第55話◇レイン邸

 


 再会した、六人目の『七人組』フローレンス。

 螺旋を描くように伸びる金のツインテールに、宝石のような翡翠の瞳。

 豊満な肉体を包むのは、華美なドレス。

 彼女は付け角を装着した俺を見て、魔人と間違えることなく勇者レインと見抜いた。


「常人の目は誤魔化せても、わたくしがレイン様を見間違えることなど有り得ませんもの」


 そういえば、付け角にあるのは人間だとバレにくくなる能力であって、装着してもエレノアが俺を俺とわからなくなるというようなことはなかった。

 つまり、俺の正体を知っている者には種族を誤魔化す効果は発揮されないのだ。


 五年前とはいえ、フローレンスは俺に逢っていた。

 俺を見た瞬間、すぐに当時の俺と結び付けられたのか。


「……まだ状況が飲み込めていないのですが、そこの少年が勇者様なのですか?」


 セリーヌは羊の亜人だった。モコモコの白い髪は肩に届かないくらい。

 執事服をピチッと着込んだ姿は、男装の麗人といった感じ。


「そうよ! こちらの御方こそがッ……! 五年前、卑しき骸骨魔導師の邪悪なる儀式よりわたくしを救い出してくださった大英雄! ――レイン様よッ!」


 いつの間にか俺の隣に来ていたフローレンスが、扇をバッと広げながら胸を張る。

 その拍子に豊満な胸がばるんばるんと揺れ、服からはみ出してしまうのではないかと心配になる。


「はぁ。……なるほど確かに、これは大変に可愛らしく……」


「そうでしょうそうでしょう! そういえばレイン様、この角はモナナ製だとか」


「あぁ、実はそうなんだ」


「なにやら、レイン様の可憐さに王都の者が気絶しないよう、魅力を低減する効果が付与されていると窺いましたが」


「……エレノアはそんなことを言ってたな」


 彼女の場合は、本当に気絶するのだ。

 角を付けると確かに普段より耐えられるようなので、効果はあるのだろう。


「やはり! レイン様がこんなお近くにいてわたくしが気づかないわけがありませんもの! 溢れ出る魅力をモナナの技術で隠されていたというのならば納得ですわ!」


「あの『稀代の魔道技師モナナ』様の魔道具ですか……」


 セリーヌは驚いているようだ。


 それもそうか。

 魔道具なんて、一般人は生涯目にすることがないくらいレアな代物。


 『勇者の可愛さを低減する』なんて謎の目的で、国家の至宝たる魔道技師が動いたのだと聞かされれば驚きもするというもの。


「しかもその角、ルートのものではありませんこと?」


「今日はな。こう、角の部分は付け替えられるんだ」


「まぁ! それで、では別の日はエレノアだったり、ヴィヴィだったり、レジーだったりと変わっていくのですね?」


「なんだか、そういうふうに決まったみたいだよ」


 『七人組』で会議が行われ、そのような結論に至ったらしい。

 俺としては構わないので、日毎に変えている。


 蟹頭の店主の反応などを見るに、これも常人では気づけないようなものらしい。

 改めて、モナナの魔道具はすごい。


「では、今後はわたくしの角もローテーションの中に組み込んでいただきましょう」


 フローレンスは優しく微笑んでいるが、目が本気だった。

 彼女はすぐに扇をパシッと閉じ、セリーヌを見る。


「本日の稽古は終了。また連絡すると言って解散させなさい」


「……承知いたしました」


 俺役がいない状態ながら稽古を続けていた役者たちに、セリーヌが近づいていく。


「ではレイン様、立ち話というものなんですし、どこか落ち着けるところでお話いたしませんか? それとも、お忙しいでしょうか?」


 従者と喋る時と、俺と喋る時ではやはり空気が違う。

 とはいっても、先程までの貴族然としたものではない。

 エレノアたちが俺に対してするような、丁寧で慈愛に満ちたものだ。


「いや、暇だよ。ここで劇の稽古やってるって聞いて、見に来たんだ」


「まぁ! それは素晴らしいですわね。現在、主役を欠いている状態でとてもお見せ出来るものではないのですが……。それよりもまずは――」


 フローレンスがパチンッと指を鳴らした。

 呼応するように、馬車がやってくる。


 これまた金持ちが乗りそうな、箱が個室のようになっているもの。


「参りましょう?」


「……それじゃあ」


 そういえば、と俺は思い出す。

 モナナと再会する少し前、エレノアが言っていたことを。


 逢う準備が整っていない、というのはモナナのことだった。

 残る二人の説明は確か――。


 ――『一人は私と同じく四天王なのですが、彼女は仕事柄、出張任務が多い上に長いですから……。もう一人は厄介なので会わせたくないです』。


 これまでの情報を踏まえると、フローレンスが厄介な方ということにならないだろうか。

 そのことに気づきつつ、俺は馬車に乗った。


 ◇


 到着したのは、貴族の豪邸のような建物。


 彼女の家だろうか。

 さすがは王都の賭場を取り仕切る商売人、と感心していたのだが。


「こちらが、レイン様のために建てた邸宅ですわ」


「え?」


「本日より、ここで暮らしていただけますからね?」


「え?」


 ◇


 大きな門扉を潜ると、左右に緑が広がった前庭がある。

 中央部分、白い石の敷き詰められた道を進むと噴水が設置されていた。

 その真中には台座があり、『剣を地面に突き立てる少年』の像が立っている。


「これ、まさか……」


「はい、レイン様像にございます」


 微妙な顔になる俺とは対称的に、フローレンスはうっとりした顔になっていた。


「そ、そうか」


「はい。本物のレイン様には遠く及びませんが、五年前わたくしを救い出してくださったレイン様の凛々しさ! 気高さ! わたくしを安心させるあの微笑みの温かさ! 愛愛あいあいしさ! それら全ての魅力を凝縮すべく、最高の彫刻家に原型を作らせました。当然、鋳造や仕上げを行う職人も厳選し――」


 その後しばらくフローレンスの説明が続いたが、長くて頭に入ってこなかった。

 像の表情は、力強い目をしていながらも口許は優しく緩んでおり、フローレンスの要求に答えるべく努力した彫刻家の苦労が窺えた。


「うん、いい像だと思う、ぞ」


 なんとか感想を伝えると、フローレンスは感激したように震えた。

 扇を握る手にも力が入っているのがわかる。


「そうでしょうそうでしょう! レイン様ならばわかってくださると思っていましたわ! ところで我々の再会を祝して今現在のレイン様像を作成しようと思うのですが、どこに飾るのがよいでしょうか?」


 これだけでもインパクトがすごいのに、もう一体作られるというのか。


「……それは、まぁ、また今度ってことで」


「そうですわね! 今はこのレイン邸の案内中ですものね!」


 俺たちは正面玄関へ向かう。


「レイン邸……さっきも聞いたけど、これ、俺の家なのか?」


「はい! 成功を収めたわたくしが最初に取り掛かったのが、この屋敷の建造でした。いずれレイン様を人類の英雄共の手から救い出した際には、住むところが必要となりましょう? それをわたくしがプレゼントして差し上げたかったのです」


「す、すごいな……」


「そんな! レイン様の勇敢なる行いの数々に比べれば、この程度のことなんてことはありませんわ! どうでしょう、気に入っていただけまして?」


 そんなふうに目を輝かせながら言われると、断りづらくなってしまう。

 現状、魔王城の一室を借りているが、俺にはあれでも充分すぎるくらいなのだ。


 ……いや、いつまでも居候を続けるというのも迷惑だったりするのか?


 そう考えると、フローレンスの厚意を素直に受け取った方がよかったり?


「どう、だろう。その、自分の家なんて持ったことがないから、評価の仕方もわからないし」


 俺の微妙な反応にも、フローレンスは笑みを絶やさない。


「それもそうですわね。では、今までの仮宿のどれよりも素晴らしく、いつまでも住んでいたいと思ってもらえるよう魅力をお伝えしますわね!」



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