私に何ができるのか

「……久々だな。こんなところで集まってやがるとは」

「ど……どこ行ってたのよッ!」


 沢山言いたいことはあった。

 そのどれもが、虎牙を心配するものだったのに。

 口をついて出てきたのは、怒りにも似た感情の爆発で。

 虎牙がたじろぐのに、私はやってしまったとすぐ後悔することになった。


「あ……違うの、そうじゃない。ごめん」

「……いや。すまんかった」


 虎牙は、照れ臭そうに鼻をかいて、それから私の傍まで近づいてくる。

 そして、私の頭にぽんと手を置いた。


「心配かけた」

「……本当に。心配したのよ……」

「ああ……すまねえな」


 まるで、スイッチを入れられたように。

 彼に触れられて、私は涙が止まらなくなって。

 情けないと分かっているのに、どうしようもなく。

 彼の胸にしがみついて、ただ静かに……静かに、泣いた。

 虎牙は、私が泣き止むまでの間、辛抱強く私の抱き止めてくれていた。

 今まで迷惑をかけた分、今は自分が返さなくてはと思っているようでもあった。

 そして、五分ほど彼の胸でさめざめと泣いてから。

 私は恥ずかしいやら嬉しいやら、複雑な気分のまま彼からそっと離れるのだった。


「……ん。ありがと」

「はは、珍しいお前が見れて良かったぜ」

「も、もう!」


 ご褒美はこれくらいか。もう、いつもの虎牙だ。

 なら、私もいつもの龍美に戻らなきゃ。

 彼が姿を現したことには、きっと何か意味があるはずなのだから。


「……どうして、ここに」

「まあ、正直誰とも会うつもりはなかった。それがどうしてって言われたら……申し訳なかったからっつーか」


 言いながら、虎牙はスマホを取り出す。

 ……もしかして。


「お前があんまり必死なもんで、その……俺も気にしちまったんだよ」

「や、やっぱり見たの……?」


 通知さえオンにしていれば、未読のままでも画面に内容は出る。

 それくらいは見ているんじゃと予想してはいたけれど、こうして顔を突き合わせているときに意識させられるとは。

 アプリを開くと、私が送ったメッセージ全てが、今は既読になっていた。


「うー、撤回よ撤回! 全部忘れてー!」

「バッカ野郎。今更だっつの」

「アンタが連絡よこさないから悪いのよ!? だから私も気が変になって……」


 送ったメッセージを思い返すだけで顔が赤くなる。

 直接的な文章は何一つ書いてはいないけれど、読めば書き手の気持ちなんて明らかに分かるような、そんな内容。

 こちらから消せるなら、すぐにでも消してやるのに。

 相手の端末には残り続けるのだから恨めしい。


「……忘れたりするかよ。絶対」

「う、え……」


 虎牙の思わぬ反応に、こちらも動揺して変な声が出てしまった。

 ……どうして虎牙が照れるんだろう。

 今の言葉って、一体。

 もしかしたらの、甘い希望が私の中で踊る。

 ああ、やっぱり私はこいつのことが――。


「だー! とにかくだな。どうせ迷惑かけるなら、お前にかけるのが一番マシだって思ったんだよ。お前なら怒らねえだろうし、俺もまだ気が楽だ。だから、お前を選んだ。そういうことだ」

「め、迷惑……?」


 強引に話題を変えられたせいで、それ以上踏み込んだことは聞けなかったが、虎牙にとっての目的はむしろそちらなのだ。

 わざわざ私にだけ会いに来てくれた。それなら、今は自分のワガママは抑えて、彼の期待に応えてあげなければ。


「……分かった、教えて。虎牙が陥ってる状況と……私に、何ができるのか」

「……はは。流石は龍美だ。状況判断が早くて助かる」


 それじゃあ、と自分の椅子に腰かけて、虎牙は語り始める。

 彼が何に巻き込まれたのか。この街で、何が起きているのか。話せる限りの情報を。


「俺たちの暮らすこの満生台ではどうやら、表にゃ出せねえ怪しげな実験が行われようとしているらしいんだ」

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