第六話 海に温泉で気が気でない

第六話 海に温泉で気が気でない ①

「海だ! 海っ!!」

 おぼん休みの真っ只中。僕は奈緒、理沙先輩と一緒に伊東いとうにやって来た。

 コバルトブルーの海が映える賑やかな海水浴場。美しい海を照らす眩しい太陽。これは堪らない!!

「ちょっと、颯太、あたしを忘れているでしょ!」

 僕の心の中を読めるんですか? 超能力者なんですか?

「優奈っ……」

 行く予定は無かったのに、『宿を缶詰にして勉強する為』と強弁きょうべんして加納子さんから許可を貰いついて来た馬鹿姉貴こと優奈。当然、そんなつもりはいささかも無い。Hカップの爆乳を強調しようとちょっとキツめのビキニを着ている。

「姉貴……その水着、キツくないのか?」

 あふれそうな優奈の胸を見て奈緒が言う。

「ふぅん、嫉妬しっとしているんだぁ。あたしのHカップに」

「デカさではワンランク下だが、俺の方が形は良いだろ」

「ムムッ……。デカさは正義、デカさは正義! 爆乳に勝るものは無し!」

 一体何のマウント合戦をしている事やら。

 そしてその脇にいる貧乳を遥かに通り越した無乳の理沙先輩…………魂が抜けているっ!!

「だ、大丈夫ですか……理沙先輩」

「きょ……にゅー……」

「…………悪い、理沙」

 奈緒が気まずそうに言う。

「平っ気……。ね、奈緒、行こうよ! 遊ぼうよ!」

「立ち直るの早いですね……」

 僕は言う。

「いつまでもウジウジしていたら楽しく過ごせないぞ!」

 見習いたいこのポジティブシンキング。理沙先輩は半ば強引に奈緒の手を持ち、一緒に砂浜に行く。奈緒が片手に持つのは……小さなスコップだ。砂浜に行って、やる事と言えば……。


「か、可愛い……」

 僕は奈緒の姿を見て、思わず萌えてしまった。

 奈緒は理沙先輩と一緒に、砂で城を作っている。まるで子供の様に。

「颯太君も一緒に作る?」

 理沙先輩が言う。

「いや……奈緒がこんな子供っぽい事を」

「んあっ? 悪いか?」

 奈緒はいつもように悪態をついてくる。

「奈緒のイメージと……ちょっと……」

「たまには童心どうしんに返りたいんだよ。お前もやるか?」

「えっ? 砂のお城……」

「正直になりな? お前もやりたいだろ?」

「うううううう……やりたく……い…やりたーーい!!」

「最初からそう言え。さあ、こっちに来いよ」

 僕は奈緒と理沙先輩と一緒に、砂の城作りに熱中した。

「出来たぁ!」

 目一杯大きな砂の城が作れた。三人の合作、大きなお城。こりゃ素晴らしい!!

「颯太、覚えているか? 俺がお前を連れて来た理由を」

「覚えているって! よし、作ったお城を……」

 僕は立ち上がり、防水ケースに入れて首から提げたスマホで作った砂の城をカメラに収める。良い思い出が作れたぞ……。

「さあ、こいつを……ああっ!!」

 波が来て、僕達が作った砂の城はあっという間に流され、跡形も無く消えていった。

「……………」

 悔しくて何とも言葉が出ない。折角大きなお城を作ったのに。

「気を取り直して……颯太君、あたしらの写真を撮って欲しいな」

 理沙先輩が言う。

「そうだな、頼んで良いか?」

 奈緒が同調する。

「分かった。じゃあ、撮るとするか。よーしっ……」

 僕は引き下がって、上手い具合に撮れる位置に……理沙先輩ぃ、そこ代われ、そこ!!

「何て姿勢を……」

 理沙先輩は脚を真っ直ぐに伸ばして座り、奈緒は先輩の頭上におっぱいを乗せる。何だこれ、羨ましすぎる。前世でどんな徳を積めばこんな事が叶うんだぁぁぁっ!! あのおっぱいの感覚を生で感じ取っているんだろ、僕も感じ取りてぇよぉぉぉぉぉっっっ!!!!

「一度この姿勢で撮ってみたかったんだよねぇ、奈緒っ」

 理沙先輩がニヤけ顔で言う。

「奈緒……良いの? こんな事をされて……」

「前から理沙がやりたいと言っていたからな。俺も中々面白いと思ったわ」

「そ、そう……。うううっ……じゃあ……撮るよ…!」

「はいっ!」

 理沙先輩ははにかんだ笑顔でこちらを向いた。これが僕の画像フォルダーに……。うぅぅぅぅぅ、そこ代われ、そこ代われ、そこ代われ、そこ代われ……。

「颯太君っ、どうしたの?」

 ギクッ!

 もしかして僕の心読まれた? 訳無いよな、無いよなぁ……。

「颯太、お前も理沙と同じ構図で撮られたいか?」

「えっ……な、奈緒っ……えっ、ええええっ?? そ、それって……」

「冗談に決まっているだろ」

「だよねぇ」

 何でこんなので一喜一憂しているんだ、僕は。

「と言うか、優奈の事を忘れてない?」

「そう言えば来ていたな、姉貴」

 扱い雑っ!

 しかしどこにいるんだろう優奈、まさかナンパされたり……。

「あれ、優奈さんじゃない?」

 理沙先輩が指し示す方向に、優奈の姿があった。どうやら、場違いなスーツ姿の男性二人と話をしている。一体何をしているのだろう。まさか怪しい人だったら怖いな。

「奈緒、ちょっと優奈が心配だから見に行こうよ。僕一人じゃ心許こころもとない」

 僕は言う。

「お前一人で行けよ、別に姉貴の事なんてどうだって良い」

「奈緒、薄情はくじょうだね! もし誘拐ゆうかいとかだったら……」

「仕方ないな……。一応、俺も一緒に行ってやる。理沙はそこで待っていてくれ」

「分かったよ」

 僕と奈緒は優奈がスーツ姿の男性二人と話している場所へ行った。


「ちょっと颯太、奈緒っ、割り込まないでよ。大事な話なんだから」

 来た途端の反応がこれかよ。

「あの……一体何の『大事な話』なんです?」

 奈緒はスーツの男性に無愛想ぶあいそうな顔で反応した。

「アイドルのスカウトですよ。美人で、スタイルも良いので是非ともうちにと思いまして……。貴女あなたは優奈さんのお姉さんですか?」

 スーツ姿の男性は言う。

「ええ、そうですが」

「嘘つけ! 姉はあたしだ!!」

 優奈はムキになって反発。

「……妹さんなんですね。そちらは弟さん?」

「はい、そうですけど」

 僕は言う。

「ああ、やっぱり。似てますもんね」

 絶対に思ってないだろ。

「妹さんもすごい美人ですね……」

「ええ、どうも」

「良かったらあなたもどうですか?」

 スーツ姿の男性は奈緒に名刺を渡す。んっ? どれどれ……セクシーオンデマンド……こ、これって……うわっ、不味い、ヤバい、大変な事に!!!! 絶体絶命の危機、逃げろ、奈緒、優奈ぁっ!!!! こいつらに捕まるなぁ!!!!

「へぇ。なるほど、分かりましたよ……何がアイドルですかふざけんな糞野郎が!!」

 奈緒はスーツ姿の二人を罵倒ばとうし、つばを吐きかけた。いいぞもっとやれ! ついでに僕にもやってくれ!

「つ、唾を吐くなんて汚らしい! 警察を呼びますからね!!」

「うるせぇ死ね、警察を呼びたいのはこっちだ、この女衒ぜげん野郎め。姉貴、早く逃げるぞ」

「ちょ、ちょっと……」

 奈緒は優奈の腕を引っ張って逃走。僕も一緒に逃げる。スーツの二人は追いかけようと走るが……途中で何やら石に突っかかって転んで、スーツも砂まみれだ。ザマぁ!! その後は諦めて引き返したようだ。

「な、何があったの? あの人達、悪い人だったの?」

 理沙先輩は不思議な顔をしていた。

「奈緒のせいであたしのアイドルデビューのチャンスが台無しになった!」

「何が台無しだよ、姉貴の危機を救ってやったんだから感謝しろ!」

「それってつまり……」

 そう言う理沙先輩に、奈緒はさっきの名刺を見せた。

「ああ、そう言う事ね……。良かったね、優奈さん」

 理沙先輩は名刺を見て全てを察したようだ。ゆっくりと頷く。

「ちょっと、それ、どう言う事っ? アイドルじゃないの? 何なの?」

「心が綺麗な人には分からないよ」

 僕は遠回しに言っておいた。

 というか、僕も、奈緒も、理沙先輩も、あれがアレだと理解できるのだから心が汚れているよなぁ……。何はともあれ優奈は救われました、めでたしめでたし。

「あたしのアイドルの夢が……」

「だからアイドルじゃ無いんだが……。まあ、思い切り遊べばそんな事も忘れるだろう。遊ぼうぜ、昔みたいに」

「そ、そうだ……。ちょっと待って海の家に行くから」

 優奈は海の家へと走って行った。現金は持ってないというか持ち込める訳が無いから、首から提げたスマホでPayPayで買うのだろう。

 暫くすると、優奈が水鉄砲を四つ持って戻ってきた。

「じゃーん! どうよ、水鉄砲! これで遊ぼっ!!」

 子供のようなドヤ顔の優奈。僕ら三人に水鉄砲を渡す。

「ああっ! 楽しそうだなぁ」

 嬉しそうな顔をする理沙先輩。

「姉貴もたまには良い事をするな。よし、遊ぼうぜ、これで」

 奈緒もすごく嬉しそう。

「そんな事を言っている隙に……喰らえ、ハイドロポンプマシンガン!!」

 どうやら優奈はあらかじめ水を溜めていたみたいだ。奈緒の顔面に水鉄砲をぶっ放す。しかしそれにしても酷いネーミングセンスだ。

「やったな? よし……」

 奈緒は海水を水鉄砲に入れ、優奈に向けてぶっ放す。

「お返しだ、ソルトウォーターバズーカ!」

 奈緒も大概たいがいだな、ネーミングセンスに関しては。

「こんやろー!」

 優奈の水鉄砲返し。

「こん“やろー”? 俺は女だぞ、このアバズレがぁっ!」

 二人は不毛な水鉄砲合戦に発展していった。そんな微笑ましい(?)様子を眺めていると、なんだか笑えてくる。

「何だかんだ言って、仲が良いんだね」

 理沙先輩はクスクス笑いながらその様子を眺めていた。

「姉妹ですからね」

 僕は言う。

「ねえねえ、折角だから水鉄砲で遊ばない?」

 二人が撃ち合っている中、理沙先輩が提案した。

「どんな遊びだ?」

 奈緒が聞く。

「水鉄砲鬼ごっことかどう?」

「それは……」

「説明するまでもないよ、こんなの。水鉄砲を撃たれた人が鬼! 簡単でしょ?」

「うわっ、くだらな。やろうぜ」

「優奈さんも颯太君もやるでしょ?」

「おおっ、やる、やるっ!」

 優奈は大喜びで言った。

「颯太君はっ?」

「えっ、僕……やるの?」

「きっと楽しいぞ」

 奈緒が言う。

「うーん…………やるっ!」

「迷っていないで正直に言えよ。じゃあ、じゃんけんで誰が鬼か決めような」

「最初はグー、じゃんけん……ポンッ!」

 結果は僕の負け。僕、鬼確定。

「じゃあ、十秒待ってね」

「OK……いーち、にー、さーん」

 さあて、その間に海で水の補充でもしておくか。タンクにたっぷり海水を補充、っと。戦いのフィールドは海の浅瀬あさせ。もっちろん、奈緒を真っ先に狙うぞ。楽しそうに逃げる奈緒の背中を、追いかけつつ、そっと、そっと狙い……。あれ、全然当たらない、手前で止まる。どうしてだ? もっと、

「下手糞!!」

 奈緒に煽られてしまった。

「くぅ……。えいっ、えいっ、えいっ!!」

「撃てるものなら撃ってみろ!!」

「くっそぉ!!」

 しょうがないな、目標を……こいつだ!!

「ああっ! あたしのHカップ爆乳がぁっ!!」

 優奈が叫ぶ。

 やっべ、変な所に当たってしまった!! うわっ、どうするか。

「ご、ごめん、狙うつもりは無かったんだ」

「黙って触っちゃダメでしょ、触りたい時はちゃんと言うんだゾ!」

「あーはいはい」

「ええっ? あたしのおっぱい触りたいと思わないの?」

「……優奈が鬼ね。逃げよっ!」

「ちょっとぉ……。まあ良いよ、いーち、にー……」

 今度の鬼は優奈だ、逃げるぞ!

「理沙先輩、楽しいですねっ」

 逃げながら僕は言う。

「でしょ? 馬鹿になろうよ、こう言う時くらいっ!」

「まーてーっ!!」

「うわっ、また鬼は勘弁かんべんっ!」

 優奈が撃ってきたので、僕は水中に潜って回避した。

「そ、それ反則じゃ……」

 優奈が言う。

「問題無いですよ。海に潜っても良いじゃないですか」

 理沙先輩が返す。

「えっへっへ、その隙に……」

「あっ!」

 油断した理沙先輩の背中に命中。今度の鬼は理沙先輩だ、逃げろっ!!

(もうちょっと潜っているか)

 理沙先輩が鬼だからな、めっちゃ近い。でも潜っていれば安心だ……いや待て苦しい、これ以上潜ったら……ぷはぁっ!

「はいっ、命中っ!」

 海中から出た刹那せつな、僕は撃たれた。

「ちっくしょー!」

 二度目の鬼だ! 追うぞコラァ!

 こんなバカバカしい遊びを僕らは飽きるまで楽しんだ。


「一回くらい鬼になりたかったわ。撃てなかったのか?」

 遊び終えて、海の家で休みがてら食事を取っている時、奈緒が言う。

「むっ、無理だって……。華麗にかわすものだから……」

 理沙先輩が言う。

「ねえねえ、もう一回やらない? あたし、もっといっぱい遊びたい!」

 優奈が興奮気味に言う。

「無理っ! 今度は温泉だ、ゆっくり休もうぜ」

 奈緒が言う。

「ケチ……」

「ケチで悪かったな。今日の旅館は貸切かしきり露天ろてん風呂ぶろ付きだぞ」

「マ、マジっ?」

 貸切露天風呂だってぇぇぇぇぇ??

「颯太、なんだその反応は……」

「貸切って……つまり、僕らだけの露天風呂って事でしょ? それって……えっ……」

「何を想像しているのだ?」

「な、何でも無いっ!」

「なーおっ、一緒にお風呂入ろうね」

 理沙先輩が言う。

「ああ、海を眺めながら一緒に入れば格別だな」

 えっ……理沙先輩と奈緒が……一緒に……お風呂っ??? と……取られた! 奈緒と一緒にお風呂入るのは僕が最初だと思っていたのに!

「理沙先輩……奈緒と一緒に温泉入るなんて……」

「そっ、颯太君……怖いよその顔」

「二人っきりなんですよね? たいそうラブラブなんですね!」

「おかしいの? 友達と一緒に温泉入るの……」

「…………あっ、よく考えたら何もおかしくありませんね。失礼しました」

「颯太君っ?」

 何を考えていたんだ、僕は。友達と一緒に温泉とかザ・王道って感じの友情だよな……。

 しかし楽しい海だったなぁ。また行きたいな……。これだけで今年の夏休みは人生最高の夏休みになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る