第283話 対滅弾頭

 アキラの新しい強化服はHC31R強化服、商品名をロスカーデンといい、以前に使用していた強化服の上位製品だ。

 一着50億オーラム。

 カツラギから荒野価格で買ったとはいえ下手な人型兵器より高く、ツェゲルト都市より東で活動する高ランクハンターも使用する高級品だ。


 ここまで高額な価格帯の製品になると、強化服は着用者の身体能力、主に筋力を単純に向上させる補助器具ではなく、着用者を超人に変貌させる武装の意味合いが強くなる。


 走るという行為一つ取っても、着用者の意志と実際の体の動きのズレを強化服側で補正し、素人でも幅10センチの橋の上を短距離走と同じ感覚で全力疾走できるようになる。

 その上で反射的な動きにも的確に対応し、無意識下での動きすら精密に補正し、着用者が生身で既に達人であってもその技量を更に引き上げる。

 その精密な出力調整を可能にした上で出力の上限も高く、大型の荒野仕様車両すら小石のように蹴り飛ばせる。


 また高度な情報収集機器との機能統合により感覚も鋭くなる。

 拡張感覚に対応できれば360度の視野を手に入れることも可能であり、それを視覚ではなく気配として知覚することも出来る。

 背後が視覚的な死角ではなくなり、奇襲を受けることも無くなる。

 空気の振動から敵の位置を把握することも出来るようになる。


 高度な力場装甲フォースフィールドアーマーを備えており防御力も高い。

 更に力場障壁フォースフィールドシールドの展開機能も持っており、情報収集機器による攻撃察知能力と合わせて柔軟な防御が可能だ。


 手持ちの銃は購入したRL2複合銃に変えてある。

 この銃は様々な種類の銃弾に対応しており、口径の異なる弾丸であっても銃の方で口径を変化させて対応する。

 更には並の複合銃では対応できない特殊な弾丸も使用できる。

 値段は一ちょう10億オーラム。

 アキラはそれを4ちょう購入し、その内の3ちょうを身に着けて、1ちょうをバイクに取り付けていた。


 既に服用済みの回復薬は一箱5000万オーラムの高級品だ。

 回復薬もここまでの上位製品となると戦闘薬としての側面が強くなる。

 効果も高く、効果時間も長く、怪我けがを即座に治療する上に体力を常時維持させて、短距離走の俊敏さでの長距離走を可能にし、最高の状態での戦闘継続時間を引き延ばす。


 バイクは各種拡張部品を取り付けて性能を向上させた上でAF対物砲を取り外し、代わりに新たに購入したTGPレーザー砲を取り付けている。

 レーザー砲はバイクの大容量エネルギータンクが無ければ使用できないが、その分だけ威力は高く、使い勝手も向上している。


 それらの装備代に弾薬費等を加えた総額は160億オーラム。

 ある意味でアキラはこの装備更新により、500億オーラムの賞金首として何ら不自然ではない高性能な装備、文字通り桁違いの武力を少し遅れて手に入れていた。


 その状態で、アキラはパメラ達に対してギリギリの戦闘を強いられていた。


 スラム街の廃ビルの隙間を地上、空中、上下の区別無くバイクで縦横無尽に駆けながら、右手のRL2複合銃でC弾チャージバレットを連射する。

 以前よりチャージ速度も最大威力も格段に向上したC弾チャージバレットが標的達に弾幕となって襲い掛かる。


 更に左手のRL2複合銃から弾丸並みの大きさの小型ミサイルを連射する。

 それらはアルファのサポートを得た誘導弾として、標的へ直線の弾道ではなく精密かつ複雑な軌道を描きながら飛んでいく。


 パメラが遠隔操作する人型端末達もそれらを避け切るのは流石さすがに無理だった。

 だが防御は可能だ。

 アキラからの銃撃に飛行エアバイクとメイド服型強化服の力場装甲フォースフィールドアーマー力場障壁フォースフィールドシールドで耐える。


 そこにアキラのバイクからTGPレーザー砲による一撃を受けてそれらの防御を突破されても、頭を吹き飛ばされた程度であれば残った体が戦闘を継続する。

 胴体部を吹き飛ばされても残った腕で銃撃を続行する。

 物理的に戦闘続行不能な状態にまでバラバラにされない限り、人型端末達はパメラの意志により決して諦めずに戦い続ける。


 全員が達人で装備も高性能。

 しかも部隊として完全な統率を維持しており、死ににくい上に死を恐れないどころか文字通りの全滅、完全な消耗すら許容する集団。

 アキラは今、そのような物達に襲われていた。


『強い!

 こいつらこんな強かったのか!』


 アキラは当初、無意識にその人型端末達の強さを、以前パメラ達と戦った時の戦闘を基準にしてしまっていた。

 だが個々の実力と装備も、部隊の連携と規模も、その時とは格段に上の相手に苦戦を強いられて、今の装備なら問題無く勝てると思っていた余裕をあっさりと消し飛ばされていた。


 アルファの運転によるバイクで空中を垂直に直角に曲がるという無茶苦茶むちゃくちゃな挙動にも、パメラ達の飛行エアバイクはしっかりと追い付いてくる。

 その状態で銃撃戦を繰り広げ、互いに弾幕を浴びせ合い、回避し、防ぎ、更に撃ち合う。

 周囲の建物がその余波で倒壊を始め、破片が自由落下で地面に落ちる前に流れ弾を弾幕単位でらって粉砕されていく。


『泣き言を言っていないで頑張りなさい!

 次!

 右よ!』


『分かってるし、分かったよ!』


 アルファは通信障害の影響で普段のような十全なサポートが出来ない。

 アキラはその不足分を補うために死力を尽くしている。


 体感時間を圧縮して世界の時の流れをどこまでも緩やかに、かつ濃密に変えていく。

 粉砕され倒壊中の建物から落下中の瓦礫がれきが空中に止まっているように見える集中力で、これが通常の時間感覚での落下速度であれば地面に到達するまで数時間は掛かりそうだと、瓦礫がれきの僅かな動きすら認識できる程に感覚を研ぎ澄ます。


 その感覚の中ですら速いと感じる人型端末達の動きに合わせて銃口を向け、右手の銃を連射する。

 同時に相手の射線を知覚、認識し、自分の体を射線から離していく。

 弾幕を線の集合体である面として捉えるのではなく、射線のそれぞれを見切って個別の線に分解し、その隙間に身を滑り込ませて回避する。

 その上で相手を弾幕で押し潰すように銃撃し、人型端末の一体を撃破した。

 人の形状が金属片と肉片と緑色の血の集合体と化し、更に四散していく。


『次!

 下よ!』


『忙しいな!

 もう!』


 アキラが左手のRL2複合銃を下に向けて連射する。

 無数の小型ミサイルがその先の標的、シオリとカナエに襲い掛かろうとしていた人型端末達に一斉に飛び掛かり、命中した。

 しかし小型ミサイルの速度は高い誘導性と引き替えにC弾チャージバレットなどに比べればとても遅く、力場装甲フォースフィールドアーマー力場障壁フォースフィールドシールドで防ぐ猶予は十分にあり、実際に防がれた。


 だがその防御行動はシオリ達の前では致命的なすきだ。

 すきを見せた人型端末がシオリに斬り刻まれ、カナエに殴り飛ばされ、破壊される。

 人型端末の効果的な壊し方を知っている者だけが可能な攻撃方法により、瞬く間に撃破された。


 劣勢を強いられているアキラだが、その状況の中で勝機を見いだせる部分もある。

 それはパメラの殺意がアキラよりもシオリ達に強く向いていることだ。

 そこでアキラは人型端末達の撃破よりもシオリ達の援護を優先して戦い、シオリ達を執拗しつように狙う人型端末達のすきく形で、逆に多くの端末を効率的に破壊していた。


 パメラの行動はアキラにとって好都合ではあるのだが、アキラは少し疑問にも思う。


『なあアルファ。

 あいつ、何であんなに執拗しつようにシオリ達を狙ってるんだ?

 初めにクロエを殺そうとしたのは俺なんだし、今もクロエを狙ってるんだから、殺す優先順位はこっちの方が高いと思うんだけどな』


『その辺りは彼女なりの理由や都合があるのでしょう。

 私達が気にすることではないわ。

 それよりも、今はシオリ達が殺されたらアキラの優先順位が繰り上がることを気にしなさい』


 シオリ達が死ねば、次はアキラが残りの人型端末達全てに一斉に襲われる。

 つまり変則的ではあるがシオリ達と共闘している状況がアキラの命を支えている。


『そうだな。

 了解だ』


 バイクのTGPレーザー砲が周囲の敵をぎ払う。

 細いが強烈な光の奔流が人型端末達を背後の建物ごと焼き斬り裂こうとする。


 だが人型端末達はその光線を力場障壁フォースフィールドシールドで防いだ。

 出力を上げた上で効果範囲を絞り恐ろしく強固になった盾が光の斬撃から主をしっかりとまもる。


 しかしそこにアキラの銃撃が突き刺さる。

 レーザーの防御に出力の大半を割り当てた所為で本体の力場装甲フォースフィールドアーマーの出力が低下しており、C弾チャージバレットの威力に耐え切れず着弾部位を吹き飛ばされる。

 更に小型ミサイルが僅かに遅れて同一箇所に到達し、残りの部位を吹き飛ばされバラバラにされた。


 アキラがすぐに別の敵へ銃口を向ける。

 今の自分に余計なことに意識を割く余裕は無い。

 自身にそう言い聞かせて、自分の命をつなためにもシオリ達の援護を必死で続けた。




 シオリが前方の人型端末に向けて刀を勢い良く振り下ろす。

 近接攻撃装備にのみ許される強力なアンチ力場装甲フォースフィールドアーマー機能が相手の力場装甲フォースフィールドアーマーを突破し、人型端末を頭から一刀両断した。


 だが左右に分割された人型端末のそれぞれが、視線も動きも個別の動作で反撃に移る。

 片足で半分の体を器用に支えて、片手で持つ銃口をシオリに向ける。


 シオリはその反撃を当然あるものだと判断していた。

 素早く横に身をらして射線から逃れつつ刀で横にぎ払う。

 2体の半身に別れた人型端末の両腕を銃ごと破壊してどちらも戦闘続行不能に追い込んだ。


 カナエが人型端末に痛烈な蹴りを繰り出す。

 リオンズテイル東部四区支店から提供されたメイド服型強化服、貸出に支店長の許可が必要な上位装備の機能で相手の力場装甲フォースフィールドアーマーをぶち破り、人型端末の上半身を吹き飛ばした。


 その攻撃のすきくようにカナエの頭上の左右から人型端末達が迫る。

 だがカナエは両腕を振るってそれらを迎撃する。

 通常の格闘戦であれば明らかに間合い外の敵に対し、周辺の高速フィルター効果を利用する攻撃、拳の衝撃を伝播でんぱさせる遠当てで殴り飛ばした。


 流石さすがに直接殴り飛ばすよりは威力も弱く、相手を吹き飛ばすのが限界だ。

 だが体勢を崩したまま勢い良く上に吹き飛ばされた人型端末達は、そのままアキラに銃撃されて破壊された。


 周辺に散布されている情報収集妨害煙幕ジャミングスモークは、都市に被害を出さずにスラム街を砲撃できるように有効射程を縮める目的で、高速フィルター効果付きの拡張粒子気体を含んでいる。

 それは目的通りの効果を出しながらも、ブレードや格闘技術などを用いた近距離戦闘に優れたシオリ達の援護にもなっていた。


あねさん!

 大丈夫っすか?』


 効果が高く負担も少ない高価な加速剤を服用しながらの戦闘で、念話に近い会話を可能にする高性能な通信機を使って、カナエは明るい声を出していた。


 シオリが怒鳴るように返事をする。


『私を気遣う余裕があるのなら、笑ってないでもっと真面目に戦いなさい!』


『いやー、こればっかりは性分っすよ!

 それにここであねさんに倒れられたら私も終わりっすからね!

 アキラ少年もそれを分かってるから私達の援護をしてるっす!』


『それを分かってるのなら、向こうに余計な負担を掛けないようにしっかり戦いなさい!』


『へいへいっす!

 頑張りますっすよ!

 当初の予定とは逆になってるっすけどね!』


 シオリ達はクロエの件でアキラに共闘を提案したが断られていた。

 しかし現状でアキラに死なれても困るので、自分達がアキラを援護する形での一時的な協力ぐらいであればアキラも受け入れるだろうと思い、アキラの近くに迷彩状態で隠れていた。

 そして現れた人型端末を撃破したのだが、その後の結果は想定の逆、自分達がアキラに援護される形での戦闘となっていた。


 それでもお互いに助け合っている状況には違いない。

 シオリ達は自分達がおとりを引き受ける形でアキラと一緒に戦っていた。


『それにしても、今使われてるのって都市侵攻用の武装っすよね?

 そんなものまで使ってくるのは流石さすがに予想外だったっす!

 幾ら三区まるごとクロエ嬢に付いたからって、たかが賞金首を殺す理由でベラトラム支店長がそこまでの許可を出すっすか?』


『賞金首の件はただの口実よ。

 フリップ支店長が私達にクロエを殺すように頼んだのも、恐らく半分は口実。

 それで支店間抗争の恐れを更なる口実にするためのね』


『それ……、ベラトラム支店長とフリップ支店長が裏で組んでるってことっすか?』


『そう考えれば、第9格納庫の使用許可が出たことにも納得できるわ。

 そうすればより騒げるからね。

 勿論もちろん、可能性の話よ』


 シオリの予想にカナエも流石さすがに苦笑いを浮かべる。


『そうだとしたら、お嬢もアキラ少年も良い巻き添えっすね』


『その責任はクロエ様に取ってもらうわ。

 彼女が始めたことよ』


『まあ、そのためにも頑張るっすよ!』


 戦いながらシオリは怒りを顔に出し、カナエは苦笑を浮かべていた。


 息を合わせた攻防で更に数体の人型端末を撃破する。

 敵は数が多い上にそれぞれの個体も強いが、無尽蔵に湧いて出てくる訳ではない。

 この調子で倒し続ければ劣勢から優勢に状況を覆せる。

 シオリ達がそう思い始めた時、状況に変化が現れた。


 シオリ達と距離を取って戦っていたアキラが、バイクで地面を走って全速力で近付いてくる。

 空中を自在に走行して敵の攻撃をかわすという利点を捨ててでも急いでいた。

 それに気付いたシオリ達は少し驚いたものの、この場から今すぐにそこまで急いで離れる必要があるというアキラの意図を察してバイクに飛び乗った。


 そのままアキラ達がその場から離脱する。

 その直後、その場はたった一回の砲撃で周辺広範囲の建物ごと吹き飛ばされた。




 巨大な多脚戦車がスラム街と荒野の境目付近を進んでいる。

 全長は主砲を含めて100メートル程で、都市間輸送車両に積まれていても不思議の無い大型の砲を胴体部に乗せていた。

 その胴体部を太く頑丈な多脚で支えており、足下の家屋を踏み潰しながら前進していた。


 主砲の前方は射線に沿って灰燼かいじんと化している。

 その長い線は本来ならばスラム街を突き破り都市の下位区画まで届くのだが、今は濃密な色無しの霧に似た情報収集妨害煙幕ジャミングスモークの影響で有効射程を縮められており、スラム街の途中で止まっていた。


 先程アキラ達が必死になって避けたのは、この戦車による砲撃だった。


 廃ビルを盾代わりにしてバイクで疾走するアキラが、廃ビルの谷間からその巨大な多脚戦車を見て顔を引きらせる。


「何なんだあれは……!?

 都市と戦争でもする気か!?」


 シオリも険しい顔を浮かべている。


「第9格納庫を開けたとは聞いていましたが、随分と派手な真似まねを……」


「第9格納庫って?」


「リオンズテイル社内での用語で、都市侵攻用の武装を格納する施設のことです」


「リオンズテイルにはクガマヤマ都市に攻め込む予定でもあったのか!?」


「防衛や抑止力として各地に配備しているとは聞いております。

 当社も東部全域で活動する大企業であり、その分だけ敵も多く、必要だと」


 そこでカナエが笑う。


「アキラ少年。

 今はそんなことどうでも良いじゃないっすか。

 理由は何であれ、あれを使われていることに違いはないっすよ。

 重要なのは対処方法っす」


 アキラはその通りだと思いながらも、微妙に納得のいかないものを覚えて顔をゆがめた。


「……そうだな。

 で、その対処方法は?

 何か弱点とか知ってるのか?」


「知らないっす!」


 アキラは顔をしかめたまま視線をシオリに移した。


「あの機体について詳しい訳ではありませんが、一応知っていることをお伝えしておきます」


 機体は強力な力場装甲フォースフィールドアーマーで常時まもられていること。

 主砲であるレーザー砲と力場装甲フォースフィールドアーマーは大量のエネルギーを消費するが、他の車両から無線でエネルギー供給を受けており、エネルギー切れは期待できないこと。

 真上や真下は主砲の死角だが複数の副砲から銃撃されるので、そこからの攻撃は自殺行為であること。

 それらを聞いたアキラは敵の強力さを理解して頭を抱えた。


 バイクがアルファの運転により移動方向を大きく切り返した上で加速する。

 アキラ達がバイクから振り落とされないように、崩れた体勢を慌てて戻す。

 だが誰からも文句は出ない。

 事前の注意すら惜しんでそうしなければならない理由は全員分かっていた。


 多脚戦車が再び主砲を放つ。

 膨大なエネルギーの奔流であるレーザー砲が射線上のあらゆる物をみ込み、消滅させ、スラム街に巨大な線を穿うがった。

 運良く射線に入らなかった建物が余波で吹き飛ばされ、瓦礫がれきの雨となってスラム街に降り注いでいく。


 その瓦礫がれきを避けるために蛇行運転を続けるバイクの上で、アキラ達は顔に焦りを出していた。


 スラム街の建物が遮蔽物となってアキラ達に敵の主砲を回避する余裕を生み出しているが、砲撃を続けられればその遮蔽物もその内に無くなる。

 そして多脚戦車が前進し続ける限り、いずれは拠点が有効射程に入るからだ。

 自分達の拠点を戦闘に巻き込まないように距離を取っているが、時間の問題だった。


「ミサイルとかで木っ端微塵みじんは無いとか言ってなかったか?」


「その辺はまあ、所詮は予想ってことで。

 それにパメラもあそこまでド派手に殺せるなら流石さすがに満足できるってことなんじゃないっすかね?」


 そう言って悪びれた様子も無く笑うカナエの態度に、アキラは返事の内容に納得しながらも軽くめ息を吐いた。

 そして視線をシオリに向ける。


「なあ、俺にはあの戦車が拠点を狙わずにずっと俺達を狙ってくれるとは思えないんだけど、何か良い案はあるか?」


 シオリは非常に険しい顔を浮かべていた。


「アキラ様。

 申し訳御座いません。

 標的に直接攻撃できるまで近付き、装甲を破壊して内部に乗り込むぐらいしか思い付きません」


 シオリがアキラに謝っているのは、その自殺行為をやってくれと頼んでいるからだ。


 シオリの刀やカナエの拳には強力なアンチ力場装甲フォースフィールドアーマー機能が備わっているとはいえ、多脚戦車の力場装甲フォースフィールドアーマーを破壊するのには時間が掛かる。

 そもそも多脚戦車の砲撃をくぐってそこまで接近するだけでも難しい。

 戦車の攻撃に加えて、荒野側に配置されている車両等からも攻撃を受ける。

 アキラ達が荒野に近付く程、相手も都市への影響を気にせずに強力な攻撃が出来るからだ。

 その間に死ぬ恐れは非常に高い。


 しかしこのままでは拠点に残っているレイナ達が拠点ごと消し飛ばされる。

 それを絶対に防ぐためにも、やってもらわなければならなかった。


 アキラも拠点を吹き飛ばされる訳にはいかない。

 シオリの頼みを察した上で、別のことを悩む。


『……アルファ。

 何発撃てば良い?

 1発で大丈夫か?』


『撃つまでに計算しておくわ。

 近付きながら情報収集機器で調査しながらね』


『……、分かった』


 アキラは大きく息を吐き、切り札の使用を仕方無く受け入れた。

 そして今まで使っていた2ちょうのRL2複合銃をシオリ達に押し付けるようにして渡す。


「次の砲撃をかわしたら突っ込む。

 十分近付くまで、それで迎撃してくれ」


「それは良いっすけど、銃、苦手なんすよね」


「そうだと思って、そっちには勝手に誘導する小型ミサイルを装填した方を渡したよ」


「おっ?

 助かるっす!」


 カナエは明るく笑って返した。

 自分達の頼みを聞いて、アキラが一緒に多脚戦車へ接近することを許容したとしても、そのことが自殺行為であることに変わりは無い。

 それでも楽しげに笑っていた。


 シオリもアキラに感謝しながら、銃を両方自分達に渡したアキラへ少し怪訝けげんな顔を見せる。


「アキラ様は?」


 アキラは黙って3ちょう目のRL2複合銃を握った。

 そのアキラの表情は、非常に気が進まないが、他に方法が無いので仕方無く使う、という感情を強く示したものだった。


 シオリはそのアキラの様子から、その銃がそこまで使用を躊躇ちゅうちょするほどの切り札であることを理解した。

 そしてそこまでの物の使用を決断してくれたことに感謝した。


かしこまりました。

 迎撃はお任せください」


「頼んだ」


 バイクは敵に的を絞らせないためにスラム街をそのまま縦横無尽に駆けていく。

 アキラ達に緊張と、それ以上の集中が満ちていく。


 そしてその時が来た。

 多脚戦車から強力なレーザー砲が撃ち出される。

 しかも今度は多少威力を落としてでもアキラ達を確実に巻き込もうと、横ぎの一撃が放たれていた。

 途方も無いエネルギーの奔流がスラム街に線を穿うがつのではなく、破壊の跡を扇状に広げていく。


 だがアルファはその攻撃をしっかりと察知しており、横にではなく上方向に回避してレーザー砲から逃れた。

 更にそのまま上昇し、アキラの視界に赤く表示される天井、立入禁止の領域の寸前まで近付くと、進行方向を垂直方向に直角に変えて車体の上下を反転させたまま疾走する。

 そのまま立入禁止領域との境目である赤い面の上を疾走するようにして荒野側へ一気に加速した。


 多脚戦車の主砲は非常に強力だが、その反面連射は出来ない。

 次の砲撃までの時間に出来る限り近付こうと、アキラ達は一直線に宙を高速で駆けていく。

 当然ながらその分だけ回避行動は困難になる。


 そして多脚戦車側も次の主砲発射まで無防備な訳が無い。

 副砲を次々に撃ち、大型のミサイルポッドからミサイルを大量に発射して迎撃に入る。

 副砲は主砲より射程が短くそう簡単には当たらないが、ミサイルの方は推進装置があるので多少遅くとも高速フィルター効果の影響は受けにくい。

 回避を捨てて速度を優先しているアキラ達は何もしなければ良い的だ。


「来たぞ!

 頼んだ!」


 険しい顔のアキラの声に、シオリが真剣な顔で、カナエが楽しげな顔で答える。


「分かりました!」


「了解っす!」


 限界まで加速を続けるバイクの上で、シオリが刀の刀身に光をまとわせて勢い良く振る。

 その刃から放たれた光刃が空中を切り裂き、高速フィルター効果の影響下に力場装甲フォースフィールドアーマーの効果を残す溝を作った。


 宙を飛ぶミサイルがその溝の影響を受けて弾道をじ曲げられ、アキラ達に直撃する軌道かららされる。

 そしてバイクと高速で擦れ違い、強力な情報収集妨害煙幕ジャミングスモークにより爆発のタイミングをずらされて、アキラ達の後方で爆発した。

 バイクがその爆発の衝撃を展開式の力場装甲フォースフィールドアーマーで防いだ上で、爆風を利用して更に加速する。


 更にシオリは並行して前方のミサイルを銃撃していた。

 強力なC弾チャージバレットが一直線に宙を穿うがち飛んでいく。


 C弾チャージバレットは高速フィルター効果により有効射程を短くされているが、遠距離の標的への狙撃を不可能にする程度であり、銃撃戦における中距離の的へ散蒔ばらまき浴びせるぐらいならば十分に可能だ。

 加えて弾丸には速度が低下しても着弾時の衝撃増加用のエネルギーが残っている。

 その弾幕はミサイルの迎撃ぐらいならば十分に役目を果たした。


 迎撃されたミサイルが弾道を大きく狂わせて爆発する。

 バイクはその影響を考慮した最適の道を、タイヤの力場装甲フォースフィールドアーマー機能を使用して自ら作り出し、空中を走行していく。


 カナエも拳と銃でシオリと似たようなことを行う。

 拳の衝撃を伝播でんぱさせてミサイルをらし、はじき、殴り飛ばし、RL2複合銃から撃ち出した小型ミサイルで敵のミサイルを迎撃する。


 バイクに搭載されたTGPレーザー砲とRL2複合銃も、光線でミサイルをぎ払い、C弾チャージバレットで敵の副砲を迎撃し、多脚戦車の攻撃からアキラ達をまもり続ける。


 それらにより空中を激しい砲火が飛び交う中、アキラはRL2複合銃を両手でしっかりと構えて集中していた。


 アルファのサポートの精度が低下している現在の状況で、アキラはアルファに現状で可能なサポートの余力を防御と回避に割り当てるように頼んでいた。

 つまり攻撃は自力でやっている。

 強化服の操作にもアルファのサポートは受けていない。

 当然照準補正も無い。


 その状態で、絶対に外す訳にはいかない銃撃を成功させるために、アキラは精神を研ぎ澄ませていた。


『アキラ。

 そろそろよ。

 カウントを始めるわ』


『分かった』


 アキラが更に集中し、意識上の世界の認識を際立たせていく。

 銃撃に不要な情報が世界から除去されて白く染まっていく。

 逆に視界の先にある多脚戦車の姿がどこまでも鮮明になっていく。

 アキラの脳の中で作り上げられ知覚される世界の解像度が上がっていき、本当の世界との差異が縮まっていく。


『5……、4……、3……』


 回避行動により激しく動くバイクの揺れが、体感時間を極限まで圧縮したことで感覚的に相対的に緩やかになり、ついには停止する。


『2……、1……』


 その制止した世界の中で、戦車の輪郭すら白くぼやけ始めた視界の中、銃口と着弾地点を結ぶ線だけ輝かせるように鮮明にさせながら、アキラは標的に意識を向け続け、己の死力を振り絞る。


『ゼロ!』


 そしてそのアルファの合図に合わせて、完璧なタイミングで切り札の銃弾を撃ち放った。


 撃ち出された銃弾が弾道上のあらゆる物を消滅させながら突き進むように宙を穿うがつ。

 撃ち出された弾丸は5発。

 その全てが、高速フィルター効果を発生させる拡張粒子すら消し飛ばしているかのように、一切減速せずに高速で標的に着弾した。


 その瞬間、弾丸そのものに加えて着弾地点の物質を全てエネルギーに変換したかのような大爆発が起こった。

 それは5発の弾丸それぞれで発生した。

 そして爆発同士が融合し、更に威力を膨れ上がらせ、多脚戦車をみ込みながら衝撃を球形に広げていく。


 その余りに強い衝撃が色無しの霧を模して製造された周囲の情報収集妨害煙幕ジャミングスモークを極度に圧縮し、超高密度の色無しの霧に特有の事象を発生させた。

 極度に圧縮された色無しの霧が広域の破壊を抑止する球状の膜となり、球の外側へのエネルギーの波及を押しとどめ、内側に押し返す。

 それにより、内部のエネルギーを指数関数的に膨れ上がらせた。


 その状態のまま、球の内側はほんの数秒の間だけ世界から隔離された。

 そしてエネルギーが色無しの霧に吸収されるように急激に減衰していき、圧力の弱まった球状の膜が崩壊する。

 本来のエネルギー量からは比較にならない小さな爆発が崩壊した膜の隙間から漏れ出し、それは強力な暴風となって周辺を吹き飛ばした。


 世界から隔離されていた球の内側が再び世界に復帰した時、その中身は世界からえぐり取られたように消えせていた。


 5発の対滅弾頭の同時使用。

 それは文字通りの結果を標的にもたらした。


 アキラが自分で生み出した光景を見ながら項垂うなだれる。


「撃っちゃった……。

 対滅弾頭を……、5発も……」


 そのアキラの様子と、アキラが生み出した破壊の跡を見て、道理であれほど使用を躊躇ちゅうちょする訳だと、シオリも理解し納得した。

 しかし続く言葉を聞いてその理解が少し誤っていたことに気付く。


「1発1億オーラムもするのに……!

 5発も撃っちゃった……!」


 アキラは単純に弾薬費を嘆いているのだと気付いたシオリは、その驚きで表情を少し堅くしていた。


「あ、あの、アキラ様。

 どこからどうやって入手したのかは別にしても、対滅弾頭は基本的に所持や使用に極めて厳重な許可が必要でして、下手をすると持っているだけで周辺の都市を敵に回すのですが……」


 アキラがあっさりと答える。


「ん?

 俺はクガマヤマ都市からとっくにモンスター認定を受けてるし、その辺は今更だな」


「そ、そうですか……」


 そのいろいろとズレたアキラの返事に、シオリは少し引いていた。

 カナエは爆笑していた。

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