31.ご挨拶
「あの、蓮也くん」
「どうした?ㅤなんかあったのか?」
今日は一旦遥香が帰省するということで、荷物をまとめた遥香は蓮也の部屋に来ていた。鞄には、蓮也が夏祭りで取ったうさぎをつけていて、少し嬉しい。
「写真撮りませんか?」
「あ、確かにないよな。俺も撮りたい」
「やった。ありがとうございます」
いつものソファーをバックに遥香がスマホを構える。「いいですか?」という遥香の問いに蓮也が「おう」と応えると、パシャリという音と共に撮影される。
「後で送っておきますね」
「そうしてくれ。壁紙にする」
「嬉しいですねぇ〜」
「言ってる間に時間だぞ。そろそろ出よう」
「はい……あ」
「ん?」
「メッセージが来てます。お姉ちゃんから」
「橘花さん?ㅤこのタイミングでか?」
メッセージの内容はどうやら蓮也にも関係するようで、遥香が見せてくれた。『もう家出た?ㅤ出てないなら蓮くんも連れてきなよ〜?』と送られてきている。
「どうします?」
「まあ、いいんじゃないか?ㅤ衣類があるから若干準備はいるけど」
「それは構いませんが。新幹線でもありませんし」
電車を乗り降りすれば着くそうなので、そうすると聞いていた。あまり時間もかからないので、多少ズレても問題はないはずだ。
それに、蓮也も遥香にときどき暗い顔をさせるお義父さんに会ってみたい気持ちもあったのでちょうど良かった。
「準備、手伝いましょうか?」
「大丈夫。さすがにそれくらいは一人で出来るから」
「そうですよね。ごめんなさい」
「謝るなよ。いつもいろいろやってもらってるのは事実だし」
「それは、好きでやってるので」
遥香が蓮也にすることはだいたい「好きでやってる」と言われ、結局それで押し切られてしまう。蓮也は助かっているが、それで遥香が無理をしていないのかは心配である。
準備を終えて、最後に以前遥香からマスコットを荷物に結び付ける。
「行こう」
「そうですね。少し遅くなってしまいましたし」
「ごめんな」
「いえ、悪いのは全部お姉ちゃんですから」
「まあ、もう少し早く言ってくれたらよかったかもな」
「本当に。帰ったらまずそこからですね」
「帰ってすぐ姉のお説教か……」
蓮也は知らないが、悠月曰く遥香は怒るとものすごくめんどうならしい。なんでも、説教が二時間続くとか。
「ほどほどにな」
「はい。蓮也くんともいたいので、三時間ほどで留めておきますよ」
「待て。ちょっとタイミングが悪かっただけなんだから、三十分くらいにしよう。な?」
「……蓮也くんがそういうなら」
とりあえず橘花の説教の時間は短くできたらしい。
「いや、でかくない?」
「まあ、財力だけはそこそこあるので」
遥香や橘花に聞いてはいたが、財力はものすごいものらしい。
着くと、橘花が出迎えてくれた。せっかく出迎えてくれているのに、遥香は不機嫌だ。
「あれ?ㅤ喧嘩?」
「するわけないじゃないですか。お姉ちゃんはギリギリなんです。そういうところが……」
「あーやっちゃったかな?」
「頑張ってください、橘花さん」
「うん……三時間くらいしたら会おうね」
「聞いてるんですか!?」
「ごめんごめん。蓮くん、お父さんが会いたがってるから行ってあげて」
「わかりました」
これ以上蓮也が橘花と話していると、蓮也まで説教を受けそうな勢いだったので、早々に立ち去ることにした。
「ところで、どこなんだ?」
当然、蓮也がこの家に来るのは初めてだ。遥香たちの父親の部屋など知るはずもない。
そうこうしていると、若く見える男性が部屋から出てくる。おそらく、彼が遥香たちの父だろう。
「君が結城くんかな?」
「は、はい!ㅤえっと、お義父さん」
「お義父さん、か。まさか橘花よりも先に遥香が男を作ってくるとは思っていなかったよ」
「あ、あはは……」
心做しか、こんな男を、と言うような口調だったことに内心イラッとするが、ここで印象を下げるような真似はしたくないので黙っておく。
「君が遥香の何を知ってるのかも知らないし、興味もないが」
「少なくとも、あなたよりは知ってると思いますが」
まさか二言目で自分の沸点のピークに達するとは思っていなかったので、蓮也自身も少し驚く。そして、遥香たちの父は眉間に皺を寄せている。
「二年生になってから、遥香のことをたくさん見てきました。可愛いところも、真面目なところも、ちょっと抜けたところも、優しいところも。まあ、ほとんどずっと世話になりっぱなしではあるんですけど……」
「そんなことは私も知って……」
「それはどうでしょうかね。おそらく、私のことはあなたよりも蓮也くんの方が知っていますよ、お父さん」
「遥香……」
「口を開けば金だ仕事だと言うお父さんよりも、私は蓮也くんの事が好きです。たとえお父さんが私たちの為に頑張っていても」
「……そうか」
そうして沈黙が訪れる。その沈黙を破るように遥香は蓮也を呼ぶが、義父の様子が明らかにおかしい。というか、目が死んでいる。
「だ、大丈夫ですか……?」
「ああ……娘にこんなことを言われてしまうとは思っていなくてね……」
「あ、あはは……」
蓮也は乾いた笑みを浮かべることしか出来なかった。
それからしばらくして、義父に呼び出された。
「さっきはすまなかったね」
「いえ、こちらこそすみません。生意気な事言って」
「まあ、子どもたちを見れていなかったのは事実だからね」
「男で一つで女の子二人を育てるのはすごいと思います」
「花香のことは聞いているのか」
「花香?」
「あの子らの母親の名前だよ。彼女が亡くなっていること、まさか遥香が話すとは思わなかったけどね」
「ああ……」
橘花に初めて会った時も似たようなことを言っていた気がする。遥香が母……花香の話をするのは珍しいのかもしれない。
「あの子は昔から花香にベッタリでね。私にはあまり懐いてくれなかったが、楽しそうにしていたよ」
「そうなんですね」
「言い訳に聞こえるだろうが、私は仕事であの子らにしっかり愛情を注いでやれなかったみたいだね」
「……さっきはああ言いましたが、それは仕方ないんじゃないですか?」
「でも、現に今嫌われてしまってるからね……」
「嫌ってはいないと、以前遥香が言っていました。きっと、お義父さんの苦労も遥香はわかっているはずです」
根拠も無く偉そうなことを言っている自覚はある。だけど、このまま勘違いさせておくのは少し胸が痛い。
「遥香と話をしてみては?」
「……そうしようかな」
義父は勇次郎というらしい。その勇次郎と遥香が話している間に、蓮也は荷物を整理することにした。部屋は空いているところを使わせてもらうことになっていて、広めの造りになっている。
しばらくして、話を終えた遥香が蓮也の使う部屋へとやってきた。
「なんだか、申し訳ないことをしましたね。ごめんなさい」
「なにが?」
「家族の間の話に巻き込んでしまってです」
「それは俺が勝手にやっただけだから。それに……」
「それに?」
「家族になるだろ」
「……蓮也くんって、恥ずかしいことをさらっと言いますよね」
「今のはなかったことにしてほしい」
「嫌ですね」
こういうときの遥香は少し意地が悪い。
「あ、お父さんから伝言です」
「なんだ……?」
散々失礼な態度をとっているのでかなり警戒していたが、遥香の表情を見るに悪い知らせというわけではないだろう。
「遥香とのお付き合いを許可します、だそうですよ」
「……まだお付き合いか」
「蓮也くん、まだ私たち付き合い初めて二週間も経ってませんよ?」
「将来のことは早いうちに決めた方がいい」
「……私に一生晩御飯作らせるつもりですか?」
「駄目か?」
「……わかってるくせに」
そのむくれた遥香が可愛らしかったので、蓮也はわしゃわしゃと遥香の頭を撫で回した。
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