SS10.夏

 二人で部屋で過ごしている間も、蝉の声は響く。テレビを見るわけでもないからよりうるさく、そして夏らしさを感じる。


「今年は帰らないんですか?」

「夏はいいってさ。大晦日くらいは帰ってこいって」

「なるほど」

「遥香の方こそ、いいのか?」

「私は、別に。それに、うちも正月くらいに来るそうですから」

「へぇ……ん? 来る?」

「はい。お姉ちゃんと一緒に顔を見せに来るそうですよ? まあ、お姉ちゃんは勝手に遊びに来そうですけど」

「マジか……」


 別になにか不都合があるわけではないが、やはり恋人の父親に会うとなると少しだけ緊張する。橘花に関しては何度か遊びに来ているので今更なにも思うことはないが。


「まあ、そんな先のことならいいでしょう。行かないのなら、ゆっくりしましょう」

「ん」


 趣味という趣味を持たない蓮也は、遥香から本を借りて読んでいる。わりと多種多様なジャンルのものを持っているので、飽きることもない。この夏も半分くらいはそうやって過ごしている。

 二人でいても、特別なにかをしている時間はそう多くはない。ただ二人でいるというだけで十分なのだ。悠月には「喧嘩したら面倒だろうなぁ」とか言われたが、そもそもそういうことが起こる気もしない。

 そうして並んで、全く別々の本を読んで、しばらくしたら遥香が料理を始める。もうそれもいつもの光景だ。


「暑いですし、素麺でいいですか? 梅とかで食べやすくして」

「ん。いいよ。いつもありがとう」

「いえいえ。こちらこそ、いつもいろいろとありがとうございます」

「なんもしてないけど」

「それでもですよ。隣にいてくれて、ありがとう」

「……おう」


 最近は蓮也自身もなぜバカップルと言われるのかがわかってきたような気もする。それでも、この関係が変わらないことが嬉しい。


「今年は、どうしますか?」

「なにが」

「夏祭り。悠月ちゃんたちと行ってもいいですし、二人きりでもいいですし。まあ、行かないという選択肢もないこともないですが……私としては行きたいところです」

「なら行こう」


 こうして遥香が欲を言ってくれることが嬉しい。蓮也も少しづつではあるが遥香にしてほしいことなんかを言えるようになってきたような気がする。

 付き合い始めて、同棲を始めて、それからもいろんなことをして。それでもやはりどこか気を遣っていたが、今になってようやくそれもなくなってきたような気がしている。

 それはそうと、夏祭りは蓮也にとっても大切なものだ。別に特別な催しがあるわけではないのだが、それでも蓮也と遥香が毎年行っているから、大切に感じるようになった。

 テーブルに素麺が並べられる。夏が実感できる暑さにはありがたい。


「美味しい」

「ありがとうございます。ところで、夏祭りの話よりもしたいことがありまして、欲しいものなにかはありませんか?」

「ない。誕生日のことか?」

「ええ、まあ。なにかあったら遠慮なく言ってね」

「ん。ああ、それならなんかちょっと変わったことがしたい」

「変わったこと、ですか」

「ちょっとだけな。明確に何がしたいってわけじゃないんだけど、せっかく遥香がいる誕生日だから」

「なんだか私がいることが特別みたいに言ってますが、この先ずーっと一緒にいさせてもらいますよ?」

「それって、普通なことみたいだけどすごいことだろ。なんかかっこつけてるみたいになるけど、俺は遥香といられる日を大切にしたい」

「……馬鹿」


 そんなことを言っているが、きっと遥香も考えていることはそう大きくは変わらないだろう。


「まあ、わかりました。ちょっと変わったこと、ですね」

「ん。ちょっとでいいんだ」

「晩御飯を少しだけ豪華にしてみたり、明日は私が膝枕をしてみたり。ああ、そうだ。一緒にお風呂に入るのはどうです?」

「いいな、そういうの」

「えっ」

「ん?」

「い、いえ。ただ、お風呂に入るのは良いんですね」

「まあ、こうして一緒に住んでもう長いしな」

「それは、そうですけど……断られると思って言ったので、少し意外でした」


 遥香が変な誘惑さえしてこなければ、蓮也も特には問題がないような気がする。もちろん、緊張はするが。

 そもそも言い出したのは遥香なので、嫌ならやめておくつもりではある。


「ほんとにちょっとだけ変わった日になりそう」

「そうだな。ちょっとだけだ」

「元からそういう性格ですが、こういうときはもっと盛大に祝ってもらおうとしてもいいものなのですよ」

「どうせちょっとって言っても遥香は祝ってくれるだろ」

「……バレましたか」

「だからちょっとでいいんだよ」


 以前みたいに翔斗や悠月と騒いで過ごすのも悪くはないと思うが、それより今は遥香と静かに誕生日を過ごすことができたらな、というのが本音なのだ。

 それでも、きっとこれだけ言っても遥香は蓮也になにかをしてあげようとするはずだ。それだけで蓮也には十分すぎるだけの誕生日プレゼントになる。


「私なりに、ちょっとだけ変わったことを考えておきますね」

「サンキュ」

「誕生日、今年は楽しくなりそうですか?」

「そうだな。楽しみだよ」


 本当は、去年もその前も、遥香と出会った年の誕生日だって楽しかったけど。そんなことをわざわざ伝えるのは恥ずかしいので、黙っておくことにした。



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 次回の更新は十日後の予定です。

 なお、蓮也に関しては本編が高校二年生から三年生卒業、SSが始まってからは大学生になって一年目の正月から始まっていますので、次の誕生日で二十歳となります。

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