第14話◇友達できるかな

 



「しかしミュリが無事で良かったがあの魔力……一体何が」


 ミュリ以外目に入らなかったのか、ミュリの兄は不思議そうな顔をする。


「ゆうしゃくんがね、ミュリのために塔をつくってくれたの」


「ゆうしゃくん? 塔?」


 そこでようやく、魔王の息子が周囲を確認し、俺を見て、それから塔を見て、叫んだ。


「なんだこれはーーーーーー!?」


 ついうっかりしていたが、ここは王宮内部。警戒度や重要性はとんでもなく高い。

 実際、ミュリの兄が来るより先に――強そうな奴らの気配に囲まれていた。


 ――エレノア並のやつも何人かいるな……。


 そいつらが姿を現さないのは、既に分かっているからだろう。

 やったのは俺で、どうやら遊びの延長で塔を作ってしまったようだ、と。


 何故なら――エレノアが説明に駆け回っている気配があったから。

 どうやら庇ってくれているのはエレノアだけじゃなさそうだ。


『七人組の誰かかもね』


 エレノア含めた七人の魔力が高い少女を、俺は五年前に助け出した。

 そのことで恩義を感じてくれている者達が、全員この国にいるのだと聞いた。


 警戒している者達からも、驚いているミュリの兄からも怒気は感じない。


 しかし非常識なことをしたのは間違いないようだ。

 うっかりとはいえ、仕事中や休憩中の者達を出動させてしまったこともあるし、謝ろう。


 と、考えたところで。俺の脳裏にあることが思い浮かんだ。

 ミカを突き出す。


「こいつがやりました」


『ちょっとッ!? 弁明もなしに相棒を売り渡すつもり!?』


「宝剣の件」


 ぼそっと言うと、ミカがびくっと震えた気がした。


 名前も知らんどっかの王様に貰った宝剣に興味はないが、こいつがそれを圧し折ったことで俺が五人に怒られたのだ。

 ちょっとした仕返しをするのもいいだろう。


 こいつが困ったあたりで、本当の事情を――。


『……ぐっ、そ、そうよ! レインは悪くないわ! この塔は私が建てたの!』


 ……あれ。


「……勇者の聖剣が、自らの意思でか?」


『そうよ! お騒がせしちゃってごめんなさいね! 煮るなり焼くなり罰を与えればいいじゃない!』


 煮ても焼いてもミカには傷一つ付かないが、罪を一人――いや一振りか――で背負おうという気持ちは伝わってくる。

 

「勇者殿は関与していないと?」


『そうよ! 分かったらさっさと市中引き回しなり民衆の前で吊るすなりすればいいわ!』


 どちらもやっぱりミカにはノーダメージだ。

 多分カーテンに包むとかの方が効くだろう。ちくちくするらしいし。


 というか街中で剣を馬に牽かせたり縄で括ったりする状況を思い浮かべたら、かなりシュールだ。


「……妹は勇者殿の仕業だと言っているが」


『くぅ! そ、それはっ。……こいつは見逃してやって! ちょっと事情があって致命的に常識に疎いだけなの! なんならそれについての責任もあたしにあるわ!』


 なんだか逆にミカに謝りたくなってきたな。

 こんな必死に庇ってくれるとは。


 でも最後のやつは、お前だって嬉々として手伝ってくれたじゃないか。


「にぃに、ゆうしゃくん怒るの? ミュリのためにしてくれたのに?」


 まずい、続々と仲間が集まってきた。

 ミュリに続き、キャロを含むチビ集団が「キャロたちが色々たのんじゃったから」「ゆうしゃさまは遊んでくれただけなのー」「れいんをいじめないでー……!」と俺を庇うように立つ。


「れいんさまは何も悪くないと思う。罰はどうかアズラに……」


「いやなんでだよ!? レジーあんた勇者さまのことになるとメチャクチャだな!?」


「冗談」


「ヒヤッとしたわ!」


 アズラとレジーは結構仲がいいみたいだ。


 さて、こんなことになると思わなかったがそろそろ本当のことを説明し――。


「ふっ」


 おや。


「ふっ、くっ、あはははっ」


 ミュリの兄が耐えきれなくなったとばかりに笑い出す。


「はぁ……ふふ。貴殿は面白い人間だな。『邪竜王』『腐蝕王』『黒雷公』『闇獅子』と名だたる魔界の強者を滅した勇者でありながら、七人の魔族の童女は見逃したりもする。こんなところに塔を建てる非常識に驚けば、貴殿を守らんと聖剣や子供たちが立ち上がる。不思議な人間だ」


 具体的な名は忘れたが、言われてみるとそいつらを倒したような気もする。邪竜王は邪竜親子の親の方だろう。あれはよく覚えている。


 腐蝕王はなんか臭くてデカイやつで、黒雷公はやたらと雷落としてくるやつで、闇獅子は速い上に刃が通りにくかったあいつだろう。


 あいつらレベルの強い魔族なら他にも沢山倒したが、この国でも結構知られているものなのか。


 あと、どうやら怒られる流れではなくなったようだが……。

 ミカに罪を着せたままというのも居心地が悪いし本意ではないので、口を開く。


「あー、済まない、あんたの家に塔を建ててしまって。さっきのは嘘で、俺がやったんだ。次から気をつけるよ。これを見ている奴らも、仕事や休みの邪魔をして悪かった」


 すると、エレノアがどこからともなく現れた。


「お気になさらず。ですが確かに、次回からは事前に教えていただけると助かります。城内に周知しておけば、無用な警戒を招くことも防げましょう」


 もうするな、と言わないあたりがエレノアらしい。


「そうだな、エレノアやフェリスに相談するよ」


「はいっ」


 彼女は優しげな笑みを浮かべた。


「あー、こほんっ」


 ミュリの兄が咳払いする。

 俺を見ていた。


「聞いたところによると、貴殿は他の英雄に自由を酷く制限され、友の一人も許されなかったとか」


「あぁ、まぁ。一応、こいつがいたけどな」


 腰に戻したミカの鞘とぽんと叩く。


『ふふんっ。……待って一応って何よ!』


「妹の相手をしてくれたようで、感謝する。この前はあまり話せなかったが、良かったら僕と友人になってはくれまいか」


 ゆうじん。友人。友達。

 友達に男も女もないかもしれないが、正直男の友情的なものにも憧れがある。


 しかし。


「申し出は本当にありがたいけど、俺の相手をする時間があるならミュリと遊んでやってくれ。寂しがってたぞ」


 ミュリは俺を庇った時のままなので、俺と兄の間に立っている。


「あぁ……最近魔法の修行が大変で中々構ってやれないでいるんだ。……そうだな、その方が先かもしれない」


 なんて話していると、ミュリが兄の手を取り、俺の方に近づいてきて、俺の手も取った。


「みんなで遊べばいいと思う」


「……なるほど、ミュリは頭が良いな」


 俺が褒めると、ミュリはむっふんと自慢げに鼻息を漏らした。


「……いいのか? ミュリ」


「うん」


 元気よく頷く妹を見て、彼女の兄は再び笑った。


「そうか。ではよろしく頼む、レイン殿」


「あぁ」


 その後キャロ達が自分たちもーとひっついてきたので、分かった分かったと相手してやる。


 さて。

 完全に訊くタイミングを逃してしまったが。


 ミュリの兄の名前は、なんていうのだろう。


 ……後でこっそりエレノアかフェリスに確認しておこう。


 ちなみに、塔にはみんなで登った。

 特にミュリは大はしゃぎで、作った甲斐があったと思ったものだ。




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