SS18.幸せにします
電車に揺られて、蓮也たちは遥香の実家に向かっていた。今日明日と予定がないため、新年の挨拶にも伺えていないからと遅めの挨拶に向かっているところだ。当初の予定では向こうがこちらの様子を見に来るという話だったが、都合が合わず来られなくなったらしい。
「お姉ちゃん、しっかりやれてるんでしょうか……」
「なんだかんだ遥香の姉だからいろいろできそうだけど、違うのか?」
「いろいろはできますよ。主に一般人がやらないことですが」
「なるほど」
何度か会ったり連絡を取り合ったりはしているが、未だによくわからない人ではある。ただ、真剣に蓮也と遥香のことを考えてくれてもいるので、嫌な人というわけではない。
「というか、今の言い方だと私も褒められているみたいですね」
「いや、実際そうだろ。いろいろできるから、いつも頼ってるし」
「そう言われると照れますね。私も、あなたのことを頼りにしてますよ」
「まあ、知ってるよ」
「ふふっ、そうですね」
信頼関係が築けているのはいいことだ。遥香にとっても蓮也はとっくにかけがえのない存在になっているので、お互いにしっかり支え合えている。少なくとも、蓮也はそう思っている。
「橘花さんたちは元気かな」
「多分元気ですよ。風邪ひいたことない人と仕事休んだことない人なので」
「……すごいな」
「それと比べれば私なんてと思うところですが。少し悔しい気もします」
「そんなことないだろ」
少しだけ負けず嫌いなところがあるのは変わらない。努力を人の数倍しているからこそ、簡単に他人ができて自分ができないと納得がいかないこともたまにだがあるらしい。
「二人とも、普通のことはちょっと抜けているのに変わったことはすごくできるんですよね。天才気質というか、才能が違うのでしょうか」
「それは遥香もそうだと思うけどな。俺にはできないことを普通にできるし、なによりそこに至るまで黙々と一人で努力できるんだからさ」
「……照れるから、やめて。褒めないでください」
口元を精一杯隠して、蓮也に恨みがましげな視線を向ける。辺りに人がいないことを確認して頭を撫でる。しばらく不機嫌そうな顔をしていたが、やがて頬を緩ませて蓮也に笑顔を見せてくれた。
「そういえば、部屋は私と同じでいいですか?」
「もちろん。問題ないよ」
「そう言ってくださると助かります。いつも同じ部屋ですからそろそろうざったくなってきた頃かと思いまして」
「それはないから安心しろ」
「そですか?」
どこか不思議そうな言い方をする遥香に、蓮也も違和感を覚える。
「……もしかしてだけど、俺。鬱陶しいか?」
「いえ、そんなことは。ただ、こう、私たちって倦怠期? のようなものがないじゃないですか」
「まあ、そうだな」
「いいことなのですが、やっぱり不安にもなります」
「こういう話をすると不安になりはするけど」
「あ、いえ! その、大好きですよ?」
「知ってる」
なんとも微妙な距離感で電車に揺られて、遥香の実家の最寄り駅へ。まだ片手で数えられるくらいしか来たことはないが、道順は蓮也も覚えている。
「お父さん、楽しみにしてるって。なんだかんだであなたのことは気に入ってるみたいです」
「それはよかった」
「今日は少し一人で行きたいところがあるので、二人とゆっくり話してあげてくださいね」
「どこに行くかは……聞かない方がいいみたいだな」
「ええ、まあ。帰った後に伝えますね」
「ん。別に無理に伝えなくてもいい」
「いえいえ、どうしても内緒にしたいわけではないので」
それでも、遥香が言い出すのを躊躇うのであれば、伝えたくないことであるのは間違いないだろう。
深くは聞かないようにして、遥香の家へ向かう。しばらく歩くと、一際大きな家が見えてきた。
「およ、早かったね」
「橘花さん。お久しぶりです」
「お久ー」
「元気そうでなによりです。お父さんは……」
「待ってる。行ってあげて」
「そうですね。そうします」
「じゃあ、俺は別のところで待ってるよ。終わったら……」
「君も行ってあげてほしいな」
「わかりました」
家に入って、そのまま遥香に着いて歩く。勇次郎の部屋の位置は覚えているが、父親としては蓮也の顔よりも早く遥香の顔を見たいだろうと思い、少しだけ後ろを歩く。
「お父さん、いますか?」
遥香はコンコンと軽くノックをして、扉を開けた。
「久しぶりだな。遥香も結城くんも、元気そうでなによりだ」
「お久しぶりです。遅くなってしまいましたが、あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとうございます。お父さんも、元気そうでよかったです」
ぺこりと頭を下げた遥香に、勇次郎は笑って返す。
「相変わらず、お前は花香によく似ている」
「それ、褒めていますか? 微妙ですよ」
「それは申し訳ない。ただ、橘花は私にも花香にも似ていないからな」
「……まあ、それはそうかもしれませんが」
花香のことを蓮也は知らない。ただ、遥香に似ているというのならば少なくとも橘花はどちらにも似ていないだろう。
「では、挨拶も済ませたところで私は外しますね」
「そう急いで……ああ、わかった。行っておいで」
「積もる話は帰ってからでお願いします」
「ああ。いってらっしゃい」
にこりと笑った遥香の瞳は、少しだけ驚いたように揺れた。
「いってきます、お父さん」
部屋から出る遥香は、いつもよりも軽い足取りだった。
「……そんな言葉も、私は言えていなかったらしい」
「それでも、今は違いました」
「ははっ、君には諭されてばかりだ」
「諭すなんて……」
「すまない、言い方が悪かったかな。だが、君には本当に当たり前のことばかりを教えられてしまっている。親としては不甲斐ないばかりだ」
「そんなことは……」
「だからいつか、君に本当に義父と呼んでもらえる日までに。君と遥香の親を名乗れるに相応しい人になりたい」
「それまでに俺もちゃんと遥香を支えられるようになります」
「ははっ、当たり前だ。そうでなければ遥香を嫁になんて出さないからな」
冗談めかして笑う勇次郎に、蓮也も少しだけ心が軽くなった。
それから部屋にやってきた橘花と三人で軽く話をした。主に遥香のことばかりになったが、二人は――特に勇次郎は――その話を楽しそうに聞いていた。
しばらくして昼がすぎた頃に、勇次郎が言い始めた。
「……こんな話をしている間に、時間が経ってしまったな。結城くん、遥香を迎えに行ってあげてほしい」
「ああ、いや。どこに行ったか俺も聞いてなくて……」
「あー、だいたいわかってるから大丈夫。この家をぐるっと回って、その先の一本道を抜けたところに多分いるよ」
「へぇ……わかりました、行ってみます」
橘花に言われた通りに家を出てから家の裏手へ向かう。住宅街の一本道を歩いていくと、少しずつなにかの匂いがしてきた。それが線香の香りだとわかるのにそう時間はかからなかった。
「墓……?」
誰もいないように見えた墓地に、長く伸びた黒髪が目に入った。
「あれ、来たんですか」
「ごめん。迎えに来た」
「遅くなってしまったようで。帰りましょうか」
「そうだな」
いつもの笑顔の奥に、少しだけ悲しそうな表情が見えた。
「俺も挨拶してもいいかな」
「えっ?」
「ここ……花香さんの墓なんだろ」
「よくわかりましたね。お姉ちゃんが教えたんですか?」
「そりゃわかる」
「そうですか」
遥香の立っている横にある墓石に刻まれた名は、月宮花香。甘い匂いがするその墓には、橙色の金木犀が供えられていた。
「花香さん……」
想いを込めて手を合わせる。供物も線香も持ち合わせていないので、ただ気持ちを伝えることしかできない。会うことすらできなかった遥香の母親に、ただ自分の想いを伝える。
「……じゃあ、帰るか」
「ええ」
もしも花香に言葉が届いていたのなら。そんなことを考えながら、遥香の隣を並んで歩いた。
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