SS15.いつまでも

 雪が降った。降り積もる雪を、遥香と並んで踏みしめる。


「寒い……」

「だからちゃんと厚着してろって言ったのに……ほら、もっと寄れ」

「はいっ!」

「一応聞くけど、引っ付きたいから薄着で出てきたとかないよな?」

「そ、そんなわけないでしょう? あは、あははー?」

「遥香、そろそろ嘘もちょっとは吐けるようになろうな」

「うぅ……ううぅ!」


 早朝だから誰も周囲にいないことを確認して、軽く頭突きをしてくる。いつもより少しだけ痛い頭突き。でも、蓮也にとっては大していつもと変わらない。


「雪が降るのも久しぶりな気がしますね」

「そもそも俺たちが外に出てないだけ」

「やめてください、引きこもりみたいです。ちゃんと外出てますよ、今」

「はいはい、そうだな」

「最近素っ気ない……」


 蓮也にはそんな気はないので軽く流すと、不機嫌そうな表情でぎゅっと腕を掴んでくる。空いている方の手で頭を撫でてやると、嬉しそうな、恥ずかしそうな表情で俯いてしまった。


「ほら、上着着ろ」

「嫌ですよ。あなたが寒くなるじゃないですか」

「俺が風邪をひく分には遥香がなんとかしてくれるだろ?」

「むぅ……だからといって風邪に抗わなくていいわけではありません」


 もっともな理屈で蓮也に上着を突き返した遥香は、くしゅんと小さなくしゃみをした。恥ずかしそうに目を背けながら、遥香は蓮也の数歩先を歩く。


「遥香」

「なんですか」

「ちょっと来い」

「嫌です」

「いいから、来なさい」

「……なんですか」


 渋々といった様子で蓮也に近づいてきた遥香に、蓮也は半ば無理やり上着を着せる。意図せず抱きしめる形になってしまったことで、遥香は恥ずかしそうに俯くばかりで抵抗をしようとはしない。


「うぅ……いいって言ってるのに」

「風邪ひかないようにしなきゃいけないのは遥香も同じだろ」

「それはそうですが……はぁ。まあ、いいです。ありがとうございます」


 そう言いながら、遥香は蓮也の腕を掴んでそのまま抱きしめるような形を取った。


「こ、これでどう?」

「……まあ、暖かいけど。歩きづらいな」

「よかった」


 にこにこ笑顔で満足そうに引っ付いてくる遥香を引き剥がすわけにもいかず、蓮也はそのまま歩きにくいままで歩き続ける。


「寒いね」

「そうだな」

「帰りましょうか」

「そうだな」


 散歩がてら外に出ただけなので風邪をひく前に帰ってしまおうということになった。

 最近は外でもあまり遠慮することがなくなってきた。というかすぐにこの甘え方も落ち着くかと思っていたが、意外にもずっとこうして遥香は蓮也にべったりになっている。それ自体は嬉しいことなのだが、少しばかり恥ずかしい。


「雪が降ったくらいではしゃぐほど子どもでもありませんが」

「どうだろうな。今朝、結構目を輝かせてたのは誰だったっけ?」

「子どもではありませんが」

「はいはい」


 照れたり照れさせたりというのもあまりやっていなかったので、今日は遥香の表情がころころ変わってくれて嬉しい。そんなことを考えながら、遥香が言おうとしていたことを話すように促す。


「こういうの、さらっと言わないで改めて言わされるのなんか嫌です」

「いいから」

「……こうしてあなたと一緒に綺麗な景色を見たり、寒かったり疲れたりすることも一緒にしたりとか。そんなことができることを嬉しいと思っているのは、高校生だったときとは変わってませんよ、と。そう言いたかっただけです」

「そうだな……なんだかんだでもう、かなり長いこと一緒にいる」


 冷めてしまうものだと、心のどこかで思っていた。お互いに気持ちが逸れるものだと思っていた。きっと遥香の方もそう思っていて、だから怖くて過度に求めてきたりもした。

 それでも、実際はこうやって少しだけ大人になった距離でいつも通りを過ごしている。遥香といる日常が、蓮也にとって特別な日々から家族と過ごす日々のようなものに変わっている。それが、当たり前になっている。


「一緒に起きて、寝て。そうやってなんでも一緒にやって、いつか人生のほとんどを二人で過ごしてるなって思うようになって。でも、そのときでも今と変わらないで遥香と笑っていたいなって思うよ」

「素敵ですね。そんな未来を迎えられたら、お互いとても幸せだと思います」


 遥香はあまり未来の話を好まない。結婚とか、そういうもう決まっているようなことは嬉々として話題にするのだが、それよりも後の不確定すぎることを話すと、決まって俯いてしまう。

 蓮也もこの手の話はあまり好きではない。理想を語るということがそもそも好きではない。


「でも、俺たちの将来の話だ」

「えっ? ええ、まあ。そうですけど」

「だから、そうなったらいいとか、そうなってほしいとか。そういうのじゃなくてさ」

「……ふふっ、そうですね。私たちがそうなるようにすればいいんですよね」


 微笑んだ遥香の顔を何故か直視することができずに、思わず顔を逸らしてしまった。それを面白くなさそうに遥香は顔を覗き込んでくる。


「……帰るぞ」

「はいはい」


 手を繋いで、ぴったりと引っ付いて。歩きにくいままの距離で蓮也たちは家に向かって歩き始めた。

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