第77話◇賢者の話




【賢者】アルケミが、胸のサイズを魔法で変化させていたと判明。

 その理由を尋ねたところ、彼女は「分からないか?」と言った。


「分からない、けど」


「そうか。では説明しよう」


「頼む」


「まず第一に、レインは女児が好きだ」


「待て待て待て」


「どうした?」


「なんだか、その表現はとても誤解を招く気がする」


「あの子供達のことが嫌いなのか?」


 嫌い、という言葉にキャロが反応した。

 遊びに戻っているようでいて、耳がこちらに向いていることに俺は気づいている。


「嫌いじゃないよ。もちろん大事だ」


 ウサ耳が満足そうに揺れた。


「では何の問題がある?」


「子供だから、大事なわけじゃないというか……」


 キャロたちを救出したのは、子供だからというわけじゃない。

 何も悪いことをしていないのに囚われているなら、老若男女問わず助け出しただろう。

 仲良くなったキャロたちが、たまたまみんな女の子だっただけである。


「それは理解している。話は最後まで聞くように」


「あ、あぁ」


「第二に、レインは巨乳が好きだ」


「やっぱり待ってもらえないか?」


「先程から一体なんだ」


 表情は変わらないが、苛立った様子だ。


 アルケミの言葉に感情が滲むのは非常に珍しいというか初めてのことだ。

 しかしそれよりも気になるが、先程からの言動である。


「その表現を受け入れたまま話が進むのは、少し抵抗があるというかだな……」


「レインを保護した『白銀の跳躍者エレノア』を始めとした集団……『七乙女』と言ったか、彼女たちと親しくしているとの情報を得ているが」


「それは、うん。合ってるな」


「彼女たちはみな胸部の膨らみに富んでいるという事実は、既に確認済みだ」


「それも、合ってるけど」


「この他、フェリス、アズラ、セリーヌといった女人にょにんとの交友も確認されている。いずれも、『七乙女』ほどではないが巨乳と言えるだろう」


「いや、それは、そうだけど……」


「加えて、【聖女】マリーだ。彼女の報告では、レイン自身も彼女を『おねえちゃん』と呼称するほど、親しくなったとか。言うまでもなくあの女も――」


 胸が大きい。

 分かっている。


 確かにこの国に来てから知り合った年上の女性は、どういうわけか胸の大きな者が多い。

 子供達を除くと、魔法学院で友人になったジュラルがいるが、彼女は同年代だし……。


 ミカは自称姉だしかなりの長生きだが、人間化した時の姿は同年代か少し下という印象だった。胸も大きいという感じではなかった。

 これが唯一、例外と言えるかもしれない。


『レイン、今失礼なこと考えなかった?』


「考えてない」


 ミカが小声で『モナナに追加で胸を大きくするように頼まないと……』と呟いている。

 ただでさえ人間化装置の改修に苦労しているだろうに、追い打ちを掛けるんじゃない。


「何か反論はあるか?」


「反論っていうか、完全に偶然なんだが……」


「では胸部の膨らみには微塵も興味がないと?」


 ぎくりとしてしまう。

 つい視線が吸い寄せられてしまうことも、押し付けられた時の柔らかさに同様することもあるのだ。


 それに、つい先日の露天風呂の件もある。

 一糸まとわぬ姿のエレノアたちに、何も思わなかったと言えば嘘になってしまう。


「沈黙は雄弁だな」


「うぐっ」


「話を続けるぞ。人間は好ましい存在が近くにあると、気分が高まる。精神状態が結果に及ぼす影響は無視できない。そして我々の共闘は既に決定事項。そこで自分は考えた。世界で最も高い戦闘能力を誇るレインには、その能力を十全に発揮できる状態でいてもらう必要がある、と」


「……それで?」


「子供達を戦場に連れて行くなど論外。魔王軍の女人たちも常に側にはいられないだろう。レインと戦場を共に駆け巡ることができるのは、膨大な魔力を持ち、『空間転移』を使いこなせるものに限られる」


 どのような戦いになるかは分からないが、『空間転移』があればその瞬間最も厳しい戦場を転々としながら多くの命を救うことができる。


 ピンチのあの場所に駆けつけ、窮地を脱してから、また次にピンチの場所に――といった具合にだ。


 そんなハイスピードな戦いについてこれるのは、今アルケミが言ったような条件に当てはまる人材でなければならない。


『なら、こっちにもエレノアがいるわよ』


「まさにそこだよ、聖剣。『白銀の跳躍者エレノア』であれば、条件のほとんどは満たせる」


『ねぇ一々異名付きで呼ぶの面倒くさくないの?』


「だが、彼女はグラマラスな体型をしている」


『あ』


「子供のように見える身体に、豊満な胸部。自分だけが、前述した『レインが好ましく思うもの』二種の要素を兼ね備えているのだ」


『……そ、それを説明するためにこんな無駄に長い話を?』


「? 自分が胸の大きさを戻したという時点で理解出来なかった方が悪いだろう?」


『誰がわかるのよ!』


「つ、つまり胸のサイズを戻したのは、俺の戦意高揚のため?」


「他にどんな理由がある?」


 アルケミは本気で言っているようだ。


『あるでしょ。レインがロリと巨乳好きってことで「ロリと巨乳が合わされば最強」ってな具合に頭の悪いことを考えて、それを利用して誘惑しようと考えてる、とかね!』


「実は『魔剣を再生する魔法』も編み出したのだが、一度聖剣を破壊してから試し撃ちをしてもいいだろうか?」


『こいつこんな感情豊かだったっけ!? 無表情なのに怒ってるの丸わかりなんだけど!?』


 ミカが慌てている。


「大丈夫だよ、ミカ。誰にも、お前を壊させたりはしない」


『れ、レイン……!』


「ほう? 自分相手に、聖剣を守りながら戦い抜けると?」


「お前なら分かるんじゃないか?」


 一瞬、魔力を高ぶらせたアルケミだったが、俺が真面目な顔でそう返すと、すぐに魔力を鎮めた。


「……ふん。弟子に超えられること不愉快なことはないな」


 表情は変わらないのに、どことなくつまらなそうだ。


「俺には師匠が沢山いたし、全員かなり厳しかったからな」


 アルケミはもう一度「ふんっ」と鼻を鳴らしてから、話を変える。


「それよりも、先程の答えはまだか?」


「答えって?」


「『どうだ?』と問うただろう。まさか『驚いた』なんてものが回答として採用されるとでも思ったのか?」


 えぇと……そうか、あれは胸が大きくなった感想を訊かれたのではなく、俺の戦意高揚のために胸の大きさを元に戻したことについて『効果はあったか?』と確認していたのか。


 改めてアルケミの全身を見る。


「うぅん……なんとも言えないんだが」


「………………………………そうか」


「いや、でも――」


「なんだ」


 ずいっと顔を近づけてくるアルケミ。

 薬草のような、さっぱりした匂いがする。


「アルケミの見た目で戦意高揚とかはわからないけど、再会できたのは、嬉しいかな」


 英雄は辞めたかったし、修行はとても辛かった。

 だが、あれがなければもっと大勢死んでいただろうし、身につけた力は今だって俺を支えている。


 全部否定して嫌いになることは、俺には出来ないようだった。

 マリーが『英雄を強いる【聖女】』から、『たまに遊びに来る自称姉』になったように。


 距離感が変わることで、良い関係を築けることもあるのではないか。

 少なくとも、アルケミと再会した時、俺はそれを嫌なことだとは思わなかった。


 アルケミは俺の真意を確かめるようにじぃと瞳を覗き込んだあと、満足したのか視線を逸らす。


「この国に来て、世辞も覚えたようだな」


 顔はこちらを向いていないが、耳が赤い。

 照れている、のか。


 あのアルケミが。


『……なんか、あんた少し変わった?』


「胸の大きさを戻すにあたり、衣装を新調したが」


 再びこちらを向いたアルケミは、やはり無表情だった。

 耳も、既に元通りだ。


『服装の話じゃないわよ』


「話が見えない。具体的に言うべき」


『レインにこんな執着してなかったじゃない。あくまで最強の【勇者】にするために魔法教えてただけっていうか……』


「執着? 自分が、レインに執着している?」


『明らかにそうでしょ』


 アルケミが自分の髪を弄り出す。


「執着、か……。なるほど、予想外の意見だ。だが妙に腑に落ちる。しかし、だとすれば理由はなんだ……。ふむ、やはり……」


「アルケミ?」


「把握した。聖剣の意見は概ね正しいと言える。自分にとってレインは生涯唯一の弟子。活動を共にしている時はそれが当然のことゆえに意識していなかった。しかしレインが逃亡したことによって、己の全てを叩き込んだ弟子の喪失を経験。言わば、レインは自分にとって最高傑作。努力の成果が所在不明になれば、意識するのは人として当然と言える」


『は、はぁ? つまり何? レインのこと、自分の作品だとでも思ってるわけ?』


「聖剣よ、人は物ではない」


『こっちのセリフなんですけど!?』


「既存の言葉に当て嵌めるのであれば――」


「あれば?」


「ま」


「ま?」


「ま、まな、まなで……。っ?」


 アルケミは、自分でも何故言葉に詰まっているのか理解できないようで、喉のあたりを押さえ、首を傾げる。


『……愛弟子?』


 ミカが言うと、アルケミはこくりと頷いた。


「――ということになる」


『こ、こいつも自称姉聖女と同じだったってこと!?』


「マリーと自分ではまったく異なる。自分はレインを弟だなどとは考えていない。レインの方から自分を姉同然と慕う分には一向に構わないがまるで自分がレインに家族の情を抱いていると誤解させるような言動は謹んでもらいたい」


『はぁ……』


 ミカが深い溜息を吐いた。

 人間状態だったら、額に手を当てて呆れているだろう。そんなイメージが浮かぶ溜息だった。


「溜息の理由を説明願う。非常に不快だ」


『これ、あの狩人エルフも同じだったりしないでしょうね』


 六英雄の一人、【魔弾】のことだろうか。


「そういえば、他の奴らは元気か?」


 魔力を纏うことで瘴気を弾く、ということが能力的に可能なのは【勇者】【聖女】【賢者】だ。

 マリーとはよく逢うし、アルケミとは今日再会した。


 だが残り三人とはまだ逢えていない。三人の方からこちらに来ることは出来ないし。


 ……いや、アルケミの『空間転移』を使って、この国に飛ばせばいいのか?


 この国ならば瘴気を弾く結界が張られているので、あの三人でも活動できるだろう。

 まぁ、人類領に残る英雄も必要だし、無理に来る用事もないか。


「体調面に問題があるようとは思えない」


『またそれ?』


「気になるならレイン自身が――」


 と、アルケミの言葉を待っていたその時。


「はぁい、こんにちはー」


 声がした。

 空からだった。


 見上げると、美女が宙に浮いていた。



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