第8話 種子

「火器?」


 この世界では、ケンタウロスとエルフの精霊魔法による高度機動戦、及び航空作戦と魔法火力が戦場の主役であり、私が知る火力戦闘を基軸とする戦術とは全く別の経過を辿っているという事は、略奪についての情報収集を行っていると自ずと知れた。


「ええ、黒色火薬と鉄、鉛と木材さえあれば何とかなります」


 ならば、簡単に作れる初歩的な火器であっても、登場して対策を取られるまでの暫くは相当の威力を期待できるだろう。


「黒色火薬?」

「木炭、硫黄、硝石を混合したモノです」

「ふぅん……」


 ミニエー銃位ならば、今の我々でも作れるだろうと思っていた。

 しかし、私は理解していなかったのである。


 銃器制作の困難性を。




「旋盤無いじゃん」


 一回目の会議が終わった直後に気付いたのは、この手の金属加工に必須である加工機械と器具の不足である。

 旋盤とは、金属を回転させ、精密な円状切削加工を可能とする基礎的な工作機械であるが、少なくとも私の手元には無い。

 因みにコレが無いとネジさえ切れない。


「鋼材無いじゃん」


 火器――この場合作成しようとしているのは小火器、小銃であるが、その本体は、銃弾に十分な威力と精度を与える銃身と薬室である。

 この銃身と薬室は、発射時に極めて大きな圧力に晒される上、銃身に至っては弾丸という金属片が高速かつ連続に、強力な摩擦を発生させながら通過するという過酷な環境に耐えなければならない。

 その為には、高い耐久性を持つ高性能鋼材と、メッキ等の表面加工が必要である。

 が、私にはそのノウハウが無い。

 方法は一応知ってはいるが、机上の知識以上の事は分からない上、それに必要な薬品や、器具はない。ついでにノウハウも無い。

 既存鋼材で妥協する事も出来なくもないが、暴発事故等の恐れがあり、下手すれば武器として警杖ひのきのぼうの方が総合的に見てマシな恐れさえある。


「規格無いじゃん」


 統一した単位系を、我々は持たない。

 ドワーフの工房も、それぞれの工房が独自の規格を用いており、バラッバラである。チャーハンかよ。


「あっ、設計も分かんねぇ」


 私が詳細に渡って設計を知ってるのは、近代的な自動小銃や機関銃、戦車その他の現代兵器だけである。

 大昔の火器の設計は、一応は知っているが細部や加工方法までは分からない。


 どうしよう。




「んで……何で錬金術師と時計技師をウチで雇おうって話になったんだ?」


 怪訝な顔で、カタリナさんが書類レポートから顔を上げた。


「申し訳ございません。現状の我々の能力だけでは新たに製品や技術を開発する事は事実上不可能です」


 錬金術師。

 世の中の様々な物質を混ぜ、精製し、煮て、乾かし、熱し、冷やし、伸ばし、卑金属から貴金属 を生み出すことを目的として、日夜研鑽を行っている者である。

 努力に関わらず、卑金属から貴金属を生成するには化学的アプローチでは不可能で、衝突型加速機による物理的なアプローチものすごい力技が必要であるという事実は変わらないのだが、我々には彼らの物質精製や調合、計量や実験道具の制作、その他のノウハウが必要であった。


 そして、彼らは将来的には火器の開発だけでは無く、その他の技術――例えば製鉄や蒸気機関や内燃機関の開発に従事させるという野望があったが、それはまだ高望みというものだろう。


 そして時計技師。

 執務室に新たに設置された時計を見て咄嗟に思いついたのだが、彼らは精密な金属加工技術を持っている。錬金術師と時計技師。この世界では今まで別々に別々のモノを極めてきた彼らを協働させた場合、恐らくは良い反応が起こる筈だ――


 そんな事を説明すると、カタリナさんはいつもの通り、思考を巡らせ始めた。ペンダントをいじくり回し、暫くした後に椅子の肘掛けをコツコツと突いた後、突然に立ち上がった。


「よし、じゃあ雇いに行くか」


 嘘でしょ。



****



「僕を……雇ってくれるんですか?」

「え?私を?」

「本当に私で良いんですか?」


「うん、良いよ!我々には君たちが必要だ!」


 さて、突然『君をウチで雇いたい』と言って集まって来るのは、当然現状の待遇で満足しているような者では無く、爪弾きもの、変人、自己肯定感ゼロトラウマ持ち、追放者……と言った者達ばかりだった。

 ギャンブラーの経営者って怖いわ。

 私を雇う時点で中々に頭おかしいとは思ったが、まさか研究者錬金術師技術者時計技師までこうやって集めているとは思わなかった。


「……で、彼らの教育も私の仕事ですか」


「? そうだよ」


 ナンテコッタイ。

 執務室を後にし、教導室に座らせている彼らと対面する。

 その多くはドワーフであったが、時計技師は実力重視の業界という事か、人間も混じっていた。

 ある程度静かにしているが、何人かは辺りに立っている警備員に怯えているようだ。

 可哀想に。君たちはこれから彼らが持つ武器を作るんだよ。


「諸君!」


 教壇に登り、いつもよりは小さい声で呼び掛ける。ヨシ、聞こえてるな。


「ようこそカタリナ商会へ!私は君達の責任者を務めるリアムだ!よろしく頼む!」


 ハッキリした返事が無いが、彼らは兵隊では無いのでまぁヨシとしよう。


「ここでは一切の常識が通用しない。ドワーフと人は全く同様に扱われるし、君達が常識として知っている知識は全て捨ててもらう。それが出来ぬ者は出ていけ!」


 何人かが不安そうな顔をして顔を見合わせたが、彼らにはこの世界の常識を無視して貰わねば色々と困るのだ。

 我々はこの世界の常識や仕組みを、根底から壊そうとしている。

 カタリナさんは金の為に、私は国家を建設し、諸種族の平等を達成する為に。

 そして彼らには、その中枢神経として働いて貰わねばならない。


「そして君達にやってもらう仕事だが……先ずはを受けてもらおうかな」


 今日、私はこの世界に科学の種を撒く。記念すべき一回目の授業は「ろうそくと法則」だ。簡単な内容で、彼らも知っている内容だろうが、だからこそ科学的観点からのモノの見方を教えるには持ってこいの内容だろう。

 上手くいくかどうか、心臓が多少の緊張を訴えるが、それでもまだ脚は震えていないし、手もゆっくりと動かす事が出来た。声も大丈夫だ。ヨシ。

 暗幕を閉め、教室を暗くする。教室を照らすのはロウソクとランプだけだ。

 一本のろうそくを取り、ランプから火を移して燭台に立てる。


「さて、ここにロウソクがあるが――何故燃えていると思う?」


「火を着けたから……」


 眼鏡を掛けた、小柄な女――確か時計技師のシルビアだったかな――が、ナニを当たり前の事を言っているのだという調子で答えた。

 流石人間、しかも女で時計技師をやってるだけあって、中々に据わった根性だ。気に入った。


「では、どうやったら消える?」


 燭台を持ち、彼女の傍まで歩む。


「息を吹きかければ……」

「ではやってみたまえ」


 シルビアにロウソクを吹き消させると、当然に消えた。


「さて、では息を吹き掛ける以外の方法でロウソクを消せる者」


「はい」

「言ってみろ」


 ドワーフにしては細い躯体――今度は錬金術師のサンドロか――こいつも中々良い根性だ。


「芯を摘めば消えます」

「そうだな。他には?」


 芯をピンセットで摘んで火を消させた後、多少の困惑が面となって迫る。


「この容器の中にロウソクを入れてみよう。どうなると思う?」


 今度は誰も答えず、ガラス容器の中のロウソクに目を奪われていた。

 暫くすると、ロウソクが消え、芯からは白煙が立ち上った。


「消える。そして――


 白煙に火を近付けると、その白煙を火が伝って、再びロウソクに火が灯る。良かった。予備実験じゃ5回中3回は失敗したんだよコレ。


 ――この白煙はこの通り燃える。今見た現象は全て関連しているが、説明できる者は?」


 無し。


「説明しよう」


 すると、彼らの目が、限られた光源からの光を受けて一瞬ギラッと光った。良い反応だ。




 元々、この世界に錬金術や時計制作技術というがあったのは本当に幸いであった。もし無ければ、我々は土から畑を造らねばならなかった。

 しかし、この世界には既に土壌があった。後はこの種を発芽させ、芽を育て、根をしっかりと降ろさせ、そして資金という水と技術という肥料をやり、私という添え木に沿わせて茎を真っ直ぐと伸ばし、発展という果実を収穫するだ。


 そして、我々が小さくとも『果実』を得るのは、そう遠くない未来であろうという確信を、彼らの目から私は得ることが出来た。

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