第29話 似たもの同士

「ちょっと香織、こっち!」


 物凄い勢いで歩いてきた夏樹に手を取られ、再び草むらの陰へと連れていかれる。

 ……あれ?


「今、明らかにいいムードだったじゃん。何してくれてるのさ」


「いや、だって夏樹が二人の邪魔を……」


「何言ってるの。はぁ……、せっかく先輩が頑張ろうとしてたのに……」


「えっ……?」


 私は事の全てを聞かされた。しばらく、驚きとショックで何を言われてるか分からなかったが、首を振って冷静になる。


「じゃ、じゃあ……。全部勘違いだったってこと……?」


「何が勘違いなのか分からないけど、多分香織が思ってるのとは違うと思う」


「や、ヤバい……。私やっちゃった……」


 急に冷静さを取り戻す。確かに、私の早とちりだった。先輩を思うばかり、冷静さに欠けていた。


「大丈夫、今からでも見守ろう」


 夏樹はひょっこりと顔だけのぞかせる。私も真似をする。先輩と優が向き合っていた。二人の間に会話はなく、微妙な雰囲気が漂っていた。昨日先輩が泣いていた理由が分かるかもしれない。いつ話し始めてもいいように、しっかりと耳を澄ませておく。


「優くん……。ええっと、私もちょっと……戻る……わね」


「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 思わず声をあげてしまった。ヤバい、本当に私のせいだ。空気を読むのが得意とか思ってたのが恥ずかしい。先輩は早足で戻っていく。優も何が何だかわかっていない様子だった。


「ちょっと私、行ってくる!」


 こうしちゃいられない。私が起こした問題は私が解決する。先輩を追いかけるため、私は再び走った。


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 優たちがいた地点とは、少し離れたところで先輩を捕まえた。


「あのっ! すみません! 先輩! 私の早とちりのせいで、せっかくの機会を……」


 全力で頭を下げる。ほんと、恥ずかしい……。自分が情けない。


「いいのよ。中々言えない私が悪いんだし」


「い、いえっ! 先輩は全く悪くないです! 全て私が……」


「本当に大丈夫よ。香織さんが来なくても、多分失敗していたから……」


 先輩の表情を見た時、ふと思った。

 なんで今まで気づかなかったんだろう。


 彼女は私に似ている。


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 私は友達がいなかった。

 生まれた時から金髪だった私は、小学校低学年くらいまでは「可愛い」とか「友達になろうよ」とか言われていた。しかし、私は人付き合いが上手くなかったのだ。せっかく声をかけてもらえても、上手く返答が出来なかった。だんだんと学年があがるにつれ、いつしかその金髪も「可愛い」から「一人だけ違う」へと変わってしまって、気付けば誰も私には近づいてこなくなった。いわゆる、浮いている状態になった。

 中学に入学し、少しでも交友関係を築くためバスケ部に所属した私だったが、これと言って何も変わらなかった。

 入部して数週間経った、ある日の部活終わりのことだった。私はボールを片付けるために体育倉庫に向かっていた。体育倉庫前に着いた時、中から話し声が聞こえてきた。私もその中に混じってはなしたいな、そんな密かな思いを持ちながら、体育倉庫の扉を開けようと手をかけた。


「西条さんってさ、ちょっと距離あるっていうか……付き合いにくいよね」


「うんうん分かる。話しかけても全然返してくれないしね」


「それに、一人だけ金髪だし、それも関わりにくい要因だよね」


 ズキリ、と心が重くなる。


「だよねー。西条さんって可愛いし、私たちみたいなモブとは関わりたくないのかも」


「えーなにそれ〜。でもちょっと有り得るかも」


「だよねー」


 手は動かず、その扉が私によって開かれることはなかった。そう、


 ガラガラッ


 重い音がして、扉が中の子たちによって開かれた。


「えっあっ、西条さん? どうしたの?」


 その子は取り繕った笑みだった。だから……


「ん? ボールを片付けにきただけだよ!」


 私も取り繕った。

 取り繕った声で、言葉で、精一杯の笑顔で向き合う。


「そ、そうなんだ! あ、これ鍵、渡しとくから終わったら閉めといてね!」


 そう言い残し、二人は走り去っていく。去り際、「まじびびったわ」「聞かれてないよね?」「でも、あんなに元気に喋る子だっけ?」と言う声が聞こえた。聞こえてるっての……。それにしても、元気に喋る子……か。

 ボールを片付け、扉の鍵を鍵穴にさす。


「取り繕ったら、友達……出来るのかな……」


 私は友達が欲しかった。

 同じ部活に入って、テスト前は一緒に勉強して、休日は遊んで、バカみたいに楽しんで……。

 そんな、親友と呼べる人が欲しかったのだ。

 だから私は中学一年の春、ひとつの決意をした。


 本当の自分を偽って生きる、と。


 体育倉庫の鍵を回す。カチャッという無機質な音は、私にしか聞こえなかった。



 その日から、私は全てを変えた。金髪はそのままに、長ったらしかった髪は肩あたりまで切り、左側を小さく結んでサイドテールにした。スカートも少しだけ短くした。中学生の精一杯の背伸びだ。

 最初は上手くいかなかった。でも、諦めず、めげずにどんどん馴染もうとした。クラスで目立つグループに入ったり、逆にクラスで一人ぼっちになっている子にも話しかけたりした。


 気づいたら、クラスをまとめあげる委員長になっていた。後期の委員決めの際、皆満場一致で私を推薦した。

 取り繕った苦笑いで、対応したのを覚えている。私は全く嬉しくなかった。それはそうだろう、今皆に見せているのは素顔の自分ではない。そんなもので皆に褒められても……と思った。

 でも、これは私が選んだ道。私はこの姿が生きていくことを決めた。何の不自由ない、この姿で。


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 誰しも少なからず取り繕う場面はあると思う。しかし先輩のは違う。自分自身を取り繕っている。でもそれを私が聞いてもいいの? 私が干渉してもいいこと?

 いざ行動に移そうとすると、不安が心を支配する。

 しかしふと、私の言葉がリフレインする。


 ――私はこの姿で生きていくことを決めた。何の不自由ない、この姿で。


 何の不自由もない……か。


「じゃあ私はそろそろ戻るわ」


 そう言って戻ろうとする先輩の後ろ姿に、思わず私は抱きついてしまった。あーぁ、後から思い出して恥ずかしくなるんだろうな……。


「香織さん……?」


「……先輩。自分を取り繕うのって、辛くないですか?」


 昔の自分、今の自分を思い起こしながら、必死に言葉を紡いでいく。


「え……? 突然どうしたの?」


 先輩は昔の私を知らない。

 だから、本当の私も当然知らない。でも、初めてこの人になら話してもいいかなと思った。私の秘密を話せるくらい、彼女のことは信用している。だから、先輩も私のことを信用してくれていたらいいな、なんて願望に身を任せ、残りの言葉を紡いだ。


「本当の先輩を、見してください」


「本当の……私……?」


 やはり、先輩も思い当たる節があるのか、顔が俯いた。表情は見えないが、暗い顔であることが予想できる。


「本当の私って……何かしら?」


 ……それでもまだ誤魔化すのか。

 本当なら見捨てて、呆れて、放り出していることだろう。しかし、彼女は特別だ。そう、これは私情。


「では、単刀直入に聞きます。先輩、何か隠してますよね?」


 先輩がビクッと震える。驚いているのは見抜かれたことに対してじゃない。はっきりと、言葉にされたことに衝撃を受けているんだ。言葉には、それほどの威力がある。

 それは、私が身をもって経験したこと……。


「……どうして……そう思うの?」


 目が合った先輩は、下手くそな笑みを取り繕う。ほんと、不器用な人。私は先輩から離れ、前へと回った。


「見ていたら誰だって分かりますよ。それに、私は……」


 ……おっと、危ない。思わず口が滑るところだった。今、余計に混乱させる必要はない。それに、今はこの気持ちは気づいて欲しくないかも……。


「先輩の親友ですから」


 私の気持ちは、たった一つの言葉で誤魔化されてしまった。その言葉は真実なのだが、今使うには相応しくなかったかもしれない。


「香織……さん……」


 しかし、先輩には私の言葉が響いたようだ。本当、皮肉なものだ。


「……私で良ければ、相談に乗ります。だから先輩、話してくれませんか?」


 自己嫌悪と罪悪感が入り交じるこの感覚が気持ち悪い。自分が嫌になりそうだ。

 しばらく待っていたが、先輩からの返答はない。つまり、そういうことだろう……。やっぱり、私なんかが干渉するべきじゃなかったんだ……。


「まったく、大事な親友を泣かすなんて、親友失格ね……」


 え……?

 先輩の言葉で、キョトンとする。すると直ぐに、先輩の手が伸びてきて、私の頬を拭った。先輩の指は少し濡れていて、私がどういう状況なのかを把握させた。

 やっぱり私は完璧美少女なんかじゃない。完璧美少女という仮面をつけているだけの、ただの女子高生だ。

 ただ学校に通い、勉学に励み、友人と遊び、部活に勤しむ。


 そして"恋"をする。


 そんな普通の女子高生だ。だから、こんな時でも直ぐに泣いてしまう。

 ピキリと、何かが割れる音が聞こえた気がした。あぁ、こんな簡単なことだったんだ。一気に割れなくてもいい。ちょっとずつ、少しずつ。それでも確かに前に進めるのだから。

 先輩は手を伸ばし、私の頭の上に置いた。


「ありがとう、香織さん。全て話すわ」


「……ありがとう……ございます」


 必死の思いで出た言葉。

 二重の意味を持っているなんて、先輩は分からないだろうな。

 そして、頭上に感じる確かな熱だけが、私を支配していることを、今じゃなくていいから、少しは知ってほしいと思った。

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