25.文化祭
「注文入ってんぞ!」
「了解!」
意外と男子も忙しかった。準備は悠月を筆頭に女子たちもかなり手伝ってくれたものの、当日、料理はすべて男子が準備することになる。人数的にも仕方ないことだ。
それに加えて、今、遥香のいる時間帯のラッシュは凄い。大半の客が遥香目当てなのだ。
「結城って手際いいよな」
「そうか?」
「普段料理とかすんの?」
「いや、ほとんどしない」
ここ半年くらい遥香にご飯を作ってもらってるから、なんていえば、相手が最近視線が柔らかくなったクラスの男子といえども後で痛い目を見るだろう。もちろん、蓮也の手際は遥香の手伝いをしているうちに身についたものなのだが。
そうこうしているうちに、客足が遠のいていく。文化祭の一般入場は今日だけで、ほとんどの生徒は明日が他クラスを回る日としている。なので、今日は蓮也も遥香もクラスを担当する時間が長い。
ふと、見覚えのある人が目に入る。
「橘花さん……?」
遥香の姉の橘花だった。どうやら、わざわざ妹に会いに来たらしい。少なくなったとはいえ客はまだ一定数は居るので、蓮也は手を止めることなく作業していると、遥香に呼び出された。
「お姉ちゃんが呼んでます、蓮也くんのこと」
「俺?」
「はい」
何故蓮也が呼ばれるのかはわからなかったが、呼ばれているのなら行くしかない。
「蓮くん久しぶり〜」
「どうも」
「遥香とどんな感じ?」
「……どうもなにも、そもそも俺と遥香の間には何もありませんから」
「ほうほう……仲は少しは進展してるみたいだね」
「いやいや、別に本当に……」
「呼び方もちょっと変わってるみたいだし、心配はしなくていいかな。それじゃあ、またね〜」
「えっ?ㅤあ、注文は……」
「ホットケーキ頼んだの私だよ〜」
怒濤の勢いで去っていった橘花の誤解はまだ解けていないだろう。
それからしばらくして、休憩の時間になった。
結局、初日の遥香はほとんどの時間をクラスの方に使っているため特にやることもない。とりあえず小腹が空いたので、昼食をとることにする。
「よ、お疲れ」
「ああ、天宮。翔斗も今休憩か」
「おう。さっきなんか呼ばれてたけど、あの人誰だ?」
「遥香の姉」
「へぇ。月宮と一緒で綺麗な人だったな」
「そうだな。こっちは誤解を生んでてすごいやりにくいけど」
「あ、もしかして遥香と付き合ってると思われてるの?」
「多分な」
あなたの妹は自分とは不釣り合いだと橘花に伝えてやりたい。もう帰ってしまっているのだろうが。
「まあ、まだね」
「まだだからな」
「やめてくれ……確証もないことを言わないでくれ」
「ごめんごめん。サンドイッチあげるから」
「……なんも仕込んでないよな?」
「あたしをなんだと思ってんの」
「ごめん。ありがたく貰っとく」
レタスやハムなどが挟まったサンドイッチを受け取って、一口かじる。普通に美味い。
「遥香の方が美味しいな。うん、俺は遥香なしじゃ生きていけない」
「人の心を読んだようなこと言うな。お前のも美味いし」
「あ、サンキュ。てか、あんたそろそろ戻らないといけないんじゃないの?」
「ああ、ほんとだ」
急いで昼食を口の中へ詰め込み教室へ戻る。
教室へ入ると、客はほとんど居なかった。
「おかえりなさい、蓮也くん」
「おう、ただいま。休憩無し?」
「はい。でも、今はお客さんも居ませんし大丈夫ですよ」
そう言って、遥香は蓮也の方をじっと見ている。何かを訴えるような視線を向けられるが、全くわからない。
「な、なに?」
「……どうですか?」
「あ、ああ。似合ってる」
「……なんか、言わせた感じ出ますね。無理して言わなくてもいいですけど」
「ほんとだって。可愛いと思う」
「そうですか。よかったです」
上機嫌に教室から出ていった。周囲から視線を感じる。そして、名前も覚えていないが女子が声をかけてきた。
「ねえねえ結城くん、私も似合ってるかな?」
「似合ってるんじゃないか?」
「月宮さんとならどっちの方が似合ってる?」
「……なんでそんなことを?」
「いやいや、興味本位。怒らないから、正直に、ね?」
「遥香」
「即答だね。だってさ、月宮さん!」
女子生徒が遥香の名前を呼ぶと、扉がカラカラと音を立てて開く。
「蓮也くんの馬鹿」
それだけを言い残して、去ってしまった。バタバタと音が聞こえるのでもう本当にいないだろう。
「……最近馬鹿ってよく言われるな……」
凹みながらも、残りの時間を乗り切った。
「蓮也くん、さっそく回りましょう!」
文化祭二日目、一般公開日である昨日とは違い相当数が少ない。
「元気だな」
「ふふっ、楽しいですから」
まずは、事前に言っていた演劇を見に行くことにした。
「結構凄いクオリティだったな」
「照明の使い方でしょうか、すごく上手でしたね。かっこよかったです」
テンションが上がっているのか、遥香はあれやこれやと演劇の感想を言っている。確かに蓮也も、プロには及ばないものの高校生としてはとても上手いと思った。
「次はどうしますか?」
「そうだな……あ、お化け屋敷か」
「お化け……えっ、蓮也くん行きたいんですか?」
「どっちでもいいけど、やることがないなら行ってみるのも……大丈夫か?」
「は、はい。お化けなんていませんし」
「めちゃくちゃ顔が強ばってるけど、ほんとに大丈夫?」
「大丈夫です!ㅤ行きましょう!」
「あ、おい」
遥香はせっせと受付を済ませてしまったので、蓮也も慌てて遥香の追いつく。
「……強がりました」
「知ってる。今から戻ってもいいんだぞ?」
「それは申し訳ないので結構です。行きましょう」
「行きましょう」と言う割に、遥香の声は震えている。どうやら、お化けはかなり苦手ならしい。
そんな遥香の様子なんて知らず、当然ながらお化けになりきった生徒たちは全力でおどかしに来る。
「ひぃっ!」
「うっ!」
そのお化けの勢い以上の勢いで、遥香は蓮也に飛びつく。そして、そのままぴたりと動かなくなった。
「遥香?」
「無理です。これ以上進んじゃいけない気がします」
「まだ数歩しか歩いてないけど……」
「でも無理です。蓮也くんから今離れたりしたら……」
「わかったけど離れてくれ。せめて腕にしてくれ」
「……」
その言葉には素直に従ってくれるようで、遥香は蓮也の腕にしがみつく。
「戻るか?」
「行きます。行けます」
「わかった」
先に進んでいく。心做しか先程のお化けよりも勢いがないような気がしたが、それでも腕にしがみつく遥香はがくがくと震えているので、このくらいでいいかもしれない。
「れ、蓮也くん?ㅤそこにいますよね?」
「いなかったら普通にやば……っ!?」
蓮也の声を聞くなり、しがみつく位置を腕から胴に変えてきた。遥香の温もりが伝わってきて、蓮也としては非常にやりづらい。
「無理……」
「わかった、そのままでいいからとりあえず出口まで頑張ろうな?」
「はい……」
これ以上言及していても埒が明かないので、このまま出口に行くことにする。途中、お化け役の生徒にアイコンタクトを取りつつ、若干遥香を引きずるようにしながら蓮也は出口へ急いだ。
外へ出ると、遥香はすぐに離れた。
「心臓が破裂するかと。どうしてこう、うちの文化祭はクオリティが高いんですか?」
「知らん」
蓮也の心臓は、遥香にしがみつかれていたことで破裂しそうだった。
怒濤の勢いで過ぎていった二日間の最後の仕事は、片付けである。道具の処分などは後日行うにしても、一応授業ができる程度には片付ける必要がある。
「処分するやつまとめて入れてくださーい」
遥香も率先して片付けの作業を行っていた。もちろん、蓮也も片付けはしっかりとする。
「それ、捨ててくるよ」
「あ、助かります。重たくはありませんが、木材が少し危ないので気をつけてくださいね」
「わかった」
遥香が集めていたゴミをゴミ捨て場へ持っていく。片付けもほとんど終わっていたので、戻る頃には終わっているだろう。
山積みになっている袋の横に、蓮也のクラスから出たゴミを置いておく。これを処理するのは大変だろうななんて考えながら教室へ入ると、案の定というべきか片付けは終わっていた。
そこで気になる話題が聞こえてきた。
「月宮さんって、やっぱり結城のこと好きなの?」
「どうしてそんなことを?」
「だって、あんなに一緒にいるのに付き合ってないんでしょ?ㅤ結城はああ言ってるけど月宮さんはどうなのかなって」
当然の疑問かもしれない。確かに、周りから見れば普通ではない距離感のくせに関係を聞くと友人と答えるのだから、訳がわからないだろう。
なにより、この質問には蓮也も興味があった。
「で、実際のところどうなの?」
「……好きじゃなければ、こんなに一緒にいたりしませんよ」
遥香の口から出た質問の答えは、蓮也が予想していなかった答えだった。
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