第14話 招聘
「殿下、クローディア様のことは、殿下が何とかしてくださいね」
「はぁ。そうは言っても、彼女もプライドが高いからな」
平民の冒険者上がりに婚約者の王子が心奪われた、となれば、侯爵令嬢としては許しがたいモノがあるんだろうね。いや、誤解なんだけどさ。
……くすん。いいお友達ができたと思ったのにな。
「なぁ、エーレン」
「なんでしょう、殿下」
「あの時、どうして突然に俺の前から姿を消した?」
「殿下の、そんなおっしゃりようが誤解を招いているんですよ」
無自覚なんだろうけどね。
「わたしは、
「『ボク』でいいんだぜ」
「殿下」
軽く殿下をにらみつける。
そうすると、彼は少し寂しそうに微笑んだ。
「……そう、だな。お互いもう弁えなければいけない立場か」
「おわかりいただけましたか」
もう。
さて、ボクはもう一つやっておかなければならないことがある。
ギデオンと作ったボクの『設定』と、レオンと組んでいたときの実際のボクと、詳細に比較すると矛盾だらけになってしまうから、そこを解消しないといけない。どこかに漏れたらちょっと面倒になるかもしれないんだ。
手っ取り早いのは ――
あごに立てた人差し指を添えて、顔は天井に向けて目を閉じる。
ボクが熟考するときのクセだ。
うん、
殿下には、まずおおざっぱに……少し話しておいた方がいいかと目を開くと、なにやらお付きの方と相談中だ。まあ、お忙しい立場なんだろうしね。一つことだけに関わり続けるのもなかなか難しいんだろう。
「エーレン、こんな時にすまないが」
お付きの方が離れていくと同時に、殿下はボクに言った。
「父上が君と話したいらしい」
「お父様……国王陛下ですか? それならなおさらすぐにだんな様に御機嫌を直してもらわなきゃ」
まさか陛下の御前で夫婦喧嘩を繰り広げる前にもいかないよ。
「そうじゃない。君一人とだ」
「え? わたしだけ?」
「そう。君だけだ」
……ううん、まさか、すでにボクが冒険者をやっていたことが耳に入った?
「はぁ。わたし一人にしても、まずはだんな様に話さないと」
「あー、それなのだが」
「?」
「ギデオンは先に一人で
は? 一人で? 黙って? 王都に不慣れな妻を置いて?
「あ……あのっ、やきもちやきっ!!」
☆★☆★☆★☆★☆★
いろいろと思うところはあっても、王に呼ばれたとあれば断ることもできない。
王城からの迎えの馬車の中でエーレンが思い出しているのは、一年少し前のこと。
ギデオンとの結婚を許してもらうために、二人で国王陛下の御前にかしこまったときのことだ。
・
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・
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「国王・ブレンドン三世陛下がお出ましになられます」
奥の間から近衛が現れてそう告げている。
永遠にも感じられた十分が過ぎて、ようやく状況が動き出そうとしていた。
現れた国王は、ゆっくりと謁見の間を睥睨してから、声を発した。
「ギデオン・カッシング伯爵」
「はっ、ここに」
「そちらの
ぎろり。武王の巨躯が小柄な少女を威嚇する。
「あ、あの、ボ、わたくしは、エーレントラウト・ゲッケと申します。こ、国王陛下には、はじめての拝謁の栄を賜り、きょ、きょうえつ恐悦至極に存じます」
「うむ」
言って国王は、目の前でふるえる田舎娘を値踏みするように、頭からつま先まで睨むようにしながらゆっくりと視線を動かしていく。
やがてその視線は、少女の左手。彼女が薬指につけている銀色の指輪で止まる。
「それは?」
「は、はい? あ、こ、これは、その」
「陛下。私がエーレントラウトに贈ったものです」
なにやら怪しむところでもあるというのか、国王はあごのヒゲをもてあそびながらしばし沈思黙考していた。
「なにか由来があるのか」
「由来、でございますか」
なぜか言いよどむギデオン。そこにエーレントラウトは言葉を重ねる。
「恐れながら、これは、わたくしの故郷に残る風習でござ、ございます」
「風習とな?」
「はい。この指輪は夫がいる女性の証です。夫が妻となる女性に贈るものなのです」
ちなみにこれは、エーレンが即興で考え出したものらしい。
どこかの国での風習に近いモノがあったのを思いだして、それを少しアレンジしたという。
「ふむ。ときにそなたは、アスフォガにある鬼火の街の出身だと聞いたが」
まさか馬鹿正直に
やむをえず、大陸から少し離れた島国の小さな街で生まれた少女と言うことにしておいたのだ。これならばこの国のことに明るくないことにも説明がつくし、住民帳のチェックまではすまい。
「はい、そこで給仕をしておりました」
―― ざわざわ。
「そんな下賤の輩が貴族の家にだと?」
「勇者といえど所詮は平民ですからな」
「下々は下々同士と言うわけですか」
またもや聞こえよがしに中傷を繰り広げる貴族たち。
これにはそろそろギデオンも、ガマンの限界に達しようとしていた。
「諸侯らの意見を求めたつもりはないが」
ピタリ。
重く、静かな、国王の短い言辞に、騒いでいた者たちは顔色を変えて黙り込んだ。
「しかし、どうしてもわからんのだ。なぜそなたとなのだ?」
「……と、おっしゃいますと?」
「うむ。そこの勇者ギデオンにはな、我が第二王女を嫁がせるつもりでいたのだ」
「陛下、その話は」
割って入るギデオン。が。
「発言を許した記憶は無いぞ」
先ほどの諸侯と同じく、黙らされてしまう。
「どうだ、ここは愛する男のために身を引くというのは。もちろん、そこまでさせて無責任に放り出すつもりはないぞ。一生を何不自由なく暮らせるようにすると保証しよう」
「陛下!」
「黙るのだ、ギデオン」
「いいえ、黙れません。エーレントラウトと私は ――」
「恐れながら申し上げます」
エーレンが、ギデオンの抗議の声を遮って大声を出した。
「先ほど陛下は、保証とおっしゃいました」
「いかにも」
「これは……話したくなかったのですが、ギデオン様がわたしと添い遂げるとお約束くださったのは、実は補償なのです」
「エ、エーレン?」
狼狽を見せるギデオン。
「続けよ」
先を促す国王。
「あの、ギデオン様が、その、むりやりわたくしを」
「え」
おそらく、勇者ギデオンが公の場でこれほどのマヌケ面を晒したことは未だ曾て一度もなかったであろう。
―― ざわざわざわざわざわざわ。
「なんと」
「女好きとは聞いていたが」
「あのような儚げな少女にまで」
「鬼畜にもほどがあろう。あれが勇者なのか」
―― ざわざわざわざわざわざわ。
「え? え?」
キョロキョロと落ち着きなく周囲を見渡すが、自分の味方をしてくれそうな者は一人も見当たらない。誰も彼もが、ギデオンを蔑みの目で睨み、遠巻きに罵っている。
「ギデオンよ」
「は、はいっ。陛下」
「余は失望したぞ」
「お、おい、エーレン!」
助けを求めるように、傍らに立ち尽くす婚約者にすがろうとする。
そこにはもはや、誰もが憧れる救国の勇者の面影は無かった。
「申し訳ありませんギデオン様、秘密のはずでしたけど、あの、こわくてわたし。ギデオン様に捨てられたら生きていけませんもの」
言って、顔を伏せてはふるえ始めたではないか。
―― ざわざわざわざわざわざわ。
「あれが人類の英雄なのか」
「英雄色を好むと言っても、ほどがあろう」
「か弱き婦女子を力尽くでなんて」
「いやいや、これは由々しき自体ですぞ」
―― ざわざわざわざわざわざわ。
茫然自失。ギデオンの心ははるか遠くを漂っている。
「あの、でも、みなさま。ギデオン様は責任を取って下さるとおっしゃいました。とても立派な方なのです」
「なるほどな、そなたらが結婚することになった経緯はわかった」
国王は、重々しく頷いた。
「はい。わたしも、もう恨んではおりません。ですが……なにとぞ、なにとぞわたしからギデオン様を取り上げるのだけはおやめください。なにとぞ、なにとぞ」
右を見てぺこり。左を見てはぺこり。後ろにもさらにぺこり。
最後に、正面の国王に、深く深く、頭を下げる。
そのたびに珠のような涙がぽろぽろと床にこぼれ落ちるのが見て取れる。
これは貴族の作法ではない。いかにも下賤のそれである。
だが。
「なんと健気な」
「あの外道勇者にはもったいないではないか」
「傷物にされてしまったなら他に選択肢もありませんよね。哀れな」
「許されるならワシがあのものを斬り捨ててやりたい」
その、いかにもな『何も知らない健気な小娘』然とした仕草が、あれだけ彼女を責め叩いていた貴族たちの心を掴んだ。
「陛下、是非とも二人の結婚を」
「私も賛意を表します。この娘の一途で気高い心は伯爵夫人としても申し分ありません」
「陛下、私からもお願い致します」
こうなっては是非もない。
いまここに、ギデオン・カッシングとエーレントラウト・ゲッケの婚約が、正式に結ばれることになった。
☆★☆★☆★☆★☆★
「我ながら名演技だったよね。だんな様もきっと喜んでくれると思ってたのに」
ところが、その日の夜は最悪だったよ。
「そうかわかったお望みなら本当に無理やりに犯してやる!」
「きゃ~~♡」
って。
あの頃は、まだまだぜんぜん慣れてなかったから、いまよりずっときつかった。朝に目が覚めてからも、お昼まで身体を起こせなかったもの。
ヒドいよね。内助の功を認めてくれないばかりか、お仕置きするなんて。
ちなみに、
「ふふっ」
ん。いまとなっては、みんないい思い出だけどね。
がこん。馬車が止まった。
あら、もう王宮に着いたのかな。
さて、今度はどんなお話になるのかなぁ。
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