 俺が中途半端に覚えている先進知識に、そういうものがあったのだ。

 たしか日本の警察が使ってた、網を撃ち出すというアイディアを、形にしてくれたらしい。


「この防炎加工の網がそうなんだけど、発射されると敵に覆いかぶさるように広がる」

「へーすごいな、なんかベトベトしてるね。あと、トゲがついてるのはなに?」


「あっ、そのトゲは絶対触っちゃダメ。アシナガオオドクグモの猛毒だから、刺さったら死ぬわよ」

「ああ、もしかしてオラクル大洞穴に大量に居たやつか。あれ、たしかウェイクが盗賊ギルドに持って帰ったんじゃ」


「ライル先生と盗賊ギルドが協力して作ったんだって。蜘蛛の粘性のある糸を絡めてあるから、ワイバーンに乗る竜騎士や、大型の飛行モンスターだって、絡みついたら落ちるわよ」


 なるほど空飛ぶ敵に対しては、弾を当てるより面の攻撃が有効なのはわかる。動きを封じるだけでなく、猛毒の攻撃まで追加する陰湿さ。

 俺は、ここまで凶悪な武器を設計したつもりはないんだが……。


「他にも、ぶどう弾って、たくさん小さい弾が出るのもあるわよ」

「えっ、これ……散弾銃を作れって、俺が言った奴だよな」


「それの大砲用、もちろん小銃に使う小粒の弾が九発入ったのと六発入ったのも試作してある」

「マジか……」


 ぶどう弾ってのは確か、ゲームの大砲にあったとおもう。有効射程は短いが、対歩兵用に、弾幕が張れる弾だ。

 ショットガンのアイデアで、大砲用の弾まで作ったのか。


 確かに旧式の大砲は、石でもなんでも詰めればとりあえず弾として使えるという利点がある。

 パチンコ玉を詰めて打ち出してもいいわけだ。


「あとこれ先生が、火縄が濡れて使えなくても、槍として突き刺して使えるようにって、ナイフを銃口の先に取り付けるアタッチメント」

「銃剣じゃないか……、俺こんなアイデア失念してたのに」


 今の銃士隊は、接近戦用に剣を装備している。

 場合によっては、同時に槍を持って行ったりもしているが、確かに銃をそのまま槍に使えるほうがはるかに効率的だ。


 しかし、この時代の人間であるライル先生が、どうして銃剣の発想に至ったのか。

 ライル先生にそんな話した覚え無いのに……。


 まあ、いまさら考えてもしょうが無い。

 すべては、ライル先生の魔改造チートだ。


 先生が、魔法銃ライフルより先に新型大砲や砲弾のロールアウトを急がせたのは、おそらくゲルマニア帝国との戦争の可能性を考えてのことだろう。


 先生は、必要ないことは言わないので、これは俺なりの推測だが。

 おそらく帝国が攻めてきても、王都とオックスの要塞を最終防衛線にして敵を食い止めるつもりなのだ。


 そうすれば、後背地のエスト侯領の食料と毛織物、イエ山脈の鉱物資源は確保できるので、シレジエ王国はあと十年戦える。


 ……ぐらいの作戦だと思う。

 今は平和そのものに思えるのだが、ライル先生の判断基準だと『急いで備える程度には』国際情勢は逼迫ひっぱくしてると考えるべきか。


「ねえ、タケル大丈夫?」

「ああすまん、ちょっと考え事をな」


「少し疲れてるんじゃない、ゆっくり休んだ方がいいわよ」

「サラちゃんも、しばらく休んで行くといいよ」


 馬車の旅は、結構疲れるものだからな。

 今はまだ戦争の心配もないし、サラちゃんが滞在していっても大丈夫だ。


「ちょっとは居るけど、砲台の試射が無事に終わったら、私もすぐ帰る」

「あれ、そうなんだ」


 ちょっと不思議だな。

 あれほど、栄転を嫌がってたのに。

 下手すると、また居座るかと思ってたぞ。


「ロスゴー村の代官の仕事も面白くなってきたところだし、久しぶりにタケルの顔が見れたら満足した。私も、もっと勉強しないと、タケルの側にいても邪魔になるだけでしょー」

「ふうん、サラちゃんも、ちょっと大人になったんだな」


 外見はあまり変わってないけど、中身は成長してる。

 俺の周りには、サラちゃんより年上のくせに、もっと子どもっぽい連中が多いから。


 俺自身もそうだったりするかも。


「そうよ、どうせ成人したらタケルが迎えに来てくれるんでしょう。その頃には、私も先生ぐらいできるようになっておくわ」

「ライル先生ぐらいに成るのはちょっと志が高すぎるが、まあ使えるようになったら使わせてもらうよ」


「あら、私が使わせてあげるのよ。忘れないでね」

「はいはい、ロスゴー村の行政をしっかり頼むよ。一応、ライル先生も俺も、あそこに仕事を残したのをなかばにして出てきちゃったから、気になってはいるんだ」


「ええ、今はそういう面で役に立って置く。二年なんて、あっという間だし。それまでに私も研鑽けんさんを積んで、いい女になっておくから、楽しみに待ってなさい」


 あれ、二年で成人って。

 ああそうか、この世界は十五歳が成人だった。


 今はまだ子どもにしか見えないし、十五歳ではあんまりいい女になってるとは思えないんだが……。

 小さくてもレディーのつもりらしい女の子に、そういう余計なことを言わない程度には、俺も成長している。


「タケルも、次に会うときには、もっといい男になっていてね」

「えっ、ああそうだね」


 サラちゃんが去り際に言った言葉が。

 妙に俺の耳に残っていた。


 サラちゃんが十五歳おとなになる頃には、俺も二十歳おとなに成っているはずなのだ。


     ※※※


「さて、どうするかなあ」


 なんだか最近、人に会うたびにゆっくり休めと言われるのだが。

 俺は、そんなに疲れた顔をしているのだろうか。


 オックスの居城は、とても居心地のいい空間で、お風呂もベッドも最高だし。

 むしろオラクルちゃん辺りには「ちかごろ、寝てばかりでたるんどるのう」と言われてしまう始末で(まあ、そういうオラクルちゃんも、俺の横で寝てばかりなのだが)。


 休憩が足りてないとは思えない。

 疲れたといえば、オラクルちゃん直伝の、導引どういんマッサージとやらで(変な声が出てしまうほど心地よくてヤバイ)体調は万全だしな。


 こういう時は、休むより何か、やりたいことをやるべきなんだろう。


 俺は、さっそくルイーズを呼ぶことにした。


「我が君、およびか!」

「うん、実はそろそろシュザンヌとクローティアに騎士叙勲をやろうと思うんだけど」


 二人はまだ小さい身体だが、軽量で防御力が高い『黒杉の大盾』を手に入れてから十分活躍ができるようになってきた。

 今のレベルなら、正式に騎士にしても、張り切りすぎて戦死しちゃうってこともないだろうと思う。


「タケル……、お前、本当に成長したな」

「えっ、そりゃ二人の働きには、報いてあげないと」


 ルイーズは、俺の前まで来て、そっと肩に手を触れた。

 あまり褒めてくれないルイーズに、褒められるのは嬉しいけど?


「それもあるが、騎士にするのに、いきなり本人に言わず、先に世話役の私に声をかけたことだ」

「えっ、うん」


「若い二人は、まだ騎士叙勲の作法を知らない。いきなり本人に言うより、私がそれとなく教えてからのほうが良いのだ。我が主君が、そういう細やかな配慮をできるようになるとは……私は、本当に誇らしい」

「ああ、まあね」


 いや、そこまで考えてなかったんだけど、まあなんとなくだ。

 ルイーズの茜色の瞳が潤んでいる、泣くほど感動したのか。


「よし、盛大な騎士叙勲式としよう。準備しておくからな」

「頼むよ」


 こうして、城の赤絨毯が敷かれた謁見の間で、シュザンヌとクローディアの二人は正式に俺の騎士となった。


 二人も厳粛な受勲式で、誓いの言葉を述べて、それなりに感激に震えていたが。

 なぜか後ろでルイーズが、激しくしゃくりあげて号泣していたのが印象的だった。


 卒業生よりも感極まっているお母さん的なアレだ。

 ルイーズは、普段冷静な騎士に見えて、あれですごく感情豊かなんだよなあ。


「よっし、シュザンヌ、クローディア。騎士のお祝いに、何でも好きな事を望むといいぞ。俺ができることなら叶えてやろう」


 世界を半分くれてやってもいい。

 まあ、そういう誘いは、男の世界を半分とかになるからろくなことはないのだが。


 シュザンヌとクローディアは、ちょっとコソコソと相談していたが、意を決したようにシュザンヌが代表して言う。


「ご主人様と、一緒にお風呂に入りたいです」

「いいけど、そんなことでいいのか」


 ぶっちゃけ俺は二人へのお祝いに『黒杉の長槍』とか、こっそり切ってきて作ってあるんだが。

 それはそれとして、お風呂でもいいか。


 よく考えたら、二人は護衛に散々役立ってもらってるのに、そういうのやってなかったもんな。


「あと、ルイーズ団長とも一緒に入りたいです!」


 クローディアが、そう言うので、ルイーズは眼を丸くしていた。

 そういや、ルイーズがちかごろ風呂に入ってるの見たことないんだが、大丈夫なのか。


     ※※※


「どうするルイーズ?」


 もう、風呂焚き番のロールはダッシュで向かってるが。

 無理強いするつもりはないぞ。


 ルイーズの裸体とか、異世界に来た時からの念願レベルで、めっちゃ見たいのが本心だが。

 二人の門出の祝いのときに、自分の欲望を優先するほど、俺も落ちちゃいない。


「そんなことでいいのなら構わんが、私は風呂はさほど好きじゃないんだが」


 そう言うと、汗臭い感じだけど。

 シレジエ王国の気候はかなり乾燥してるから、お湯で拭くだけで十分だったりする。


 俺が風呂に入りまくってるせいで、うちの奴隷少女たちはみんな風呂好きに成長してしまったが、ルイーズに限ってはそうではない。


 大人になると、新しい風習を取り入れるのには、抵抗があるのかもしれない。

 ルイーズは、うちでは数少ない『大人の女性』なのだ。


「よし、ルイーズもいい機会じゃないか。一緒に入ってやれよ」

「我があるじが、そう言うのであれば……」


 あれだよ、下心とかないからね。

 ごめん、本当はあるけど、今回はさすがに極力控える。


「なあ、我が主……、湯浴みとはいえ、他の人前で脱ぐのってわりと抵抗あるな」

「ルイーズ、隠せば良いからな、わかるよね」


 意外にも、ルイーズは可愛らしい真紅のブラジャーをつけてるんだよな。

 ちなみに、この世界にも、ちょっと野暮ったいデザインではあるがブラジャーは存在する。


 あくまでも知的好奇心、いや商売の種になるかと思って、リアにこっそり聞いたら教えてくれたのだが。

 ブラシェールと呼ばれる実用的な女性用下着を作って、教会のシスターや貴族の間に広めたのは建国王レンスであったらしい。


 それまで、貴婦人は美しい体型を維持するために拘束具のような窮屈なコルセットを身に着けていたので、富裕層の女性の間に爆発的にヒットしたそうだ。

 一方で、庶民はシャツを着ているだけでパンツすら身に着けていないというのが、リアルファンタジーの格差社会なのだ。


 突然こんな解説を始めてしまったのは。

 もう、ルイーズがそっとブラを外したのを垣間見てしまった感動を、なんと表現したらいいのか言葉が出ないからなのだった。


 頬を染めて恥ずかしがるなルイーズ、ギャップで本当に萌えてしまうから、そんな仕草は止めてくれ。

 ルイーズって、俺が思ってたより、本当にお嬢さまなのかもしれない。


 女騎士って、ジルさんみたいに、ガハハハみたいな勢いで(ガハハハとは言ってない)鍛えぬかれた裸体をさらけ出して、平気で風呂に入ってくるみたいなイメージだけど。

 ルイーズには、ちゃんと恥じらいがあるんだよなあ。


「ルイーズ違う、大きなタオル巻いて隠すんだよ!」

「ああっ、そうかすまない」


 ルイーズがなぜか小さいタオルで、大事な部分だけ隠そうとするから。

 身体のラインが綺麗に見えてしまった。


 俺も、思わず目を逸らしてしまった。

 なんだこれ、恥ずかしい。


 ルイーズの身体は、もちろん鍛えられて戦士の身体ではあるんだけど。

 胸とかお腹にかけてのラインとか、しっかり女の子の優美さを感じさせる。


 燃えるような紅い髪だって、美しい。

 うーむ、ルイーズはお嬢様でもいいかもしれない。


 いや、マズイので、あんまり深く考えないようにしよう。

 風呂場で意識しすぎると、まずいことになる。


 大事なことなので何度も言うけど。

 俺の女性の好み的には、容姿・性格ともに、ルイーズが一番のストライクだから困ってしまうよ。


 半ば記憶が吹き飛んだ状態で、異世界に放り出された時、最初に見たのがルイーズだったから。

 全ての女性の基準が、彼女になってしまっているのかもしれない。


「まあ、ルイーズは風呂に入るのは久しぶりだろうから、まず湯船を楽しんでいてよ。俺はシュザンヌとクローディアを洗ってるから」

「そ、そうか……」


 おそらく、この城の風呂に入るのが初めてであろうルイーズは、やけにおっかなびっくりと、湯船に向かっていく。

 クローディアに、浴槽に入るときには、かけ湯しろと言われてて笑った。


 シュザンヌたちは入り慣れてるからな。

 おっと、ルイーズがタオルを取るときは、見たらマズイ。


「よし、じゃあ先に身体から洗うから、シュザンヌからおいで」


 すっと俺のところに来たシュザンヌは、わりとルイーズに髪の色が似ている。

 ルイーズが燃えるような深い紅色なら、シュザンヌは明るい赤色。


 いつもちょんちょんの短髪にしているので、洗うのは簡単だ。

 むしろ、こんなに短いと石鹸が泡立ちにくいぐらい、短い毛のさわり心地はとても良いんだが。


「シュザンヌも、もうちょっと髪を伸ばしたほうがいいかもな」

「動きやすいので、こっちのほうがいいんです」


 本人がそれでいいのならいいか。

 似合ってないかといえば、頭の形は綺麗だし、活発な髪型もこれはこれで、よく似あってるとも言える。


 ためらわず、さっさと背中も洗ってやる、シュザンヌも気持ちよさそうにしている。

 そういえば、シュザンヌたちをこうやって洗ってやるのは、本当に久しぶりかもしれない。


 あれほど戦闘面で、助けてもらってるのに、俺はこの子たちになにも報いてないなと、ちょっと反省する。

 無駄な脂肪のない伸びやかな身体つき、ちゃんと実用的な筋肉が付いていて頼もしい背中だ。


「じゃあ、次はクローディアな」

「はい、お願いします」


 ざっとシュザンヌにお湯をかけて流してやると、クローディアの髪をよく石鹸を泡立てて洗う。

 クローディアは、髪も瞳も淡褐色ヘーゼル。くくってある髪を解いて、丁寧によく洗って上げる。


 クローディアは、肩甲骨辺りまで伸ばした髪を、いつもはポニーテールにしている。

 彼女たちは騎士なので、動きやすいようにだろうけど、ルイーズの真似をしているのかもしれない。


 シュザンヌは、王都の衛兵の子どもで、クローディアは親が弓隊に勤めていた兵士の子どもだった。

 奴隷に落ちた少女としては、まともな経歴のほうだ。


 ゲイルの陰謀がなければ、彼女たちの一家は離散することはなかっただろうし、何の因果か、うちに来ることもなかっただろう。

 そう考えると、運命の巡り合わせというものを感じずにはいられない。


「クローディアも騎士になったんだから、騎士見習いをつけるからな」

「はい!」


「私には?」

「シュザンヌにも付ける、同じ奴隷少女だからよく教育してやってくれ」


 そのように、ルイーズたちと打ち合わせしていたのだ。


 正式な騎士には、従卒がつきもの。

 そしてその従卒も、騎士の元で学んで、やがては騎士になる。


「将来的には、うちの商会の奴隷少女で、ちゃんとした騎士団を組織するから、シュザンヌもクローディアも、そのための核となって働いてもらわないといけない」


「「はい! ご主人様」」


 二人とも、ハキハキとした良い返事をする。

 だから、戦死しないように頑張れなんてのは、ただの偽善だけどな。


 銃と大砲の時代になっても騎兵の有用性は高い。

 巧みな騎乗ができて、立派に騎士になった彼女たちは、貴重な戦力になる。


 クローディアの背中を流してやってから、一緒に湯船につかった。

 奴隷にして彼女たちに戦いを強いている俺が言うのは、いっそ醜悪かもしれないが。


 できれば自分よりも幼い子どもは、死なせたくない。

 そのために俺はもっと強くなりたい。


「ルイーズってさ」

「っ! なんだ……タケル」


 いや、なんで、そんなにビックリするんだ。

 俺は、ぜんぜんエロい目で、見てないよ。


「いやその……、ルイーズは、もしかしたら石鹸を自分で使ったことないんじゃないかなと思って」

「そうだな、使ったことない」


 いや、使ってくれよ。

 せっかく使うように、みんなの分を置いてあるんだから。


「じゃあ、ルイーズ団長は、私たちが洗って差し上げましょうか」


 クローディアがそんなことを言い出す。


「それはいい。シュザンヌとクローディアは、奴隷少女を洗うのも手伝ってるから上手いよな。ぜひ、ルイーズを綺麗に磨き上げてくれ」

「おい、お前ら私はいいから」


「ルイーズ、観念しなよ。今日はお祝いなんだから、二人の好きなようにさせてあげればいいじゃないか」

「我が主に、そう言われては、くっ……仕方がない」


 ルイーズも、たまには従えてる立場の相手に、好きにされることも経験するといいんだよ。

 そうしたほうが、頭も柔らかく成ると、思うんだよな。


 もちろん、俺は観念したルイーズがシュザンヌたちに「わいわい」と囲まれて、身体を泡だらけにされているときは、眼を背けていましたよ。

 というか、自制心に自信がなかったので、風呂の天井を見上げてプカプカと浮いていた。


 今日ぐらいは、二人に護衛の仕事を休んでもらって、美味しいものをたくさん食べさせてあげて。

 一緒にゆっくりと寝ようかなあ……。


 誰にだって、たまには骨休めが必要なのだ。

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