第253話 旧領域接続者確保の労力

 オリビアに殺到した人型兵器達が、機体と直結した力場装甲フォースフィールドアーマー展開装置をオリビアの周囲に一斉に突き刺していく。

 接近するまでの過程で反撃を受けて数機を失ったが、それでも十分な数の機体が相手との間合いに辿たどり着いた。


 柱のように太いやりのような形状の装置から強力な力場装甲フォースフィールドアーマーが展開される。

 本来は薄い膜や板のように展開する力場装甲フォースフィールドアーマーが人型兵器の出力で分厚く幾重にも重なって生成される。

 それにより空気が固定化されてガラスのようになり、オリビアの動きを周囲の空気ごと封じ込めた。


 シロウはその包囲からギリギリで逃れていた。

 オリビアが自身の動きを封じられる前にシロウを投げ飛ばしたのだ。

 だがすぐに他の機体に囲まれてしまい、力場装甲フォースフィールドアーマーの箱に閉じ込められた。


「クソッ!」


 険しい顔で壁をたたくシロウに向けて、近くの機体から声が響く。


「そのまましばらくお待ちください。

 すぐに迎えが来ます。

 一応言っておきますが、内側から銃撃して力場装甲フォースフィールドアーマーの破壊を試みるような真似まねは控えてください。

 跳弾が発生する恐れがありますので非常に危険です」


 シロウは顔をしかめて頭を抱えていたが、顔を上げて視線を機体に向けると調子良く笑った。


「……それなら、安全のために跳弾が発生しないタイプの力場装甲フォースフィールドアーマーに変えた方が良いと思うな。

 この機器なら出来たはずだ。

 俺が自棄やけになったらどうするんだ。

 設定の変更が難しいって言うのなら、手伝ってやるぞ?」


 その提案に対し、微妙に馬鹿にしたような声が返ってくる。


「お断りします。

 貴方あなたに機体を逆操作される恐れがありますので。

 ああ、付け加えておきますが、この機体は貴方あなたの捕獲用に外部通信を調整済みです。

 だから、頑張っても無駄だぞ?」


 シロウの顔が再び険しくゆがむ。

 都市間輸送車両の時のように、機体を外部から何とか操作できないかと試していた最中だったからだ。


「あと、自棄やけにはなるなよ?

 そんな真似まねをしようとしたら力場装甲フォースフィールドアーマーの範囲を縮めて手足を押し潰すぐらいはさせてもらう。

 怪我けがをさせるなと言われているが跳弾で死ぬよりは軽傷で済むからな。

 大人しくしてろ」


 シロウが焦りながらも打開策を考え続ける。

 オリビアに追っ手を気遣いさせすぎたと、思わず今更ながら後悔したがその後悔を頭から退かして必死に思案する。

 だが良い案は浮かばない。


 シロウとオリビアの両方の捕獲に成功した救出班が残る懸念材料の排除に動く。

 オリビアからシロウを引きがすのに成功した以上、シロウを巻き添えにして殺してしまわないようにオリビアへの攻撃を加減する必要は無くなった。

 各機体が武装を捕獲用から通常のものに変更し、巨大な砲口をオリビアに向ける。

 力場装甲フォースフィールドアーマー展開装置が過負荷に耐えきれずに壊れるのに合わせて一斉に攻撃を加えられるように距離を取って配置に付く。


 単体で人型兵器の部隊と渡り合ったメイドの正体が気になる者もいたが、対象の拘束継続を提案する者はいなかった。

 完全な無力化が最優先だと全員理解していた。

 機体と直結した力場装甲フォースフィールドアーマー展開装置でオリビアの動きを今も止めている機体から、操縦者が一斉攻撃の巻き添えにならないように脱出して離れていく。


 シロウがその様子を見て、無人の機体ならば何とかならないかと介入を試みる。

 だが無駄だった。

 完全な排他設定に切り替わっており、外部からの通信を全く受け付けない状態になっていた。

 透明な壁をたたきながらオリビアの方に向けて叫ぶ。


「……クソッ!

 おい!

 500万コロンも支払ったんだぞ!?

 何とかしろ!」


 それはもう弱音や嘆きに近い言葉だった。

 そしてその声は力場装甲フォースフィールドアーマーに遮られて外には漏れず、叫ぶだけ無駄なはずだった。


 だがその叫びにオリビアから旧領域経由で返事がくる。


『そのような苦情を言われても困ります。

 料金分の仕事はしました。

 500万コロンではこの程度ですよ』


 返事が来るとは思っていなかったシロウは思わず驚きの顔を浮かべた。

 だがすぐに非常に険しくも真剣な表情で、僅かな期待を口調ににじませて尋ねる。


『……問題は金だけ。

 そう解釈して良いんだな?』


『追加料金を頂ければ更なる仕事をする余地はあるとの解釈でお願い致します』


 オリビアのありふれた質疑応答のような態度での返事に、シロウは最後の望みを見出いだした。

 それでも迷い、そして自棄やけになったように声を荒らげる。


「…………分かったよ!

 追加だ!

 1000万コロンだ!

 これが限度だ!

 持っていきやがれ!

 振り込んだぞ!」


『承りました』


 本来なら瞬きも出来ないはずの固定化された牢獄ろうごくの中でオリビアが愛想良く微笑ほほえんだ。

 次の瞬間、その周辺からガラスが割れ砕けたような音が響き渡る。

 それは数機の人型兵器のジェネレーターにより生み出された強固な力場装甲フォースフィールドアーマーで固定化された空気が破壊された音だった。


 もろいガラスの中に埋め込まれていた機械が高出力で動き出して内部からガラスを粉砕するように、オリビアは機体の出力を著しく上昇させて無理矢理やりに動き、力場装甲フォースフィールドアーマー牢獄ろうごくから強引に脱出した。


 オリビアを狙っていた人型兵器達が即座に反応する。

 力場装甲フォースフィールドアーマー展開装置の機能停止に合わせて砲撃しようと砲の出力を上げている途中だったが、構わずに一斉に砲撃する。

 途中で撃った所為せいでそれぞれの砲の威力は若干弱まっていたが、一斉射撃による光の奔流はすさまじく、束ねられた光線が射線上の物体を瞬時に焼却する巨大な光の柱と化して標的に襲いかかる。


 オリビアにも流石さすがにそれを避ける余裕は無かった。

 拘束から逃れた直後であり、既に砲口を向けられていた状態だ。

 回避という点では既に詰んでいた。


 だが対応という点では問題は全く無かった。

 敵の砲撃と同時に光刃のブレードで前方をぎ払う。

 その一閃いっせんが、前方から迫る光の奔流を一刀両断した。

 オリビアの機体に搭載されている旧世界製のジェネレーターから力を得た光の刃は、人型兵器複数台分のジェネレーターから生み出された光の波にあっさり打ち勝った。


 光波と光刃が衝突し、光波が無数の支流に枝分かれして周囲に飛び散らされる。

 飛び散った光線が周りの建物に激突して破壊の限りを尽くした。

 光刃は勢いを弱めながらも光の奔流を裂きながら前進し、機体まで届いて砲を損傷させた。


 オリビアが光刃で切り開かれた空間、光の奔流の隙間を駆けていく。

 力場装甲フォースフィールドアーマーで生み出した足場を蹴って、まるで光の床を走るように一気に前進し、人型兵器との間合いを素早く詰め終える。

 そして人ならば神技と呼ぶべき精密動作で再びブレードを瞬時に舞うように振るい、一瞬で機体の武装と四肢を斬り刻んだ。


 先の戦闘で味方の機体が容易たやすく斬られたことを受けて、残った各機体の力場装甲フォースフィールドアーマーの出力は更に上げられていた。

 破壊された機体から得たデータを基にした計算では今度こそ防ぎ切るはずだった。

 それにもかかわらずに、前回と同様に、機体は強固な力場装甲フォースフィールドアーマーごと切断された。

 オリビアの高出力ジェネレーターと直結している光刃は追加料金を得て更に出力を増しており、顧客の期待通りに相手を容易たやすく切り裂いた。


 再度ブレードが振るわれる。

 シロウを閉じ込めていた力場装甲フォースフィールドアーマーの簡易牢獄ろうごく容易たやすく破壊された。

 呆気あっけに取られているシロウをオリビアは素早くつかむと、その場からすぐに離脱した。


 瞬く間に繰り広げられた激戦は、周囲の地形を書き換えかねないほどの被害をき散らしていた。

 だが死者は出ていない。

 オリビアがシロウの指示通りに相手を殺さないように気遣ったからだ。

 その気遣いの分だけ料金はかなりかさんだがオリビアは全く気にしなかった。


 半壊して動かなくなった機体から操縦者がゆがんで開かなくなった扉を蹴破って外に出る。

 そして周囲を見渡して被害状況を把握すると、視線を逃げ去ったオリビア達の方へ向けた。


「何なんだあの女は!?

 まさか、最前線の連中か!?」


 同僚が通信経由で話に加わる。


「そうかもな。

 明言はされていないが、俺達が追っていたやつは坂下重工所属の旧領域接続者らしい。

 何らかの事情で逃げているらしいが、逃亡なんて下手をすれば坂下を敵に回す行為だ。

 それだけのことをするなら事前にいろいろ手配ぐらいしていても不思議はない。

 ここで合流する予定だったのかもな」


「そんなやつがいるなんて聞いてねえぞ!」


「主任があんな指示を出したんだ。

 予想ぐらいはしとけよ」


 通信越しにめ息が重なった。


「まあ、何だ。

 時間稼ぎはちゃんとやったんだ。

 後は同類に任せておこうぜ」


「……そうだな。

 本当に最前線の連中だったとしたら、流石さすがに俺達じゃ無理だ。

 逃げられたとしても言い訳にはなるか」


 自分達の作戦としては微妙な結果に終わったことを、男達はそう言って軽い冗談交じりの口調で流した。




 アキラ達はビルから急いで出ると自動操縦で迎えに来たバイクに飛び乗って全速力でビルから離れていた。

 アキラのバイクは一人乗り用なのだが無理矢理やり全員乗っていた。

 アキラとレイナがシートに詰めて座り、キャロル、シオリ、カナエはバイクのアーム式銃座を足場にしている。


 当初はしばらくビルに残って外の様子を確認しながらゆっくり帰る予定だった。

 だがアキラが険しい顔で即時の移動を提案した。


 キャロルの護衛として、キャロルだけでも無理矢理やりにでも移動させる。

 そこまで言い切ったアキラの様子を見て、キャロルもレイナ達も理由を聞くのは後回しにしてアキラの指示に従った。

 ビル内の移動時間も惜しみ、オリビア達が出ていった穴から飛び降りて直接外に出る。

 そしてアキラのバイクで行き先も聞かずに出発した。


 ビルの周囲も既に戦闘に巻き込まれていた。

 遺跡の至る所から迷彩を解いた大型多脚戦車が人型兵器の部隊に向けて殺到していた。

 それらと擦れ違う時にレイナ達が思わず攻撃しようとしていたが、アキラの指示で一切攻撃せずに大きく迂回うかいしていく。

 それにより大型多脚戦車達はアキラ達の攻撃優先順位を大幅に下げると、アキラ達を無視してそのまま人型兵器達の方向へ向かっていった。


 そのまま無数の大型兵器と何度も擦れ違いながら、戦闘の中心から急いで離れていく。

 そして戦闘区域から何とか離脱した。


 カナエが自分達の後方の様子を見て楽しげに笑っている。


「おー。

 随分派手にやってるっすねー。

 中々の迫力っす」


 カナエの視線の先では人型兵器の部隊と遺跡の機械系モンスター達が苛烈に交戦し続けている。

 銃弾や砲弾にエネルギー弾や小型ミサイルまで飛び交う戦場はミハゾノ街遺跡の難易度を大幅に超えていた。

 戦闘の余波でビルが幾つか倒壊までしていた。


 単体の火力では人型兵器の方が上だ。

 だが数は多脚戦車型の都市防衛兵器の方が上だ。

 今のところ総火力では人型兵器の部隊が上回っているが、多脚戦車側には遺跡中から増援が続々と集まってきており油断は出来ない状況だ。


「あ、私達がさっきまでいたビルが崩れたっす。

 早めに離れて正解だったっすね。

 アキラ少年。

 すぐに離れた方が良いって、どうして分かったっすか?」


「何となくだ。

 要は勘だ」


 そう軽く答えたアキラにカナエがわざとらしく疑ってくる。


「えー?

 本当っすか?

 うそいてないっすか?」


「別に信じなくて良いぞ。

 仮に本当の理由があったとしてもそれを話す仲でもないしな。

 それはそっちも同じだろう?」


「まあ、そうっすね」


 話を軽く流したアキラの態度を、カナエも軽く笑って流した。


 実際に、アキラの返事はほぼうそだ。

 即時移動の判断をしたのはアルファで、アキラはそれに従っただけだ。


 キャロルが険しい顔で遠方の戦場を見ながらつぶやく。


「……あそこまで、あそこまでするのね」


 つぶやいた言葉の意味が心に侵蝕しんしょくしていき、キャロルの顔色が悪くなった。




 シロウは再びオリビアに抱えられて遺跡の外を目指していた。

 追っ手が遺跡の損害を考慮しないのであれば荒野の方がまだ逃げやすい。

 後は自身の逃走にオリビアがどこまで付き合ってくれるかで次の行動を考える必要があった。

 小脇に抱えられながら、少し険しい表情で尋ねる。


「なあ、さっきの戦闘は幾らぐらいの仕事になったんだ?」


 オリビアが客向けの愛想を表情に出して答える。


「申し訳御座いません。

 無用なトラブルを避けるためにも、契約中の個別行動に対する料金など、細かな要素への回答は控えさせて頂いております」


「その辺を下手に答えると請求時に面倒事になり兼ねないってのは分かるんだけどさ、俺としては料金分だからってそこらで突然投げ出されても困るんだけどな」


「追加の支払いは常時受け付けております。

 後から小出しにするのではなく先に一括で支払われた方が結果的には費用も安く済みます。

 不安でしたら、その辺りも含めて是非ともご検討を」


 シロウが苦笑いを浮かべる。

 オリビアに支払った1500万コロンは今までコツコツとめてきた実コロンの全額だ。

 もう本当に限度であり、残りを出し渋っている訳ではない。

 そもそもこの出費も予定外のものであり、今後の行動に多大な支障が出ることは確実だった。


「オーラムで良ければ追加で100億ぐらいすぐに支払えるんだけど、駄目?」


「誠に申し訳御座いませんが、そのようなものをご提示頂いても対応致しかねます」


「だよなー」


 駄目で元々の質問に予想通りの返答が戻ってきただけだ。

 シロウはそう思いながらも苦笑を浮かべて一応食い下がる。


「オーラムは企業通貨とはいえ、一応クズスハラ街の統治系管理人格も受け取ってる通貨なんだ。

 その辺を考慮して、何とかなったりしない?」


「その件は存じております。

 しかし当社はその地域通貨に関して、区画844上位管理体から価値の保証等を受けてはおらず、その予定も御座いません。

 該当の地域通貨での支払いをご希望であれば、その管理体による価値の保証等の提示をお願い致します」


「だよねー」


 統治系管理人格が企業通貨を受け取っていることと、その価値を保証していることには、その意味に途方も無い隔たりがある。

 ある統治系管理人格がその価値を保証したのであれば、他の管理人格も一定の価値を認める可能性が高まる。

 他の管理人格がコロンではなくオーラムでの取引に応じるようになれば、オーラムの価値は飛躍的に上昇する。

 スガドメがツバキとの交渉ルート作製を条件にしてシロウにある程度の自由を与えているのもその辺りの事情があった。


 自分の目的には遠回りになるが、そちらの方も少し着手しておけば良かった。

 そう思ってシロウは少し後悔した。


 遺跡の中をかなり高速で駆けていたオリビアが、荒野との境目辺りで急停止する。

 抱えられていたシロウが急停止の慣性を受けて軽く苦悶くもんの声を漏らした。


「急に止まるな!

 我慢してるけど、結構苦しいんだぞ!?」


 オリビアはその文句に取り合わず、抱えていたシロウを落とした。

 地面に落とされたシロウが再び苦悶くもんの声を漏らす。

 そして少し焦りながら険しい表情を浮かべる。


「……おい、ちょっと待て、まさかここで料金分だ、なんて言わないよな?」


「いえ、この場で料金分になりそうです」


「おいおいおい、冗談だろ!?

 追加で1000万コロンも支払ったんだぞ!?

 幾ら何でも早すぎるだろう!?」


「それだけの相手のようですので仕方ありません。

 お客様を守りながら戦っても良いのですが、流石さすがに料金がかさみすぎます。

 ですので、残りの料金分ここで足止めをしておきます。

 それ以上のことは、お客様次第ですね」


 立ち上がりながら怪訝けげんな顔を浮かべていたシロウに、別の者の声が届く。


「バレてるのか。

 最前線並みに高性能な迷彩のはずなんだがな」


 シロウは思わず声の方向に視線を向けた。

 その視線の先の景色の一部がゆがむ。

 そして光学迷彩を解除した見知った男の顔を見て、思わず声を出す。


「うげっ!?」


 男がその表情に怒りをにじませながらも、どこか楽しげに笑う。


「随分な反応だな。

 シロウ。

 しばらくぶりだな」


 シロウが何とか硬い笑顔を返す。


「や、やあ、ハーマーズ。

 久しぶり。

 ……な、何でこんな場所に?」


「何でって、言うまでもないだろう。

 お前を迎えに来たんだよ」


 ハーマーズが笑いながらシロウにゆっくりと近付いていく。

 シロウは思わず後退あとずさりした。


「いや、そういうことじゃなくてさ、あんたはクガマヤマ都市の近くにいるはずだろ?

 連絡を受けて駆け付けたにしても流石さすがに早すぎだ。

 こんなに早く来るのは無理があるって」


 シロウは事前にハーマーズの居場所を調べてからミハゾノ街遺跡に来ていた。

 ハーマーズが近くにいると知っていたら、ここには絶対に来ていなかった。


 ハーマーズがどこか機嫌良く笑いながら更にシロウへ近付いていく。


「ああ、それか。

 ヤナギサワってやつに俺の位置の偽装を頼んだんだ。

 正直な話、相手がお前だから偽装の効果なんてほとんど期待していなかったんだが、その反応を見る限り、偽装は十分に働いていたようだな。

 正直驚いたよ。

 大した腕前だ。

 我々坂下重工のみならず、多津森たつもり月定つきさだなどからもスカウトを受けていると聞いていたが、納得だな」


 クソが、とシロウは内心で愚痴を吐いた。

 その偽装を見抜けなかった自身の腕前におごりがあったかと思ったが、ハーマーズの顔から笑顔が消えたのを見るとそのような無駄な思考は吹き飛んだ。


「さあ、帰ろうか。

 抵抗はするなよ?

 怪我けがをさせたくないとは思っているが、首から上が無事なら良いかとも思っている。

 大丈夫だ。

 後でちゃんと治療する。

 後遺症は残らない」


「……後でって、いつ頃?」


「さあ?

 お前がやらかした負債を返し終えた後じゃないか?」


 シロウが首から上だけの状態で生命維持装置につながれたまま働かされている自分の姿を想像して顔を引きらせる。

 それだけの覚悟はしていたが、嫌なものは嫌だった。


 オリビアがシロウをかばうように前に立つ。

 ハーマーズはそれを見ても全く意に介さずに歩を進める。

 シロウがそのオリビアとハーマーズに視線を彷徨さまよわせた後、かなり険しい顔でゆっくりと横に離れながら口を出す。


「こ、殺すなよ?」


「相手次第だ」


「相手次第です」


 オリビアとハーマーズが同じ返事を口に出し、それを聞いて僅かに笑う。

 どちらかが死ぬとしても、それは相手の方だ。

 そういう意味だということは、どちらにも伝わっていた。


 シロウが覚悟を決めて走り出す。

 ハーマーズの横を通って遺跡の外へ向かおうとする。


 それを止めようとするハーマーズの動きと、それを更に止めようとするオリビアの動きに、ハーマーズとオリビアが同時に反応する。

 それを契機に、超人と呼ばれる存在と、それに比類する存在の戦闘が始まった。


 放たれた拳が衝撃波をまとって触れずとも周囲を吹き飛ばす。

 振り下ろされた光刃が接触箇所を融解させてビルや瓦礫がれきを切断する。

 かわされた蹴りが地面に衝突して大穴を開け、撃ち出された光波が回し受けで軌道をらされて周囲をぎ払う。

 並のモンスターなど余波だけで消し飛ばす攻撃が、瞬く間に繰り出され続ける。


 たった2人の攻防が、ほんの僅かな時間の間に周囲に破滅的な被害をき散らしていく。

 それは人型兵器の部隊と多脚戦車の群れによる戦闘の被害をあっさりと上回った。


 シロウは背後で繰り広げられている戦闘の余波が自分の足跡をき消すことを期待しながら、必死の形相で走り続けた。




 アキラ達はバイクでミハゾノ街遺跡を脱出した後、キャロルのキャンピングカーに乗り込んでクガマヤマ都市に向かっていた。

 キャンピングカーは大規模な戦闘の反応を探知した時点で自動操縦により遺跡から離れており、遺跡の戦闘に巻き込まれずに済んでいた。


 レイナ達は車の屋根から遺跡の様子を眺めている。

 高性能な情報収集機器の望遠機能でも、大気中の色無しの霧の成分の影響で詳細な画像は得られない。

 だが戦闘の余波が大きすぎる所為せいで、詳細な情報を得られなくともひどい有様だということぐらいは分かった。


 カナエが珍しく苦笑いを浮かべている。


「いやー、怪獣が暴れてるって感じっすねー」


 最前線付近に棲息せいそくする山のように巨大な生物系モンスターは怪獣と呼ばれることもある。

 そこから転じて、暴れた場合に同様の被害をき散らす者なども同類としてそう呼ばれることがある。


 戦闘狂の傾向があるカナエもそのような怪獣と戦うのは御免だった。

 勝ち目の無い強者と戦うのは楽しめる。

 だがそれは最低限戦闘として成立していればの話だ。

 踏み潰されるありの立ち位置に流石さすがに歓喜は覚えない。


あねさん。

 現地の者で対応って言われたっすけど、もう流石さすがにお嬢は外した方が……」


 そこにレイナが真剣な顔で口を挟む。


「待って」


 シオリとカナエの視線がレイナに向けられる。

 カナエは少し意外そうにしており、シオリはかなり険しい様子を見せていた。


「その前に、ちゃんと全部説明して」


「お嬢様。

 それは……」


「シオリ。

 いろいろ片が付くまで私が部外者の方が都合が良いってのは分かるわ。

 でも話して。

 私はまだまだいろいろと未熟で、だから話せないのなら、仕方が無いから諦める。

 でも話してくれないのなら、私は何も受け取らない。

 その資格は無いからね」


 レイナはそう言って、真っぐな目でシオリを見ていた。


 姉代わりとして、親代わりとして、シオリは自分のために何度も危ない橋を渡っている。

 自分はそれに甘えてしまっている。

 恐らくこれからも自身の力不足の所為せいで何度も甘えることになる。

 レイナもそれは分かっていた。


 だがそれでも、そろそろ自分も責を負わなければならない。

 無能を言い訳に負担を負わせ続けてきたのだとしても、共に押し潰されるぐらいは出来る。

 それが負い目から逃れる口実だとしても、レイナはシオリの主であろうとした。

 自分のためにシオリが全ての責を負って、自らを切り捨てる前に。


 シオリはレイナの雰囲気に少し押されていた。

 そして観念しながらも微笑ほほえんでいた。

 見守ってきた者として、ただ仕えられる存在から主になろうとする意志をレイナから感じ取り、その成長をほんの僅かだけ寂しく思いながらもとても喜んでいた。


「分かりました。

 しかし社外秘も含まれますので、流石さすがにここでは話せません。

 戻ってからお話しします」


「分かったわ。

 ……ごめんね。

 今更で」


「とんでもございません」


 苦笑を浮かべたレイナに、シオリは恭しく頭を下げた。


 カナエがニヤニヤしている。

 それに気付いたレイナはどこかふてぶてしく笑ってみせた。

 するとカナエは意外そうな顔を浮かべた後に、楽しげに笑った。

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