第3話

「なっ!? 馬鹿な……」


 フロアボスの間に入った瞬間、フェイドが固まった。

 フェイドだけではない。パーティーメンバーが全員、固まってしまっていた。


「おいおい……ここのボスはミノタウロスだって話だったがよぉ……」

「これが……神滅のダンジョン……」

「……ん」


 実力を兼ね備えた次期勇者パーティーの面々の表情が恐怖に歪んだのには理由があった。


「ミノタウロスが……5体!?」

「逃げるぞ!」

「逃げるってったってよおっ! フロアボスの間に入っちまった以上こいつらのターゲットは俺たちだぞ!?」

「5階層を抜けきれば大丈夫です! それまで逃げ切れば……!」

「ん……流石に5体は、無理」


 ミノタウロス。

 A級危険度最上位とされる魔物であり、その圧倒的物理攻撃力を持って数多くの実力のある冒険者達を屠ってきた最悪の魔物。

 冒険者の中にはドラゴンより戦いたくないという者さえいる化け物だ。

 それが5体ともなれば、いかにSランクパーティーであるフェイドたちも逃げの手を打たざるを得ない。


「とにかく走れ!」

「フェイド! 荷物はどうする?!」


 走り出したフェイドに声をかける。

 一応荷物はレイに持たせているがこれがなければレイのスピードなら2人くらいは乗せても逃げ切れるんだが……。


「当たり前だろ! お前が死んででも荷物はもってこい!」

「何を言っているんですか! 荷物のことなんて今は……!」

「ん……いまはそれより、走る」


 意見がまとまらない。

 とりあえずなんとか5人分の重い荷物を持って走ることになった。

 当然だがそんなことをしていればスピードは落ちるんだが……一応パーティーのために頑張ることにする。


「くそっ! どうにかなんねえのか!? メイル! おめえ天才だなんだって言われてただろ!?」


 ロイグが走りながら叫ぶ。

 メイルも息を切らしながら、いつもの淡々とした口調で答えた。


「一人……死ねば助かる」


 その視線は自然と俺に向いた気がした。


「はっ! 良かったじゃねえか! ちょうど良いとこにちょうど良いやつがいてよぉ!」

「は? 本気か!?」

「そうですロイグさん! いくらなんでも!」

「じゃあよぉクエラ。てめえが死ぬか? あぁ?」

「それは……」


 それだけ言うと申し訳なさそうに、それでもはっきりクエラが俺を見つめた。


 くそっ……なんなんだこいつらは!

 本気で俺を餌にして逃げようとしている……。なんとかしないと……。

 そうこうしているうちに話していた三人はどんどん俺を置いて走っていっていた。


「ランド。俺は正直、このダンジョンを踏破したらもう、お前はパーティーから外れてもらう予定だったんだ」

「ん?」


 それはまあ、なんとなしにはそうだと思っていたので不思議ではない。

 だがなぜそれを今……?


「だけどなランド。ここでお前が活躍してくれるって言うなら、その考えも改めようと思うんだ」

「活躍……?」


 すでに荷物のせいで俺とレイは遅れている。

 フェイドは一応パーティーリーダーとして殿に来てくれていたのかと思っていたが、どうやらそういうわけではないらしい。

 くそっ! こいつまでそうか!


「レイ!」

「無駄だよ。次期勇者の俺に、お前なんかが勝てるわけないだろ」

「がはっ……」


 なんとか逃れようとレイに手を差し出したが、間に合わなかった。


「みんなのためだ」


 フェイドの剣の柄が俺の腹に突き刺さる。

 息が止まる。そしてもちろん、足も止まった。


「悪く思うなよ……むしろここまでお荷物のお前を養ってきたんだ!」


 去り際にフェイドが付け加える。


「これでお前はSランクパーティーのまま、伝説になって死ねるからな。お前の活躍はしっかり広めるから安心してくれ」

「待っ……」


 だめだ。声もでない。

 くそ……。ミノタウロスたちはもうすぐそこに迫ってきている。

 本気でやりやがった……。

 だがもう、どうでもいいかと思い始めている自分もいた。


 俺を追放しようとして、俺を裏切ったフェイド。

 もともと俺を悪く思い続けていたロイグ。

 料理係程度の認識しかなかったメイル。

 そして一応は気にかけてくれていたクエラですら、俺のことは使えない荷物係だと思っていたことは、最後の表情からよくわかる。


 要するに誰も、俺を見ていなかった。

 誰にも認められていなかった。

 俺の努力も、俺の働きも、その全て、あいつらにとっては要らなかったらしい。


 そう思うともう、ここで抵抗もなくあっさりやられてしまえば、ミノタウロスたちがアイツラのところにも追いついてくれるんじゃないかとか、そんな考えが頭をよぎり出した。

 気持ちが切れたせいだろう。寝ずに宿周辺の警戒に当たっていた疲れが一気に身体を襲った。もういい。眠ろう。

 そう思ったときだった。


「キュウアアアアアアアアアアアア」

「!? グォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

「レイ!?」


 立ち止まる俺の目の前で、レイが反転してミノタウロスへ襲いかかっていた。

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