第五話 文化祭が気が気でない

第五話 文化祭が気が気でない

「それでは投票に移りたいと思います。皆さん、伏せて…手を挙げてください」

 クラス委員長の田口たぐち志乃しのさん。眼鏡めがねをかけた如何いかにもな優等生ぶりっ子の彼女の言葉で運命の投票は始まる。

 今、この時、僕のクラス、一年四組が文化祭で何の出し物を出すかが決まるんだ。僕が提案した縁日えんにちか、誰かさんの提案した喫茶店きっさてんとお化け屋敷やしきの三つに絞られた。当然、僕は縁日に投票する。たこ焼きと射的、ヨーヨー釣り、それからラムネ。この四つはゆずれない! 絶対に縁日に……なれ!

「それでは……喫茶店が良い人」

「お化け屋敷が良い人」

「縁日が良い人」

「はい、はい、はいっ!!」

 この時、僕は思わず声を上げ、思いきって張り切って手を振り上げた。

「岩崎君、主張が激しすぎです。もうちょっと自制じせいしてください」

 田口さんが呆れて言うと、教室が笑いに包まれる。

 うわぁ、やらかした。僕がやりたい事だもんで、ついつい……。しかし結果はどうなってのか?

「……皆さん、顔を上げてください」

 黒板に結果が……うおおおおおおっ!! よしっ!!

「投票の結果、縁日に決まりました。皆さん、拍手を」

 こりゃ拍手はくしゅ喝采かっさい

 大喜びでガッツポーズをした僕だが……過ちに気がついたのは次の瞬間。

「颯太ぁ……静かにしろよ」

 あの風見に言われるなんて……僕は何て事を!!

 教室の視線が一カ所に集まる。あー、やっちゃったな、大失態!

「岩崎君、落ち着いてください。自分の提案が採用されたからと言って……」

 毎度思うんだが岩崎君って聞き慣れないな。まだ『丸山君』の方がしっくりくる。このクラスには岩崎桃子ももこという同姓の子がいるのだし、颯太君とでも言って欲しいのだけど。

 それはさておき、来月初旬しょじゅん、七月頭は待ちに待った文化祭! 沢山の人が来るのだろうな。他のクラス、色々な部も回りたい。とても楽しみだ……が、一つ懸念けねんがある。それは……

「ねえっ、奈緒っ、文化祭出るの? ねえ、ねえっ!」

 帰りがてら、僕は奈緒にちょっとねちっこく聞いてみる。

 奈緒は学校の行事を蛇蝎だかつの如く嫌う。どれ程かって? 中学生の頃、自分の卒業式にも出なかったくらい。その日、サボって親に内緒で秋葉原に遊びに行っていたらしい。体育祭にも、林間学校にも、はたまた修学旅行にも出なかった奈緒。仲が良い訳でもない、趣味も合わない人のノリに合わせるのが嫌と言うのが理由らしい。

「文化祭か? 出るぞ」

「ええっ? 出るの!?」

「ああ。高校生から、学校の行事に参加するようにしているからな」

「ど……どうして? ねえ、何があったの? ねえ」

「しつこいな、お前。理由は何だって良いだろ」

「意地悪……」

「ああ、意地悪だ」

「開き直るなよ。それで、奈緒のクラス……何組だっけ」

「忘れたか? 二年三組だ」

「ああ、そうだ! 二年三組だよね。何をやるの?」

「ちょっとした喫茶店だな。大したものじゃない」

「そっか。僕も行きたいな」

「……余り来て欲しくないが、まあ良い」

「えっ? 嫌なの?」

「何と言うか……恥ずかしい」

「奈緒でも恥ずかしいって思うんだ」

「当たり前だろ! 悪いか!」

「もしかして……ツンデレ?」

 僕が言った途端……痛えっ!! また僕を殴った!

「ちょっと奈緒っ、怒る必要は無いでしょ?」

「黙れ」

 高圧的に僕を睨む奈緒。

 何か逆鱗げきりんに触れるような事でも言いましたか? どう考えて心当たりが無いのですが。

 まあ、そんな事はどうでも良い。奈緒の二年三組が喫茶店を開くって情報が聞けて良かった。奈緒は店番でもするのかなぁ? その時間帯に行きたいな。どんな服をするのだろう。その日が楽しみだ。ムフフフ……。


「お次は……招き猫の貯金箱だ」

 今日は文化祭の二日前。明日まで、丸二日かけて準備の一日目。

 僕は風見達と一緒に、射的の準備をしていた。

 本物を使うと落ちて傷がつくので怖い。だから段ボールで張りぼてを用意して、それを撃って貰うスタイルにした。神社風に、賽銭箱さいせんばこやおみくじを設置したが、これも僕のアイデアだ。ラムネに焼きそば、ヨーヨー釣りも……全部が僕のアイデアだ。そう、これは僕が考えた最高の出し物!

「割り箸で輪ゴム鉄砲なんて原始的だなぁ。もっと良い方法は無かったのか?」

 割り箸を組み立てて鉄砲を作っている中島が愚痴る。

「いやぁ、これが最善でしょ」

「そうか……?」

 そう言いつつも、中島は粛々と割り箸鉄砲を組み立てていった。

 さあ、次の張りぼてに……って、おいおいおいおいおいおいおい…………

「風見、それは余りにも……」

 風見は分厚くて大きい箱に、ゲーム機・Touchタッチの写真を貼り付けていた。

 これを文化祭の景品として出すなんて無茶な……。と言うか、クラスの予算を余裕でオーバーしてしまう額だろ? そんなの許可が下りねぇよ。

「だって、射的には客寄せパンダが必要だろ?」

「あのね、それだけで予算……」

「もし撃ち落とす奴が現れりゃ俺が自費で出す! 後で郵送って事にして。まあ、平気だろ。こんなに分厚けりゃ、だぁれも取れやしない」

「えっ……。あの、田口さん?」

 僕はそこを通りかかった田口さんに声をかけた。

「はいっ?」

「風見が……Touchを景品で出すって言うんですが……」

「風見君が自費で払うんですよね?」

「聞いていたんですか?」

「ええ。風見君、そうですよね?」

「はい、そうでぇす!!」

 風見は自信満々に答えた。

「まあ、客寄せとして良いとは思いますが……」

「思いますが?」

「……良しとしましょう」

 良いのかよ。紛らわしい事を言うな。

 これで射的にTouchを景品として出す事が決定。後悔するなよ、後悔するなよ……。


 昼休みになって、僕はいつものように図書室へとやって来た。

 片隅の方からは、奈緒と理沙先輩の談笑。微笑まし……

「奈緒のメイド服…早く見たいなぁ」

「えっ、ええええええっ????」

「颯太、お前、図書室で騒ぐな!」

 奈緒がわざわざ僕の方に来てくれて、頬を一発ビンタした。うぎぃ、痛ぇ!

「奈緒……やり過ぎだよ」

 その後ろで諫めるように理沙先輩が言う。

「ううう……痛いなぁ。いつものように一緒に話がしたいだけなのに」

「ならば騒ぐ必要も無かろう?」

「そ、そうだけど……」

 僕は理沙先輩と並んで座った。その向かい側には奈緒。理沙先輩がいる日の、いつものスタイルだ。

「奈緒……さっきの話って本当なの?」

「さっきの話とは何だ?」

「あれっ? 奈緒のメイド服?」

 理沙先輩が、僕が言いたくても言えない事を代弁してくれた。

 その話を聞くと……奈緒は恥ずかしそうに顔を赤らめる。可愛い……普段、あんなにキツい奈緒がこんな顔しているのが良い。普段からこんな顔していたら意味が無い。キツい顔をしている奈緒が照れているから良いのだ。要するに、ギャップ萌えってやつだ。

「颯太、お前……」

 モジモジしている奈緒が可愛い。

「どうしてメイド服って事に……」

「クラスの奴が言い出しただけだ。別に俺は……」

「そのクラスの奴が奈緒なんだけどねぇ」

 理沙先輩……えっ、まさか奈緒自らメイド服って?

「理沙、余計な事を言うなよ。そ、そのだな……。一度は着てみたいと思ったんだ、メイド服って奴を……」

「正直に言いなよ。ねっ!」

「理沙……。メイド服を一度着てみたいと思っていたが、中々機会が無くて……。丁度良いからこの機会に、と思って……」

「メイド服は女オタクの夢だもんね!」

「理沙、主語が大きすぎるぞ……」

「アッハッハ、ごめんごめん。颯太君っ、お姉ちゃんのメイド服見たいでしょ?」

「えっ……えっ、ええええっっ……」

 理沙先輩……詰め寄るなよ。

「正直になりなよ、ねっ!」

「うっ……見たい! 奈緒のメイド服、見たいっ!!」

 何たる仕打ち! 本人がいる前で、この様な羞恥しゅうちは……。

「見たいなら来いよ。何時にいるかは教えてやらんが」

 奈緒は不敵に微笑ほほえむ。

 いやぁぁぁぁ!! 奈緒本人にこんな事を言われたら……うおおおおおおおおっっっ!!!

 行く、行く! 絶対に行く! 僕自身の目に焼き付けてやるんだから。


 そんな訳で僕は奈緒の二年三組にお邪魔する事になった。

 理沙先輩を連れて……。連れてって言うのもおかしい、僕が二年三組の教室に入ろうとする列に並んだ時、勝手についてきたんだ。あたしも一緒に入りたい、って。

「すごい並んでいますね……。本当に高校の文化祭なのでしょうか……」

「奈緒が人気なんじゃないの? だって、奈緒のメイド服とかまさしく鬼に金棒だよね」

「ですよねぇ」

「ああ、分かる? やっぱり弟である颯太君が一番奈緒の可愛さを分かっているんじゃないの?」

「そ、そうかも知れませんね……」

 こんな風に理沙先輩と話しながら二年三組の教室に入った。

「いらっしゃいませ……来たのか、お前達」

 いつもながらの横柄な態度で僕達を出迎えた奈緒。メイド服を着ている。これが……可愛い! たまらなく可愛い!! ニヤニヤ……しちゃダメ、平常心、平常心……。

「おおっ、似合ってるぅ! とっても可愛いよ、奈緒っ!」

 理沙先輩は隠そうともせずに奈緒を褒め称える。

「可愛いだと? 俺はそんな柄では……」

「柄じゃないからこそ可愛いの!」

「ああっ? お前は何が言いたい。と言うか早く座れ。いつまでも突っ立っていたら邪魔だぞ」

「はーい! じゃあ颯太君、座ろうよ」

 僕は理沙先輩と一緒の席に着いた。教室の机を二つくっつけて作った、貧相な二人用の席。みすぼらしさを誤魔化す為に、クロスで覆われている。

 席の上にはメニューが。食べ物は……パンケーキしか無いのか。まあ、文化祭で沢山のメニューを出せと言うのも酷だな。メープルシロップ、チョコソース、キャラメルソースから選べる。コーヒー類はやたらと充実。アメリカン、エスプレッソ、カフェラテ、カフェオレ、ココア……全部インスタントなんだけどね。だって、後ろでインスタントコーヒー淹れているの見えるもの。

「何を頼む?」

 理沙先輩は聞いてきた。

「うーん……。ココアかなぁ」

「フフッ、味覚が子供なんだねぇ」

「ちょっと、バカにしてないでくださいよ。と言うか理沙先輩は……」

「カフェオレ!」

「大して違わないじゃないですか」

「アッハッハ、そうかもねぇ」

「仲が良いんだな。早く注文しろ」

 怒り気味に奈緒が僕達の所に来て、睨み付けてきた。

「その怒った顔も素敵だぞ! なーおっ」

「確かに……」

 何となく分かるな、その気持ち。何となくだけども……。

「お前達……。とにかく何を注文するか、さっさと言え」

「じゃあ奈緒、僕はココアをお願いして良いかな?」

「ココアな。理沙は?」

「あたしはカフェオレに……パンケーキのチョコソースお願いね。『リサちゃん♡』って書いてお願いね。リサはカタカナで良いから。最後にハートマーク、忘れずにつけてよ」

「誰がやるか、馬鹿が」

 友達のお願いに、奈緒は不機嫌な顔をした。

「じゃあ僕もパンケーキのチョコソースを……」

 僕も食べたくなったので、頼んでみる。

 僕と理沙先輩が頼むと、奈緒は嫌そうな顔をしてカウンターへ行き、パンケーキを作り始めた。

「理沙先輩、余計な事を……」

「良いから、良いから!」

「良いから、って……」

 しばらくして、奈緒が僕達の所に来た。

 注文通り、カフェオレとココアと……パンケーキ、理沙先輩の分には『リサちゃん♡』と、僕の分には『そうた♡』と、字が…………『そうた♡』だって? ヤバい、何も頼んでないのに、うおおおおおおおおおおっっっっっ!!!! 嬉しい、嬉しすぎるっ!! 何だこれええええええええっっっっっっ!!!!

「奈緒、これ……」

「特別サービスだ。友達と、弟だからな」

「僕は何も頼んでないけど……」

「…………」

 奈緒は赤面してチョコソースを持ち、『そうた♡』の字を塗り潰した。余計な事を言ってしまったものだ。

「さあ、さっさと食え! 早く、早く!」

「ありがとねぇ、奈緒っ」

 理沙先輩が嬉しそうにして、僕と先輩の二人は飲み物とパンケーキに手をつけた。これが美味い、とんでもなく美味い! 今までこんな美味いココアにもパンケーキにも出会った事が無いぞ。どうしてこんなに美味いんだ……あっ、そうか! 奈緒の愛情が……僕への愛情ってあるのかな、奈緒に。姉としての情はあるみたいだけど。

 まあ、そんな事よりも食べよう。早くしないと冷めてしまうな。

「理沙先輩、先輩はこれからどこへ……」

 食べつつ、飲みつつ、僕は聞く。

「あたし? あたしはこれから奈緒と一緒に颯太君の教室に行くんだ」

「おい、予定をバラすな!」

 後ろから焦ったような奈緒の声。声の方に目を向ければ、奈緒は制服姿に戻っていた。

「奈緒、いつの間に着替えていたの?」

「メイド服か? そろそろ俺の番は終わるから脱いだ」

「で、でも、着替えている所、誰かが見ていたんじゃ……」

「制服の上に重ねて着ていただけだ」

「そうなんだ。暑かった?」

「いや、そうでもないが」

「そう……」

 ああ、勿体ない。もっと早く並んでおけば良かった。そうすれば奈緒のメイド服姿をもっとじっくり見られたのに……残念。多分、二度と見られないのだろうなぁ。

「颯太、お前のクラスには射的があるのだろう?」

 奈緒が聞いてきた。

「あるよ。Touchとか……」

「Touch? あのゲーム機の?」

「そう。風見がどうせ取れないだろうから、客寄せパンダに、ってもし当てられたら自腹で買うって豪語ごうごして……」

「丁度良いな。自分だけのTouchが欲しいと思っていた所だ。やらせて貰おうじゃないの」

 奈緒は自信満々に言っていた。あれ、客寄せパンダだから取られる事は想定していないのだけど……。


 僕が理沙先輩と一旦別れ、教室に戻り風見と一緒に射的の店番に立った時。丁度その時、奈緒と理沙先輩が来た。

「あっ、お久しぶりです、奈緒さん……。相変わらず美人ですねぇ」

 奈緒と理沙先輩が来ると、風見が露骨に奈緒の胸へ視線を向けながら、気持ち悪い声を上げた。

 理沙先輩は何だか嫌そうな顔をして、風見から目を逸らしていた。

「な、奈緒……ちょっとトイレ行ってくるね」

 そう言って、すぐさま教室を抜ける。風見の気持ち悪さに耐えられなかったか。

「久しぶりだな、風見。Touch、あるのだろう?」

「はいっ、ありますよ! ね、これ、見て!」

 そう言って、風見は大きなTouchの箱を見せつける。奈緒は風見の言葉を聞いたら、早速割り箸鉄砲に輪ゴムをセットした。これを撃ち落とすのは不可能だろう、そう思って置いたこの箱。今までも結構な数の人が撃ち落とそうとして失敗しているから、風見の客寄せパンダとしての目論見は成功しているのだろう。まあ、精々やって、失敗すれば……

「何だ、一発で落とせるじゃ無いか」

 ええええええええええええええええっっっっっっっっっっっっっっっ????

 落とした、奈緒が、風見が用意したTouchの箱を易々やすやすと倒しやがった!

「……………」

 風見ぃ!!

 明らかにばつが悪そうな顔をしているぞ、お前。そりゃ当然だ、倒されるなんて完全に想定外だったからな。それが僕の姉である奈緒と言うのも何か気分が悪そうだ。

「何を引きつった顔をしている、風見よ。手持ちの弾は後四発、俺の温情でその四発は捨ててやる。これで文句無いよな?」

「お、温情……」

「ああっ? 景品として出して、倒されたのだぞ。景品は贈るのが当たり前だ、さっさと寄越せ」

「これ……後から郵送する形で……」

「ならば先にそう書いておけ、全く。まあ良い、必ず郵送するんだよな?」

「じゅ…住所……」

「住所? 知っているだろ? 颯太と同じ家だ。早急に送付しろ。新品でな」

「そ、颯太ぁ……金貸してぇ」

 風見が僕にすり寄る姿勢を見せる。

「嫌だよ」

 僕はきっぱり拒絶した。

「金が無ければサラ金で借りれば良いだろ? なあ、そこに景品として出したからには責任を取れ」

 奈緒は風見を威圧いあつする。もうやめて、風見のライフはゼロよ!

「ヒィッ! やります、やります……」

 ったく、調子に乗るからこうなるんだよ、もう……。

「奈緒、良かったね……。ああ、そう、神社とおみくじもあるから……」

「颯太、お前は俺が神を信じているとでも思ったか?」

「そ、そう言うタイプ……なの?」

「ああ。形上はキリスト教だがそれも一切信じていないし」

「えっ、キリスト教とか初耳なんだけど」

「正教会な。社会科が得意なお前なら分かるだろ?」

「ま、まあ……。でも、ヨーヨー釣りとかもやって行けば?」

「俺はこれの為に来た。もう用は無い」

 そう言って、奈緒は去って行った。

 そして息をしていない風見。完全に放心状態になっている。

「大丈夫か?」

 僕は声をかける。

「大丈夫……だ」

「あんまり大口叩くなよ……。取られる可能性、考えなかったの?」

「全く無かった」

「ダメじゃ無いか……」

 僕は呆れる他無かった。

 とは言え、風見の客寄せパンダのお陰で客入りは上々、めっちゃ売上を稼げたし、その売上から、補填ほてんしても良いのでは。ここは田口さんと交渉だ。

「田口さん、Touchを取られてしまったのですが、Touchを置いたお陰で客入りが良くて、予想を上回る売上が出ました。だから売上から代金を出して……」

「ダメです。風見さんが払う約束だったでしょう?」

 はい、終了。

 風見は……目に涙を浮かべている。本当に弱っちい奴だな。

 まあ、何はともあれ、良い文化祭に出来て良かったな! 大満足の心持ちで一日を過ごす事が出来た。文化祭、大成功だ!!!


「颯太君、良かったの? クラスの打ち上げには参加しないで」

 その日の夕方。僕は奈緒、理沙先輩と一緒にファミレスに来ていた。

 理沙先輩が聞いた通り、クラスで打ち上げをやっているのだが……しかし何か参加する気が起きず、見送り、奈緒達と一緒に静かな打ち上げ……と言って良いのか分からないが、三人で会食する事にした。

「乗り気じゃなかったので。無理に参加して後悔するなら、参加しなかった事を後悔した方が良いかなぁ、って思いまして」

「変な理屈だなぁ。ねえ奈緒、メイド服、最高に可愛かったよ」

「可愛いと言うのは柄では無いのだが……」

「柄で無い奈緒が可愛い格好するから可愛いの!! 同じ事言わせないで!!」

「そ、そうか……?」

「照れてる、照れてる、可愛い、可愛い!」

「ったく、馬鹿にするな!」

「そのいつものツンツンな奈緒もス・テ・キ!」

「ったく、お前は……」

 奈緒はため息をついているように見せかけて……理沙先輩とじゃれ合っていた。

「ねえ奈緒、そろそろ夏休みが始まるよね……」

 僕は言う。

「ああ、そうだな」

 奈緒は返す。

「あっ、そうだ、颯太君」

 理沙先輩が言う。

「奈緒っ、あの話、して良い?」

 小声で、奈緒に何やら確認を取った。丸聞こえだけれども。

「あの? ……あれか、伊東に行くって話」

「そうそう」

「俺から話そうと思っていたのだが……まあ良い、してくれ」

「分かった。颯太君、夏休みのお盆休みの時にあたしと奈緒で一緒に伊東に行くんだけど……颯太君も一緒に行かない?」

「いやいや、二人で一緒に行けば良いじゃないですか」

「べ…別に構わないんだけど……折角水着を買ったから……」

 み……水着ぃっ? あの時、ゴールデンウィークの時に着けていた、あの水着ぃっ?

 で…でも……それじゃあ、どうして僕に来て欲しいって……。

「お前に俺達の写真を撮って欲しい。ただそれだけだ」

 奈緒が言う。

「そっ。自撮りじゃ二人同時に全身写せないし……」

 理沙先輩が言う。

「要するに、カメラ担当として来て欲しいって事?」

「そう言う事だ。お前なら撮らせても良いと思って」

「うんうん」

 理沙先輩が同意して頷く。

「何か嫌な理由だなぁ……」

「嫌なら構わん」

「……行く、行きますとも!!」

 ここで夏休みの予定が一個増えた。奈緒と、理沙先輩と、伊東に行くと言う予定が。またあの水着を、今度は海で、水着が輝く海で……!! 眠れない程楽しみだ!!

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