第16話◇『裂け目』の脅威も勇者の前では……
魔族の異名は、名付けに一応のルールのようなものがあるそうだ。
強い順に、神、王、公、将なんて語がつくとか。
言葉を解さない獣の場合は、見た目や戦法が名に使われたり。
フリップが挙げていた、前に俺が倒したやつらは、かなり強い部類だったんだな。
やけに王を自称する敵が多いなとは思っていたんだ。あれは称号的なものだったのか。
こういうのは好き勝手名乗る者も少なくないが、実力の伴わないやつはすぐに淘汰されるので、長く生きている異名持ちの実力は本物ということらしい。
「神ってつくやつとは戦ったことないな」
「それは今となっても神の通れる『裂け目』を作り出すことが出来ないからです」
すぐ隣にいるエレノアが、そう説明してくれた。
俺たちは今、夜の森にいる。
対象に気づかれない距離から監視していた。
「へぇ、どれくらい強いのかな」
『初代勇者が「裂け目」から指だけ出てきた巨大な魔族に重傷を負わされて、しかも傷口に呪いが掛かった所為で「聖女」の治癒も効かずに……そのまま死んだわ。なんとか追い返して「裂け目」も閉ざしたけど……もしかするとあれが……』
「……神、でしょうね」
「ふぅん、俺よりも強いのかな」
本物の神さまなんかではなく、『神並に強くね?』という比喩で付けられた異名だ。人間じゃ傷つけられないってこともあるまい。
『……警戒はした方がいいから、あんまり楽観的なことは言いたくないけど』
「あぁ」
『多分、あんたの方が強いわよ』
「
俺を世界最強なんて言うミカが曖昧な表現を使うくらいだ、相当強いのだろう。
確かにこの世界最強でも、魔界で最強とは限らないしな。
とはいえ、当分相手にすることはなさそうだが。
さっき出たように、指先だけでこっち来るっていうなら別だが。
「それにしても、『裂け目』を作る儀式って冗談みたいに魔力を使うんだろ? 魔族はそれをどこから調達してるんだ? 今回は天然の魔力溜まりを利用してるみたいだが、足りないだろ」
人間が魔法を使うみたいに、魔力自体が奇跡を起こす性質を持っている。
世界を巡る魔力の流れが滞った時、一箇所に集まってしまった魔力が妙な現象を起こすことがあった。
雨が逆に降ったり、死んだ者と再会出来たり、体が若返ったり。
魔力の濃い空間では、不思議なことが起こったりする。
『裂け目』はその一つで、一番厄介なものだ。
別の世界とこの世界とを、繋げてしまう。
「……魔力を宿す魔石などを利用することもありますが……主に生物を利用するようです」
「生贄か……。でもそれっぽいのは見えないぞ」
俺たちは今、術者を監視している。
怪しいローブ姿の集団で、二十四人もいる。
そいつらは祈るように、呪いみたいな言葉をぼそぼそと呟き続けていた。
これがただの敵なら遠距離から倒してしまってもいいのだが、今はよくない。
俺たちが空間属性魔法で飛んで来た時には、すでに呪文が始まっていたのだ。
魔法の完成前に術者を殺したり意識を奪うと、中途半端なイメージに膨大な魔力が残り、何が起こるか分からないのだ。
しかも今回はたまーに自然界に発生する魔力の流れが滞ってしまう空間・魔力溜まりが利用されているので、暴走の規模が読めない。
俺たちが死ななくとも、最悪森が消し飛ぶかも。
というわけで、『裂け目』を開かせることにした。
のだが、生贄にされる者がいるならば話は別。
だがそれらしい者は見えないし、俺の作戦を聞いた時にエレノアが指摘しなかったということは……。
「術者自体が生贄なのか」
「えぇ、この世界に混沌を齎さんと願う者共が勝手に死んでくれるのです、止める必要もないかと」
エレノアがやけに冷えた目つきと口調で言う。
……あぁ、そうか。エレノア自身も生贄の儀式で殺されるところだったのだ。
自分から生贄になって高位の魔族を呼び寄せようとする輩なんて、理解も出来ない存在だろう。
――一応、洗脳されてるようなヤツがいないか調べよう。
サキュバスのチャームなどで一時的に意識を操られているようなやつは、体内の魔力の流れが乱れるので魔法など無くともそうと見抜ける。
――いないみたいだな。
『脅されてるようなやつもいないわね。みんな心が安定してるか、興奮してる。怖がってたり嫌がってるやつはいないわ』
「……理解は出来ないけど、あいつらが本気なのは分かったよ」
やがて、凄まじい魔力の高まりを感じ、それが一箇所に集中。
術者がバタバタと倒れ、リーダーらしき最後の一人が何事か呟くと、空間にヒビが入った。
そして、最後の男も倒れる。
「よし、じゃあ行くぞミカ」
『任せなさい。どんなやつが来ようと、この聖剣ミカさまの錆にしてやるわ!』
「お前、錆びないじゃん」
あと汚れたら怒るじゃん。
しかし俺はそれ以上言わず、駆け出した。
エレノアはここまでついてきてくれたが、急ごしらえの共闘よりは一人で戦う方が良い。
今回は後ろで控えてもらった。
「ククク……ここが異界か。脆弱なる臣下共、大儀であった。貴様らの犠牲は無駄にせぬ、この『氷獄王』がこれより行う暴虐による征服を、冥府で眺めるがよい」
水晶で出来たみたいな体をした、二足歩行の巨大な魔族。
確かに王を名乗るだけあって、かなりの強さだった。
「ミカ、お前で斬る。森を破壊したくないから、斬撃の『拡張』はするな」
こいつを本気で振るうと、魔力で斬撃が拡張され、かなり広範囲を斬ってしまう。
『ふっふっふ、最近やけにあたしを頼るじゃない? もっとそうしなさい!』
一人で戦えるくらい強くなるべく鍛えたが、聖剣が頼られたがっていると知ったのだ。
「!
隠れる必要もないので正面から近づいていく。
「聞いてどうするんだよ」
「人間だと? しかしこの魔力……いや構わぬ。手始めに我が氷槍、貴様の血で染めてくれ――え?」
なんとか王の突きは鋭かったが、腕を戻す頃には肘から先が落ちていた。
やっぱり水晶っぽい感じだ。
「な、あ、有り得ぬ! 我の腕が! こっ、このようなことが起こるわけがッ。貴様は――なんなのだ!?」
二回も訊かれてしまった。
あぁ、そういえば【剣聖】が言ってたな。
――『たとえ敵で、殺すことは変わらなくても。余裕があったら、それ以外の願いはなるべき聞いてやりな。せめてもの情けってやつだ』とか。
他の四人にはする必要ないと言われたが、【剣聖】はヘラヘラ笑っていた。
「俺はレイン」
「その名、どこかで……しかし何故魔族領奥深くに人間風情が!?」
「何故ってそりゃあ、俺が――魔王軍のヒモだからだ」
「ひ、ヒモ……だと……」
なんか理解出来ないみたいな顔をしているが、情けとやらもこれくらいでいいだろう。
「じゃあな、なんとか王。冥府があるなら臣下に謝れよ」
二十四人死なせて異界に来た挙げ句、すぐ死んだのだ。術者達は報われなさすぎだ。
「ま、待て、意味が分からない。ヒモとは――」
俺は地を踏んで飛び上がり、聖剣を振り下ろす。
敵の体は縦に切り裂かれ、断面から聖剣に込めた俺の魔力が迸り、直後に砕け散る。
「ヒモとは……なんなのだ……」
そんな声が聞こえた気がしたが、幻聴だろう。
「エレノア、終わったぞ」
彼女はすぐにやってきたが、その顔は若干引き攣っている。
「どうした?」
「い、いえ……さすがはレインさまです。その……『氷獄王』は魔界で七つの国を凍土に変えた実力者だったのですが、一撃とは……」
「斬ったのは二回だよ」
「そ、そうでございますね……」
エレノアはそれでもまだ驚きすぎて上手く言葉が出てこない、みたいな顔をしていたが、やがて落ち着くと微笑んだ。
「この度は、私どもの国の脅威を排除してくださり、ありがとうございます」
「いいよ、自分で決めたことだし。まぁでも、感謝ならミカにもしてやってくれ」
「もちろんですとも、さすがはレインさまの聖剣ですわ、ミカさま」
『……若干含むところを感じなくもないけど、素直に受け取ってあげるわ』
「何かお礼をさせてください」
「いや、そういうのはいいよ。もう充分貰っている」
「私の気が済みません。どうか我々の為だと思って」
エレノアの顔は真剣だ。
「うぅん……じゃあ、いっこだけ」
「はい! なんでもいたします!」
エレノアが瞳をキラキラさせる。
「明日の朝のデザートは、氷菓にして欲しいんだ」
「……はい?」
「いやさっきの敵、水晶っぽいけど氷っぽくもあったろ? そしたらなんか食べたくなっちゃって。やっぱダメかな……? 昨日食ったばかりだもんな……」
氷菓はあまり体にはよくない食べ物らしいのだ。
「い、いえ、そのようなものでしたら幾らでもご用意しますが」
「え!? いいのか!?」
「はい……とても成果に見合う礼とはなりませんが」
「いいよいいよ、あいつくらいのならすぐ倒せるし」
「左様で……」
エレノアはなんとも言えない表情をしていたが、やっぱりすぐに笑った。
「私を救ってくれた勇者さまは……本当にすごい方です」
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