第28話 時間遡行してみたい人生だった

 しっかりと俺の方を向いて聞いてくれる南波。


 先輩に抱きつかれたこと。

 そこから上手く対応出来なかったこと。

 それを、いつも肝心なところで誤魔化す先輩のせいでもあると思ってしまったこと。

 最終的に逃げてしまったこと……。


 俺の語彙力では上手く説明出来てないと思う。それでも南波は静かに、時々相槌をうちながら聞いてくれた。それだけで俺は安心できた。


 話終えると、暫く南波は黙っていた。ちらりと横目で朝日を見る南波。朝日に照らされた姿は儚げであった。俺はというと、何を言われるのか、少しドキドキしながら待っていた。


「下木はさ」


 やがて口を開いた南波。思わず姿勢を正してしまう。


「逃げてなんかいないよ。むしろ、正解と言ってもいい。ただ、ちょっと足りなかっただけ」


 何を言われるかと思えば、これは……褒められたのか、貶されているのか? 思わず肩透かしをくらう。


「ええっと、それはどういう……」


「下木は分からないって言って逃げたと思ってるかもしれないけど、私にはそうは思えないよ」


 南波は言葉を続ける。


「第一、先輩も悪いって言ってたけど、それは私も同感」


「正直、先輩のことを助けるのは面倒くさいと思う。だってあの人、中々のモノを抱えてそうだもん」


「私だったら適当に言葉を羅列して済ませちゃうよ」


 俺は、ただ南波の話を聞いているだけだった。


「ちょっと、聞いてるの?」


 ジト目で覗かれる。確かに、南波のほうを見ずにいた。勘違いされても仕方がない。


「あ、あぁ。聞いてるよ。でも、少し南波の言ってることが分からないんだ。俺が正しいとか、先輩も悪い、とか」


 俺が疑問を述べると、一息つく南波。何かを思い返しているような、そんな気がした。


「やっぱり、下木優の"ゆう"は優しいの"優"だよ」


 綺麗な笑みだった。目元も口元も、優しく笑っている。まさに、天使のような微笑みであった。


「少し前にさ、私が屋上で一人でいた時に下木が励ましてくれたじゃん」


「え、あ、あぁ、うん」


「もう、忘れたの?」


「……いや、忘れてないよ」


 本当に忘れていない。ただ、南波の姿に見とれていただけだ。しばらく口が開けなかったのだ。

 南波はくるりと反対を向いた。


「その時にさ……思ったんだけど……。今になって言葉にしたら恥ずかしいね」


 そして、顔だけこちらに覗かせる南波。先程の笑みとは違い、今度ははにかむように笑っていた。頬もどこか赤い。


「……優しいの……優……」


 思わず復唱する。自分では信じられない。俺が優しいなんて……。


「そう、下木は優しいよ」


「いや……でも俺がそんな……」


 まだ肯定できずにいると、南波は大きくため息を吐いた。


「だって優しくなかったら、分からないなんて言葉出てこないよ。下木は先輩のことを助けたいと思って言ったんじゃないの?」


「あぁ。そうだ」


 自信を持って答える。これだけは間違いない。


「でもね、分からない、だけじゃ失望とも拒絶とも、下木の言う通り逃げともとれちゃうんだよ」


「……そうだな」


「そんなに暗い顔しないの。最初に言ったでしょ。一言足りないって」


「その、一言って?」


「分からないから教えてくれ。自分の気持ちを正しく伝えることだよ」


「……でもどうせ、教えてくれない」


 ネガティブな自分に嫌気がさす。


「別にそれでもいいんだよ。教えてくれるかどうかは問題じゃない。大切なのは先輩に、助けたいって意思があることを伝えることだよ。まだ一度もちゃんと聞いた事ないんでしょ?」


「……あぁ」


「そしたらさ、あとは粘り強く、言ってくれるまで待とうよ。あの人を攻略するにはそれくらいの覚悟が必要だよ」


「待つ……か」


 今までの俺は先輩を助けたい一心で、どうにかして話を聞くことを最優先としてきた。だから、待ってみるのも一つの手かもしれない。


「それでももし、先輩が言ってくれなかったら、その時は諦めよう」


「諦める……か。冷たいな」


「やっぱり下木は優しいね。でも、時にはそんな考えも必要だよ。助けを求めていない人を勝手に助けても、それは下木のただの自己満足になるよ」


「……だな」


 上手く言いくるめられた気がする。しかし、今は南波のことを信じるしかない。


「ありがとな、南波。おかげで踏ん切りがつきそうだ」


「どういたしまして」


 俺は、別の方法で先輩を助けることを決めた。何を助ければいいのか、先輩が何に悩んでいるのかは分からない。ただ、俺のこの気持ちは本物だ。何かが俺を突き動かす。


「まぁ、下木は強引にでも優しく聞き出しそうだけどね」


「ん? 何か言ったか?」


「んー、なんでもない! それより、そろそろ戻りますか」


「……? そうだな」


 何を言ったのかが気になるが、深入りもダメだ。一旦置いておこう。そして、南波が先に歩きだそうとする。しかし、前に進むことはなく、その場で止まった。


「下木……。噂をすれば、だよ」


 南波が微笑む。俺は南波が視線を向けている方を見る。そこには、先輩が立っていた。


「先輩!?」


 想定外の出来事に驚く。


「じゃ、私は先に行くから」


 一足先に歩いていく南波。先輩とのすれ違いざま、何か言ったような気がするが聞こえなかった。

 先輩が俺に何かを伝えようとしている。それは表情を見てるだけで伝わってきた。そう思うと、俺は緊張してしまう。昨晩の出来事を思い出してしまい、自分を責めそうになる。しかし、南波の言葉を思い出してなんとか自分を保っていた。覚悟を決めて、俺が先輩のことを呼ぼうとしたときのことだった。


「先輩っ!」


 声を出すのがはばかられる。一足先に戻ろうとしていた南波も思わず立ち止まっていた。草むらの陰から姿を現した声の主は、またまた想定外の人物だった。


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 目が覚めると、この部屋には私といずなちゃんの二人しか居なかった。いずなちゃんは……寝てる?

 それにしても、夏樹はどこに行ったんだろう。先輩の居所は……だいたい分かる。だって昨日、深夜に泣いて戻ってきたのを見ちゃったから……。優と何かあったのだろう。

 現在時刻はもうすぐ五時半になろうとしていた。朝食の時間まではまだまだ余裕があるし、少し探しに行ってみようかな。


「いずなちゃん……は起こしたら悪いよね……。ごめんね一人にして、私は少し散歩してくるね。何かあったら連絡してね」


 メモ帳にも同じような事を書いて机上に置いておく。

 顔を洗い、歯を磨き、髪を整えて部屋を出た。


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「あの……すみません。銀髪にショートヘアの女の子って見ませんでしたか?」


 外に出る直前、たまたまカウンターに座っていた木村さんを見つけたので声をかけてみる。


「あぁ、見たよ。一時間前くらいに外に出かけて行ったよ」


「ありがとうございます」


 一時間前……。早起きだ。

 そんな早くに起きて、何しに行ったんだろう。外に出ようと扉に手をかけると、後ろから声をかけられた。


「あ、そうそう! 男の子と一緒にいたよ!」


「えっ?」


 思わず手が止まる。男の子? 優?

 でも、優と先輩は一緒にいるんじゃないの?


「すみません、どこに行ったか分かりますか?」


 ゆっくり山を探索しながら探せばいいかと思っていたが、話が違う。


「うーんと、ここ通る時に、確か……日の出がなんちゃらって聞こえたような……」


「ありがとうございます!」


 直ぐに扉を開けて駆ける。


 日の出を見るんだったら、昨日行った見晴らしのいい場所だろう。先輩も優を探しているはず。同じく木村さんに話を聞いたとしたら……。もう既に、三人が出会っている可能性が高い。早く、早く見つけないと先輩が……。

 私は私のままでいい。

 今の関係を望む。

 でも、先輩が傷つくのだけはダメだ。

 夏樹には悪いけど、私は先輩を選ぶ。

 ふいに見せる暗い表情。何か先輩は抱えている。多分それは私じゃ到底処理できない問題。けど何故だろう。直感で、優なら解決してくれるんじゃないかと思った。

 でも昨日、先輩は泣いて戻ってきた。何があったのか詳しくは分からない。だけど、今の先輩の精神が不安定なことは確かだ。

 そんな時、優が他の女の子と二人きりでいるのを見たら? しかも早朝に。

 先輩は自分に自信がないんだ。プールの時だってそう、可愛いしスタイルもいいのに、何故優の前に出るのを拒んだの? それは、自分に自信が無いから。決して、恥ずかしいからだというわけではないと思う。先輩を見ていると何となくわかる。だから、今回だって、自分を卑下して、決めつけて、傷つくに違いない。それに、夏樹だって下木のことが気になっているはずだ。最近の夏樹を見ていると思う。私は空気を読むのが得意だと自負している。


 先輩は……めんどくさいなぁ。


 でも、私はそのめんどくささが好きだ。ずっと、見ていたいし応援したい。傍で支えたいとも思う。だけどそれは私の役目ではない。もっと適任がいるはずだ。

 だから私は走る。


 親友の先輩のために。大好きな、先輩のために……。


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 遅かった。私が着いた時には三人揃っていて、神妙な雰囲気が漂っている気がした。その時、夏樹がすれ違い様、先輩に何か言っている素振りを見せた。私は草むらの陰から見ているので少し距離があって聞こえない。

 この時の私は焦っていた。だから、冷静な判断が出来なかったのだろう。てっきり、夏樹が先輩のことを挑発したのだと思ってしまったのだ。


 今になって考えてみれば、私は馬鹿だった。


 私の考え自体が勘違いだとしたら?

 そんなこと、微塵も思っていなかったのだ。私の体が本能的に動いた。


「先輩っ!」


 そう叫びながら三人の前に飛び出した。


 ……あなたは過去に戻れるとしたらいつに戻りたいですか?

 今まで中々答えられなかった質問だけど、ようやくその答えが見つかりそうな気がした。


 私が恥をかくまで、後五分。

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