第24話◇いい湯に浸かっていたところ

 



「ふぅ……」


 と、思わず息が漏れる。

 大きな風呂だ。


 城内の王族用。

 普段から使わせてもらっているが、今日は慣れない学生生活を体験したこともあって、一層気持ちがいい……気がする。


「……すきありっ」


 ウサミミのキャロが手で掬った風呂の湯を掛けてきたので、水魔法で干渉して空中で止める。


「勇者に隙はない」


 水球の形に固め、キャロの頭上まで移動させてから、干渉を終える。


「わわっ」


 キャロが頭から湯を浴び、その髪と頬を水が伝う。


「魔法はだめだよ~。ずるだよ~」


「あぁ、そういうルールなのか? 先に言ってくれ」


 首をぶるぶると左右に振り、水滴を飛ばすキャロ。


 こいつだけではない。

 今日は学校に行ったことで一緒に遊べなかった。それが寂しかったとのことで、チビ達がみんな風呂についてきたのだ。


 俺の制服姿をカメラに収めた後に意識を失ったエレノアは頼れないので、フェリスに相談。

 するとさすがはフェリス、すぐに水着なるものを人数分用意してくれた。


『ちょっと、お風呂で暴れないでよ』


 ミカは床に濡れたタオルを敷き、その上に寝かせてある。

 これはいつものこと。


 こんな時でも、いや入浴中という無防備な状態だからこそ聖剣を近くに置いておくべきだと主張したので、そうしている。


 チビ達は思い思いに風呂で遊んでいる。

 何人かとしばらく湯を掛け合う謎の遊びをしてから、再びのんびりする。


 すると、近くにすすす、と寄ってくるやつがいた。

 例の喋らない――あるいは喋れなくなった――狐耳の童女だ。


 帰るべき故郷を失い、ここで保護された子供。

 他の子供たちと違い、彼女は遊びにも混ざらないし、瞳には光もない。


 ただ、他のチビ達と一緒にベッドには潜り込んでくる。

 まったく心を開いていない、というわけではなさそうだが……。


「う……」


 ――!


 声を出した。

 俺は童女を見つめ、続く言葉を待つ。


「れ、れいん……」


 と、彼女は掠れる声で俺の名を読んだ。


「あぁ、レインだ」


 頷く。


「れいん」


「うん」


「た、たすけてくれた」


「あぁ、そうなるかな。エレノアと一緒に、だけど」


 童女は虚ろな瞳の奥に、吹けば消えそうな微かな火を灯しながら、言葉を紡ぐ。


「た、たすけてくれる……?」


「お前をか? 何か困ってるのか?」


 ふるふる、と首を横に振ってから、こくんと頷く。

 えぇと……助けて欲しいのは自分ではないが、困っているのは合っている、って意味かな。


「別の誰かを助けてほしいのか?」


 頷いた。


 ふむ。


「そいつは、お前にとって大事なやつか?」


 再び首肯。


「そいつは、お前の知る限り、何か悪いことをしたか?」


 首を横に振って否定。


「よし、最後の質問だ。これは重要だぞ」


「……う」


 彼女が一語一句聞き逃すまいと、更に近づいてくる。


「お前の名前は?」


「……う?」


「なんて呼べばいいか分からないと、困るだろう」


 彼女は一瞬呆けたような顔をして、ぱちくりと瞬きを繰り返し、やがて口にした。


「う……ウル」


「ウウル?」


「ウル」


「そうか、ようやく話が出来たな、ウル」


 ウルは頷いたが、それ以上喋らずじっと俺を見上げている。


『返事を待ってるんじゃない?』


「あぁ、そうか。いいぞ、助けるとも」


「……! いい、の?」


「あぁ、詳しく話を聞かせてもらえるか?」


 ウルが語るには、こういうことらしかった。


 彼女の種族はこちらの世界の小さな村で生きていた。

 長期間人に近い姿を保つことが出来たのは、村の守護者である霊獣・白狐が常に結界を展開していたから。


 ある日、霊獣を従えて人類領侵攻の戦力にしようと目論んだ集団が村を襲撃。

 村の者たちを人質に取られたことで、白狐は手が出せずに捕縛されてしまう。


 その後、襲撃者達は村人を虐殺。

 狩人だった両親の助けもあり、なんとか森へ逃げ込むことが叶ったウルだが、しばらく逃げたところをオークに捕まった。


 ――これは、ウルの知らない情報だが。


 彼女の村を襲ったのは、敵対する国の軍だったとか


 魔王軍もウルを保護してから色々調べていたようだ。

 しかし、霊獣を人類にけしかける、なんて情報はまだ掴めていない。


「……その霊獣の居場所が分かれば話は早いんだが」


「分かる」


「そうだよな、そんな簡単にはいかな――ん? 分かるのか?」


「う。ウルの一族、白狐さまの加護で生きてる。白狐さまの力、感じる」


「……それはすごいな。じゃあ、白狐さまはどこにいる」


 ウルは小さな指で、壁を指差した。


「ずっとあっち」


「なるほど、ずっとあっちか」


 だいぶざっくりしている。


『連れてけばいいんじゃない? 最初は大まかな方向に転移を繰り返して、近くなったら風魔法で飛んでいけばいいわ。ある程度近づけば、あたし達でも魔力を辿れるでしょうし』


 確かに俺とミカなら、ウルを守った上で霊獣を奪還することは可能だろう。


「それはいいけど、お前やけに協力的だな」


 元々【勇者】の聖剣なので、人助けには積極的ではあるのだが。


『汚されてない霊獣なんて、聖剣並に貴重よ。いややっぱ聖剣の方が貴重。とにかく、村の人間を長きにわたって守護した存在が悪者に使われるなんて、そんなの嫌じゃない』


 ミカにも何か思うところがあるようだ。


「よし、ウル。白狐さまを助けに行きたいんだが、案内してくれるか?」


「う……!」


 彼女が勢いよく立ち上がって、力強く頷いた。

 ちょっとずつ、元気になってきたじゃないか。


 俺はミカを掴み、ウルを抱えて出口へ向かう。


「あっ、勇者さまどこ行くの?」


「すぐ戻るよ」


「……その子と?」


 キャロよ、その何かを疑うような視線はなんだ。


「遊びに行くわけじゃないぞ?」


「ふぅーん……」


 気にはなるが、今はいい。


 キャロを置いて着替えに向かう。

 すると、そこには水着姿のエレノアがいた。


「ふふふ……今日こそはレインさまのお背中をお流し――レインさま!? み、みみ、水着姿……!!」


 まずい、このままではエレノアが気絶してしまう。


「相談したいことがあるんだ」


「――ッ。は、はい……なんでしょうか、レインさま」


 そう、エレノアは平時はすぐ気絶してしまうが、任務や重要な話題の時は四天王らしい強靭な精神力を発揮するのだ。


 俺が事情を話すと、エレノアはハンカチで鼻を押さえたまま、真剣な表情で頷いてくれた。


「なるほど、ウルちゃんの力があれば霊獣を奪還出来るわけですね?」


「あぁ、行ってもいいか?」


「もちろんです。私もお供します」


 その後、俺たちは仕切り越しに着替え、『空間』属性で霊獣奪還へと向かう。


 俺の着替え中、仕切りのすぐ近くで荒い息遣いが感じられたが、気の所為だろう。

 ウルがすごく微妙な顔でエレノアを見るようになっていたが、その理由は分からない。



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