銃弾と魔法を継いだこのことばは、 『●年×月▲日というこの日の』

【作品情報】

『●年×月▲日というこの日の』 作者 辰井圭斗

 https://kakuyomu.jp/works/16816700428048106181


【紹介文】

 なし


 大学時代に読んだ、ストーカー犯罪で捕まった男のインタビュー記事。


 もう塀の中に入ってしまったのだから、被害女性をつけ回せなくなってしまったのだから、さぞ意気消沈した日々を送っているのだろうと思いきや、男の顔は然して不服そうではなかった。なぜ、そんな顔でいられるのかとインタビュアーが問うたとき、男はこう答えた。


「だって、あんな目に遭わせたのだから、あの女は今後一生暗がりを見る度に俺を思い出すだろ?」


 男は──彼女にとって彼女の脳が自動で生み出す“影”となった。今後塀の中にいる男の身に何があろうと、恐らくは一生涯。ふとした拍子に現れいずる。だから、もう不服ではない。


 これ自体は──何とまあ胸糞の悪い話だが、何らかの体験をきっかけに脳が“影”を形成して、それによって以降の身の振り方が良くも悪くも左右されるというケースはままあると思う。


 私は、できることなら誰かの善い“影”になりたかった。


 ひと掴みの睡眠薬を口に含もうとしている人に「そんなことをしてはいけない」と云ったり、快い気怠さからちょっとここで仮眠をとろうかと考えている雪山の遭難者に「進み続けろ」と云える幻でありたかった。


 あなたが勝手に見栄えのいいものを拾い集め、組み合わせて、自分の中に収まりがいい形にして、勝手に助かっただけですよと。今に至っただけですよと。


 そう──云い続けはしてきたものの、内心手を差し伸べた自覚は烏滸おこがましいかなあるにはあって、だからもしそれをひいふうみいよと数え直してありがたいと思うのであれば、思ってくれるのであれば。「私"も"あなたに会えなくなるのが厭だ」以外にひとつ送りたいことばがあったのだ。


 私が、幾度手を差し伸べた命をどうかおろそかにしないでほしい。


 もちろん、“影”を形作っているのが私だけでないことは前提として。

 銃弾と魔法を継いだこのことばは、されど堕ちることを知らない。

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