051. 第三章エピローグ:ケータイ

「ふへへへへへ……」


 レヴィアたちは町へと凱旋し、一連の出来事を報告した。

 

 もちろん謎の遺物の事は除く。言えば取り上げられるかもしれないからだ。性格的にジョセフには不可能だろうが、ギルフォードは分からない。教会繋がりでやっかいな事になる可能性もある。故にレヴィアたちだけの秘密だ。

 

 報告を受けたジョセフは驚き、悲しんでいた。甥っ子のジェスを次期領主としてだけではなく、家族としてもかなり可愛がっていたらしい。ランスリットに対し、「見つけたらギタギタにしてくれる!」とイキがっていた。多分無理だ。イヌミミにやられておしまいだろう。

 

「ふへ、ふへへへへ……」


 また、ギルフォードも同様の反応だった。彼はジェスの事を嫌っていたのではなく、情けない性格を彼なりにどうにかしようとしていたらしい。聖騎士団にいた頃のジェスは最初こそ情けなかったが、鍛錬を続けることで精悍になり、ギルフォードとはいいライバルのような関係だったとの事。しかし赴任して再会したら元に戻っていた。それが気に食わなかったのだ。

 

 恐らくランスリットは聖騎士団にいた頃のジェスを知らなかったのだろう。パートリーで彼の情報を調査し、彼がパートリーに帰還する途中で襲い、入れ替わった。そしてパートリーで聞く彼のように振る舞った。そんなところだろう。


 レヴィアたち四人は報告を終えると、冒険者組合に向かった。純花を仲間に加える為だ。ネイと和解したので、パーティに加える事に何の問題もなくなったからだ。

 

「ふーん、これが冒険者のしるしなんだ」


 純花は金属製の長細いプレートを見つめる。冒険者登録の際に貰うもので、今後依頼を受ける際に必要なものだ。牡丹一華の一員ではあるが、純花自身に実績は無いので銅色――Eランクからのスタートだ。

 

 しかしプレートの端には白金プラチナ製の丸い金属がつけられている。Aランク冒険者パーティに所属している証だ。因みにソロの場合はただ穴が開いているだけで、パーティに入る事でそのパーティランクを示す飾りをつけるのだ。

 

「ああ。これでお前も牡丹一華の一員だ。よろしく頼む」

「うん。こちらこそよろしく」


 ネイは純花に歓迎の言葉をかけ、純花もそれを素直に受け取る。

 

「ふへ、ふへへへへへ……」

「アンタねぇ……。いつまでやってるの」


 ニヤニヤしているレヴィアをリズが注意。レヴィアは嬉しくて仕方が無いのだ。この結果が。

 

 結果とは純花が同じパーティに入った事……ではない。手に持った大袋がそれである。レヴィアはちゃりちゃりと中に入ったものを鳴らし、うっとりとした。それを見た周囲の冒険者たちもゴクリと羨ましそうにつばを飲む。

 

「いい加減しまっときなさいよ。盗まれたらどうするの」

「ふへへへ……。それもそうですけど、もう少しだけ……」


 大袋を耳元でじゃらじゃらと鳴らす。再びレヴィアはうっとりと幸せそうな顔をした。


「もう! 純花の事が解決した途端これなんだから。ちょっとは親らしくしたら?」

「あら? これも純花の為ですのよ? ”情けは人の為ならず作戦”の成果ですわ」

「はあ?」


 リズは怪訝な顔をした。作戦は失敗したと思っていたのだろう。

 

 レヴィアは純花に向かって問いかける。

 

「ねぇ純花。さっきのわたくしを見てどう感じました?」

「え? どうって…………すごかった、かな」

「そうでしょうそうでしょう」


 彼女は満足そうに頷いた。対し、問いかけられた純花はちょっぴり引いている。

 

 先程、ジョセフの館で報告を行った後、レヴィアは報酬を要求した。「ここまで親切にしてあげたのだから、お礼して当然ですわよね」、と。

 

 その言葉にジョセフは納得。親切……というのはよく分からないが、依頼に対する報酬の事だと思ったのだろう。事実、客観的にはそうとしか思えなかった。

 

 だが、レヴィアの意図は別だった。

 

 ”情けは人の為ならず作戦”。

 

 単に親切にするだけではなく、『情け親切は人の為じゃなくて自分の為。巡り巡って自分に返ってくる』という言葉を体現しようとしていたのだ。親切に対するリターンがあれば純花もいい具合に親切をするようになるだろうと考えた訳である。本当は巡り巡らせた方がいいのだろうが、それだと分かりにくいので即、徴集した。ちょっぴり前世の妻の行動とは違うが、些細な事だ。

 

 まあ既にネイと和解しているので必ずしもやる必要はない。しかし純花の今後の為になる事を考えれば是非ともやっておくべきだ。加えてリズとネイに色々と持ってかれたので存在感を示しておきたかったのもある。

 

 ジョセフは喜んで報酬を支払った。残念な出来事はあったものの、依頼の成果としては十分すぎる結果だ。彼はAランク相当の金額に、かなりの色をつけて支払った。普通なら文句のつけようがない額だ。

 

 ――しかしそこでレヴィアは閃く。『もっと多い方が純花の為になるんじゃね?』、と。

 

 そこからのレヴィアはすごかった。脅迫、恫喝、篭絡。ありとあらゆる手段を用いて交渉。「町を救ってたったこれだけ?」「甲斐性なしですわねぇ」「領主の甥どころか領主まで魔王の手下だったって噂が立つかも……」「勇者様を安く使おうとするたぁ太ぇ野郎だ!!」「ジョセフ様のいいトコみてみたい♥」等々。


 当然、止めようとするネイとリズだが、町の防衛の際の「金額交渉は任せる」発言を理由に黙らせた。リズは約束していないが、色々と真剣な彼女を見て諦めたようだ。

 

 結果、レヴィアは元々の五十倍、その四人分という事で二百倍もの大金を手にしたのである。強談が楽しすぎて途中から純花の事を忘れかけていたが、結果オーライなので問題ない。

 

(純花とネイは和解。帰還の為のヒントも手に入った。おまけにこんな大金も……。フフ、フハ、フハハハハハ……!)


 万々歳であった。これから領地経営が傾くかもしれないが、知った事ではない。むしろそうなって欲しい。他人が不幸になるほど自分の幸せが光り輝くからだ。

 

 レヴィアは大金の入った大袋にほおずりし、再び嬉しそうにニヤニヤした。「親切、親切って素晴らしいでしょう? ね、純花」なんて言いつつ。純花は意味不明だという顔をし、何となく意味を察したらしいリズは「親切ってそうじゃないでしょ……」と盛大なため息を吐く。

 

「なあ、ところでスミカ」


 そんな中、ネイが純花へと話しかけた。


「何? ネイさん」

「ネイでいい。仲間なんだからな」

「……分かった。それでネイ。どうしたの?」

「いや……大したことじゃないんだが、あれは何なんだ?」


 ネイは何かが気になっている様子。純花は何のことか分からないようで、「あれって何?」と問い返した。

 

「お前が大事にしていたプレートだ。何かの魔道具のようだったが、何に使うんだ?」


 その答えに「ああ」と納得した純花。懐からケータイを取り出し、ネイへと説明する。

 

「えっと、携帯電話……って言ってもわからないよね。遠くの人とお喋りできる通信用の機械だよ」


 ケータイ。

 

 会話を横で聞いていたレヴィアは一瞬「ん?」と思う。何か大事な事を思い出しそうになったのだ。しかし耳元で鳴るお金の音に気を取られ、「まあいいか」と再びちゃりちゃりと鳴らし始める。


「ほう。もしかして母親と会話できるのか?」

「流石に違う世界は無理だよ。そもそも電波が無いからこの世界では使えないと思う」

「そうなのか。じゃあ何に使うんだ?」

「えっと……見せた方が早いか」


 純花は電源ボタンを長押しし、ケータイを起動した。

 

 画面にメーカー名の文字が浮かび、それを見たネイは興味深そうにしている。同じくリズも興味があるようで、画面をのぞき込み、現れた壁紙を見て「へー、キレイな絵ね」と呟いた。

 

(うん? 絵。絵……。何か忘れているような……)


 レヴィアの心がざわめく。何か大切な事を忘れている気がしたのだ。

 

 ケータイ。電話なんてできっこないので不安になる必要などないはず。なのに……。

 

「これに写真が入ってるんだ。母さんの」




 ――その言葉に、ぶわっと冷や汗が湧き出る。




(写真! そうだった! 写真!!)


 激しく焦り始めるレヴィア。ようやく気付いたのだ。ケータイにはカメラがついており、写真データがあるかもしれない事を。十数年触れていなかったので完全に忘れていた。


「ちょ、純花……」

「ほう! これはすごいな。まるでその瞬間を切り取ったように精巧な絵だ」

「スミカってば顔が引きつってる。何? 緊張してたの?」

「うるさいな……」


 純花はスッスッと画面を操作。次々と写真が切り替わる。それらには全て、ぎこちない笑顔の純花ともう一人が映っていた。


 手遅れ。もう手遅れだが、レヴィアはワイワイしている三人の背後に回り、「ちょっ!」「そろそろやめましょう!」「個人情報漏洩になりますわ!」なんて必死に止めようとしている。そうせずにはいられなかったのだ。

 

 写真を切り替える度にネイとリズは感嘆の声を出す。しかしそのうち疑問に思ったのだろう。二人は純花へと問いかけた。


「ところで肝心のお母さんの絵は? 全部純花とお友達だけじゃない」

「うむ。母親らしき人物が写ってないな」


 画面に映るのは全て純花と金髪の人物だけだった。

 

 気づかれていない。レヴィアはそれを察し純花の口をふさごうとする。しかしその行動は間に合わず――


「うん? ……ああ。これ、母さんだよ」




 ――その言葉を聞いた瞬間、リズがすごい顔をした。


 

 

 写真をじーっと見つめ、時にごしごしと目をこすりながらも注視している。最早何をしようが遅い。レヴィアはあわあわと焦り始めた。

 

 リズ同様ネイも驚いているようで、困惑しているような声を出した。

 

「は、母親!? ち、ちょっと待てこの子がか!?」

「うん」

「いやいやいや。だってこの子…………








 どう見てもお前より年下じゃないか」








 金髪のロリ。

 

 端的に言えばそういう人物が写真の中でピースしていた。

 

 長い金髪に青色の目。その瞳からは慈愛が感じられ、確かに母性というものがある気もする。だが、見た目はロリだ。完全にロリだ。身長もリズより小さい。

 

「ロ、ロリコン……」

 

 そのリズが振り向き、すごい目つきでレヴィアを見た。瞳に嫌悪感を宿し、口元は引きつっている。

 

「ちょっぴり言いよどんでると思ってたけど、そういう事だったのね。アンタ、こんな小さな子に……」

「リ、リズ! ち、違うのです! わたくしは洗脳されて――」

「妙な言い訳するんじゃないわよ。結婚して子供までこさえておいて……」


 わたわたとしながら弁明するも、リズは聞く耳を持たない。

 

 レヴィアは思う。自分はロリコンではない。それだけははっきり言える。当時、確かに妻を世界一魅力的な女性だと感じたのは間違いない。しかし、異世界に来てようやく気付いたのだ。自分は洗脳されていたと。

 

「二人とも、行きましょ。ここにいたらロリコンがうつるわ」

「? 分かった」

「フ、フフ……。こんな小さい子でも結婚して子を産んでいるというのに、私は……」


 そう言って三人で出口へ向かって歩き出した。呆然とするレヴィアを置いて。

 

 

 

 前世の妻、木原アリス。

 

 見た目が幼すぎる故に前世ではよく犯罪者扱いされた為、ひた隠しにしようとした。しかしそれは失敗し、見事前世同様の扱いをされてしまった。

 

 記憶にある彼女の姿が心に浮かぶ。

 

 

 

 ――うふふ。これで新之助様を煩わせる女は寄ってきませんね♪

 

 

 

 次いでその言葉を思い出し、レヴィアはぶるりと震えた。

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