第83話
「わかりました。それでは、グリム卿とのお取引はこれまでとさせていただきましょう」
得意げに口元を歪ませてこちらを睨みつけていたグリムの表情が少しずつ凍りつく。
言葉の意味を理解するのに脳が追いついていない様子だった。
そして処理がおいついてようやく口を開く。出てきたのは言葉にならない叫びだった。
「はぁ!?」
「なに。お言葉の通りでございます。命を守られ、これから英雄となるSランクの冒険者の方々と、今の貴方様……そうですな、父の代までの貯蓄を食いつぶす男爵殿では、比べるまでもないというだけのことです」
「貴様ぁ……!」
あまりにズバズバ行くので状況を飲み込めないでいたグリムだったが、ついに怒りで真っ赤に顔を染め、部下を煽るように手を上げた。
だが──。
「おい」
マロンの一声で店員たちは戦闘力を持った護衛へと早変わりする。
「ぐっ……貴様……こんなことをしてただで済むと思うなよ」
「ええ。ですがあまり、商人というものをなめないでいただきたい。商人は金のために動きますが、そのために守るべき義を持っております。そこに相反する方は、たとえ貴族であれお客様ではございませんので」
「ふんっ! あとで痛い目を見ても知らぬぞ! お前らのような小物ではわからぬだろう。私はセシルム辺境伯ともつながりがあるのだからなっ!」
なんとなくだがグリムの未来が確定した瞬間を見た気がした。
「こんなところこちらから願い下げだ! くそっ!」
腹いせに蹴り飛ばした商品棚がガシャンと音を立てて崩れた。
店員が慌てて周囲の客に謝罪をしながら直している間に、周囲の人間とともにグリムは姿を消していた。
「いやはやお見苦しいところをお見せして申し訳ありません。お詫びと言ってはなんですが、これより全商品は半額とさせていただきましょう。ぜひ、お時間の許す限りお買い物をお楽しみいただければ幸いです」
「おおっ!」
「それはありがたい!」
「貴族相手でもあの対応、かっけえ!」
「やっぱミッドガルド商会だな。俺もいつかここと契約の話とかしてみてえ……!」
残っていた人間たちの心は掴んでいたようだ。
そう考えるとどうも、殆どの部分がマロンの思惑通りに動いたのではないかとさえ感じさせる凄みすらあった。
「命の恩人に不快な思いをさせて申し訳ない」
「いやいや、あれはマロンさんのせいじゃないだろ」
「しかし辺境伯の名前が出てきましたか……少々厄介ですな」
「あー、それに関しては多分、心配しなくていいと思う」
ギレンの言葉を信じるなら、セシルム辺境伯とやらは俺たちにそれなりの価値を感じて招いてくれているだろう。
そんな考えがどこまで伝わったのかはわからないが、マロンが笑いながらこんなことを言っていた。
「いやはや……なかなか返しきれませんな。あなたへの借りは」
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