第13話◇勇者のお砂場遊び
『ねぇ、レイン。……偶然かしら』
二人のメイドから離れたあと、ミカが小声で言う。
「なにが」
『あたしには……あいつが……【軍神】が考えもなく才能ある魔族の子を見逃すとは思えないのよね』
「……かもなぁ」
エレノア達は、他の五英雄を血も涙もない冷血な人間だと思っている感がある。
俺に五歳から武器を持たせたり、自分たちの技術を教えるべく厳しく鍛錬したからだろう。
とはいえ、あいつらに心がないなら、あるいは分かりやすい悪人なら――英雄の使命なんて果たすわけがない。
強い力を持ったヤツの中には、それを私利私欲のために使う者が多い。
だがあいつらは違う。
金が得られれば、戦で全てを失った者や貧する者のために使い。
土地とか爵位とかをちらつかせて自分の国に引き込もうとするやつらの提案は固辞し。
罪なき者が虐げられていれば、すぐさま飛び込んで助ける。
第一、五年前だと俺は十歳だ。後からやってきた騎士や、そこで救出した人間の少女たちの目を欺くことは容易いが、他の五人を無視してエレノア達を逃せるほどじゃない。
つまりエレノア達を逃がすという判断は、他の五人の黙認の上で成り立っているのだ。
あいつらも、魔族ってだけで被害者の子供を殺したくなかったのだろう。
――ただ単に、英雄としての使命で尊重する命の中に、『六英雄』が含まれていないだけなのだ。
エレノアやミカいわく、俺がそれを気にしていないこと自体が異常で、五人の教育の所為ということらしいのだが。
『この状況まで含めて、あいつが読んでたって可能性はないかしら』
「あいつならどんなことでも有り得るけど、意味がないだろ。俺を魔王軍に行かせて人類が何か得するなら別だが」
『そ、そう……よね。ごめん、変なこと言ったわ』
「いや、ほんとにあいつならなんでも有り得るからな……。まぁ、そんなことより砂の城作るぞ」
常に無表情で何考えてるか分からんあの眼鏡男のことなんか、考えていても仕方ない。
『……えぇ。それに、仮にどんな思惑があろうとも、あたしとあんたがいれば切り抜けられるわ』
「そうだな。でも万が一【賢者】が敵になったら気をつけろよ。あいつ魔剣を壊せるから」
魔剣が元聖剣ということを考えると、ミカにもヒビくらいは入るかもしれない。
『え!? 人間に壊せる筈がないんだけど!?』
「前にお前がいない時に教えてくれたんだ。今の魔剣って結構魔族の手に渡ってて危険だからってな」
魔剣の恐ろしいところは、昨日まで素人だったやつが持っても、熟練の剣士や魔法使いを圧倒する力を授けるところだ。
元々強いやつが使うと、もっと厄介。
それでも六英雄なら対処出来るが、それは俺たちが対処出来るというだけのことなのだ。
周囲の味方や土地には被害が及びかねない。
そこに気を回しながら戦うのは大変なので、【賢者】は魔剣を壊す魔法を編み出した。
『やっぱりこの時代の英雄はおかしいわよ……』
ミカがなんか言っているが、砂場に到着したので話は終わりだ。
「おそいよー」
チビ共が言う。
「ちょっとアズラとレジー……メイド二人と話してた。それで……これが砂遊びか」
穴を掘っている者もいれば、砂で建造物らしきもの作っている者もいる。
中でもミュリの作る城は中々のもので、魔王城を忠実に再現していた。
周囲の子供たちからも尊敬の眼差しを向けられている。
ミュリは気を良くして、ふふんっと胸を張った。
「器用なもんだな、すごいよ」
ちらちらっとミュリが見てくるので、思ったままを言うとにぱーっと笑う。
「ゆうしゃくんも、何かつくって」
「ミュリよりデカイ城を作れば俺の勝ちなのか?」
「ゆうしゃさま、あのね? そういう遊びじゃないよ」
キャロが慣れたように指摘する。
「なんだ、違うのか。何を作ってもいいのか?」
「うん」
「じゃあ……よし、あれにしよう」
湿った砂を手にとり、ある程度の塊になったら形を整えていく。
「……おかしいな」
「ゆうしゃくん、それ、雪だるまさん?」
「いや、パンケーキだ。二段じゃ分かりづらかったかな? あと三枚乗せよう思う」
全員が沈黙した。
おい、キャロその視線をやめろ。憐れむような視線だろう。分かるんだからな。
『パンケーキが球体じゃあダメなんて誰が決めたわけ? これがレインのパンケーキなのよ!』
ミカもやめてくれ。何故か分からないが居た堪れない気持ちになってくる。
ミュリが優しげな表情になる。
「だいじょぶだよ、最初はみんな下手っぴだよ」
「良いこと言うな、ミュリ。そうだよな、努力しなきゃ成長はしないよな」
あと、やっぱり俺は砂遊びが下手なんだな。
その後も子供に混ざって色々作ったが、上手くいかなかった。
「そもそも土を自由に形成したいなら魔法を使えばよくないか?」
俺が魔法という言葉を使うと、子供たちは一瞬先程までのことを思い出したのか固まったが、試しに魔法で再挑戦したパンケーキを見せると、目を輝かせた。
「すごい! パンつくって!」「テーブルとイスつくれる?」「ベッド……」
一人うとうとしてるやつがいるな。昼寝は本物のベッドでしたほうがいいぞ。
そこで俺ははたと気づく。
これはもしかすると邪道で、ミュリの自信を損ねるようなものなのではないか、と。
「すごい……! ゆうしゃくんすごい!」
大はしゃぎだった。
「あれっ、ゆうしゃくんあれつくれるっ!?」
興奮気味に俺の服をぐいぐい引きながら、もう片方の手で彼女が示したのは――塔だった。
魔王城の敷地内に在るが、他の建物と違って独立している。
「あぁ、あれか」
「あそこ、ミュリは入っちゃダメな場所なの。でも気になる……」
だから俺に塔を作ってもらい、その中に入ってみたいのか。
……それ、目当ての塔の中に入ったことにはならないと思うのだが、いいのだろうか。
しかしそれで気が済むなら、作ることに問題はない。
――あの塔に忍び込もうとか考え出したら大変だし。
この国が魔族領に在って比較的安全なのは、魔王があの塔を使って結界を張っているからだ。
瘴気を弾き、魔界とこの世界とを繋げてしまう『裂け目』の内、小規模なものの発生を防ぐ効果がある。
結界維持のため、魔王のおっさんは魔王城から離れられない。
具体的に何が入ってるかは聞いてないが、ミュリが紛れ込んで何かあっては大変だ。
「よし、いいぞ」
心地よい生活の礼代わりにもならないが、やってみよう。
「ミカ、久々に出番だ。魔法の構築を手伝ってくれ」
『いいわ、あの塔の外観を再現すればいいんでしょう。余裕よ余裕』
俺は攻撃魔法は得意だが、さすがに土魔法で建造物を作ったことはない。
みんなに少し離れているように言い、集中。
かなり慌てた様子の赤髪メイドアズラを、黒髪メイドのレジーが説得している声が聞こえた気がした。
「れいんさまなら大丈夫ですって」
「いや失敗の心配はしてないんだよ。作れるっていうなら作れるんだろうけど、あれを土魔法で作ろうとしたらとんでもない魔力が生じて城内が騒然と――」
頭の中にイメージが浮かぶ。
後は魔力を用意し、イメージを現実にするだけ。
直後、ごごごという大地を揺らす音と共に――塔が伸びた。
細かい部分はミカに任せたが、遊具は傷つけないよう気をつけたし、塔は倒れないようになっている。
「こんなもんか」
『ふっ、聖剣さまにかかれば、この程度の構造物の理解、構築は容易いわ』
「あぁ、助かったよ」
『! べ、別に気にしなくていいわよ。当然のことだし? でも、もっと言いたければ言えば?』
わー! と喜ぶ子供たちを見て、俺は頷く。
「この笑顔の半分は、お前の成果だ」
『……! 四……三……二割くらいでいいわよ』
なんかこいつ最近俺に甘くなってないか……?
そんな疑念を深める前に、そいつは来た。
「くっ、異様な魔力の高まり!? クソ! あそこはミュリの遊び場がある場所だ……! 頼む無事でいてくれミュリ!!!」
なんて声が響いてきたかと思うと、一人の少年が公園に飛び込んできた。
「ミュリーーーーー!!!!」
「あっ、にぃに!」
真面目そうな顔をした魔人だ。ミュリと同じく、髪は紫。
塔に入ろうとしていたミュリは、駆けつけた少年に抱き締められる。
「良かった……! 僕はっ……くっ、今朝冷たくしてしまったのが最後の会話になったら、自分を許せなくなるところだった……!」
「にぃに苦しいよ」
なんて言いながらも、ミュリは嫌そうではない。
――なんだ、お前の勘違いなんじゃないかミュリ。
家族より学業が大事なら、こんなに慌てて駆けつけてこないよ。
あと、さ。
もしかしてこれ、怒られるやつかな?
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