第54話◇にぎやかな主従

 



 近く、レイン祭という祭りが開かれるという。

 主催者は七人組の一人、フローレンス。


 これまた彼女主催の劇、その練習が見学できるとのことで向かうと、本人に遭遇。

 彼女は主役のことで、部下のセリーヌと話し合いをしていた。


「貴女もしつこいわね、執事として受け入れなさいな」


 フローレンスは、セリーヌをセバスちゃんというあだ名で呼びたいようだ。


「承服いたしかねます。執事名というものも、お嬢様以外に使われているかたを存じ上げませんし」


「言葉さえも創出するのが、わたくしなのよ」


「結構なことでございますね」


「そうでしょうそうでしょう」


 フローレンスは嬉しそうだ。


「ところで『勇者レイン』役ですが、四十人目の彼女は失格、ということで?」


「えぇ、そうね」


 それを聞いたセリーヌが舞台に声を掛ける。


 失格を告げられ、猫耳の少女が肩を落としながら去っていった。


「お嬢様、ここまで少女ばかり審査してきましたが、こうも適格者が見つからないということならば、少年の役者を集めてみてはいかがでしょう」


 どうやら、俺役の役者候補はこれまでずっと少女だったらしい。


「嫌よ」


 きっぱり断るフローレンス。


「……はぁ」


 溜息を隠さないセリーヌ。


「レイン様の功績は後世まで語り継がれるべきだけれど、それはそれとして何者にも彼の代わりは務まらないもの。性別の異なる女性役者を起用することで、わたくしはこの劇を許容できているのよ?」


「そうでございますか」


「そうでございますのよ」


「しかし今のが最後の候補ですが」


「えっ、そうなの?」


 フローレンスが驚いたような顔をした。


「そうでございます」


 セリーヌは冷静だ。


「それじゃあ、どうするのよ」


「先程から、それをお話ししているのですが」


「主役を欠いたままでは、開演もままならないではないの」


「先程、まったく同じことを申し上げましたが?」


「なんとかなさい、セバスちゃん!」


「セリーヌです」


「まだ見ぬ最高の役者がきっとどこかにいるはずよ!」


「少なくともこの王都で、条件に合う女性役者はもうおりません」


「なッ――」


 フローレンスが愕然とする。

 そして悔しそうに体を震わせた。


「くっ、レイン様のような幼く可愛らしい大英雄を演じられる者など、やはりこの世にはいない……!?」


「……もういっそのこと、王城で食客に迎えられているというご本人に頼まれては?」


 その言葉に、フローレンスが扇を軋ませる。


「……エレノアが、あの手この手で邪魔してくるのよ! わたくし、まだ再会できていないのよ!? こんな仕打ちが考えられて!?」


「お嬢様が何かされたのでは?」


「貴女どちらの味方なわけ!?」


「心当たりは本当にないのですか?」


「ないわ」


 フローレンスは即答する。


「たとえば、収入でマウントをとったりとかしていませんか?」


「他の六人には申し訳ないけれど、財力はわたくしが圧倒しているでしょう?」


「はぁ。そう言っても、他の方々は国の役に立つお仕事に就かれていますからね」


「わたくしもそうよ! 街の治安を改善して税も沢山納めているのだから!」


「それは、まぁ……」


「あとはほら、美貌もそうだけど、レイン様と共に過ごせる時間もわたくしがまさっているじゃない?」


「美貌はさておき、他の方々が任務で街を離れられたり、あるいは職場から動けないという状況でも、お嬢様は身軽に動ける、というのは有利な点かもしれませんね」


 話の流れからして、他の六人は組織に所属した上で直属の上司などが存在するのに対し、フローレンスは彼女自身がトップだからどう動くかを自由に決められる、とそういうことだろう。


「そうでしょうそうでしょう! そうなると、再会後はわたくしがレイン様を保護した方がよいと思うのよ。それをみんなにも話したのだけどね、中々理解が得られなくて」


「それでございます」


 セリーヌが言う。

 俺の頭の中にも、フローレンスの意見に猛反対するみんなの姿が容易に思い浮かべられた。


「え?」


「他の御方も、お嬢様に劣らず『勇者レイン』に恩義を感じておられるでしょう? でしたら、己の財力を振りかざして彼を独占しようと目論むお嬢様とは、逢わせたくないとお考えになってもおかしくはないかと」


 セリーヌの指摘に、フローレンスは首を傾げる。


「別に、わたくしはレイン様を縛るつもりなんてないわよ? 当然でしょう? ただわたくしのもてなしを受ければ、彼は自ら望んでわたくしと共にいてくださる――と確信しているだけなのよ」


「……左様でございますか。ところで話を戻しますが、『勇者レイン』ご本人に依頼することは不可能ということでよろしいですか?」


「むっ、わたくしに不可能はないわ!」


「ですが、エレノア様にあしらわれているのでしょう? ぷぷっ」


 セリーヌはそこで、俺が二人の会話を眺め始めて以来初めて、吹き出した。


「……ッ!? あ、貴女、無表情キャラのくせに今わたくしを笑った!? わたくしを嘲笑うためだけに己のキャラクター性を無視したわけ!? な、なんて屈辱!」


「それは失礼いたしました、くすくす」


「嘲笑がやまないわね!? わたくし雇い主なのだけど!」


「『勇者レイン』役をどうされるおつもりなのかだけ、ここで教えてくださいますか?」


「ぐぬぬっ……。レイン様本人に演じていただけるのならば、報酬に糸目はつけないのだけれど……そもそも話を繋ぐ方法が」


「お嬢様お得意の金貨ばら撒きも、魔王城のかたには通じませんものね」


「うるさいわね!」


 この主従、実はめちゃくちゃ仲が良いのではないのだろうか。


「勇者様も、有り余る金貨なんてもらっても困るでしょうし」


「そんなことないわよ! お金なんてものは、あればあるだけ助かる道具なんだから!」


「ではその沢山あるお金でなんとかされては?」


「貴女投げやりになってない!?」


「なっております」


「真面目にやって頂戴!」


「はぁ……。何分、本物の勇者様にお会いしたことがないもので、お嬢様の情熱を理解することが難しく。あぁ、先程から我々の会話を盗み聞きしているそこの少年にでもお願いしてはどうでしょう? ほら、可愛い顔をしていますし」


 特に隠れていたわけではないが、聞き耳を立てていたのはバレていたらしい。


「はぁ? 貴女ね、いくらなんでもそんな適当な――」


 五、六人分くらいの距離を開けて立っていた俺に、二人の視線が向く。

 そして、フローレンスが硬直した。


「お嬢様?」


 バッと扇が広げられたかと思うと、彼女の顔を覆い隠す。


「……この質問には真剣に答えてほしいのだけど、貴女、わたくしのためにサプライズを用意していたわけ?」


「……真剣にお答えすると、何を仰っているのかまるで理解できません」


「そう、よくわかったわ」


「はぁ。あの、そこの魔人の少年が何か?」


 そう。

 城下町を歩く時の俺は付け角をしているのだ。


 しかもモナナ製の魔道具で、俺が人間であるとバレにくくなる効果がある。

 エレノアの説明では、魅力低減の効果もあるとのことだったが……。


 とにかく、今の俺は魔人の少年に見えるはずなのである。

 実際、セリーヌにはそう映っているようだ。


 だが、フローレンスのこの反応は――。


「ではこれは――運命ね」


 先程までと纏う雰囲気が一変する。


 従者との和気藹々としたものから、王族に拝謁する貴族のようなものへ切り替わる。

 彼女は俺の正面に立つと、ドレスの裾をつまんで持ち上げ、一礼。


「再びお逢いすることが出来て、大変嬉しく思いますわ」


 改めてフローレンスを見る。


 黄金のように輝く美しい長髪は、左右で螺旋を描くように伸びている。

 華美なドレスが包む肢体は非常に肉感的で、胸などはこぼれおちそうなほどだ。


 一国の姫だと言われても信じられるほどの高貴さと美貌を備え、己に対する絶対的な自身が表情や瞳によく表れている。


「……あぁ、久しぶり。よく俺だってわかったな」



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