第274話 猶予期間終了

 アキラが賞金首となってから1週間がった。

 最前線向けの装備はまだ届いていない。

 そして今のところはアキラを狩ろうとする者達も現れていなかった。

 ヒカルとの待ち合わせの場所で、アルファと雑談しながら時間を潰していたアキラは、怪訝けげんな様子で首をかしげていた。


『なんていうか、拍子抜けだな。

 500億オーラムも賞金が懸かってるんだから、それはもうぞろぞろと襲ってくると思ってたのに。

 ちゃんと隠れてるから見付かってないだけか?

 でもシロウには見付けられたしな』


 何か起きても不思議の無い時に何も起こらないのは、ただの幸運ではなく不運の前触れ。

 今までの経験でそのような思考が染み付いてしまっているアキラに向けて、アルファがいつものように笑う。


『彼は坂下重工のエージェントだから何か特別な捜索方法があるのでしょうね。

 アキラが見付かっていないのは、恐らく普通のハンターが同じことをするのは無理なのよ』


『だと良いんだけどな』


 アキラも一応シロウにどうやって自分達を見付けたのか聞いてはみた。

 しかし、一般には出回っていない高度な技術であり、それを教えるのであれば十分な貸しになる、と言われたので断った。

 具体的な捜索方法が不明でも、シロウ自身も追われる身で、しかも自分達に同行している以上、発見されれば教えてくるだろうという打算もあり、加えて有効な対処方法も無いかもしれないからだ。


 それによりアキラのちょっとした興味は、シロウにぬか喜びを与えただけに終わった。


『彼も大人しく教えてアキラへの貸しを積み重ねれば良いのに、意地でも張っているのかしらね。

 それとも何か考えがあってのことかしら』


『うーん。

 どんなに貸しを重ねても俺がまだ足りないって言えばどうとでもなるって考えて、今は取引材料になるデカい貸しを作る機会をうかがってるんじゃないか?

 その時のために、小さな貸しはえて作らない気なのかもな』


『確かにそれも交渉手段ではあるわ。

 アキラに対して有効な手段とは思えないけれどね』


 雑談の途中で荒野の向こうから一台の荒野車両が向かってきた。

 アキラ達は雑談を止めて警戒に入った。




 ヒカル達はクガマヤマ都市のマークが入った荒野仕様車両に乗ってアキラとの交渉の場を目指していた。


 屋根を含めた車両上部を開放できる車種で今は大きく開いている。

 それでも弱い展開式力場装甲フォースフィールドアーマーのお陰で砂ぼこりなどが車内に入ることはない。

 そして外から車内がよく見えるので、乗員がヒカル、エレナ、サラの三人だけであることが良く分かるようになっている。


 ヒカルは都市間輸送車両の経験の所為せいで防壁外に出るのが少々苦手になっていた。

 防壁内に準じる治安体制と言われていた都市間輸送車両の中でさえ壁の外ではあの有様だと、出来る限り壁の内側で過ごしていたかった。

 本当なら今はイナベから高い権限を与えられていることもあり、都市の防衛隊から部隊を借りて護衛に付けたいぐらいだった。


 しかし余計な人員を連れた所為せいでアキラに無駄に警戒されては本末転倒だと考えて我慢していた。

 その代わり、エレナ達へ報酬の前渡しとして過剰なまでに高性能な装備を支給していた。

 クガマヤマ都市近辺では場違いなまでに強力な代物で、本来ならばハンターランク等の制限もあって提供できない物だ。

 それを都市防衛に関わる特殊依頼の遂行中であり、その上で一時的な貸出品として特例を無理矢理やり通した。

 機領とTOSONトーソンも巻き込んで、即時提供可能な高級品を提供させた。


 そのような経緯もあってかなり旧世界風のデザインの装備を身に着けたエレナ達は、大分東の方から流れてきたハンターと判断されても不思議の無い格好だ。

 エレナ達もハンターだ。

 普段なら高性能な装備を身にまとえば多少は高揚するのだが、賞金首となったアキラに会いにいくということもあり、浮かれる余裕など無く僅かに緊張した様子を見せていた。


 荒野を進んでいると車両が軽く揺れる。

 運転しているエレナが顔を僅かに怪訝けげんなものにしたが、索敵装置等に大きな反応は無かった。

 大きめの瓦礫がれきでも踏んだのだろうと判断し、ついでに車両の状態を再確認して、後部座席のヒカルに尋ねる。


「ヒカルさん。

 もう少しでアキラとの待ち合わせの場所だけど、念のためにもう一度確認しておくわ。

 車両の広域汎用通信はこのままで良いのね?」


 現在車両からは、自分達がクガマヤマ都市の職員であることを示す通信が発信されている。

 当然ながらアキラを狙うハンターが受信圏内にいた場合、このままアキラと合流すればアキラの位置を教えてしまうことになる。


「はい。

 結構悩んだんですけど。

 ……エレナさんの判断では、切った方が安全、ですか?」


「ごめんなさい。

 聞いておいてなんだけど、私にも分からないわ」


 発信無しでアキラと会った場合、アキラを狙うハンターが交渉中にアキラを攻撃しても、クガマヤマ都市との交渉中だったなど知らなかった、が通るのだ。

 発信は、知らなかったとは言わせない、という対抗処置でもある。


 アキラの安全を、交渉そのものを隠蔽して確保するか、位置を知らせてもクガマヤマ都市の影響力で確保するか。

 その二択にヒカルは都市の職員として悩んだ末に後者を選択した。


 エレナもチームの交渉役として自分ならどちらにするかと考えてみた。

 だが今までの経験が当てになる状況ではなく結論は出ていなかった。


「サラはどう思う?」


「私?

 私にも分からないわ。

 いっそアキラに決めてもらえば良いと思うぐらいね」


「俺ですか?

 このままで良いと思います」


「そう?

 じゃあこのままで、……ん?」


 エレナ達が不思議そうな顔をする。

 そこに声が続く。


「エレナさん。

 そのまま車をめずに適当に走らせ続けてください。

 出来れば交渉場所まで移動している感じでお願いします」


 エレナが苦笑を浮かべる。


「……分かったわ。

 で、いつの間に乗り込んだの?」


「さっきです」


 アキラが迷彩を解いて姿を現した。

 ヒカルが自分の隣に突如出現したアキラに驚いて思わず大きな声を出す。


「えっ?

 ちょっと!?

 えぇ!?」


「ヒカル。

 うるさいぞ。

 こっそり会おうとしてるんだから騒ぐな」


 アキラにそう指摘され、ヒカルは声を抑えた分だけ顔をうるさくしながら黙った。


 サラが楽しげに苦笑する。


「エレナ。

 索敵役として気付かなかったの?」


「気付かなかったわ。

 アキラ。

 どうやって入ってきたの?」


 同じく苦笑を浮かべたエレナへ、アキラがどこか楽しげに笑う。


「迷彩機能を使って隠れながら、車の移動ルートのそばで待ってました。

 で、なるべく衝撃を抑えて飛び乗りました。

 その後は静かに後部座席まで移動しました」


「一応、展開式の力場装甲フォースフィールドアーマーも張ってあったはずよ?」


「風よけ程度の微弱なやつならゆっくり入れば大丈夫なんですよ。

 探知機能付きのやつならバレますけど、この車のやつは違ったみたいですね。

 驚かしてすみません。

 俺もそれだけ警戒してたってことで勘弁してください」


 アキラが軽い調子でそう言うと、エレナが揶揄からかうように意味深に答える。


「私は良いけれど、依頼主はどうなのかしらね?」


 アキラの視線がヒカルに向けられる。

 アキラの態度が気安いのは、相手も今回の交渉を前向きに捉えており、自分達に敵意を持っていない証拠だ。

 ヒカルは自身にそう言い聞かせて落ち着きを保つと、驚かされたことへの文句は大きなめ息を吐くだけで済ませた。


「500億オーラムの賞金首になったってのに、アキラに余裕があって何よりだわ」


「どうも」


 意図的に嫌みっぽく答えたヒカルに、アキラは余裕の笑顔を返した。

 その様子にエレナ達も楽しげな笑顔を見せていた。


 車内の空気は良い意味で緩んでいたが、それをいつまでも味わっている訳にもいかないと、アキラが気を切り替えて本題を促す。


「それでヒカル、今回の件を穏便に片付ける話がしたいってことらしいけど……」


 ヒカルも気を切り替えて顔を引き締める。

 この交渉をしくじると本当に後が無いと考えているだけに、真面目で真剣な雰囲気を強く出していた。


「そうよ。

 まずは改めてアキラから事の経緯とかを聞かせてちょうだい。

 私も事態の把握はしているつもりだけど、所詮は第三者を介しての情報にすぎないからね。

 今回の事態をアキラの認識も含めて聞かせてちょうだい。

 正直にね。

 そこをごまかされるとややこしくなるだけだから。

 お願い」


「分かった」


 言われた通りアキラは正直に話した。

 そしてその分だけヒカルは頭を抱える羽目になった。

 引きった笑顔らしいものを浮かべて思わず心の中で思いっきり嘆く。


(……こんなの、どうやって穏便に済ませば良いっていうのよ)


 ヒカルとしては相手がリオンズテイル社ほどの大企業である以上、仮にアキラに非が無かったとしても譲歩する方向で話を進めたかった。

 アキラも不満を覚えるだろうが、リオンズテイル社と敵対するのは流石さすがに無理があると説得し、渋々にでも和平交渉を進めていくのが最善だと考えていた。


 しかしアキラからじかに話を聞いて、それは無理だと悟った。

 アキラはクロエの死を譲るつもりなど欠片かけらも無く、今すぐに殺しにいかずに隠れているのはキバヤシからの勧めで最前線向けの装備を手に入れるのを待っているだけであり、装備を入手次第クロエが防壁の内側にいようとも殺しにいくのは確実だった。

 それを下手に止めようとすれば、自分も敵と見做みなされて、一緒に殺される恐れまであった。


 一緒に話を聞いていたエレナとサラも苦笑いを浮かべていた。

 しかし同時にアキラらしいと思い、説得は無駄だろうと諦めもしていた。

 アキラはかつて、たかがスリを殺すためにスラム街の巨大徒党の拠点に乗り込んだ人間なのだ。

 アキラの実力も、敵の規模も、その頃とは比較にならない程になったが、やっていることは同じだと、変わっていないと、ある意味で納得していた。


 ヒカルが険しい顔を更にゆがませて悩みに悩む。

 だがアキラを説得できそうな言葉は全く浮かばなかった。


 そもそもアキラは敵が大企業だからと引き下がるような者ではない。

 もしアキラがそこで大人しく引き下がるような、ある意味で保身に理解のある者であれば、自分が輸送車両で坂下重工所属の旧領域接続者だと勘違いされた時に、保身のために自分を見捨てているはずなのだ。

 ヒカルはそう思い、かつて自分を救ってくれた要素に苦しめられていることに苦笑いを浮かべていた。


 アキラはヒカルの返事を黙って待っていた。

 しかししばらく待っても返事が無いことに、やはり穏便に済ませる方法など無いのだろうと考えて、そろそろ切り上げるかと考えていた。


 しかしそこでヒカルが動く。


「アキラ。

 もうちょっと待ってて」


 そう言って情報端末を取り出しイナベにつなぐ。

 そして自身の判断を添えて状況を説明すると、その後に情報端末をアキラに向けた。

 そこからイナベの声が出る。


「久しぶりだな。

 アキラ」


 ヒカルがこの場で出した結論は、まずは上司の判断を仰ぐ、だった。

 どうしようも無い事態だと一人で頭を抱えるだけ無駄。

 これ以上この場で思考を続けても空回りが続くだけ。

 ならば誰かに相談でもして思考の変化を促すしかないと考えた。


「本来なら私がじかに会いにいくのが筋なのかもしれんが、私は社内の調整で忙しくてね。

 代わりにヒカルを向かわせた。

 そこは了承してもらおう。

 まあそこはいておこう。

 ヒカルから状況は聞いた。

 そこで私から事態の穏便な解決のために提案がある」


「何だ?」


 イナベの言葉にヒカルが希望を見いだして期待を顔に出す。

 だが続いた言葉を聞いた途端、その顔にあった期待の表情は余りの衝撃で吹き飛んだ。


「クロエ・レベラントの暗殺をお前に依頼するのは可能か?」


「イ、イナベ区画長!?」


 予想外かつ、とんでもない提案にヒカルは思わず声を出していた。

 アキラは2度目ということもあって少し驚いた程度だった。


「何でそれを俺に依頼するんだ?」


「お前にそれを依頼するのが事態の比較的穏便な解決のために適しているからだ。

 正直に言おう。

 今回の件、私はお前の味方にはなれない。

 馬鹿なことを、余計な真似まねをしやがって、とすら思っている」


 なんてことを言うのだと慌てふためくヒカルを余所よそにして、イナベの話が続いていく。


「私が今回の件で完全にお前の味方になるということは、クガマヤマ都市の幹部としてリオンズテイル社との全面戦争、経済面ではなく武力面での企業間戦争に同意するということだ。

 悪いが、それは無理だ」


「まあ、だろうな」


 アキラは納得して軽くうなずき、ヒカルはその反応にも驚いていた。


「よって次善の選択が必要だ。

 お前の味方にはなれないが、お前を敵に回すつもりもない。

 しかし状況を放置すれば、お前はクロエを殺すために最前線向けの装備でクガマヤマ都市を襲撃するだろう。

 介入が必要だ」


 エレナもサラもヒカルも、アキラとイナベの話をはらはらしながら聞いていた。

 都市の上位幹部が他企業の幹部の暗殺依頼を出している。

 この時点で大問題だ。


 特にエレナ達は、ヒカルを介して都市に雇われているとはいえ、所詮は外部のハンターだ。

 この話をこのまま聞いていて大丈夫なのかと不安に思う。

 だが今更耳を閉じても手遅れだと、顔に少し緊張をにじませながらも話をしっかり聞いていた。


 そしてその話が更に問題の度合いを強めていく。


「そこでだ。

 どうすればその事態を止められるかと考える。

 答えは簡単だ。

 お前が死ぬか、クロエが死ぬか、そのどちらかだ。

 そして私とお前の仲を考慮して、ここはクロエが死ねば良いと譲歩しよう」


「そりゃどうも」


「なに、構わんさ。

 ではどうやって殺すかだが、私も多少は協力しよう。

 お前を防壁内にこっそり入れるか、クロエを都市の外に追い出すかのどちらかだ。

 私としては事を穏便に済ませるために後者を選びたい。

 そもそもこれはお前とクロエの殺し合い。

 クガマヤマ都市を巻き込むのはめてほしいのが本音だ。

 お前はキバヤシから騒ぎが可能な限り大きくなるようにいろいろき付けられているのだろうが、あいつを楽しませるだけだ。

 めておけ」


「俺もクロエが都市の外にいるなら防衛隊と戦わずに済むし、防壁内にこっそり入れるなら正面から突入する気は無いよ」


「それは良かった」


 アキラとイナベの軽い調子で続く話を、ヒカルは震えながら聞いていた。

 自身の上司が他企業の者への暗殺依頼を出し、しかも協力まで申し出ている。

 この話が実行された上で、都市側の関与がリオンズテイル社に漏れれば都市間戦争に発展しかねない。

 都市の下位職員程度では、耳にしただけで消されてしまいそうな内容だった。


 だが既に自分は無関係などとは言えない状況だ。

 ヒカルは身に余る事態に慌てふためいていた。

 そしてヒカルを更に驚かせる内容がアキラの口から出る。


「あー、先に言っておくけど、その依頼は断る」


「なぜだ?」


「前に同じ依頼をしてきたやつにも言ったんだけど、俺は俺の意志でクロエを殺す。

 依頼という形であれ、そこに他人の意志を入れたくない。

 あと、そういう理由で一度依頼を断ってるからでもある。

 あ、でも俺を防壁内に入れてくれたり、クロエを都市の外に追い出してくれたりするのは助かる。

 依頼としては受けないってだけで、クロエは殺すよ」


「依頼としたのは、共犯という立場を受け入れるという意味でもあったのだがね。

 まあクロエ暗殺の責任をそっちだけで負ってくれるのならこっちとしても助かる。

 それならそれで構わんよ。

 ではもう少し具体的な話を……」


 アキラが依頼を断り、別の者から同様の依頼があったことまで判明するなど、ヒカルの精神に衝撃を与える事態が続く。

 そしてヒカルの平常心にとどめを刺しそうな更なる事態が続いた。


 その直前、アキラにはシロウから念話が届いていた。


『アキラ!

 すぐに逃げろ!

 囲まれてるぞ!』


 アキラが反射的に周囲を見渡す。

 だがそれらしいものは見付けられなかった。


『アルファ?』


『私の索敵範囲にそれらしい反応は無いわ。

 ……その外からよ!

 気を付けて!』


 僅かに遅れて車両から大分離れたところに砲弾が着弾し周囲を吹き飛ばした。

 それを契機に、車両の周辺、広範囲が次々と砲撃を受ける。

 一帯に爆発音が連続して響き、巻き上げられた土砂が派手に飛び散っていく。


 砲撃の精度は悪く、適当に撃っているかのように大雑把おおざっぱだ。

 しかしそれを砲弾の数で補うように次々と砲撃される。

 しかも車両の全方向から撃たれていた。


「サラ!」


「分かってるわ!」


 エレナが新装備で車両周囲の情報収集を実施し、無数に降り注ぐ砲弾の軌道を正確につかむ。

 その情報を基に、サラが車両に当たる恐れのある砲弾を的確に迎撃していく。


 サラの右手の銃には、穴ではなくレンズの銃口が付いていた。

 そこから放たれた指向性エネルギーが、大気中の色無しの霧と反応して光の矢のような軌跡を描き、落下中の巨大な榴弾りゅうだんを貫いて爆発させる。

 左手の銃から撃ち出された大量の質量弾が別の砲弾に直撃し、その軌道をじ曲げてあらぬ方向へはじき飛ばす。


 アキラも即座に迎撃に加わる。

 サラと相談も無しに迎撃範囲を分担して車両の安全を確保する。

 砲弾が大量に降り注ぎ、爆音と爆炎が至る所で荒れ狂い、爆発が空中の大気をき乱し、着弾の衝撃が地上の土砂を吹き飛ばし巻き上げる中、ヒカルは余りの驚きの連続に平常心の限界を迎えて叫んでいた。


「もう!

 なんなのよぉ!?

 なんなんなのよぉ!」


『シロウ!

 敵はどこだ?

 位置を送ってくれ!』


『送ったぞ!

 とにかく包囲から脱出しろ!

 そのままだとずっと的だ!』


 アキラはシロウから念話で送られてきた敵の位置のイメージを見て顔をしかめる。

 敵の位置を示す無数の点が直径3キロほどのゆがんだ円を描くようにして自分を取り囲んでいた。


(……そりゃ賞金首なんだから、チームを組んで倒しに来るよな!)


 シカラベ達がタンクランチュラを倒した時も、事前にしっかり人を集めて討伐チームを編制した上で賞金首討伐に挑んでいた。

 自分もその一人として参加していた。

 ハンター達がなかなか襲ってこなかったのは、その編制の時間が必要だったから。

 アキラが今更それに気付いて苦笑する。


 あの時も強力なモンスターを出来るだけ安全に撃破するために遠距離から皆と一緒に砲撃を加えていた。

 今は自分が同じことをやられている。

 相手は命中精度を捨てて距離を取って取り囲み、付かず離れず一定の距離を保ったまま砲撃を続けるつもりだ。

 敵の砲撃の精度が甘いのはそれだけ遠距離から砲撃している所為せいだ。

 アキラはそう理解した。


 シロウから今も送られている敵の配置イメージの各反応は、アキラ達を包囲円の中心に配置するために移動を続けている。

 それでも地形等の所為せいで円形の包囲網を維持するのは難しく、加えて包囲の厚みにもむらがあった。


 アキラがアルファから包囲の脆弱ぜいじゃくな部分を教えてもらい、その方向を指差す。


「エレナさん!

 あっちへ進んでください!」


 エレナが車の進路をアキラに指示された方向へ切り返す。

 急激な方向転換にヒカルの悲鳴が大きくなった。


 情報端末越しに伝わってくる音から状況を察したイナベが落ち着いた声で告げる。


「襲撃か。

 アキラ。

 話の続きはまた今度にしよう。

 ヒカル君。

 君は今すぐにその場から離脱して都市に帰還しろ」


「と、都市に帰還ですか!?

 しかし、今この車両にはアキラも乗って……」


 モンスター認定を受けているアキラを連れて都市に戻ることはできないと、ヒカルは思わず聞き返した。

 しかしイナベからあっさりと対処方法を告げられる。


「置いていけ」


「えぇっ!?」


 その非情な判断にヒカルが思わず叫び、エレナ達も顔を険しく不満げにゆがめた。


 そしてアキラが軽く言う。


「エレナさん。

 絶対にまらずにそのまま全速力で進んでください」


勿論もちろんよ!

 一緒に脱出しましょう……、……!?」


 アキラを置いていくつもりなど欠片かけらも無い。

 エレナはそう示すように力強く笑いながら顔をアキラに向けた。

 そして驚く。

 アキラは自分から車外に飛び降りていた。


「アキラ!?

 何をして……」


 直前に車をめるなと言われていなければ、エレナは反射的に車をめてしまうところだった。


 今すぐ引き返してアキラを拾うべきか。

 しかしアキラは自分から飛び降りた。

 戻ったとしてアキラは乗るか。

 エレナはそう僅かに迷い、決断しようとする。

 だがその前に、既に車両から大分離れているアキラの声がヒカルの情報端末から出る。


「エレナさん。

 もう一度言っておきますけど、まらずに、そのまま進んでください」


 エレナの顔が険しくゆがみ、その口から苦悩のにじんだ声が出る。


「……アキラは、それで良いの?」


「エレナさん達はヒカルの護衛を請け負っているんですよね?

 それなら、そっちを優先しないと駄目です。

 ハンターなら、仕事はちゃんとしないと駄目ですよ」


 アキラの声は落ち着いたどこか明るいものだった。

 チームのリーダーとして常に決断を強いられているエレナが、それを聞いて苦渋の表情を強める。

 そしてサラが親友の代わりにしっかりと笑った。


「分かったわ。

 アキラ。

 ヒカルは私達に任せておきなさい」


「すみません。

 お願いします。

 ヒカルに死なれると都市との交渉ルートが減るんで俺もちょっと困るんです。

 その方向が一番包囲が緩いはずですけど、一応500億オーラムの賞金首を狩ろうって連中のはずです。

 気を付けてください」


 申し訳なさそうなアキラの声に、サラが明るく余裕のある声を返す。


「大丈夫。

 実は私達、今回の依頼の前金としてすごい装備を都市からもらったの。

 それを使えば緩い包囲の突破ぐらい楽勝よ」


 そのサラの気遣いに、アキラもえて明るい声を返す。


「そうなんですか?

 実は俺も後ですごい装備が手に入る予定なんですよ」


「そうなの?

 じゃあその話はお互いの装備自慢も兼ねて、また今度ゆっくりしましょうか」


「そうですね。

 それじゃあ、また今度」


 そう再会の約束を残して、アキラの声が情報端末から消えた。

 同時に、エレナが心情を振り切るように車を加速させる。


「……エレナ。

 私達は私達の仕事をしましょう。

 自分達の仕事もできないようではアキラにあきれられるわ」


「……そうね。

 分かったわ。

 サラ」


 親友の励ましでエレナも何とか意気を取り戻す。

 そしてそれを伝えるように力強く微笑ほほえんだ。


 サラも軽く笑って返し、次に意味深に笑う。


「そういう訳で、エレナ。

 弾薬費だの切り札だの奥の手だの細かいことは言わずに、ぶっ放して良いわよね?」


 サラが返事も聞かずに車両の後ろから、ある銃を取り出して構える。

 すると一見ただの大型銃に見える物が自動で自身を組み立て直し、銃身を伸ばし、太くし、全体の形状を変えながら膨れ上がり、車両の全長より長い巨大な砲へ変化した。


 拡張弾倉等にも使用される拡張技術を応用して製造されたこの銃は、使用時に自身を巨大化させて威力を増大させる仕組みとなっていた。

 変形式の銃なのだが、一度展開してしまうと元の大きさに戻すのは基本無理で、業者に再収縮を頼む必要がある。

 そしてそれだけの手間と不便さを補う威力を持っていた。


 エレナが索敵範囲ギリギリの位置に敵の反応を見付ける。

 遠すぎて相手の形状もまだ把握できない位置であり、普通ならばそれだけで敵と断定するのは難しい。

 しかし今まで自分達に向かってきていた砲弾の軌道から敵であると見抜いた。


 それでも敵に照準を正確に合わせるにはまだ遠い。

 しかしエレナはすぐさま可能な限りの照準計算を済ませると、とても楽しげに笑った。


「ぶっ放しなさい!」


 人型兵器用の武装のような巨大な銃を、身体強化拡張者の飛び抜けた身体能力に加えて、その上に着る意味のある強力な強化服の身体能力で支えているサラが、エレナの号令で笑って引き金を引いた。

 次の瞬間、エネルギーパックを一発で使い切って産み出された膨大なエネルギーの奔流が球形に圧縮され、銃口から閃光せんこうを散らしながら光弾となって撃ち出された。


 光弾が弾道の軌跡に沿って大気を荒れ狂わせ、力場から漏れ出る光が空中に輝く線を描く。

 そして高速で撃ち出された光の弾丸は、弾薬費という概念を一時的に忘れたエレナ達の八つ当たりまで含んだ心情を満たすだけの威力をもって、着弾と同時に周囲の何もかも巻き込んで周辺を派手に吹き飛ばした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る