第4話 魔法と聖法
「まさかとは思うけど、一人で来たのか?」
『人間程度、俺様一人で十分だ』
素早く周囲に視線を走らせ、敵に仲間がいないことを確認する。悪魔の言うことを本当らしい。一先ずは安心だ。集団で襲われたのでは幸先が悪い。
「どうして悪魔が……」
「悪魔も一枚岩じゃない。人間を滅ぼそうとする奴らもいるんだ。一人ひとり殺して回るよりは献上品を殺すのが手っ取り早いでしょ?」
シェーラの疑問にアリスが答える。
献上品である少女を殺すことは、街一つを滅ぼすことと同義。それが王都となれば彼らの中では偉業とも言えよう。だからこの時期になると襲ってくる悪魔がいるのだ。
「けれど、王都にだって悪魔が住んでいるわ」
「人間同士でも諍いが起きるように、悪魔たちの中でも同じなんだろうね」
シェーラはまだ何か言いたそうだったが、おしゃべりはここまでだった。トカゲの悪魔が奇声を上げながら駆け出したのだ。イボにまみれた指先の鋭利な爪を立て、一直線に向かってくる。
アリスはシェーラを巻き込まないために前ヘ出た。まずは悪魔の攻撃をかわし、返す刀で反撃。軽やかな身のこなしで悪魔に避けられた。追撃で踏み込むが、これもかわされてしまう。攻防を何度か繰り返した後、悪魔が高笑いを始めた。
『運び屋は腕が立つと聞いていたが、大したことはないな』
悪魔は間髪入れず肉弾戦を挑んでくる。相手が魔法を使うならその隙を狙おうと思ったのだが、使う気配はない。
悪魔にはその強さに応じて階級が存在する。魔法が使えるのは中級以上のため、目の前の悪魔は下級に該当するだろう。下級悪魔にとって魔法とは喉から手が出るほど羨ましい力だ。
アリスはそれを利用する。
「魔法は使わないのかな? それとも――使えないのかな?」
『うるさい! 黙れ!』
安い挑発に悪魔は激昂した。怒りに身を任せ、無策に突撃してくる。このときすでに勝負は決していた。
「――
悪魔の懐へ飛び込んだ瞬間、アリスの動きが加速する。まるで二倍速で見せられているかのように。刎ね上がったトカゲの首が鈍い音を立てて地面に転がる。
それでおしまい。ピクリと痙攣する胴体がくずおれる。
アリスは深呼吸をして荒れる息を整える。周囲に脅威がいないことを再び確認して刀を納めた。
馬車へ戻ると、シェーラが両手を合わせて目を輝かせていた。
「すごいわ! やっぱりアリスってとっても強いのね!」
「下級悪魔だったからだよ。中級からはもっと苦戦する」
魔法によって戦況をひっくり返されることは大いにあり得る。先ほどの悪魔のように無策で戦えば、自分たちも同じ末路をたどるだろう。
「私の目にはアリスの動きが突然とても速くなったように見えたわ。あれはなに?」
「瞬劫。時間を操る聖法だよ」
「すごいわ!」
「といっても僕が使えるのはほんの一部だけなんだ。自分の時間を加速させることしかできない」
聖法は悪魔の魔法と対になる概念だ。人間が悪魔に対抗するために生み出されたもので、悪魔が多様な魔法を扱うことができるのに対し、人間は一人ひとつしか扱うことができない。
ただ、中には例外がいる。今代の勇者だったアレックスは五つ、先代は七つも使うことができたらしい。
聖法の素質は先天的なもので、後天的に伸ばすことは難しいと言われている。ゆえに才能がものをいう。
「それでもよ。悪魔の戦うことのできる力を持っているのだから誇るべきだわ」
「誇る……か」
昔は――師匠の下で修行していた頃は、多少自信を持っていたように思う。強くなれたという実感が確かにあった。だが、本物を見てしまった後では、ちんけな自信など粉々に吹き飛ばされた。
努力だけでは至れない極地。かつて勇者になるのだと目指した場所は遠すぎて、生涯をかけたところでたどり着くことはないと悟って挫折した。
だから褒められても困る。自分が哀れに思えてしまうから。
「先を急ごう。他の悪魔に見つけられたら面倒だし、日が暮れる前に街に着きたいから」
「どうして?」
「この辺りは夜行性の魔物が多いんだ。あとは他にも僕たちを狙っている悪魔がいるかもしれないから野営は避けたい」
「そうなのね。わかったわ」
それから何度か悪魔や魔物に遭遇したが、数が少なく弱かったために難なく対処できた。シェーラがパニックに陥ることなく馬車でじっとしていてくれたのも大きい。敵との遭遇に恐怖は抱いているようだが、頑張って戦ってくれているようだ。
ただ、彼女が静かなのは戦闘中だけで、それ以外尽きることのないおしゃべりが続いた。元々好奇心が旺盛なようで、悪魔が周囲にいない開放感もあってか饒舌だった。
アリスとしては周囲の警戒に集中したいのに、うるさすぎて気が散る。だから聞き流していたのだが、適切な返答ができないと後ろから頭を殴られた。細腕から繰り出されるパンチは痛くも痒くもない。
「どうして無視するのよ! ちゃんと私の話を聞いてよ!」
それから何度も頭を殴られた。
楽な旅になるという予測は早くも外れた。楽観的すぎた自分を呪ってやりたい。これならむしろ寡黙でいてくれる方が楽かもしれない。
この先も続くだろう苦難を思うと無意識にため息が漏れた。
「いっ」
「アリスのバカ!」
今度は背中を叩かれた。
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