第53話◇六人目はお嬢様

 



 その日は城下町に足を運んでいた。

 ミカは錆とりのために、モナナの研究所に置いてきた。


 ついていてやろうかと思ったのだが、見られるのも恥ずかしいらしい。

 そんなわけで、今日は一人街をぶらぶらしていたのだが。

 城下町の空気がいつもと違う気がする。


 忙しないというか、普段に増して活気があるというか。

 たとえば戦いが始まる直前には、空気がひりつく感じがある。

 それと似ていると言えば似ているが、街の空気は明るく、どこか楽しげだった。


 ある日の昼。

 俺は行きつけの屋台前で串焼きを頬張りながら、蟹頭の店主に尋ねる。


「もうすぐ何かあるのかな?」


「ん? 坊主、知らないのか?」


 どうやら、店主は知っているようだ。


「実は、俺は最近この街に来たんだ。だから行事とかには詳しくなくて」


「あぁ、そういうことか。もうすぐ年に一度の祭りがあるんだよ。つっても今年で第二回とかなんだけどな。ド派手で楽しいぞ」


 今年で第二回ということは、最近できた祭りなのか。


「へぇ。どんな祭りなんだ?」


「勇者レインって知ってるか?」


「えっ……あ、あぁ、まぁ」


 予想外のタイミングで出た自分の名前に、少し驚いてしまう。


「これはさすがに知ってたか。まぁ、この国に数日もいりゃあ聞くことになるからな。のちに『白銀の跳躍者エレノア』『聖結界のルート』『殲滅兵器レジー』『天網のヴィヴィ』『稀代の魔動技師モナナ』『静かなる守護者マッジ』『完全無欠のフローレンス』と呼ばれることになる七人が、五年前死の窮地に陥った際、勇者レインって英雄が助けてくれたらしいんだよ。それでな――」


「いやちょっと待ってくれ」


「ん? どうした?」


 まず、俺の名前が広まっているのはいいとしよう。


 『七人組』はそれぞれこの国でも有名なようだし、それを救ったとなれば人類の英雄であろうと魔族の国で有名になっていてもおかしくはない。


 思えば、魔法学園に体験入学した際にジュラルが言っていたではないか。

 『七人の天才の話は誰でも知っている』と。


 俺が驚いたのは――その七人の天才の二つ名だ。

 みんなに二つ名があるなんて聞いたことなかった……。


 そして、まだ再会できていない残り二人の名前もここで判明した。

 そうか、彼女たちの功績に関しては俺よりもこの国のみんなの方が詳しいのだ。


「いや、なんでもないよ。続きを教えてくれ」


「……変な坊主だな。まぁいいや、続きな。でだ、そのレインって勇者はそりゃあもう心優しく、ツラもよく、んでもって強いという完璧な英雄だったらしい。そんな勇者の勇敢なる行いへの感謝を捧げるべく、年に一回、彼に救われた日に行われるのが『レイン祭』だ」


「レイン祭」


 まんますぎるネーミングだ。


「これが建国祭にも劣らない派手さでな。大通りではパレード、露天も沢山出るし、競ケンタウロスでは記念レースもあったり、夜になるとド派手な花火も上がるんだわ。あとこの時期になると『勇者レインと囚われの七乙女』って劇も繰り返し上演されるぞ」


「へ、へぇ……」


 自分のやったことが一国で祭りにまでなっていることに、困惑を隠しきれない俺。

 しかも、国が興ったことを祝うというおそらく最大規模の祭事に並ぶ派手さを誇るというのだから驚きだ。


「その時期はうちの売り上げも上がるし、みんな楽しげだし、いやぁほんとにいい祭りだぞ。このまま毎年恒例になってくれるといいんだがなぁ」


「そう、なのか。みんなが楽しいなら、それでいいのかもな」


「だな」


「ところで、そんなド派手な祭りをやるなら結構な金が掛かりそうなもんだけど、一体誰が主催してるんだ?」


 七人組が関わってそうな匂いがぷんぷんしているのだが、一応確かめておきたかった。 


「そりゃあここ数年で国の賭場を取り仕切るにまで至った商才の持ち主、『完全無欠のフローレンス』様よ」


「賭場を取り仕切る……」


「おう。坊主にはピンとこないだろうが、人の欲が絡むところには悪人が湧くもんでな。この国でも違法な賭場や金貸しがいたんだよ」


「そう、か……」


 ここは平和な国に違いないが、全ての民が一切の間違いを起こさない国は存在しない。

 戦闘狂の悪しき魔族こそいないが、人としての過ちを犯す者はいるのだろう。


「フローレンス嬢はそういった輩を一網打尽にし、賭け事を健全に楽しめる国にしてくれたんだ。おかげで今は、最悪でも無一文で終われるからな」


 ふと、競ケンタウロスで所持金ゼロになった赤髪メイドがいたことを思い出す。

 彼女のような者は、以前の環境だと悪い金貸しに騙される可能性があったのか。


 よかったな……アズラ。

 そんなことを考えていると、店主が今思い出した、というような顔になる。


「そうだそうだ、坊主、暇なら野外ステージを観に行ったらどうだ? 今の時期、この時間帯なら練習風景が見られるぞ」


「へぇ。さっき言ってた、勇者と七乙女ってやつの?」


「おう、運が良けりゃあフローレンス嬢も拝めるかもな。世間に顔の知られてる七乙女はあの人くらいだし、唯一の『会える七乙女』だ」


「そうなんだな」


 そういえば、俺とエレノアが一緒に出かけた際にも彼女の正体に気づいている者はいなかった。

 顔が知られているなら反応があってもよかったはずだ。


 それに考えてみれば、俺を探しにきたヴィヴィがこの店主に話しかけていたが、店主の方はヴィヴィを俺の姉と勘違いするくらいで、筆頭情報官だとは気づいていなかった。

 まぁ、珍しくないことかもしれない。


 国に名を轟かせる名将がいても、全国民がその人物の顔を直接知っているわけではない。

『七人組』の中でフローレンスだけが、王都の民に顔を知られているのか。


「じゃあ、ちょっと行ってみるよ」


「おう、あんま姉ちゃんに心配掛けないようにな」


 店主はまだヴィヴィのことを俺の姉だと思っているようだ。


「あはは……まぁ、気をつけるよ」


 ◇


 野外ステージは、大広場に建造されていた。

 ステージ上では、十代前半ほどの女性役者が複数人、固まって震えている。


 おそらく、五年前の再現なのだろう。

 謎の儀式の生贄にされかけていた魔力の高い少女たちを、英雄たちで救出したのだ。


 捕らわれた者の中には人間の少女も多くいたのだが、どうやらそこは省くようだ。

 加えて、当時の敵は骸骨魔導師だったが、ローブ姿の役者は魔人だった。


 最後に、おそらく勇者レイン役だと思うのだが、剣を持って魔導師と戦っているのは――女の子だった。

 髪型や格好なんかは当時の俺に寄せているのだが、その少女には猫耳が生えている。


「お嬢様、いかがでしょう」


 見物している通行人は俺以外にもいるのだが、中でも異彩を放っているのが二人。

 貴族令嬢みたいな華美なドレスに身を包んだ美女と、執事服を纏う美女だ。


 この二人は明らかに、他の通行人とは違う。

 二人のどちらかが、蟹頭の店主が言っていたフローレンス嬢だろうか。


 執事服の美女の声に、ドレスの美女が難しそうな顔をする。


「やはり最大の懸念は、レイン様役ね」


「左様ですか……彼女で候補は四十人目となりますが」


 猫耳の少女の演技は、素人の俺には充分優れているように見える。

 だがドレス姿の美女は納得がいかないようだ。

ドレスの美女は手に持った扇をバシッともう片方の手に叩きつけながら、険しい顔をする。


「こう、レイン様の愛らしさ、凛々しさだけでなく、子供らしからぬ卓越した戦闘技術、敵を見据える冷たく研ぎ澄まされた視線、そして捕らわれたわたくしたちに向けられた、慈愛に満ちた眼差し、更には安心させるべく意識して放たれた柔らかい声! それら全ての要素を満たした役者でなければならないのよ……」


「去年もそう言って、危うく開演できなくなるところだったのを覚えておいでですか?」


 執事服の美女はどこまでもクールだ。


「去年は結局八十点の出来で上演することになったじゃない。今年こそは百点を狙わないでどうするの!」


「このギリギリになって主演が決まっていない時点で百点は不可能です、お嬢様」


「常人の不可能を可能とするのが、天才というものでしょう!」


「お嬢様の才覚は誰もがお認めになるところではありますが、『勇者レイン』を演じるのはお嬢様ではありませんので」


「あのねぇ、セバスちゃん」


「セリーヌです、お嬢様」


 執事の美女の名は、どうやらセリーヌというらしい。

 ということはやはり、ドレス姿の美女が――フローレンスだろう。



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