9
無意識に言葉を口にしていた。
「――――
自分の足下には花模様の円。
なぜか輝きの味を感じる。
輝きを見て感じる。
輝きを触れて感じる。
輝きをにおいで感じる。
輝きを聞いて感じる。
そして直接その輝きを感じる。
不思議な感覚だった。
五感全てに輝きを感じる。
感じているのは分かるのに、俺の体は別の体のように感じる。
別の意思で勝手に俺の体が動く、まるで導かれるように自然と追い求めた。
足下にある魔術が周囲の氷に触れる。
氷が輝きによって壊れていく。
氷の粉塵が綺麗に舞った。
光が当たりキラキラと輝やいている。
砕けた氷の粉塵が円に触れ、さらに輝きだす。
俺の意識ははっきりしない。
だが、それは些細な事だ。
別に不思議じゃない。
俺が見つけた輝き。
俺が編み出した強さの象徴。
そこに色はない。
美しい円の形も。
複雑に絡み合う花の形をした円。
それに輝きを付け加える。
輝きだけを。
俺がやるべきことをする。
世界に邪魔はさせない。
他人に邪魔はさせない。
俺の輝く世界は俺のモノだ。
***
眩しくない。
ただ輝いている。
きらきら光って見える。
世界がその輝きを邪魔しようとするように暗闇が飲み込もうとしている。
光はそれを拒むように、光が強引に輝く。
俺が作り上げた氷の世界が、瞬く間に侵食されて行く。
その圧倒的な輝きに。
俺の世界も輝き始める。
ただ、瞬時に判断した。
俺がこれを止めなければ行けない。
あの光輝く少年の足元には花柄の円。
もうあれは魔宝陣。
今いるこの世界の真実と同じように、あの魔術一つが真実だ。
その真実は見て分かる。
ただ一点。輝く世界。
俺は少年に向けて、歩みを始める。
止めなければ、あの輝きを止めないといけない。
閉じ込めなけれないけない。
俺は堅狼。その輝きを阻む堅牢。
俺が知りうる、最強の魔術で対抗する。
氷を用いて、感じ取れる、空間全てを堅くする。
いや、閉じ込める。
氷で少年の周囲を囲い、閉じ込める。
これで終わらせる。
その輝きと俺の堅牢が衝突する。
互いの世界がこの作られた世界に亀裂を生む。
一瞬、元の世界が姿を現す。
すぐに世界は修復した。
俺の魔術が少年を囲う。
冷たく青い氷が格子状に組まれる。
一つの牢屋。
この魔術で何人も閉じ込めてきた。
俺が築く、最強の堅牢。
その圧倒的な堅さを持って、相手を閉じ込める。
最後は氷によって、相手を凍らせる。
格子状の隙間を埋めるように、氷を成長させていく。
だが、その輝きを閉じ込めることは出来ない。
徐々に堅牢にひびが入る。
氷の隙間から輝きが漏れる。
俺は歯を食いしばってその輝きに抵抗する。
徐々に堅牢が壊れて行く。
円のような跡が無数に刻まれる。
そして俺の堅牢を壊していく。
いや、どんどんその輝きに侵食される。
俺の堅牢はその輝きに飲まれて、魔術を維持できなくなった。
氷をまき散らして、堅牢が砕け散った。
青い氷を通して、輝きに色が付く。
青い輝きに奪われてしまった。
俺の魔術の色。
そして同じ輝き。
青い華が咲くように、俺の堅牢が壊れる。
少年の足下には変わらない花柄の円。
それがさらに輝いて見えた。
魔術が効かない。
俺が何年も築き上げてきた魔術がただの輝きに移り変わってしまった。
いや、魔宝を前にしてみれば俺の築き上げてきた歴史なんて無に等しい。
俺の魔宝が効かないのは、俺の魔宝が若い証拠。
魔宝は歴史。
この世界が密かに蓄積させた、魔術の集合体。
最後に託すは一つの魔術しかない、堅狼。
この牙で、爪で、肉体で、閉じ込めてみせる。
俺の世界では閉じ込められない。
この狼の体を使って何としても、その輝きを閉じ込める。
状況は良くない。
圧倒的に有利だったあの状況が覆された。
最初の一撃で、倒せなかった。
それが甘かった。
相手はしぶとく俺の攻撃をいなして、そして今の状況を作り上げた。
今は渋ったことなんてどうでもいい。
俺の魔術が効かず、相手が何をしてくるかは分からない。
近づくことそのものが得策ではない事くらいわかる。
ここで逃げるのもいい、だが俺は堅狼。
受けてこその堅狼だ。
あの輝きに立ち向かう。
最後に信じるは己の意地と可能性。
俺は"ああああああああ"と雄叫びを上げ、少年に向かって走り出す。
一度何らかの力ではぎとられた、氷。
俺はそれを再び纏う。
俺の体毛が徐々に凍っていく。
体中に氷を纏わせる。
さらに強化を加える。
水鋏の堅狼は壊れない。壊させない。
俺の誇り。
最初は小さな誇りだった。
だが、月日が経ち、その誇りは俺自信が、周囲が認めるまでになった。
魔術で築き上げた、堅狼という誇り。
その誇りを持って、お前の魔術を受けて倒す。
ただ何も考えずに立ち向かう。
そうすることが正しいと思った。
手を伸ばせば届く距離。
両手で、無理やり閉じ込めようとした。
両手が花柄の円に触れた。
輝きが邪魔をする。
閉じ込められない。
その輝きが少年を守る。
あの輝きを閉じ込められない。
輝きに触れるだけで、俺の両手ははじき返された。
その勢いで、少しだけ体勢が崩れる。
絶望しない。
無理じゃない。
諦めない。
再び少年に腕を振るおうとした。
引き裂くように。
強く強く振った。
一撃で終わらせるために力を振り絞る。
少年もそれに反応するように動き始めた。
ただその一瞬がひどく遅く見える。
周りを見るといつの間にか、俺は花柄の円の中に包み込まれていた。
そして少年が俺に右腕を向ける。
少年の声が聞こえた。
「――――流転、輝け」
俺の目の前に少年の足元と同じ、花模様の円。
その花の頂点が、一斉に輝く。
まるで花が咲くように開いた。
瞬間、俺は衝撃を感じた。
幾度にも及ぶ、圧倒的な輝き。
その力が俺の体を巡る。
ただ、その力に俺の堅狼は無力だった。
俺が纏った氷が溶けていく。
俺の体毛は剥がされていく。
俺の強靭な肉体を貫いていく。
目の前が青と白の世界になる。
そして、俺の意識は消えた。
***
輝きが消えたと同時に、国内戦の勝敗が着いた。
青い狼は光の粒子になって消えて行く。
次第に世界が壊れ始めている。
空間のひずみは黒く、何もかも飲み込みそうなほど大きくなっている。
滅びゆく世界。
何もかもが黒に飲み込まれていく中、先ほどまでの戦いの傷あとは妙に目立った。
道路はどこもかしこも抉れ、一部は氷に覆われ、なぜか一部は星のようにきらきらと輝いている。
そして、消えていく狼の後ろには何かが着弾したような跡がある。
その数、五十八。
なんてことの無いただの跡。
しかし、それを結ぶと綺麗な円になる。
立っているのは、黒い髪の少年。
近くに寄り添うのは、耳にピアスを付けた男性。
二人のさらに遠くを見ると、先ほどの狼と比べて小さな蒼白の狼が見える。
消えて行く狼に向かって、蒼白の狼は咆えた。
町中に、この世界に小さくこだまする。
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