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事件があった授業と授業の合間の休み時間。
俺は今回の要件を伝えるために華燐がいる教室に足を運んだ。
これと言って特に重要なことでもない。
違う教室のドアを開けるのは少しためらった。
夢中になっていると周りの事が分からなくなる。
あの時は感じなかった感情が俺を怖がらせる。
自分の席がない教室というだけなのにそこは違和感だらけだ。
ドア越しから聞きなれない声、なれない空気が俺を少し緊張させる。
普段ならこんなことも感じないのに今日は気持ちに余裕がないのかもしれない。
そんな緊張を抱きながら俺はドアを開けた。
ドアを開けると教室にいる人たちが一斉に俺の方を向いた。
この視線に一瞬ドキッとする。
だが、それも一瞬。
俺は目的の女の子が教室にいることを確認したら安心した。
華燐は一人で席に座って静かに本を読んでいる。
綺麗な赤い髪は良く目立つ。
邪魔するのは悪いと思いながらも俺は華燐の近くまで寄って声を掛けた。
「読書中のところ悪いな、ちょっと要件を言いに来た」
華燐は本を閉じて、俺に向き直って話を始めた。
「今日はどうしたの?」
「ちょっと、今月の週末は華燐の屋敷にはいかない。自分の家にいるわ」
「分かったわ。今日あった事件のニュースのことね」
華燐は特に理由も聞かずに受け入れた。
「悪いな」
伝える要件は伝えた俺は自分の教室に戻ろうと振り返った瞬間、華燐に引き留められた。
「あ、ちょっと待って」
「なんだ?」
俺は再び華燐の方向に体を向ける。
「周一には放課後言いに行こうと思ったんだけどちょうどいいから今伝えるね。今回あった事件で詳細を共有しておきたいの。ちょっと急いでて、今日の放課後予定空いてる?」
「志津河は?」
「もちろん志津河にも聞いて空いているって教えてもらった」
「わかった、俺も大丈夫だ」
「じゃあよろしく」
それを聞いた俺は自分の教室へ戻った。
***
放課後、俺と志津河は華燐が住む屋敷に車で向かっている。
車内で俺達は仲良く後ろの席で三人並んで座っていた。
順番は車を正面に右から俺、華燐、志津河といった具合だ。
三人座っても窮屈には感じないスペースは確保されている。
そして運転手は久しぶりの鍵本さんだった。
車が火鉢の屋敷に進む途中、華燐は俺達二人に話を始める。
「急な用でごめんなさい。ちょっと二人にももしかしたら関係するかもってことで母から呼ぶように言われたの。屋敷に着くまでに一度今の状況を説明しとくね」
俺は関係するかもってところに引っ掛かりを感じて華燐に質問をする。
「話の腰をおって悪いんだけど、関係するかもってどういうこと?」
「二人共巻き込まれる可能性が出てきたの。今回狙われたのは火鉢の魔術師。しかも一件だけじゃない、合計で四件あったわ」
「嘘、四件もあったの?」
志津香は驚きの声をあげる。
俺もその意見に同感した。
四件もあったなんて知らなかった。
「手掛かりなしか?」
「動機がまだ分からない。首にあった傷で誰かは断定はできた。魔術を使って殺されている」
「それは誰?」
志津香は心配そうな表情をしている。
「"口"と呼ばれる犯罪者。評議会にある魔術師の情報を探しても詳細は出てこないわ。検索にも引っ掛からない。もともとは魔術師じゃないみたい」
「有名なのか?」
恥ずかしい事ながら俺自身そこまで魔術の世界情勢に詳しいわけじゃない。
俺は的外れな質問かもしれないけど聞かずにはいられなかった。
「私もよく知らないのよね。母から直接聞いただけ」
「対策とかはないの?」
志津香は華燐に重要なことを質問する。
「今のところ見通しはないわ。四人も被害にあったのに手掛かりはほぼなし。行動するときはもちろん二人以上なんだけど、気づいたらいなくなって殺されてたって」
華燐は唇をかみしめて悔しさをあらわにした。
誰にも気づかれずに殺せるほどの殺傷能力の高い魔術の持ち主。
この感じだと静かな夜でありながら音もほとんど聞こえないのだろう。
殺す方法は魔術と断定していた。
魔力を循環した時には必ず体から光を発する。
普通であれば、この世界に強く干渉する魔術を使おうとすれば、輝きも同じように強く放つ傾向にある。
人そのものを殺すのであれば、殺すために必要な力に加えて、相手が放つ強化魔術を超える必要がある。
そうなると強い魔術を放つために体から出る光も強くなる。
例えどんなに一瞬であろうと体が強く光る。
そんな魔力の法則を無視する法則は一つある。
俺が国内戦のために身に付けた、強化魔術の色のせ。
相手の名前からも分かるように強化しているのは"口"。
音も光も無視する殺し屋の強化魔術は達人レベルだと俺は推測した。
***
火鉢の屋敷についたあれ達はそのまま赤華音さんの部屋に向かった。
部屋に入ると、奥の席には赤華音さんと、なぜか
「二人共急にごめんね。華燐から少し話を聞いたと思うけど二人共狙われる可能性が出てきたの。その可能性を考慮して
「よ、周一。志津河ちゃんは初めまして火口 瞬です」
瞬さんは軽いノリで俺達に手を振ってくる。
俺と志津河は二人で顔を合わせて心配な顔をした。
「こんな子だけど魔術の腕は一流だから安心して。火口からあらかじめ許可をもらっているから魔術についてちょっと説明しておくと専門は"幻惑"。火鉢家が抱えている幻惑専門の魔術師の中では二番手で、世界でも通用する魔術師。事が収まるまで火口が二人の住むマンションの一室に住むわ。ちゃんと部屋は別よ。同じ部屋にいなくても火口の魔術なら守ることが出来る。そうよね火口?」
「もちろんです」
そういう瞬さんの表情は自身に満ちている。
「あと最後に、周一。今回は悪いけど年末の国内戦は見送って」
年末の国内戦は今回の事件で俺も控えようと思っていた。
赤華音さんから出ないように念を押された。
「分かりました」
「以上で終わります。二人とも質問ありますか?」
「……あの」
志津河が控えめに手を挙げて質問をする。
「居場所とか掴めていないですか?」
その質問に赤華音さんはすぐに答えた。
「恥ずかしいけど、つかめてない。探知を専門にする魔術師じゃないと探すことはおろか見つけることも出来ない。今回みたいに自分自身から殺しを行う事が無かったから手探りの状態。世界でも指名手配になっているけど情報があまりにも無いの。あるのはほんのわずかな情報と死体のみ」
「私が探しましょうか?」
赤華音さんはその提案を否定した。
「絶対に駄目。数少ない生き残った魔術師から聞いた話だと『俺を探して見つけたやつを殺す』だから探すのは絶対に駄目」
すると志津河は黙った。
じゃあ今回の狙いはもしかしたら。
赤華音さんは話を続ける。
「本当に"口"を知っているのは魔術に携わるごくわずかな人達だけ。出来るだけ情報そのものが世間に広がらないように逆に私達でコントロールしているのも事実。もし探して見つけたら殺される。情報が元から無ければ、知りたいという行為や欲求は生まれない。もし私の言いつけを無視して探す又は探したのであれば、火口をその場から引かせるし、火口のその場の判断を尊重するわ。やるなら自己責任でお願い。今回のケースは初めて。全く関係ない四人が殺されたの。この四人は探知の魔術に関していえば素人だし、"口"に関連する話をした覚えもないわ。その辺ちゃんと気を付けておきなさい」
「分かりました」
「はい」
俺と志津河は二人で返事をした。
「じゃあ火口、二人をよろしくね」
瞬さんが短く「はい」と返事をして、俺達は赤華音さんの部屋を出て行った。
***
帰りは鍵本さんが運転する車で送ってもらっている。
俺、志津河、瞬さんで帰った。
俺と志津河は後部座席で、瞬さんは助手席に座った。
夜のせいで車内は少し暗い。
時折道路の隅に立っている街灯がちらちらと車内を照らす。
志津河が終始不安そうな顔をしていたが、俺と瞬さんで大丈夫だと言って励ました。
意外にも瞬さんは親身なって付き添っている。
「俺にだって死線と呼んでもおかしくない状況が何度もあった。国内戦なんか非じゃない本当に死が目の前にある世界だ。俺はその死線を潜り抜けて何度も生き残った。心配するな。たとえ目の前に死線があっても臆するな、抱えるな、一人で乗り越えようとするな。二人共いいな一人で出来なければ俺と一緒に潜ればいい。そうすればどんな死線も俺が無かったことにしてやるから」
この時の瞬さんはとても頼りになった。
瞬さんは特に話を続けることはなく俺達に返事を促すようなこともなかった。
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