月の満ち欠け
「Waxing and Waning……か。意味はどうやら『月の満ち欠け』らしい。要するに、永射さんが学校に名付けた『盈虧』と同じだね」
観測所へ引き返した私は、八木さんに顔を合わせるなり収穫があったことを報告し、すぐに英文を辞書で調べてもらった。ネットが使えない今、辞書のありがたみが身に沁みて分かるものだ。
「月の満ち欠け、それが計画の名称ですか……」
「電波塔に計画の名称が刻まれていたことから、あの塔と計画に関わりがあるのは推測できるけど、どうして名称が『盈虧』なのか。それはちょっと、連想が難しい」
私も色々と頭を捻ってはみるけれど、電波塔と月の満ち欠けがどう繋がるのかは想像できない。唯一思い浮かぶ可能性としては、朝に八木さんが教えてくれた人工地震だけなのだが、わざわざ潮汐力から言葉を連想させて付けるだろうか? 隠ぺいとしてはアリかもしれないが、ちょっと腑に落ちなかった。
「正直、龍美さんの発見を無にしてしまうような可能性なら、挙げられなくもないけれど」
「それは?」
「永射さんが満生台という名称を、もじって考えていたという仮説だ。ちょうどこの地には、三匹の鬼の伝承で印象的なフレーズがあるからね」
三匹の鬼の伝承。私にとっては全てが印象的なわけだが、八木さんが言うのはどの部分なのだろう。
「赤い満月が昇るとき、全ての鬼が祟り、人々は狂い果てる。伝承の最後は確か、そういうものだったはずだ。統廃合の結果、ここの地名は三鬼村から満生台に変わったけれど、『みつき』というのはこんな字を当てることもできるよね。『満月』と」
「ああ……」
満生台ではなく、満月台か。説明会では鬼の伝承を取るに足らないものとあしらっていた永射さんだが、それはあくまでも本当の話ではないというだけで、文化的には興味を持っていたのかもしれない。
だから『満生』と『満月』をかけ、名称を決定したと。盈虧園にも同じことが言えるわけだ。
……ただ、確かにその場合は私の発見に重要性はなくなる。
計画名は、地名をもじって付けたというだけになってしまうのだから。
「まあ、情報不足で推測できないから、そういう可能性もある程度に言ってみたまでだ。本当のところは五里霧中といった感じだね」
「永射さんが盈虧に込めた思い……はあ、謎が謎を呼ぶってやつですねー」
「現実に探偵をやるなんて、難しいものさ」
全く以て仰る通りだ。おまけに私は一介の学生で、主な協力者も同級生。
八木さんが力添えをしてくれていなければ、もっと低レベルなことしかできていなかっただろうし、現実の厳しさを痛感させられる。
……それでも、前を向くしかないのだけれど。
「とりあえず、そろそろ正午になるし、お昼ご飯を食べることにしようか」
「あ、賛成ですー。……って、私が作るって約束しちゃったんでしたっけ」
ついさっき宣言したばかりのことなのに、うっかり頭の中から抜け落ちていた。
せめてそういう役割はそつなくこなさないと、迷惑な奴としか思われないぞ、私。
そんなわけで、ぎこちない手つきで頑張って昼食を作った私は、八木さんと二人でのんびりと食べ、お腹を満たした。
調理に三十分以上かかってしまったのは反省すべき点だった。手の不器用さは劇的な改善など望めないし、次からは早めに作り始めなくちゃな。
いずれ、毎日料理を作るようになる未来を想像しつつ。私は二人分の食器の片付けに移るのであった。
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