第18話 永遠の友情と儚い愛情

「そういえば、国王オヤジと二人きりで何を話してたんだ?」


「なにって、その後、だんな様にヒドいことされてないかとか、いろいろ気を遣ってくれてただけですよ」

「え? なんだそれ」

「陛下はほら、わたしがだんな様に無理やり手籠めにされたって話を信じてらっしゃるから」

「あー……あー、なるほど、それな」


 ギデオンはすでに話をあまり聞いていない。

 彼はこの時、謁見の間で大勢の白い目に晒されたときのフラッシュバックにもだえ苦しんでいたのだ。


「そういえば聞いていなかったな。ギデオンとはどこで知り合ったんだ」

「え。えーっと、どこだったかなぁ」


 そう。未だ、そのへんの設定について、エーレンとギデオンは話し合っていないのだ。迂闊なことを言えば墓穴を掘ることになる。

 もっとも、国王の耳に届いてどうこうの心配はなくなっているわけだから、多少の齟齬は許されるのかなと、エーレンは高をくくっているところもある。


「忘れるわけないだろ。結婚までしておいて」

「そりゃ、まあ」


 あんな衝撃的な出会いを忘れられるはずがないよな。

 この時、エーレンとギデオンは同じことを考えていた。


「そう……うん。初対面でプロポーズされた」

「初対面で? あのギデオンに?」

「うん」


 二人きりであることの油断か、いつの間にか口調が昔の冒険者仲間時代に戻っているエーレンだ。


 それに無自覚なエーレン。うれしく思うリオン。

 そして、全くもっておもしろくないのが、絶賛出歯亀中のギデオンだった。


「俺たちはしばらく連絡も無いまま離れて、こうして再開した。そうしたら当時そのままの気分でまた友達として付き合えた」

「そうだね」



 甚だ気の毒だが、リオンはいまに至るまで大きな勘違いをしている。そもそも冒険者時代のエーレンは、自分を女だとはまったく認識してはいなかったのだ。

 もちろん、男にはない女の身体特有の問題は様々で、それに関して自分が女性の身体を感覚は常にあった。が、そこまでだ。彼のは常に男性だった。


 加えて、性的指向に関しても異性ヘテロであったエーレンの恋心が、のリオンに向かうはずもなかったのだ。


 いっそのこと、ギデオンがやったように『告白』という手段で自分の気持ちをぶつけてエーレンの心を動かすことができていれば、あるいは違った未来を迎えていたかもしれないのだが、事ここに至ってはifでしかない。



「ギデオンとは初対面でのプロポーズから結婚」

「うん」


「どこが違ったんだろうな」

「う~ん」


 エーレンは悩む。

 この気のいい友人の想いに報いることはできないけれど、出来る限りうそはつきたくはない。


 そこまで考えて、大きな矛盾に気がついた彼女は内心で自嘲する。

 『うそをつきたくない』だって?


 ボクが冒険者を始めたのは、人間の国の国境を通りやすい職業だったからだよ。


 リオンらと完全に縁を切る前にも、エーレンは頻繁に姿を消すことがあった。そのたびに各地で小さな事件が、ときどきは外国にまで知れ渡るほどの大きな事件も起きていたけれど、パーティのメンバーがそれをエーレンと結びつけることは一切なかった。


 ―― だれも信用できる人がいない、なんて、当たり前なんだよね。


「どうした、エーレン」

「え、あ、うん。なんでもないよ」


 心配して顔を覗き込んでくる昔からの友人の優しさが、いまはつらい。

 ついつい歯切れが悪くなるエーレンだ。


 リオンがそんな思いに気がつけるはずもない。ただ、自分の好意が彼女を傷つけているのだと誤解理解するのだ。



「キミとはどれだけヒドいことを言い合ってケンカしても、次の日にお互い謝ればいつも元通りだったよね」

「そういえばそうだったな。ギデオンは違うのか」

「違う。彼とはそんな積み重ねはまったく無い。一度壊れたらもう絶対に治らないと思う。脆いよ」


 さすがにこれを夫本人の耳に入れるのは酷なのではないかと、リオンはハラハラしながらも、会話を止めることができない。

 ギデオンはギデオンで、妻の言葉を一言も聞き漏らすまいと必死で聞き耳を立てている。


「そういうのって、夫婦としてアリなのか?」

「さぁ? ボクは何を言うにも遠慮しているし、だんな様もボクにはあまりはっきりとものを言わない。ボクのお付きのメイドの方がよっぽど腹を割って話してるよ」

「大丈夫なのかよその二人は」

「さぁ?」


 まだ疑われていたのか?

 たしかにギデオンとヘンリの絡みを見ていると、今回のエーレンとリオンのそれに近い物があるかもしれない。これは反省しなければいけないな、と、ギデオンは思う。


「実のところ、ボクは男性と付き合うのは初めてだったし」

「そ、そうだったのか?」

「うん、だから普通がどうとかわかんない。けど」

「けど?」


 エーレンはまっすぐな目で、リオンを見つめてはっきりと言った。


「すっごい脆いのがわかってて、それを壊さないように慎重になるのは、おかしいのかな」

「え?」

「ずっと腹の探り合いをしている気がする。これって変?」

「どう、なんだろうな」


「いや、ちがう。そうじゃないのかも。ボクは一体だんな様をどうおもっているんだろう」


 こりゃダメだ。

 エーレンと自分はの関係だったが、ギデオンは自分が知らないエーレンとの関係を築いているわけだ。


「惚れてるんじゃないのか」


 リオンは、白旗を揚げた。


「……わかんないんだよね。うまく説明できないけど、二人の出会いは普通のものじゃなかったから。だからって、他にだんな様以上に気になる誰かがいるわけでもないんだけど。まあ、キライじゃないんだろうなあ、うん、たぶん、だよね。う~~~~ん」


 だからそういうことだろうって。

 まだうつむいてぶつぶつ言っているエーレンに気付かれないように、リオンは隠し部屋の方を向いてウインクをした。

 それを見たギデオンはなにを思ったのだろう。


だけはホントにもう、遠慮会釈なく攻めてくるんだけどね」


 怒るように言っている筈のエーレンの横顔なのに、リオンの目にはなぜかうれしそうな表情にも見える。これが夫婦というものなのだろうか、と、少し考えた。


「まあ、ギデオンだからなぁ」


「昔からそうなの?」

「やり過ぎで、あちこちの娼婦たちに敬遠されてた。ごく一部には大人気だったけどな」


「へぇ」


 おもしろそうな、おもしろくなさそうな、そんな顔。

 なるほど、キミは俺のまったく知らないになってるよ、エーレン。

 たれ目は相変わらずだが。


「いまなんかイラッとした」

「な、なんだよいったい」


 勘の良さは変わっていないんだなと、リオンはドキドキしながら思う。


「そうそう。何よりキミのいやなところを思い出した」


 諦めが付いてむしろさわやかな気分になっていたところに、突然のディスり宣言だ。


「な、なんだよいったい」

「クローディア様は?」

「え」


「『え』じゃない。どうして一人にしておくの」

「だってそれは」

「昔の思い出で美化された女友達にうつつを抜かすより、これから一緒に歩んでいくことになるお嫁さんを追いかけろ、バカ」


 ああ、これだ。これが俺の知っているエーレンだ。

 俺の知っているエーレンは、決して俺の横に立って静かに微笑んでいる女じゃない。


 いつだって、俺の目の前で平然と罵倒してくるような友達だった。

 目から鱗が落ちるとはこのことだろう。

 ここにきて、リオンに本当の意味で一切の迷いは無くなった。


「は、ははっ……そう、だな」

「そうだよ。行け」

「りょーかい」


 部屋を出ていこうと歩き始めたリオンだったが、扉の前でふと立ち止まる。


「……あのさ、俺だけじゃなくてクローディアの友達にもなってくれるか」

「キミがクローディア様の御機嫌を取ってくれればね。すっごい嫌われてるよ、ボク」

「ははは。まあ、がんばって見るよ。じゃあな」


 言って、リオンは今度こそ部屋から出て行った。

 一気に静かになった部屋で、エーレンは窓辺に立ち外を眺める。


「ホントに、どう思ってるんだろ」


 はぁ。ふぅ。あああああ~~~!!

 ためいき、またためいき、そして絶叫をあげるエーレン。

 それから、たった一人の部屋は、静寂に包まれた。


「……遅いな、だんな様。まだ迎えにきてくれないのかな」



 ギデオンが、何食わぬ顔で少しだけ息を切らしながら応接室に顔を出したのは、その直後だったことは言うまでもない。

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