第80話

「さて、これ以上お引き止めするのはお二方に申し訳ないですな」


 マロンがそう言うと後ろに控えていた使用人たちが動き出す。


「ランド様、ミルム様。命を救っていただいた上、今日は色々と貴重なお話もお聞かせいただき誠にありがとうございました」


 マロンの握手に応じている間に使用人たちの準備が整ったらしい。


「これはほんの気持ち。お土産にお持ち下さい」

「これ……! 一番美味しかったやつだわ!」


 使用人が用意したのはミルムがひたすら頬張っていたクッキーだった。

 箱に入れられたものを見るとなんというか……高級品だったことを窺わせていてあの勢いで食っていたミルムがなんとなく恐ろしく感じるほどだった。


「それから、下の店舗スペースには冒険に必要な細かな道具もございます。よろしければ好きに見ていってくださいませ。本日はすべてサービスいたします」

「そんなにしてもらうと……」

「いえいえ。この店舗にあるものは全て、我が商会のロゴマークを入れておりますから」

「なるほどな」


 さっき言った理由と同じか。

 期間限定スポンサーのようなものだろう。期待に添えるよう頑張ろう。


「じゃあ少し、見させてもらおう」

「ぜひ。私は次の予定がございますのでこちらで失礼させていただきます」

「装備と情報、楽しみにしてるわ」

「ミッドガルド商会の誇りにかけて!」


 マロンに見送られ、使用人たちに連れられる形で店舗スペースである一階に降りる。


「お言葉に甘えて消耗品は補充させてもらうか」

「そうね。預けた虹貨で帳尻は合わせさせましょ」


 ミルムの魔法のおかげで回復に必要なポーション類等の消費はなくなったわけだが、野営やダンジョンに必要な光を放つマジックアイテムなどの消耗品はほしい。あと一応、保存の効く食料品などもだ。


「そういえばレイたち、餌食ってるとこみたことないな」

「精霊体は普通は必要ないみたいだけど、それでもおやつくらいはあってもいいかもしれないわね」

「じゃあそれも買うか」


 流石にミッドガルド商会の本店だけあって品揃えは豊富だ。

 一日中見ていられるほどの店内。そして外の店よりも品がよく、値段も高い。

 多くの客で賑わっているが、そのほとんどが身なりのいい上位の冒険者たちだった。


「ちょっと浮いてるよな、俺たち」

「私はともかくあなたのそれはぱっと見ても物が悪いのが分かるわね」


 ミルムの言葉が突き刺さる。ただその言葉通り、周囲の人間たちを見れば明らかに俺の格好は見劣りしていた。

 そして運悪く、そこに目をつけて絡んでくる男と出会ってしまった。


「おやおや……このようなところにこんな薄汚い冒険者がいるとは……少しは身の程をわきまえてほしいものだねえ」


 二重顎の顔のでかい男。身なりと周囲の使用人たちを見るに、それなりの身分の貴族であることが伺えた。

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