49.一足先に

 遥香は数日こちらに残るそうだが、蓮也はそうはいかない。なので、今日蓮也はこちらを発つことになっている。


「本当に残るのか」

「ほんの数日ですから、そんな寂しそうな顔しないでくださいよ……」

「別に寂しくは……」

「蓮也くんは素直ですね」

「寂しい」

「ふふっ」


 遊ばれてしまった。実際は寂しい、といっても本当に一週間もないので大丈夫なはずだ。それでも、やはり遥香と離れるのは辛い。かなりの重症である。


「蓮也、そろそろ行くぞ」

「あの、私も連れて行ってもらってもいいですか?」

「構わないよ」

「ありがとうございます。では蓮也くん、行きましょう」


 凛子は用事があって見送りに来ることは出来ないが、桐也が車でまた駅まで送ってくれるらしい。今日は日差しもかなり強いので、送ってもらえるのはありがたい。

 遥香に連れられて、蓮也も桐也の車が止められているところまで向かう。どうやら、この家の勝手もだんだんわかってきたらしく、遥香もかなり快適に過ごせているらしい。


「楽しみです」

「俺がいなくなるのが」

「まあ、言い方を変えればそうなりますね」

「……泣くぞ」

「蓮也くんがいないなら、心置き無くご両親しか知らない蓮也くんのことが知れますので。決して、蓮也くんが傍にいないのが嬉しいとか、そんなことじゃありません。私だって寂しいです」

「……まあ、程々に頼む」

「どうしましょうかね〜、小さい蓮也くんも気になりますし」


 蓮也のことを話すのは大いに結構なのだが、それでもやはり居ないところで話をされるというと、気になってしまうものだ。まして、それが幼少のこととなれば、蓮也すらも覚えてないことを話されるかもしれないのだ。それはかなり恥ずかしい。


「まあいいけど。橘花さんにその辺は送ってもらおう」

「だ、駄目ですよ、絶対。そんなことしたら怒りますから。晩御飯抜きですからね」

「あははっ、それは辛いからやめとこう」

「楽しそうだな」

「ああ、父さん。ごめん」

「いや、構わない。準備が出来てるならもう行くか?」

「そうだな……そうするか」


 車に乗り込む。凛子は居ないが、座る位置は昨日と変わらない。最小限だけを持ち、残りはトランクに入れているが、その最小限の荷物を遥香が横から引っ張ってくる。スマホだ。


「どうした」

「えっと……はい」

「……これは?」


 抜き取られたスマホにつけられたのは細く編まれた糸。カラフルに仕上がっていて、スマホの見栄えが良くなっている。


「ミサンガです。編んでみました」

「そっか。ありがとな」

「これで寂しくないですか?」

「それとこれとは話が違う」

「あれ、えらく素直になりましたね」

「悪いか」

「いえ、全然。まあ、ちゃんと毎日連絡しますから、安心してください」

「それは助かるな」


 スマホを遥香から受け取り、もう一度ミサンガを見てみる。可愛らしいが、かといって蓮也が持っていてもおかしくはないものになっている。

 そのままスマホをポケットに入れて、感謝の意を込めて遥香の頭を撫でる。目を細めて気持ちよさげにする遥香を見て、少し微笑ましくなる。


「仲がいいな」

「まあ、な」

「にしても、蓮也がここまで心を許すとはな……本当に、君はすごい人みたいだ」

「そんなことありませんよ。私は蓮也くんにしてあげたいことをしていただけです」

「謙遜でもなくそう言ってしまえるのは、いい所だね」


 本当に遥香は好きでやっているということを蓮也は嫌という程知っているので、そこに関しての否定はしない。それでも、蓮也がここまで気楽に話せるのは、単純に時間が産んだ信頼というわけではないだろう。


「ほんとに、いつもありがとな」

「急になんですか」

「いや、別に」


 そんなやり取りをしていると、いつの間にか駅に着く。それなりに長い距離だが、やはり車で移動となると一瞬だ。


「送ってきます」

「ああ。おっさんになるとこの時期は辛いから、ここに居させてもらうよ」

「わざわざ助かった。ごめん」

「ありがとうでいいんだよ」

「ありがとう」


 桐也とはまたしばらく会えなくなるだろう。無論、蓮也が会おうと思えばいつでも来られるのだが、やはり受験や、それ以前に距離なんかを考えるとやはり気軽には来られない。そう考えると、凛子に何も言えなかったのが少し悔やまれる。

 と、そんなことをぼーっと考えていると、一応見覚えのある顔を見かける。


「篠崎」

「あ、あれ? 結城?」

「久しぶりだな」

「うん」


 見なかったことにして通り過ぎても良かったのだが、せっかくなので声をかけた。一応、去年会ってからは何度か連絡をとってはいるが、相変わらず名前はわからないままだ。


「え、えっと……元カノさんとか?」

「俺にそんな人がいると思うか……?」

「いてもおかしくはないんですが……月宮遥香です」

「えっ」

「はい?」

「いや、なんでもない。篠崎遥です」

「えっ」

「うん」


 どうやら篠崎の名前も、同じく『はるか』ならしい。だからどうというわけではないけれど。

 と、そうしていると、蓮也の耳元にまで駆け寄ってきて囁く。


「あの子が結城の言ってた好きな人?」

「まあ、そうだけど」

「ふーん……」

「あ、あの。どうかしましたか?」

「ううん。ねぇ、ちょっといいかな」

「は、はぁ……?」


 そうして、篠崎遥は遥香を連れて蓮也から少し離れた所へ歩いていく。彼女の人柄は一応理解しているし、遥香に何か危害を加えようとしているわけではないだろうが、やはり心配である。

 しばらく二人のやり取りを眺めていると、遥香が怒ったり笑ったりして可愛らしい。どうやら、喧嘩になったりはしていないらしい。

 戻ってきたときには、二人してにこにこしているのだから少し困ってしまう。


「今の一瞬で随分仲良くなったな」

「そうだね」

「ふふっ、そうですね」

「で、何の話を?」


 遥香が楽しそうなので構わないが、何の話をしたのかは気になる。


「結城の話だよ」

「俺?」

「うん。結城がひねくれたのは私の所為だっていうのと、結城はすごいねっていう話」

「ひねくれてはないが」

「あ、またそういうこと言う。認めた方がいいですよ」

「……はい、ごめんなさい」


 やはり、周りから見ると蓮也は素直ではないらしい。自分ではかなり素直な方だと思っているんだが。特に遥香に対しては。


「それと篠崎。お前は悪くないから」

「あはは、君ならそう言うと思ってた」

「だから、本当に気にしないで欲しい」

「それはこっちの台詞だけどね」

「わかった。お互い、特に何も無かった。それでいいだろ」

「うん。そだね」

「……それは置いておいて。大事な話がまだなんですが」

「まだなんかあるのか?」

「篠崎さんは、蓮也くんが好きなんですか?」


 刹那、本当に一瞬だけ時間が止まる。いや、実際には止まってはいないのだが、それくらい重苦しい空気だった。少なくとも、蓮也にとってその質問はそういう質問だった。

 が、なんでもないように。当たり前のように篠崎はその質問に答えた。


「うん。好きだよ」


 篠崎はなにを隠すわけでもなく。

 遥香はそのことを知っていたように。

 蓮也はなんともいえない複雑な心境で。

 蓮也とて、全くそう思わなかったわけではない。遥香のときとは訳が違うのだ。


「ごめんな」

「謝らないでほしいな。どちらかといえば、私が悪いんだし。それに、お互い特に何も無かったんでしょ?」

「……そうだな」

「ふふっ、モテモテじゃありませんか。よかったですね」

「茶化すところじゃ……」

「だよね〜」

「えっ」


 なんと篠崎まで乗ってきた。無論、少し考えればそれが場を和ませる為の発言なことくらいはわかる。

 と、そんな話をしているとかなり時間が経っていた。蓮也には帰る時間もあれば、遥香には桐也を待たせているという事情もあって、篠崎も駅に居たということはなにか用事があるのだろう。

 だから、この場から逃げるようになってしまうが、離れることにした。


「じゃあ、またな」

「あ、待ってください」

「どうした?」

「今度、篠崎さんも入れて三人で。どこかへ行きましょう」

「えっ、いいの?」

「もちろん。蓮也くんを好きな人に悪い人はいません」

「どういう理屈だ……」


 そんなよくわからない理屈で、とりあえず受験がひと段落したら三人で遊ぼうという約束を取り入れられてしまった。それが少しだけ楽しみだった。

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