第20話 いざ、夏の陣「敵襲?」

「それで、優くんがクロールを泳げない原因 なのだけど……」


 昼食時の話題は、どうして俺がクロールを泳げないのかで持ち切りであった。しかしその会話は……


「優は腕の筋肉がないんだよ」


「腕だけ運動音痴とか……?」


「優くんの腕は洗脳されてる……?」


 などなど、遠回し、いや直接的か……?

 俺を小馬鹿にする話しか出てこなかった。少なくとも、真っ当な話し合いではない。ちょっとは真剣に考えて!?

 かといって、俺も何か考えがあるかと言われればないのだが……。


「もう皆食べ終わったし、練習しましょうか」


 気づけば皆昼食を終えていて、各々準備に取り掛かっている。三人とも日焼け止めを塗っていたのが目に入り、見てはいけない雰囲気を感じたのでそっと目を逸らす。逸らしてばっかりだな俺……。俺は日焼け止めを塗る必要はないので、一足先にプールサイドに腰掛けた。


「なんでクロール出来ないんだろうな……」


 ぼそっと独り言を呟く。足に感じる水温は、朝より少し暖かく感じた。その時、ふと後ろに気配を感じる。三人が来たのかと思い、振り返ろうとしたが―


「振り向かないで!」


 その一声で、俺の首はピタッと制止する。聞いた事のあるような、ないような声だ。


「誰……ですか?」


 思わず尋ねていた。後ろの人物は、くすりと笑うとこう言った。


「そうだね……、パンツの天使。と言えば分かるかな?」


「……パンティエルか?」


「そのとーり☆」


 何故、今ここで?

 というか、パンティエルは実在していたのか……。あまりに突然の事で何も言えずにいると、パンティエルのほうから話を振ってきた。


「君、クロールが泳げないみたいだね」


「……何故知ってる?」


「いやだなぁ。この程度のこと、知ってるに決まってるじゃん。だって私は、三年前のだって知ってるんだよ?」


「……そう……だな」


 しかし、そんな御伽めいた方法で俺の事を知られては困る。どこかで見ているのか? じゃあどこで?

 頭の中は疑問符しか思い浮かばないが、ここで尋ねても、適当にあしらわれるだけだと思いはばかられる。


「そんな君に、わたしが少し助言をしてあげるよ」


「助言? いや、そんなことより」


 ふわり。

 手と手が重なる感触がした。……暖かい。思わず振り向きそうになったところを、耳元で囁かれてはばかられる。


「こっちを見たらダメだよ」


 ……こいつといると気が落ち着かない。心の中まで覗かれている感覚が、嫌に体の芯まで伝わってくる。


「到着点に大切なものを思い浮かべるんだ。そしてそれを掴むために君は手を伸ばし、水をかき続けるんだ」


 なんとなく、言っていることは分かる。要は、必死に足掻くことをクロールに見立てているのだろう。


「……あぁ、分かった。それにしても、なんで俺の前に現れた?」


 ようやく聞けた。しかし、一向に返答が返ってくる気配はない。後ろを向くと、そこには誰もいなかった。


「はぁ……」


 思わずため息が漏れる。聞きたいことが、今になって山ほど溢れてくる。いざその場面に直面しても、案外出てこないものなんだな……。


「お待たせ!」


 今度こそ、聞き覚えのある声が後ろからする。そこには、三人が立っていた。


「どうしたの優、何かあった?」


 表情が沈んでいたのか、香織が俺を心配してくれる。


「いいや、大丈夫だ。練習しよう」


 誤魔化すようにプールに入る。体が冷えていたのか、一気に寒気が走る。しかし、触れられた左手の暖かさだけは妙に、嫌に、そして苦く残っていた。




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