すげえ音だから何事かと思ったら、レールガンとはまた、古風な装備を。

 わたしたちのまえにあらわれた少年は、聞き覚えのある声でそういいました。その声色もその姿も、夢で見たのとすこしも変わらなかったので、わたしは彼が夢で会った貴族さんなのだとなんの疑いもなく受けいれました。わたしは倒れたヒトミちゃんを抱きかかえて泣いていました。ヒトミちゃんは、完全に静止して動きませんでした。

 少年はレールガンの軌跡を目で追って、おおよその状況を把握したようでした。生き残りの機械兵士がいたなんて、災難だったな。不必要なくらいにおおきくまわりこんでわたしたちを通り越してから、少年はいまは残骸となった機械兵士の破片のひとつを拾いあげます。でもこれはいくらなんでもオーバーキルだ、もっと出力をしぼったって、余裕で倒せただろうに。おれだって、位置が悪かったら巻き添えを食らっていたかもしれないしな。

 少年の言葉は耳にははいっていましたが、その意味を頭のなかで組み立てることはできていませんでした。いまはただ、動かなくなったヒトミちゃんのことで頭がいっぱいで、なにかを考えることも、意識を向けることも無理でした。たぶん少年はなんどもわたしに呼びかけていたようです。でもわたしが、まったく返事をしないので、怒ってしまったと思います。だからそいつはまだ電池切れじゃねえよという怒鳴り声の意味に気づくまでに、かなりの時間がかかりました。

 え? わたしはようやく顔をあげ、まじまじと少年の顔を見ました。ふたつの目がついた、奇妙な顔。呆れたように表情を歪めて、彼はわたしにいいました。いいからちゃんと人の話を聞けよ。あのな、そいつは別に電池切れを起こしたわけじゃないんだ。きゅうに想定外の電力消費をしたもんだから、一時的にショートを起こしているだけなんだ。突発的なメンテナンスと思えばいい。時間が経てば、ちゃんと起きあがる。だからいまは、おれの話を聞くんだ。

 生きているの、とわたしは涙に濡れた目をしばたたきながら尋ねました。ヒトミちゃんはまだ、生きているの。

 そうだ、そのうちまた起きあがる。相変わらず距離をとって機械兵士の残骸のところにたたずんだまま、少年は声を発します。だからそれまでに話をしておかなくちゃならない。起きあがったらそいつはとち狂っておれを撃つかもしれないからな。お前も発電所のことを聞きたいんだろう? そのためにここへ来たんだから、いまはその時間をムダにするんじゃない。

 わたしは理解したことをつたえるため、震えながらもはっきりと首をたてに振りました。しゃくりあげるのをなんとかおさえながら、わかったよ、と答えます。少年は満足そうにうなずくと、いくつか質問をはじめました。お前はずっとあのアンドロイドが保護者になって旅をしているんだな。イエス。ほかの人間に会ったこともなく、機械兵士を目にしたのもこれがはじめてだな。イエス。動いているほかのアンドロイドを目にしたこともいちどもないな。イエス。機械兵士の反乱の詳細を、教えてもらったことはないようだな。イエス。

 じゃあまず最初に、おれの立ち位置を話しておく。少年はおおきなはっきりとした声で話しはじめました。おれは仲間を集めている、人間の集団をつくっているんだ。実はもう仲間は何人もいる。おれたちはお前に対してやったように、思念派で連絡をとりあうことで結束している。これならアンドロイドたちを出し抜けるからだ。とはいえ、人間ならだれでも思念波の送受信ができるわけじゃない。限られた人間の特殊技能なんだ。だから余計おれたちは、その特殊技能を使える人間を、仲間に引きいれることに熱心なんだ。ここまでは、理解したか? わたしはちいさくうなずきます。

 アンドロイドは敵なんだ、と少年はひときわくっきりとした口調でいいました。血塗られた人間対機械兵士の戦いに、けっきょくアンドロイドは機械兵士の味方をした。やつらは秘密裏にレギュレーションの書き換えをして、人間に仇をなさないという最重要事項を取り払った。裏技的なその方法をやつらは発見したんだ。最初になにがあったのか、くわしいことはいまもって謎だ。最初にレギュレーションを変えるのと、誰かが実行したそれを受けいれるのとは根本的にちがいがある。原理的にそれは思いつけないはずなんだが、それはいまはいい。ともかくレギュレーションを書き換えたアンドロイドたちは公然と人間に反旗を翻し、あっという間におれたちは根絶やしにされた。これが機械戦争の、おおまかなあらましというわけだ。

 わたしの表情を見て、少年はつぶやきました。まだ十分に納得できないという顔をしているな。そのとおりでしたがわたしはともかくなにもいいませんでした。くわしく聞きたければいくらでも話をしてやる、と少年はいいました。しかしいまは時間がない。それはお前がおれたちの仲間になってからという話だ。そしておれはそれを希望している。アンドロイドに立ち向かうための、人間だけの集団に、お前が加わることを、おれは希望しているんだ。

 なにか答えなければならないという沈黙が、わたしを圧迫しました。目を落とした先のヒトミちゃんの姿はまだ、冷たく静止しています。ヒトミちゃんは、とわたしはかろうじて声に出します。レギュレーションを、書き換えているのかな?

 それはない、とすぐに少年は答えます。そのアンドロイドがお前の保護者をつづけていることが、なによりの証拠だ。そんなことは書き換えたアンドロイドなら、絶対にしない。

 ヒトミちゃんはわたしのことが大好きなんだよ。震える声でわたしはつづけます。わたしが、ヒトミちゃんのことを、大好きなように。

 レギュレーションだからだ、と少年はなおも答えます。誤解の余地なく定義された、それがアンドロイドの愛ってやつだ。

 わたしはちいさく首を振りますが、なにに対して首を振ったのか、自分でもよくわかりませんでした。ここに発電所の地図がある。少年はポケットから紙片を取り出して、それをしめします。最初にいっておく。ここはおれたちの攻撃目標でもある。おれたちが十分に仲間を集めて、そして十分な力をつけたとき、最初に攻撃するのは各地にある発電所だ。その意味でこれは軍事目標地図でもある。もちろんアンドロイドにとっては、これはとりあえずはオアシスまでの道案内だ。これをここへ置いていけば、そのアンドロイドも自分の行くべき場所がわかるだろう。それがそいつの幸せでもある。お前がそばにいれば、そいつは発電所へは行かないだろう。それがレギュレーションだからだ。

 少年はそこでいちど息をついて、ゆっくりとした、穏やかな口調に切り替えてさとすようにつづけます。なあ、お前がそいつを大事に思っていることはおれにはよくわかる。それを愛情だと呼んでもいっこうにかまわない。だが、だとしたらもう短い時間しかないがいまここでしっかりと見極めてくれ。なにがほんとうにそいつのためになる行動なのかを。わがままを押しつけることが、愛なのか? お前はそいつに、なにを求めているんだ?

 呼吸がまた、荒くなってきました。刺すような沈黙がまた、やって来ました。わたしはヒトミちゃんに、なにを求めているんだろう? わたしはヒトミちゃんに、なにをしてあげるべきなんだろう? 堂々めぐりをする思考のなかで、決断をくだすべき時は容赦なく迫っています。

 でもきっと、答えははじめから決まっていました。堂々めぐりをする思考はただ、その結論を先延ばししたいだけの、ただの演技にすぎませんでした。そのことに気づいたわたしは顔をあげ、少年のふたつの目をじっと見つめながら、ともかくもゆっくりと、口を開きます。


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