第3話

1時間目のHRの後、教室の外で待っていた渡良瀬会長にカフェテリアに連れてこられていた。

「それで、どうしたんですか。いえ、この際は渡良瀬先輩と呼んだ方がよいのでしょうか。」

「どっちでもいいわ。どうせなら春奈って呼んでもらってもいいわよ。」

春奈か。下の名前で呼ぶのは親しい間柄だと聞いていたのだが……

明らかに会長とオレは親しくない。

ここは渡良瀬先輩で通すことにするのが賢明か。

「では、渡良瀬先輩と呼ばしてもらいます。」

「そう。つれないわね。」

あからさまに不機嫌になった渡良瀬先輩はまたメニューに目を落とした。

はあ。

いつまでもこんなことをしていたのでは埒が明かない。

「それで、僕を連れてきたのは何のためなのですか。」

問い詰めつように言うと、しぶしぶメニューから顔を上げた。

「そうだったわね。でもその前にまずはについてどれだけ知っているのか。それについて聞かなくてはならないわ。」

愛華?

何でここで愛華が出てくる?

だが、1時間目の学校説明をされているとき愛華がずっと先輩を見ていたことと、今の先輩の言葉から、愛華と先輩にはオレの知らない何らかの関係があるということは分かった。

そう考えると、先輩が教室に入ってきたときに。それは、愛華に向けられたものだったのかもしれない。

しかし、今の口調からだと先輩はオレが愛華と同じ家に住んでるということを知らないのだろう。

ここは知らないふりをしてどこまで知っているのか探るとするか。

「九重愛華……ってあの序列1位のですか?」

「隠そうとしても無駄よ。入学式の日、一緒に部活動を見学してたじゃない。」

確かに、あの時は校内のほとんどをまわったわけだから先輩に見られていても不思議じゃない。

それに、先輩は先ほどよりも不機嫌になった。

間違いなくオレが嘘を言ったからだろうな。

次の失敗したらオレと先輩の関係は最悪となることが容易に想像できる。

「すいません。別に隠そうとしたわけではないんです。ただ、今、その、九重さんとの関係がそんなに良くなくてですね。」

「ふーん。なんで?」

一度騙そうとしたからだろうか。

見極めるように聞いてきた。

「それは、僕が生徒会に入らないといったことが原因らしくて。あっ、もちろんこれだけでは分かりませんよね。初めから話します。」

いったん区切って、頭の中で話を整理してから話し始めた。

「そもそも九重さんと出会ったのは、この学園の受験の日でした。その日、僕は受験会場に早く着いたんです。少し早く来すぎたかなと思ったのですが、その前に九重さんが来てて、余裕そうに小説を読んでたんで「試験までもうちょっと時間ありますけど、最終確認とかしなくていいんですか」って聞いたんです。そしたら、「対策とかする意味ないでしょ。この小説の方が面白いし」って言われたんでそれから試験までその小説について話していたんです。」

「それで、昨日入学式の後教室に行ってみたら偶然再会しまして。席が近かったのでそのまま部活動見学を一緒に行くことにしたんです。その途中で色々話していたのですが、その話の中で九重さんは生徒会に入りたいらしいことが分かって、それに僕を誘ってきたんですよ。」

「それで、断ったから関係が悪くなったと。」

「そういうことです。」

「はあ。納得だわ。あの人は昔っからそうなのよ。自分の言う通りにしなかったら機嫌を損ねる。私もあの性格には手を焼いたわ。」

先輩はオレではないどこかを見つめながら呟いた。

「失礼ですが、先輩と九重さんはどのような関係なのですか?お互い昔から知っているような口ぶりですけど。」

「そうよ。愛華のことは、昔から知ってる。幼馴染だもの。でも愛華が中学に進学するときに色々あってね。それからは一言も話していないし、さっき顔を見たのも3年ぶり。」

態度を急変させて、苦虫を噛んだような表情をする先輩。

その表情を見て今先輩が愛華に対してどんな感情を持っているのかを察する。

だが、その先輩と愛華の過去が今回のことに関わってくるのかはまだわからない。

とにかく、そろそろ本題に入った方がよさそうだ。

「そうなんですか。先輩と九重さんの過去については言及しません。それで、話を戻しますけど、先輩は僕に何か用事があったんですよね。僕は先輩の質問に応えました。先輩もそろそろ教えてくれてもいいと思うんですけどね。」

「そうね。まだ愛華さんに浸りきっていないあなたならまだ希望はあると判断したわ。茅野真治君、あなたは九重愛華を裏切って私につく気はある?」

先輩の言いたいことは分かった。

要するに仲間になってほしい、そういうことだろう。

だが、

「今のところ先輩にはつけません。理由は2つあります。まず1つ目ですが、質問を質問で返すようで悪いですが、もし僕が先輩についたとして、僕にメリットがありますか?」

「なんだそんなこと。もしついてくれたなら……私が少なくとも生徒会長の間はどんな理由があったとしても退学させないことを約束しましょう。これで満足?」

「生徒会長の間はということは、生徒会長に退学を無効にできる権限があるのですか?」

「そうよ。できるだけ使わないことが推奨されているけど、何回かなら行使した前例があるし、使えないということはないみたいよ。」

生徒会長にそんな権限があるのか。

じゃあ生徒会長は自分にそれを行使することができるなら絶対に退学にならないわけだ。

生徒会には入らないつもりでいたけど、案外生徒会長は魅力的な役職なのかもしれない。

まあ、それでもよっぽどのことがない限り入りはしないと思うが。

「そういうことなら、先輩につくメリットがないという点は解決です。次は理由の二つ目ですが、先ほど先輩は九重さんを裏切って自分につく気はあるかと言われました。なぜ先輩につくことに九重さんを裏切ることが必要になるのでしょうか。その説明をしてもらっていないことが、まだ先輩につくことができない2つ目の理由です。」

これを聞けば、さっきは先輩の気持ちを尊重して踏み込まなかった愛華と先輩の過去について多少分かるのではないだろうか。

別に、他人のプライバシーを根掘り葉掘り聞くことが趣味なわけじゃないが、これから関わっていくというのならいつか聞かなければならないことだろう。

ならば早いうちに聞いておいた方がいい。

「……分かったわ。でもこれを聞いてしまったら後戻りはできない。その覚悟はある?」

「それは、先輩につかずに中立の立場になるという選択肢がなくなるということですか。」

先輩はゆっくり頷いた。

話を聞いた以上は敵か味方ということか。

しかし、何事にも例外は存在するもの。

どちらの味方ということもうまくやればできないということはない。

そのカギはこれからの話にかかっていると言えるだろう。

「わかりました。その話を聞いたらどちらかにつきましょう。」

とは言ったものの、もうこたえは決めている。

なので、目の前の人物からできるだけ多くの正確な情報を引き出すことに専念する。

先輩は数秒迷うようなそぶりを見せたが、覚悟が決まったのか今までにないくらい真剣にオレを見て口を開いた。

「さっき愛華さんが中学に進学するときに色々あったって言ったでしょう。本当は、そのすべての原因は私にあるの。


―私はそのことが起こる一年前、試験を受けて主席でここの中等部に入った。小さいころからここに入れるように勉強してきたから、合格することは当然だと思ったけど、それ以上に誇らしかった。

だから、昔からずっと仲が良かった愛華さんに誰よりも早く言いに行った。もちろん愛華さんは一緒になって喜んでくれて合格パーティーまで開いてくれた。その時はただただ浮かれていた。

でも、だからかもしれない。


パーティーが終盤に差し掛かった時、愛華さんが誰にも聞こえないくらい小さな声ボソッとつぶやいたの。

「春奈さんいいなー。来年、私も一緒のとこ合格したら同じようにしてくれるかな」

消え入りそうな声だった。たぶん聞こえていたのは私しかいなかったと思う。でも、とにかく浮かれていてその言葉を上の空で聞いていた。その時私はこう思っていたんだと思う。「愛華がぁ?そんなの無理に決まってるよ。私はこれまであそこに合格するためだけに勉強してきた。だから合格できたんだ。」って。それに比べて、愛華は賢いが私ほど努力していたわけではない。だから、合格できるはずがない、って。

でも実際は違った。

そんなことは、愛華さんを一番近くで見てきたあたしが身に染みて分かっていたはずなのに。


愛華さんは天才だって。私なんかじゃ到底追いつけないって。


一年後、愛華さんはうちの中等部に受かった。だけど、それを蹴ってそれよりも下の八帝に行った。

何で?せっかく受かったのに。

正直頭おかしいいんじゃないかって思ったよ。だから、愛華さんの家に行って理由を聞いてみた。できれば本人に聞きたかったけど、いなかったからお母さんの真白ましろさんに聞いた。八帝に行ったのは自宅に近かったからなんだ、って。

それを聞いた時、本当なら絶望するはずなのに、妙に納得できた。

ああそうか、私は一年前、なんてしょんもないことで喜んでいたんだって。


怒り。嫉妬。

最初は感じてた。でも、時間がたつにつれてそんな感情は薄れていった。

そして、最後に残ったのは『憎しみ』

ただ、憎くて憎くてしょうがなかった。

憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い

1日もすれば脳は完全に壊れていて、そんな言葉で埋め尽くされていた。

だけど、意外と冷静だったし、どうすればこの頭を埋め尽くしている感情を晴らすことができるのかも分かっていた。


簡単なことだ

――九重愛華を潰すそれだけでいい


それから3年間、憎しみは常に吹き出しそうだったけど耐えて耐えて耐え抜いた。すべてはこの林海学園という絶好の場所で九重愛華を潰すために。



先輩は話し終えると荒れていた息を落ち着かせて、オレを見た。

「私はこの3年で完璧に準備してきたつもりだった。だけど、まだ完璧じゃなっかったみたい。茅野真治くん、あなたという不確定要素がいるからよ。私はこの計画にすべてをかけてる。だからこんなところで失敗はできないし、あなたがもしこちらにつかないというのなら全力で潰す。さあ、どちらにつくか決めて頂戴。」

「九重さんと先輩の間にそんな深い関係があるとは知りませんでしたよ。そうですねー。全部正直に語ってくれたようですし……いいですよ。……僕は九重さんを裏切って渡良瀬先輩、あなたにつきます。って言っても僕はもともと九重さんについていたわけではないので裏切るって言うのはおかしいですけどね。」

「あなたと戦うことにならなくてよかったわ。これからよろしくね、。」

真治君、か。

これはオレと先輩は下の名前で呼び合う仲になった、ということでいいのだろうか。

「君」が付いているからいいのか?

よくわからないが、その基準でいくとオレが呼ぶときは「さん」をつければよいわけか。

「こちらこそよろしくお願いします。。」





オレを取り込めたことで安堵したのか、足早に去っていく先輩の背中を見ながらポケットからスマホを取り出す。STOPを押すと、画面が16分33秒で止まった。

すぐにカメラに切り替えて自分の後ろを撮影すると、席を立って


「隠れるのがあまり得意じゃないようですが、そろそろ出てきたらどうですか」


と、先ほど画面越しに見えた生徒に声をかけた。














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