第17話◇過去と今
すぐに、それが夢だと分かった。
過去に英雄たちと交わした会話の記憶だったから。
ある日、移動中の馬車の中。
「……これ、いつまで続くんだ」
一年くらい前だったか。
最初は何もかもどうでもいいからと従っていた俺だが、世界を周り、様々なことを知り、親しい者こそ出来なかったが兵士や一般人の生活を見聞きしていく中で、少しずつ色んなことに興味を持つようになっていた。
魔王城に来てから存分に経験したような、普通のやつらにしてみれば他愛ないかもしれないが、特別なあれこれ。
まぁ、氷菓ばかりはちょっとした贅沢品のようなのだが、それはおいておくとして。
「逆に、どうなれば終わると思う」
こんなひねくれたことを言うのは【軍神】と決まっている。
青い髪をした、背の高い眼鏡の男。常に無表情で、言葉は平坦。
「……悪い魔族を全滅させればいいんじゃないのか」
「ははっ、豪胆だなぁ坊主。俺はそういうの好きだぜ、【軍神】の旦那が作戦組んでくれりゃあ、魔界にでも乗り込んでやるんだが」
【剣聖】はだらしのない格好をした傭兵という風情で、性格も適当だ。
こいつは使命のためか知らないが魔剣持ちとなり、呪いで『視覚』を失った。
代償としてはかなり悪い方だろう、強い剣が手に入ったのに目が見えなくなるのだから。
だというのに、俺は剣でこいつに敵うやつを想像出来ない。
彼は目を隠すように布を巻いた姿で、赤い髪をぼりぼりと掻いていた。
「そんなこと、出来るわけないでしょう? 魔界は濃い瘴気で満ちているのですよ?
【聖女】は、一見すると大人しく常識的で柔和な笑みのよく似合う美女だ。
黄色くてふわふわした長髪はどんな長旅にあっても傷まないし、透き通るような白い肌はいつも綺麗なまま。すれ違う男が思わず振り向くのは、美貌と豊満な胸部、どちらによるものか。
で、彼女の言っていることは正しい。
瘴気がどういうものかはよく分かっていないが、その効果は判明している。
まず、人が長時間吸うと死ぬ。
ので、俺たちの中だと【勇者】【聖女】【賢者】のように自分を魔力で守ることで瘴気を弾けるやつじゃないと、長時間の活動には向かない。
魔族でも、長年吸うと異形化が進むようだ。
魔族の種類が多様過ぎるのも、瘴気が原因だと考えられる。
人の形を保っている者は瘴気の薄い場所や結界内で暮らしていたか、また別の理由があるのか。
「そもそも、数が違い過ぎるよ。向こうの総数はいまだ不明。名の通った強者をどれだけ屠っても、侵攻の意思がまったく揺るがないんだもん。だってのにこっちは瘴土でまともに戦えるのがほとんどいないんだから、基本は防衛戦ばっか。終わらせるのは無理なんじゃない?」
【魔弾】の性別はよく分からない。中性的な容姿と声をしていて、頭からフードを被っている。
尖った耳を人に見られるのが嫌なようなのだ。
緑色のフードから、新緑のような髪が覗く。
確かに【魔弾】の言うことは尤も。
一度魔族に奪われた土地は、汚染されて取り戻せない。取り戻しても活動出来る人間が極少数なのだから、意味がない。
そこを守るくらいなら、まだ汚染されてない土地を守るべき。
だから俺たちが投入されるのも、瘴土と汚染されてない土地の境界。
あるいはオーク退治に向かった時のように、境界から魔族領側に浅く踏み込んだ領域。
魔族に人間が攫われた場合、肉体を傷つけられていなくとも瘴気で死ぬ可能性があるので、救出は急いで行う必要があった。
「……じゃあ、死ぬまでこれを続けるのか」
俺は、その時はそう思っていた。
「……瘴気に汚染された土地を浄化出来るようになれば、僅かずつでも領土を取り戻していくことは可能になる。現状、瘴気の除去は極めて困難。【聖女】と【勇者】の力をそれだけに注げば可能性も見えてくるが……」
【賢者】は子供みたいな身長の女だ。初めて逢った時から見た目が変わっていない。
最初は子供だと思い、俺と同じような境遇かと考えたが違った。
かなり年上とのことだ。
ピンク色の髪を指でくるくる巻きながら、ぼそぼそと言う。
「それをしている間に、別の土地が奪われる」
【軍神】が【賢者】の言葉を継ぐ。
「人類は苦しい防衛戦を強いられています。だからこそ我ら英雄の力が必要なのです」
「いやぁ、撤退戦じゃあねぇの。俺たちのいない戦場でちょっとずつ土地を持っていかれてるみたいだしよ」
「空間転移を出来るのが二人しかいないんだから、移動の問題は常につきまとうよ。二人に毎回僕らを運んでもらうのは、魔力の問題から現実的じゃないし」
「……空間転移の消費魔力は対象の能力と距離によって変わる。歴代最強と言われる我々を、世界中の戦地へ飛ばし続けるのは不可能。正確には、限界まで試みたところで世界はカバーし切れない。レインや自分が単騎で転戦するというのであればまだ実行可能だが……我々の負担が大きすぎる」
【聖女】【剣聖】【魔弾】【賢者】が口々に言った。
「戦闘を好む野蛮な魔族は、我らが力を示したところで剣を収めない。それでも戦いを終わらせたいのなら……」
【軍神】が、こいつにしては珍しく言いよどむ。
「なんだよ」
「……『裂け目』の発生しない世とし、その上で敵を全滅させる必要がある。そうなれば、我々の使命は復興の支援へと変わるだろう」
『裂け目』は無理やり開く儀式もあるが、元々は自然発生するものだ。
なんだよ、結局無理なんじゃないか。
俺は結局この先も、『普通』にはなれずに戦い続ける。
あの時はそう感じ、がっかりしたものだった。
◇
「んがっ……」
朝起きると、俺の顔面に小さな足による蹴りが決まっていた。
足を掴んでどけると、犯人はすぐに分かった。
「良い蹴りだな、キャロ……」
「みゅう……」
「その声、どこから出てるんだ」
ウサミミのキャロは悲しげな声を出し、再度俺に近づいてくる。
「それはいいが、何故蹴りになる」
しかも結構鋭い。
こいつ、鍛えたらいい戦士になりそうだ。叶うなら平和に暮らしてほしいものだが。
「ゆうしゃさま……」
「寝言か? 夢の中で俺と戦ってるのかお前は」
童女の蹴りを片手で捌きつつ、ベッドの上を確認。
上体を起こすにも一苦労するほど、チビ達が俺の近くで寝ていた。
どいつもこいつも安心したように眠っているので、起こすのを躊躇うほど。
「……どうせなら、俺もパンケーキ食べる夢とか見たかったな」
『おはようレイン』
俺の起床に気づいた相棒が、台座に刺さった状態で挨拶してきた。
「おはよう、ミカ」
『いい朝ね。今日は何する?』
何をしてもいい。どんな『普通』を望んでもいい。
こんな日常が自分に訪れるとは、ついこの間まで思いもしなかった。
俺は欠伸を漏らしながら、自然と頬が緩むのを感じながら考える。
「どうしようかな」
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