第16話 勇者システム

「私は扉のすぐ外に控えております。何かありましたら大声を」


 最後まで退室を渋っていた陛下の警護の人が不承不承で出ていった。

 それはそうだよね。国王を一人にして謁見なんて、危険極まることだよ。


「ふん。『勇者システム』の権能の全てを利用して封印を受けている小娘に、いったいなにができるというのか。なあ? エーレントラウトよ」


 ようやく二人きりになったなとばかりに、国王・ブレンドン三世陛下がそうおっしゃった。彼の視線はボクの左手薬指につけられた指輪に固定されている。


 やっぱりずっとこの指輪が封印のリングだと疑っているんだね。

 事実その通りだけど。


「恐れながら、わたくしには陛下のおっしゃることが理解できません」

「ふん。ずいぶんと図太くなったな。あの時は震えて泣きながら慈悲を乞うてばかりだったお主が」


「……」


「それとも、あれはすべて演技だったのか?」


 ええ、まあ、はい。概ねその通りです。


 それはさておき、この物言い。

 何か確証あってのことかな。それとも、カマかけかな。


「陛下。あの、どうしてわたくし一人が呼ばれたのでしょうか」

「ギデオンめの前では言いにくいことも言って欲しいからよ」


 …………これは。


「そういえば、先ほどワシが申したことは間違いだ。そうよな?」

「なんのお話でしょうか」


魔族そなたらが作り上げた『勇者システム』だ。いや、そちらでなんと呼ばれていたかは知らんがな。ともかく、アレは魔王の座にあるものが外せないくびきではなかろう?」


 国王が『勇者システム』の出所を知っているのは当然なんだよ。

 そして、そうであれば魔族に対抗手段があると考えるのも自然。

 つまり、まだまだ。その程度じゃボクはなにも話さないからね。


「申し訳ありません。わたくしにはなんのお話なのか ――」

「そうよな。常に付き従う腹心の部下にさえ隠しておるのだ。易々と話すつもりはないだろうよ」


 ボクを魔王だとのだとしたら、その側近が魔族であると推理するのは普通のことだ。そして、王族でもなんでもない一般の魔族ヘンリが事の詳細を知らないことは当たり前とも言える。


 足りない。このくらいなら当てずっぽうでも言える。


「先頃、カッシング領に魔族軍の残党が現れたそうだな」

「そうなのですか? 奥向きのこと以外はすべてだんな様におまかせしておりますもので、わたくしにはわかりかねます」


 確定したのは、カッシング領に密偵を放っていることだけど、これだって王家なら全ての貴族領に放ってるよね。大した問題じゃない。


 無言を貫くボク。くくくと、嫌な笑いを洩らす陛下。


「どうだ。その魔族の首謀者の名を教えてやろうか」

「いえ、お聞きしても、わたくしにはなにもわかりませんもので」


「そう申すな。そいつの名はな ――



 ―― エーレンフリート・クルト・プロッツェ公爵だ。



 じっ……と、陛下がわたしを見つめている。


「さすがよなぁ、顔色一つ変えんか」


 ……これ、まさか、だんな様やヘンリは知ってるの?

 ボクの逡巡を余所に、陛下はさらに畳みかけてくる。


「見よ」


 陛下は、複雑な意匠が施されたタリスマンを右手に掲げていた。

 それは紛れもなく、生前の父がに贈ったもの。



 ………………………………ふぅぅぅぅ。はぁ。



「陛下、一つ質問を御許しいただけますでしょうか」

「よい」

「ありがとうございます。その、魔族の公爵とやらは……その後、どうなりましたか?」


 にやり、と勝ち誇ったような笑いを浮かべている。

 ホントに性格が悪いね、この王様は。

 って、性格のいい王様がこの世に一人でも居るとは思えないけどね。ボクとかさ。はは。


「ふん。捕らえたのがギデオンではなく王国だったことに感謝するのだな。弟はお主ほどの力はないようだが、さりとてギデオンやメイドに封印できるほどの小物でもない」


 封印できなければ殺すしかない。

 封印する力を持った王国が身柄を確保したことを感謝しろ、か。


「ありがとうございます」



 …………よかった。



「では改めて。そうです、先ほどのおっしゃったことは間違いです」

「ふぅ、ようやく認めてくれたか。ワシもそろそろ面倒になってきていたところだ」


 ぎろり。


「おぉう、恐ろしい恐ろしい。その目よ」


「確かにわたくしは、あなた方の言う『勇者システム』の全てを理解しています。そうでなければ、たとえ一時いつときにしても、魔王の玉座には腰掛けられません」 


「さもあろう」



 ―― なるほど、この国はには一切関わっていないんだ。


 ようやく確信を持てた。


 フリートは先王の第二王子、つまりぼくの弟だ。

 いまは魔族の公爵として、ボクの居ない魔族軍を束ねていたはず。


 その彼が自ら、ボクを奪還するためにカッシング領に入っていた?

 どうして公爵大ボスが最前線にまでやってきたかを考えたら、それはひとえにボクののためだろう。なるほど、彼の魔力なら、ボクをここから連れ出すことも可能だったかもしれない。


 ボクが普段住み暮らしているカッシング領のお屋敷は、日当たりを考えるとちょっとおかしな方向へ向けて建てられている。ギデオンに尋ねてみたら、地盤の問題でそうせざるを得なかったという話だ。


 実は真っ赤なウソだ。

 ボクは、彼が留守にしている夜に、屋敷の隅々まで回って確かめた。


 夜空に輝く二つの月。かまどの場所、水場の位置、使用人たちの動線。

 そしてその中心で常に重しとなっているのは、ボク自身だ。


 ―― それは、ボクの魔力がそのままボクを組み伏せる燃料になっていた。


 これはスゴいと思ったよ。魔王お抱えの呪術師でもなかなか組めない檻だ。


 なにせ、月との間に魔力空中線が張られているわけだから、地上側の終端装置は少ないままで、広大なエリアを封印域に指定できるんだ。要は、月面上の目印を中心としてそこからの角度をどれだけ許容できるかなんだよ。


 本当に惚れ惚れする仕事だよ。概算でだけど、ほぼこの国内はエリアに入っているし、隣国の半分まで食い込んでいるところさえある。


 つまり、ボクがいまここで指輪の封印を解いて魔力を奪還したら、その途端にそれは発動する。ボクが奪還した魔力をそのまま利用して、ボクを地面に押しつけて指一本動かせない状態にするだろう。


 これは、対象となる重しの魔力が基準外に大きくなければ機能しない。月まで魔力を飛ばせるレベルでなければピクリとも動かない仕掛けなのだ。最初から最後まで、魔王ボク専用に組まれていることは間違いない。



 まあ、ひとまず詳細は置いておこう。

 問題は、それを、ということだ。



 笑えるじゃないか。

 つまりこの指輪と連携した第二の封印も、ギデオンが誰に強いられるでも無く自ら設置したものなんだ。


 社交界に隠れも無い夫婦にしてバカップルのカッシング伯爵夫妻は、その実、お互いを全く信用していない仮面夫婦だったと言うことだ。


 いや、仮面夫婦は違うか。外向けにも、内向きにも、夫婦関係は良好そのものなわけだからね。


 ただ単に、お互いがお互いを信じず、お互いがお互いにそれを知られていないと、空虚な日常を過ごしているだけの話だ。



 まあ、それもあとだ。



 ―― だとすると、あれほどの封印を施した術者はだれ?



 問題はこっちなんだ。


 ギデオンの依頼であることは間違いない。だけど彼自身には絶対に無理。

 じゃあヘンリは? 彼女は確かに優秀な魔術師でもあるが、精霊魔術師だ専門が違う


 もっとも、この術式にはボクの魔紋スタンプが必須で、それを取れたのはヘンリだけだろう。つまり彼女も協力者の一人であるのは確かだ。


 可能性はおそらく二つに絞られる。


 一つは、国王も把握していない強力無比なフリーの魔術師がこの国に存在していて、その人物に対しギデオンが秘密裏に依頼した。


 もう一つの可能性としては、ヘンリを通じて連絡を取った魔族のだれか、になるけれど ―― 人間の国にまで出向いてきて、屋敷の建造大工さんにまで口を出して、となると、こちらはあまり考えられないかな。



 どちらにせよ、もはや、ボクの周りに信用できる相手は一人も居ないのかもしれない。



 ……ん? あれ? ボクはなにか忘れてないか?

 この大きなパズルを完成させるための一ピースが、どこかに紛れ込んで見当たらなくなってしまったようないやな感じがする。




 ……うーん。



「どうした、エーレントラウトよ」

「あ、いえ。なんでもありません。続けますが、おっしゃるとおりにわたしはあなた方の勇者システムを掌握しています」


 おっと。いけないいけない。いまは目の前の国王陛下だ。

 こうなればもう、ほんの少しだけてみて、反応を見ようか。


「事実わたくしは、魔王砦に侵入してきた勇者の力を無効化することで、十二人の勇者を亡き者にしました。うち五人は自ら手にかけています」


「スタニスラスが歴代最弱の魔王とは、いったいどこのバカモノが喧伝しておることか」


。もう一つお尋ねしても?」

「許す」


「あなたは、わたくしが勇者の力をキャンセルできることを、いつからご存じでしたか?」

「……情けない話だが、その可能性を城の魔導研究所から聞かされたのは、が砦に突入した後だったわ」



 やっぱりそうか。ギデオンは何も知らないまま飛び込んできたんだね。



「エーレントラウト。いや、いまこの時は、魔王スタニスラスと呼ばせていただく」


「……もう二度とその名で呼ばれる機会はないと思っていました」

「ワシからも魔王にいくつか尋ねたいことがある」


「なんなりと」


「『勇者』とはなんなのだ?」


 なんなのだ、か。

 そうだよね。どこからか流れてきた理解不能な魔族の研究の成果を、人間の魔術師がつぎはぎして組み上げたな半・狂戦士が、いま一般に『勇者』と呼ばれている存在の正体だ。なんなのかまったくわかってないまま利用しているんだとは思ってた。


 さて、これはどうしよう。話すべきか。

 話したところで彼らにそれができるわけじゃない。

 だけど、これは一つのでもある。寝た子を起こすことにならないだろうか。より人間に向いたアプローチで、おなじ結果をもたらすために事を起こしたりしないだろうか。


 ボクは悩んだのち、真実を告げることにした。

 黙っていることで、彼らが取り返しのつかない過ちを犯す可能性の方が高いと踏んだ。魔族ボクらが昔そうなりかけたときのように。


 ほっといたら、ぜったいに研究を進めようとするよね。


「そうですね、平易に言うなら、勇者とは『最終戦争の誘発装置』です」

「最終戦争?」

「はい。『絶滅兵器』と言い換えてもかまいません」

「つまり、文字通りに敵を一人残らず皆殺しにするための魔術か」


 うーん。ちょっと違う。

 あと、ボクらは勇者とは呼んでなかったけどね。


「あなたは、この大陸における神話で謳われている『最終戦争』の結末はご存じですか?」

「なんであったか『悪しき物と戦い抜き最後の一人となった生き残りが神の国へと誘われる――』のようなものだったと思うがな」

「そうですね、そのような物語だったと思います」

「……敵も味方もなく最後の一人になるまで戦いをやめないというのか」

「外部からの干渉がなければそうなるということです」

「ふむ、止めることはできると」

「そうですね。理論的には」

「いささか、歯がゆい物言いであるな」


 おっと。持って回った物言いはボクもキライな筈だったのにね。


「失礼致しました。つまりは、一度起動すればコントロールは効かないし、破壊して止めることは不可能ではないにせよ著しく困難だということです。そこにはもはや、敵も味方もありません。あらゆる知性あるものが戦争に巻き込まれます」

魔王そなたでも止められないと?」

魔王わたくしであればなおさらです。あなたが放った『勇者』を降してきたのは、ひとえに術式が未熟で、容易にその機能を停止できたからにすぎません」


 ボクは殴り合いとなれば、そのへんのゴブリンの子供にだって勝てないんだよね……。当然ながら、有効に機能している『勇者』になんて勝ち目がないよ。


「宮廷魔術師どもが聞いたら怒り狂いそうなことを平然と申すものだ」


 言って、笑う陛下。

 不遜だとは思うけれど、魔族の王から見れば、人間の『勇者』などはホントに児戯に等しい魔術の産物なんだよ。太古に魔族が一機だけ起動に成功した『救世主』と比較すると、もうそれこそ……。


「そうだ、どうしても聞いておかなければいけないことがもう一つある」

「なんなりと」


 もうなんでも聞いて。

 答えるかどうか。あるいは、正しく答えるかどうか、は別問題だけど。



「どうして魔王スタニスラスが、勇者ギデオンに後れを取ったのだ?」

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