第26話 先輩と俺

 以前もこの光景を見たことがある。目を開けると、二つの大きなお山が目に入った。衣服の上からでも分かる大きな膨らみ。そして、後頭部に感じる柔らかい感触。


「せん……ぱい?」


 ゆっくりと頭を起こす。しかし、急にふらついてしまい、思うように立てなかった。


「こらこら、ダメよ。今はゆっくりしておくの」


「……ありがとうございます」


「それにしても、お風呂で倒れてるなんて。隣で凄い音がしたから、一応旅館の人に報告したのだけれど……。どうしてそんな風になるまで入っていたの?」


「……ええっと」


 先輩たちのやり取りを聞いていたら興奮したのと、のぼせていたのが重なって倒れました。なんて正直に言えるわけがない。いや、でも今もこうしてもらってるんだし、言わないと悪い気もする……。


「あまりよく覚えてないのね。無理して思い出す必要もないわ」


「ええっと……。はい、ありがとうございます……」


 た、助かった……。でも、やはり罪悪感はあるな……。


「……ところで、香織たちはどこにいるんですか?」


 いたたまれなくなった俺は話題を逸らす。外は暗くなっているみたいなので、もう夜だろう。空腹感も否めない。


「もう寝ちゃったわよ。ほら、見て。もうこんな時間だから」


 そう言って、俺の目の前に携帯を差し出す先輩。時刻は、夜中の一時だった。


「え!? 俺、そんなに眠ってたんですか!?」


 思わず大きな声を出してしまう。


「そうよ。このまま起きないんじゃないかって心配したんだから」


 ムスッと頬を膨らませる先輩。やはり、こういう子供っぽい仕草も似合う。


「心配かけてすみません。それと、ありがとうございます」


 夜中まで起きてくれて、俺を看病してくれたなんて、ありがたすぎる。俺は頭を起こして、きちんと礼を言った。


「いえいえ。優くんは大切な後輩だもの。先輩の私が面倒見なくちゃね」


 先輩は優しすぎると思う。うっかり、その優しさに惚れてしまいそうなほど。


「お腹空いたでしょ。これ、晩御飯の残り。旅館の人に頼んで取っておいてもらったの」


「……! ありがとうございます!」


 本当に、優しすぎるだろ……。思わず涙が出てきそうだぜ……。

 有難く、少し遅めの晩御飯を食べる俺。それを対面で見守る先輩。意識していなかったが、先輩は浴衣を着ていた。エロい。ご飯がススム。


「……優くん? 胸元に視線を感じるのだけれど……」


「ひぇ!? す、すみません!」


 咄嗟に目を逸らす。い、いや、これは不可抗力というか……。


「ねぇ、優くん。勘違いだったらごめんなさいね。もしかして、露天風呂での私たちの会話、聞こえてた?」


「……」


 押し黙る俺。じっと見つめてくる先輩。

 ここで嘘をつくのも野蛮だ。白状しよう……。


「はい……」


 はぁ……。と肩を落とす先輩。やれやれという風にこめかみを抑えた後、何故か立ち上がり、俺の隣に座った。


「……ねぇ。私のおっぱい、大きい?」


「は!? えっ!? んん!?」


 突然の質問の意図が分からず困惑する。いや、それにしても破壊力ヤバすぎるだろ! どう答えるべきなんだ……? 素直に大きいと言っても気持ち悪いよな……。


「ねぇ……」


「ええっと……。いい、と思います……」


 いいってなんだよ! いいって! 大きいかどうか聞かれてるんだよ! これだから童貞は!


「そ、そう……。ええっと、優くんは、魅力、感じる……?」


 たどたどしい言葉選びだったが、破壊力は抜群だった。俺は何回死ねばいいんだ!


「ええっと……。感じ……ます……けど」


 えぇぃ! 恥ずかしいわい! てかどうしたんだ先輩……。


「ふ、ふーん、そうなのね……。じゃ、じゃあ……」


「は、はい? なんですか?」


 頬を赤らめて、一歩寄ってくる先輩。妙に色気があり、浴衣も少しはだけていた。外から聞こえるひぐらしの鳴き声だけが、ここを現実と認識できる頼りになるくらい、俺の理性は限界を迎えていた。


「露天風呂で香織さんたちがやってたみたいに……優くんも、お、おっぱいを触ってみたいと思う……?」


「なっ……」


 腕を絡めてきて、胸を押し当てる先輩。耳まで真っ赤に染まっていて、はだけた浴衣から見える、太ももと胸元が妖麗だ。腕に伝わる柔らかく包み込むような感触と、目のやり場に困るほどのサービスショットに、俺はもう耐えきれなかった。


「先輩……。もう、ギブアップです……」


 俺はその場に倒れ込んだ。その際、案外強く腕を抱いていた先輩も一緒に倒れてきてしまった。


「「あっ……」」


 声が重なる深夜一時。俺と先輩の顔の距離は、わずか十五センチ。下半身は密着していて、大変お見苦しいものを先輩にあててしまっている。先輩は気づいたのか、かあっと顔を真っ赤に染める。そのまま避けるかと思いきや、先輩は離れなかった。それどころか、どんどん先輩の表情は変化していき、先輩と俺の顔の距離は縮まった。残り十センチ。俺が頭をおこせば、唇と唇が重なり合う。そんなことを考えてるうちに、先輩の顔がもっと近づいてきた。このままだと……当たる。俺は覚悟して目を閉じた。しかし、唇の柔らかい感触がすることはなかった。その代わり、柔らかい声が耳元で囁かれる。


「もう、我慢できない」


 心臓がぎゅっと掴まれるような感覚。それは、性欲がどうとかじゃなく、ただ、何か大切なことを連想させた。なんなんだ、この違和感は……。

 すると、突然先輩は体を起こした。相変わらず顔は真っ赤で、はだけた浴衣を抱きしめるようにして着ている。


「明日のお祭り、楽しみだね」


 先輩は突拍子もなく言う。口調もいつもと違って、砕けた感じだったので困惑してしまった。


「そう……ですね」


「ねぇ、優くん」


 立ち上がり、旅館奥の謎スペースまで歩いていく先輩。

 一呼吸おいた後、先輩は言った。


「私を、選んでね」


 と。


 ふと、思い出した。

 旅館奥の謎スペース。名前は、広縁ひろえんだ。幅が広いから広縁と名付けられたらしい。しかし、今の俺には、何か違う意味がこ込められている気がした。

 先輩が俺の方に向かって歩いてくる。俺の目の前にしゃがんで、そして―


 俺を、抱きしめた。

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