第252話 シロウ捕獲作戦

 アリスの軽い自己紹介以降、オリビアとアリスは一見ずっと黙ったままだ。

 その様子にアキラが少し怪訝けげんな顔を浮かべている。


『アルファ。

 あの2人、さっきからずっとあんな感じだけど、あれも一種の駆け引きなのか?』


 アルファがアキラの勘違いを正す。


『駆け引きはしていると思うけれど、黙っているのとは無関係よ。

 私達の念話と一緒で、他の人には認識できない方法で話しているのだと思うわ。

 恐らく何らかの交渉中で、付属の資料とかも一緒に送付している所為せいで通信に時間が掛かっているだけかもね』


『ああ。

 そういうことか。

 ……時間、掛かるのか?』


『それを私に聞かれてもね。

 帰りたいのなら帰れば良いと思うけれど』


『いや、まあ、そうなんだけどさ』


 アキラはオリビアに呼び止められた後は、何となく帰る契機を逃して残っているだけだ。

 当たり障りの無い雰囲気ならば既に帰っている。


 だがレイナ達は非常に緊張した雰囲気を出していた。

 恐らく彼女達にとってはるかに格上の人物が非常に重要な交渉をしている所為せいなのだろうとは思っていたが、その雰囲気に当てられてアキラも少し帰りづらかった。


 しかしこのまま黙って残っているのもどうかと思い、帰る契機を求めてキャロルに小声で話し掛ける。


「……キャロル。

 どうする?

 そろそろ帰るか?」


 キャロルが少し難しい顔で答える。


「出来ればもう少し残って状況をつかんでおきたいわ。

 アキラがどうしても帰りたいって言うなら帰るけど」


「そうか?

 キャロルがそう言うなら俺は構わないけどさ。

 でもさっきは帰ろうとしてなかったか?」


「ちょっと気が変わったの。

 あのアリスって名乗った人、言ってることが事実なら結構すごい人よ?

 下手をすると五大企業の幹部並みの重要人物だわ」


「そうなのか?

 何でそんなやつが……」


「分からないわ。

 だから気になってるの」


 アキラはそれで納得して軽くうなずくと、雇い主が残りたいのだからと、護衛として気を切り替えた。


 キャロルの返事は半分ごまかしだ。

 キャロルの興味はアリスではなく、白いカードの元の持ち主がアキラだったことだ。


 その詳細をアキラに尋ねることは出来なかった。

 非常に知りたいが、下手をするとそれを尋ねた時点でアキラと敵対する恐れがあるからだ。

 それどころか、推察が正しければ既に手遅れの恐れすらあった。


 シオリ達から素朴な疑問を装っていろいろ聞き出すべきか。

 それも悪手か。

 いろいろ悩みながら横目でアキラを見る。

 少なくともそこに、知ってしまった者へ向ける反応は無い。

 キャロルはそれが演技だとは思いたくなかった。




 シロウはアキラ達と別れた後、しばらくは足早に進んでいたが、アキラ達から十分に離れた後は普通に歩いていた。

 急いでいたのは本当だ。

 だがそれは次の予定が迫っていたからではなく、不確定要素の多い他者との接触時間を出来るだけ少なくする口実であり、安全の確保が済んでいない場所に長時間とどまるのを避けるためだった。


 シロウは今もヤナギサワやハーマーズ達に追われている。

 スガドメとの交渉はシロウの捜索を一時中止するものではない。


 シロウの捜索に対し坂下重工専務の権限を行使して徹底的に捜索する、というような真似まねはしない。

 スガドメからの手加減はそれだけだ。

 坂下重工としての通常の捜索は実施されている。

 ヤナギサワも全力で探している。

 それはシロウも知っていた。

 だからこそ十分な警戒が必要だった。


 情報の受取場所をミハゾノ街遺跡の中にしたのも、そこならば何らかの手段で自分の居場所を突き止められたとしても、都市や荒野よりは安全だと判断したからだ。

 自分の身柄確保のために大規模な部隊を遺跡に派遣すれば遺跡の警備システムを強く刺激する。

 場合によっては以前の騒ぎが再び起こる。

 それは流石さすが躊躇ちゅうちょするはずだ。

 そう考えてのことだった。


 シロウがキャロルから受け取った記録媒体を見る。

 そして軽く笑って投げ捨てた。

 重要なのは中身のデータでありそれは既に旧領域の個人領域に転送済みだ。

 発信器の類いが付いていないことは確認済みだが、万が一ということもある。

 保持しておく理由はなかった。


 受け取った情報を解析すれば、次は目的の場所を発見できるかもしれない。

 シロウはそう期待して軽く笑った。


 その直後、シロウの表情が急に強張こわばる。

 そして驚愕きょうがくと共に振り返ると、思わず視線をある方向へ向けた。


「……うそだろ!?

 俺の偽装を突破しやがった!」


 その方向に、実際に誰かがいる訳ではない。

 しかしシロウは悪寒と共に誰かからの視線を感じていた。

 それは拡張感覚によるもので、視線の主は旧領域を介した向こう側におり、見られている感覚は自身が展開していた電子防壁を突破された所為せいだと知っていた。




 同時刻、クガマヤマ都市にあるヤナギサワの隠れ家で、頭部装着型の接続機器を被って険しい表情を浮かべていたヤナギサワが、その顔を歓喜で凶悪にゆがませた。


「……見付けた!」


 シロウを発見したヤナギサワは、すぐに部下達に指示を出した。




 現代製の情報網と旧領域は部分的につながっている。

 というよりも東部のネットはその通信の根幹を旧領域側に依存している。

 その所為せいで東部で何らかの通信を行うと、大抵はその情報が旧領域側に漏れている。


 秘匿回線による暗号通信であっても同様で、現代の技術では第三者による内容の解読が著しく困難なだけで、データそのものは漏洩ろうえいしている。

 漏洩ろうえいしたデータを取得できる者も解析できる者も著しく限られていることで大きな問題になっていないだけだ。

 シロウのような旧領域接続者の工作員は、その現代と旧世界の技術格差から生まれる隙間をいて仕事をしていた。


 それを知っているシロウは坂下重工の下で長年磨いた技術を使用して自身のデータを常時改竄かいざんしている。

 これにより、都市の警備業者が治安維持の目的で設置した監視装置や、情報屋がスラム街の路地裏に設置した隠しカメラや盗聴器、そして荒野を監視している無人索敵機などに自分の姿が映っても、それを自分だと認識させないようにしていた。


 自分と同格、あるいはそれ以上の能力を持つ者か、同等の解析機器の持ち主でない限り、絶対に見付からない自信が有った。

 その改竄かいざんを見破られたことにシロウは驚きを隠せなかった。


 その驚きの表情がすぐに焦りで険しくゆがんでいく。

 飛び交う通信を盗み見るかぎり、自分の位置をかなり正確につかまれているのは確実だった。

 しかも指示内容に躊躇ちゅうちょがない。

 ミハゾノ街遺跡に再び大規模な騒ぎが起こっても構わないと言わんばかりに部隊を動かそうとしていた。


「……ヤバいヤバいヤバい!

 クソッ!

 どこからバレたんだ!?」


 普段の癖で見付かった原因を探ろうとしている自分に気付き、慌てて首を横に振る。

 原因の解明も確かに重要だが、最も重要なことはこの場を乗り切ることだ。

 原因探しに思考を割く時間は無かった。


 ここで手を誤れば、この唯一無二の機会は確実に失われる。

 坂下重工の施設の外に出ることはもう不可能となる。

 シロウは自身に強くそう言い聞かせて無理矢理やり落ち着きを保つと、この場での最善手を探った。

 そして、思い付いた手に全てを賭けるために、元来た道へ全力で走り出した。




 オリビアとアリスの傍目はためには無言の会談はまだ続いていた。

 アリスはオリビアを納得させるだけのデータを送信し続けている。

 オリビアも上位権限を持つ個体として情報の精査を行っている。

 そして旧領域経由ではなくアリスの立体映像表示装置越しの通信の所為せいで、大量データの送信に時間も掛かっていた。


 オリビアによる粗探しが続く。


『事業の地域を広域に広げているのは評価できるけど、接客用の従業員がほぼ人間なのはどうなの?』


『高性能な機体を十分な数だけそろえるのは、現代では難しいのです。

 ですので、人間で代用しております』


『人間では社の基準要求を満たすのは難しいと思うのだけど』


『自動人形でも同じです。

 無論、現代製の高性能な自動人形も購入しておりますが、コストパフォーマンスの問題や他者の介入の予防などもあります。

 旧世界製の自動人形も集めていますが、質、量、安全性などを考慮すると、現代では人間で代用するのが最適でした』


『でもそこを変えるのならもう別の事業でしょう。

 それなら独立で良いと思うけど。

 わざわざ子会社になる必要は無いわ。

 ああ、その許可なら私の権限で出せるから、言ってくれれば出すわよ?』


『私は時代に応じた事業展開をしたまでです。

 傘下企業に加える条件は十分に満たしていると思いますけれど』


 オリビアとしては環境の所為せいで動作不良に陥った個体が起業する程度ならどうでも良いと考えている。

 しかしその個体が自社の指揮系統に深く関わろうとするのならば話は別だ。

 異常個体が指揮系統に混入した所為せいで何らかの悪影響が発生する恐れがある。

 場合によっては排除しなければならない。


 だが対象の個体は一応は自社の個体でもある。

 単純に抹消対象とするのは心苦しいものもある。

 独立を許可して隔離する程度の処理が妥当だと考えていた。


 アリスとしてはリオンズテイル社から離れるつもりなど毛頭ない。

 リオンズテイル社の汎用人格として強い帰属意識を持っている。

 完全に独立などすれば自己認識の根幹が揺らぐ恐れもある。

 それを乗り越えるほどに自己が肥大化していたとしても、独立により同業他社と見做みなされた時点で、後で全力で潰しにくるのではないかという恐れもある。


 立ち位置が揺らいではいるが、一応は身内。

 オリビアとアリスは互いにその認識でギリギリの交渉を続けていた。


 その最中、オリビアが急に話を締め始める。


『どちらにしろ、しっかりとした交渉を希望するのであれば直接会いに来なさい。

 こんな回線で話していても仕方無いわ』


『分かりました。

 では、直接そちらに伺います。

 その間の担当は、現地の者で構いませんか?』


『それも後にして。

 お客様との交渉がまとまりそうなの』


 アリスがいぶかしむ。

 旧リオンズテイル社はある意味で開店休業中であり、客など来るはずがないと考えていた。

 そこが自社を子会社化するための付け込むすきだとも思っていた。

 そこが覆される意味は大きい。


『失礼ながら、お客様の情報を教えて頂いてもよろしいでしょうか?』


『断るわ。

 私のお客様であるし、貴方あなたは部分的に他社でもあるから』


 アリスが微妙に不機嫌そうな顔を浮かべる。

 オリビアは全く気にしていない。


 シオリ達が自分達のトップの不機嫌そうな様子に気付いて若干の緊張を覚えた時、アキラの顔が別の理由で険しくなった。

 キャロルをかばうように立ち位置を変える。


「キャロル。

 何かがこっちに向かってくる反応がある。

 念のため注意してくれ」


「分かったわ」


「一応聞くけど、別の取引相手がまだいるとか、そういうことは無いよな?」


「無いわ。

 全く、アキラと一緒にいると本当にいろいろ起こるわね」


 軽い冗談のように笑ってそう言ったキャロルに、アキラが少し不満そうな顔を向ける。


「……いや、それを俺の所為せいにしないでくれ」


「別にアキラの所為せいとは言ってないわ。

 でも前の騒ぎも、昨日も、今も、アキラと一緒の時に起こってるのよね」


 そう言って楽しげに笑っているキャロルに、アキラは苦笑いを返した。


 近付いてくる反応は必死に走ってきたシロウだった。

 それに気付いて怪訝けげんな顔を浮かべているアキラ達に向けて、シロウが叫ぶように言い放つ。


「500万コロン!

 全額前払い!

 料金分だけ働いてくれればそれで良い!

 これでどうだ!?」


 アキラ達は訳が分からず驚きと困惑を顔に浮かべていた。

 だがシロウが叫んだ相手は分かっていた。

 オリビアだ。

 シロウへ向けて愛想良く微笑ほほえむ。


「承りました」


 オリビアはアリスと交渉しながら裏でシロウとも交渉していた。

 依頼内容は安全な場所に脱出するまでの護衛だ。

 息も絶え絶えの状態でそばまで来たシロウに向けて微笑ほほえむ。


「急ぎますか?」


 シロウが旧領域経由で支払処理を済ませながら答える。


「当たり前だ!

 支払ったぞ!

 急いでくれ!」


かしこまりました」


 オリビアがスカートの中から旧世界製の小型銃を取り出した。

 この銃は以前にイイダ商業区画遺跡での戦闘で男性型自動人形に貸したものであり、本来はオリビアの装備だ。

 そして自然な動作で銃口を部屋の壁に向ける。


 次の瞬間、銃口から光の奔流が放たれた。

 都市間輸送車両のレーザー砲にも匹敵する高出力の光線が余波で部屋の空気をき乱す。

 そして光線は射線上の物を消滅させながら直進し、ビルの外まで続く大穴を開けた。


 唖然あぜんとしているアキラ達へ、オリビアが上品に礼をする。


「本日はこれで失礼させて頂きます。

 当社のサービスをご検討であれば是非ともお気軽に御連絡を。

 では」


 オリビアはそう言い残し、そばにいるシロウを小脇に抱えてビルの外へ走り出し、この場から消え去った。


 突然の事態に唖然あぜんとしていたキャロルが何とか口を開く。


「アキラ。

 あれ、立体映像じゃ、なかったの?」


 アキラも似たような様子で何とか答える。


「俺も立体映像だと思ってたんだ……」


 アルファが笑って補足を入れる。


『初めは立体映像だったけれど途中で実体と入れ替わったのよ。

 迷彩状態でここまで来てから立体映像と重なった後に迷彩を解除していたわ。

 直接来たのは、多分シオリ達への対処のためでしょうね』


『何でそれを教えてくれなかったんだ?』


『アキラの実力なら、気が付かない方が自然だからよ。

 下手に気付いてしまったことで、あのシロウって人と同類だと勘ぐられても困るでしょう?』


『ああ、そういうことか。

 じゃあ、あいつはやっぱり……』


『坂下重工所属の旧領域接続者よ。

 何で一人でこんな場所にいたのかは知らないけれどね』


 突然の事態に驚いていないのは、事前にそれを知っていたオリビアとシロウ以外にも存在した。

 アリスだ。

 交渉を打ち切られた事象への不快感で僅かに顔を不愉快そうにゆがめていたが、すぐに平然とシオリに指示を出す。


「私が到着するまで、現地の者で対応するように」


「承知致しました」


 シオリが丁寧に頭を下げると、アリスの立体映像が消えた。

 場に残ったアキラ達とレイナ達が、そこでようやく相手へ意識を向ける。

 だが状況への困惑から微妙にまごついた様子を出していた。


 その時、外まで続く大穴から爆発音が響いた。

 その余波でビルも僅かに揺れる。

 皆が視線を思わずそちらに向けると、空中を高速で移動する人型兵器の姿が穴の向こうに一瞬だけ確認できた。


 場の全員が情報収集機器で外の状況を調べ始める。

 大穴が開いているお陰で外の情報も得やすいことに加えて、各自の情報収集機器がかなり高性能なこともあって、大体の様子はすぐに分かった。

 そしてアルファを除いた全員の顔が引きる。


 キャロルがシオリ達に硬い笑顔を向ける。


「……取りえず、この後に用事が無いのなら一緒に帰らない?」


 シオリ達は無言でうなずいた。




 ミハゾノ街遺跡の市外区画を多数の人型兵器が飛行している。

 どれも非常に高性能な機体ばかりで、本来はクズスハラ街遺跡のツバキの管理区域周辺に配備されるものだった。

 それをヤナギサワが自身の権限でセランタルビルの周辺にも配備させていた。


 ミハゾノ街遺跡の難易度から考えれば高性能すぎる機体であり、セランタルビル周辺の警備用としては費用対効果がかなり悪い。

 配備の名目はミハゾノ街遺跡で以前のような騒ぎが発生した場合の備えであり、非常に高性能な機体をもって事態を速やかに鎮圧して騒ぎの拡大を防ぐためとなっている。


 だが今現在、それらの機体はその名目を完全に無視した部隊展開で行動していた。

 編隊を組んでビルの谷間を高速で移動して、その風圧だけで小型のモンスターを吹き飛ばすような真似まねまでしている。


 当然遺跡を強く刺激する。

 迷彩状態で隠れていた多脚戦車型の機械系モンスター達が一斉に迷彩を解いて戦闘を開始する。

 更に警備機械の行動と連動して、遺跡のビルが外壁の力場装甲フォースフィールドアーマー機能を起動する。

 そして大型の多脚戦車が地上やビルの屋上から人型兵器の部隊に向けて銃撃し、砲撃し、小型ミサイルを発射した。

 それは周辺の建物の損害を無視したかのような苛烈な弾幕だった。


 人型兵器の部隊も激烈に応戦する。

 戦車の主砲を束ねて作製したような巨大なガトリング砲で砲弾の嵐を発生させる。

 要塞のレーザー砲を無理矢理やり携帯武装に作り替えたような、人型兵器の大きさと比較しても比率の狂った大型砲で構え、高出力のレーザー砲で敵の群れをぎ払う。

 加えて両肩のミサイルポッドから大量の小型ミサイルを発射する、一部は敵を頭上から襲うように、一部は敵の砲撃やミサイルを迎撃するように、宙へ様々な方向へ軌道を描く。


 遺跡側の戦力とヤナギサワ側の戦力が生み出した弾幕同士が激突する。

 実体弾もエネルギー弾も問わずに荒れ狂う弾幕が、以前騒ぎで半壊した街並みを再度灰燼かいじんに帰すように、一帯を覆い尽くした。


 人型兵器の操縦席では隊員達の通信が飛び交っている。


「遺跡への影響は無視して良いと指示されている!

 迎撃班は一帯を更地に変えてでも目標の安全確保を最優先にして行動しろ!

 目標の周辺にモンスターを絶対に近寄らせるな!

 弾切れの考慮は不要だ!

 使い切る前に増援が来る!」


 迎撃班は逃走中のシロウを大きな円で囲み、円の外側をモンスターごと焦土に変える勢いで攻撃し続けている。

 機体は敵の迷彩を見破る機能を備えているが、一帯ごと消し飛ばした方が安全確実だと言わんばかりに、絶え間ない砲火を続けている。


「救出班は目標の安全第一で行動しろ!

 可能な限り傷付けずに捕まえろ!

 絶対に殺すな!」


 円の内側では捕獲用の武装を身に付けた人型兵器がシロウを取り囲み、動きを封じ、捕まえようとしている。

 捕獲用の装備は強力なモンスターを傷付けずに確保するためのもので、基本的に殺傷力は無い。

 それでも人に向けて使用すれば事故で殺しかねない。

 慎重に使用する必要があった。


 バズーカから発射された砲弾が空中で破裂して、周囲に大量の泡をき散らす。

 泡は衝撃吸収能力を持ち、加えて粘着性だ。

 ミサイルポッドに似た装備からやりのような物が幾つも放たれ地面に突き刺さる。

 それらのやりが近くのものと連携して力場装甲フォースフィールドアーマーを展開し、力場装甲フォースフィールドアーマーの高い壁でシロウ達を二重三重に囲って行く手を塞ぐ。

 更に無数の小型無人飛行機を飛ばし、やりと連携させて力場装甲の天井を作りだす。


 シロウだけならこれで詰んでいた。

 力場装甲の箱は非常に強固で出口も無く、その中を泡で少しずつ埋められて身動きすら出来なくなり、その後に完全に拘束されるしかない。


 だがオリビアには全く意味を成さなかった。

 シロウを抱えながらエネルギー式のブレードを構えると、僅かに飛んで宙で一回転するように大きく素早く勢い良く振り払う。

 放たれた光刃が光の奔流となり、泡も、やりも、力場装甲フォースフィールドアーマーの壁も、小型無人飛行機も、一切合切まとめて吹き飛ばした。

 そしてブレードを振るった勢いで長いスカートを踊るようになびかせながら前方に跳躍し、宙を蹴ってその先の人型兵器の横を走り向け、同時に相手の機体と武装を刻みながら駆け抜けていく。


 空中で武装と四肢を刻まれた機体が地面に落下して派手な音を立てる。

 機体の強力な力場装甲フォースフィールドアーマーが全く通用していない。

 しかも対力場装甲アンチフォースフィールドアーマー効果による攻撃ですらなく、光刃の出力で強引に切り裂かれていた。


 分解されて派手に散らばった機体の様子を見て、シロウが顔をかなり険しくする。


「おい!?

 殺すなよ!?

 ちゃんと言っただろ!?」


 自分を連れ戻しに来た者を殺して追い払ったとなれば、スガドメも流石さすがに手心を加えるのは難しくなる。

 首から上が無事ならそれで良い。

 死んだら死んだで仕方が無い。

 その程度には自分を真面目に回収しに来る。

 シロウはそう考えており、オリビアに事前にしっかり伝えていた。


 オリビアが大して気にした様子も無く答える。


「死ななければ良いというご要望通り、死なないように加減はしております。

 操縦者も避けて斬っています。

 地面に少々たたき付けられたでしょうが、命に別状はありません。

 それとも、あの程度のことで死ぬような者達に追われているのですか?」


 シロウがオリビアから視線で示された方向を見ると、高速で移動中に刻まれた機体からその勢いのままに投げ出された操縦者がちょうど地面に激突して跳ねていた。

 だがその者はその後も地面や近くのビルの壁にたたき付けられたのにもかかわらずに普通に起き上がっていた。


 高性能な機体とはいえ戦闘時に操縦席の内側を完全に守るのは無理がある。

 そこで強力な機体の操縦者ともなると同様に強力な防護服を着用しているのが普通だ。

 刻まれたのが機体だけであれば、高速で投げ出されてもそう簡単には死なない。

 オリビアはそれを理解して斬っていた。


 シロウもそれを理解したが、流石さすがに完全には同意できずに顔をゆがませた。


「いや、それはそうだけどさ、万が一ってこともあるだろう?」


「より穏やかにお引き取り願うのをご希望ですか?

 それは構いませんが、その手間の分だけ料金を加算させて頂きます。

 料金分だけお手伝いするという契約ですので契約期間も縮まります。

 条件を変更なさいますか?」


 シロウの表情が更にゆがむ。

 追っ手を死なせたいとは思わない。

 しかし過剰に気遣ってつかまってしまっては本末転倒だ。

 僅かに悩み、それでも苦しい表情で告げる。


「……今のままで良い!

 でも、殺さないようにちゃんと注意はしてくれ!」


かしこまりました」


 人型兵器から発射されたやりが空中に突き刺さったように停止し、周囲に力場装甲フォースフィールドアーマーの壁を展開する。

 無数の小型無人飛行機が目標に貼り付いて動きを止めようとする。

 粘着性衝撃吸収泡が更に大量にき散らされる。

 オリビアは視界の前方に広がるそれらを見ても欠片かけらもたじろがず、小型銃を平然と前に構えた。


 銃口から高出力の光波が広範囲に拡散して射出される。

 光の波動が前方を焼き尽くして障害物を除去した。

 遮る物が無くなった空間を、オリビアは足下の宙に発生させた力場装甲フォースフィールドアーマーを足場にしてシロウを抱えたまま駆けていく。


 救出班の機体の操縦席に焦りを含んだ通信が飛び交う。


「何なんだあの女は!?

 救出対象の協力者か!?」


「非常に手強てごわいが、あの女に対しても通常の武装は使用禁止だ!

 対象を巻き込む恐れがある!

 対象の安全第一を忘れるな!」


「とにかく最低でも増援到着までの時間を稼げ!

 包囲を続けろ!

 対象を絶対に見失うな!」


 既に遺跡を非常に刺激している。

 その上でシロウを取り逃がしては大損害となる。

 だがその損害も作戦の成功で許容される。

 そのために次の手段が必要だった。


「到着まで後何分だ?」


「15分です!」


「……目標捕捉用の観測機を残して、全機で突入する!

 力場装甲フォースフィールドアーマー展開装置の出力を機体と直結させろ!

 それで囲むぞ!」


 やりのような形状の力場装甲フォースフィールドアーマー展開装置は装置側のエネルギーパックで稼働していた。

 それを機体のジェネレーターと直結させれば力場装甲フォースフィールドアーマーの強度は一時的に跳ね上がる。

 力場装甲フォースフィールドアーマーの展開形式を変更して、面ではなく空間全体を力場装甲フォースフィールドアーマーで満たせば、周囲の空気が突如ガラスか何かに変わったかのような状態にも出来る。


 その場合、過負荷で力場装甲フォースフィールドアーマー展開装置はすぐに崩壊する。

 だがその間にシロウとオリビアを引きがせば、本来の装備でオリビアを攻撃可能になる。


 その隊長機の指示に従い、救出班の機体達が勢い良くシロウ達に向かっていく。

 シロウが相手の意図に気付いて慌てふためく。

 だがオリビアは変わらずに平静を保っていた。

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