第223話 どちらでも良かった

 カツヤに気付いたアキラが一気に警戒を高める。

 だがきょかれた所為せいで即座に攻撃とまではいかなかった。

 そのまま焦りながら思案する。


(いつからそこにいた!?

 どうして気付けなかった!?

 俺の気はそこまで緩んでいたのか!?

 なぜ攻撃してこない!?

 こいつ1人か!?

 他の連中は!?)


 カツヤも自分から戦闘開始に動き出すには切っ掛けが足りていなかった。

 カツヤをアキラのもとへ駆け出させた感情は、敵意や憎悪よりも、逃避や悔恨に近い。

 視界に入った途端に殺しに掛かるような激情ではなかった。


 アキラとカツヤの間に、困惑と戸惑いから生まれた沈黙が流れる。

 その後で、カツヤが口を開く。


「……取引の話は聞いた」


「それで、俺がちゃんとあいつを殺すか確認しにでも来たのか?

 ちゃんと殺したぞ。

 そこら辺に散らばってる肉片があいつだ」


「……そうか。

 あいつからユミナを助けてくれたことには、礼を言っておく」


 アキラが思わず意外そうな顔を浮かべる。

 そして、この流れなら、と期待した。


「それで、取引は成立か?」


「みんなは撤退作業を進めている。

 すぐにビルから出て行くよ」


 アキラは自分の提案が通ったと思って驚きながらも喜んだ。

 だがすぐに表情を怪訝けげんなものに変える。


「みんなは、か。

 お前は?」


 カツヤは答えなかった。

 だがその沈黙で十分に伝わった。

 アキラが大きなめ息を吐く。


「……まあ、俺もそっちを随分殺したからな。

 仕方が無い。

 当然と言えば当然か」


 アキラの気配から殺意がにじみ出ている。

 既に相手のすきこうと意識をカツヤの挙動に向けている。


「単純にどうしても俺を殺したいのか。

 それとも仲間が逃げるまでの時間稼ぎか。

 後者なら撤退中の連中を背後から襲ったりしないから帰ってくれ、と言いたいんだけど、まあ、信じないよな。

 お互いに」


「お互いに?

 どういう意味だ?」


「何でもない。

 こっちの話だ」


 アキラもカツヤが今更やっぱり帰ると言い出しても信じられない。

 深手を負っている姿を見られてしまった。

 この場で退いたとしても、この負傷なら後は仲間達と一緒にじっくり潰せば良いと考えて、今度は仲間を引き連れて殺しにくる。

 カツヤ本人がこの場では本当に大人しく帰るつもりだったとしても、多くの仲間を殺された他の者達に説得されて結局は殺しにくる。

 そう疑ってしまう。


 相手はネリアのような狂人ではない。

 悩み、疑い、迷い、揺れ動く普通の人間だ。

 そう思っているからこそ、アキラはカツヤ達を信じられなかった。

 そして相手も同じだと無意識に思っていた。


 言葉は尽きた。

 次は相手の命。

 どちらもそう認識し、ほぼ同時に動き出す。


 アキラがだらりと下げていた刀を振り上げる。

 輝く刀身から光刃が放たれ、その斬撃が床を切り裂きながらカツヤに襲いかかる。


 本来絶対に届かない距離で刀を振ろうとする相手の姿を見ても、カツヤは相手の殺意からそれが自身に届くと察した。

 素早く横に飛び、高速で迫る光刃を回避する。

 同時にアキラに銃を向ける。


 アキラは斬撃を飛ばした直後にカツヤに向けて駆けだしていた。

 カツヤの射線は崩れた体勢から撃った所為せいで照準がぶれている。

 その僅かなすきき、射線をくぐり、弾丸と擦れ違う。

 物体が高速で通り過ぎる音を耳元で聞き、その波を肌で感じ、弾丸に顔の皮膚の一部を削り取られながら距離を詰める。

 そして刀身の間合いにカツヤを収めた。


 東部で剣術を学ぶと敵を垂直に斬る癖が付くことが多い。

 義体者などが相手では首や胴を両断しても致命傷にならない場合があるからだ。

 ほとんど生身の相手でも同様の危険はある。

 首を切断しても頭部に延命機能を組み込むことで長時間意識を保ち、更に強化服の制御装置と無線でつなぎ、頭が胴体と物理的につながっていない状態で平然と反撃することさえある。

 斬り終えてすきが出来た状態で反撃を食らうと致命傷になりかねない。


 縦に両断すると生身でも義体者でも大抵は致命傷になる。

 仮に相手が遠隔操作人形だったとしても通信機器を破壊しやすく、体を左右に分けてしまえば敵の体勢を大きく崩しやすいので反撃も受けにくい。

 水平方向の技術を軽視する訳ではないが、基本は垂直方向を重視する。

 アキラにもその癖が染み付いていた。

 アルファとの訓練で横に斬ると、平然と反撃されていたからだ。


 アキラが斬撃の種類に偏りが見られる荒削りの剣技で刀身を振り上げ、振り下ろす。

 カツヤがそれを横へ横へと回避していく。

 輝く刀身がカツヤを追ってジグザグに波打った。


 カツヤが回避中の崩れた体勢でアキラを銃撃する。

 アキラが射線から身をかわす。

 外れた弾丸がカツヤ達を中心にしてそこら中に飛び散っていった。


 斬撃で、銃撃で、相手の攻撃の機会と範囲を奪い合う攻防が続く。

 装備、技量、疲労、精神状態、それらに大きな差がある2人は、その総和が均衡したことで互角の戦いを見せていた。


 アキラがわざと狙いの甘い前蹴りを放ち、カツヤに意図的に回避させた上で逃げた先を斬ろうとする。

 斬撃よりは低威力とはいえ、強化服での蹴りを食らえば相当な衝撃を受けるので普通は回避する。


 だがカツヤはえてその蹴りを受けた。

 吹き飛ばすのではなく突き刺さる蹴りが、強化服の防御を突破して衝撃を内部に伝える。

 その苦悶くもんに耐えながら蹴りの衝撃も利用して後方に大きく飛び退き、銃の射程の有利を取ってアキラを銃撃する。


 アキラは前蹴りの体勢から蹴り足を下ろす暇すら惜しみ、強化服の接地機能を使用して軸足だけで強引に前傾姿勢を取り、そのままカツヤを追って低い体勢で飛ぶように駆けた。

 無数の弾丸と擦れ違い、髪や耳やほほを削られながら、射線の横を駆け抜ける。

 そして後方へ飛びながら銃撃を続けるカツヤに追い付いた。


 再び至近距離での攻防が繰り広げられる。

 その攻防の中、アキラが自身の失策に表情を険しくゆがめる。


(クソッ!

 あの蹴り程度なら食らっても問題ないのか!

 向こうの強化服が高性能なだけか、それとも俺の強化服の出力が落ちてるのか、どっちにしても格闘戦だと勝ち目は無い!

 今の内に殺しきらないと不味まずい!)


 刀は切れ味の維持にもエネルギーを消費している。

 斬撃を飛ばせば更に消費する上に刀身への負担も大きく、加減を誤れば刀身が崩壊する。

 残弾も残り少ない。

 どちらかが残っている内に終わらせなければ、アキラは詰みだ。


 一方カツヤは少しずつ調子を取り戻していた。

 余計なことを考える暇など無い強敵との戦闘が、揺れ動いていた意識を研ぎ澄ませ、動きの精度を向上させていく。

 互角だった攻防がほんの僅かずつカツヤの優勢に傾いていく。

 その僅かな余裕がカツヤに気付きを生む。


(こいつ、さっき距離を詰めてきた時は斬撃を飛ばさなかった。

 それに床の傷が短い……)


 アキラの刀を後ろに退いてかわしても、斬撃を飛ばされればそのまま斬られてしまう。

 その恐れからカツヤは実際の長さよりもはるかに長い刀身での攻撃を避けるように、大きくかわし続けていた。


 アキラは崩れた体勢から斬りかかっていた所為せいで、刀身を何度も床にぶつけていた。

 それでも床を切り裂く切れ味のおかげで、刀身が床に引っかかることはなかった。

 しかしそれで床を斬った跡は、斬撃を飛ばしていればもっと長く伸びているはずだった。


(俺に避けられると判断して、斬撃を飛ばすのを止める暇なんて無いはずだ!

 つまり、もう斬撃は飛ばせない!)


 カツヤがアキラの振り下ろしを大きく後ろに退いて回避する。

 アキラが更に踏み込んで間合いを詰める。

 僅かに笑うカツヤ。

 更に表情を険しくするアキラ。

 その表情の差が、そのまま攻防の傾きを示していた。


 回避行動の制限が無くなった分だけ攻勢を強めるカツヤに対し、アキラが体感時間の更なる圧縮で対応する。

 途端に頭痛が一気にひどくなる。

 気を失いかねない負荷に歯を食い縛って耐えながら、相手の一瞬のすきに勝機を賭けるために死力を尽くす。


 それでも攻防は互角までは戻らない。

 時間はカツヤの味方だ。

 たとえ互角の攻防が続いても、アキラの強化服のエネルギーが先に尽きる。

 カツヤはアキラの焦りからそれを見抜いた。

 そしてこのままなら間違いなく勝てると思い、勝負を焦らずに無理な攻撃を控え、思考を守勢に偏らせる。


 それがカツヤのすきとなった。

 アキラの大振りの下段ぎ払いの動きに反応して後方に大きく飛び退く。

 そこで無意識に確実に避けようと、敵の刃から逃れようと、高く飛んでしまう。


 アキラのぎ払いは、動きをそう見せかけた納刀だった。

 初めからカツヤを斬るつもりは無く、後方への飛び退きを誘発する誘いだった。

 そのまま途中で柄を握り直しながらさやに横側から素早く収めると、すぐにSSB複合銃に持ち替える。

 アキラはカツヤのすきき、ぎりぎりの攻防の中で武器を交換するという本来致命的なすきを相殺した。


 アキラとカツヤがお互いに銃口を向け合う。

 しかし状況は五分ではない。

 アキラは床に足を着けている。

 だがカツヤは宙に飛んだままだ。

 次の回避行動に大きな差が出る。

 視線が交差する中でアキラは勝利を、カツヤは敗北を思い描き、引き金を引く。

 無数の銃声が場に響き渡った。


 対力場装甲アンチフォースフィールドアーマー弾を全身に浴びて最低でも致命傷を負う。

 カツヤはそう判断していた。

 だが実際には僅かな被弾で済んだ。

 アキラが勝機を投げ捨てて全力で回避行動を取ったからだ。

 そこまでしなければアイリ達の銃撃をかわせなかったのだ。


 アイリ達は本当に際疾きわどい瞬間に場に到着すると、即座にアキラを銃撃した。

 カツヤと刺し違えるつもりなど無いアキラは、アイリ達に気付いた瞬間に全力でその場から飛び退いた。

 そして牽制けんせいとしてそこら中に銃弾をき散らしながら更に大きく距離を取り、そのまま場から離脱した。


 辛うじて死なずに済んだカツヤのもとにアイリ達が駆け寄る。


「カツヤ。

 大丈夫?」


「ア、アイリ。

 どうしてここに……」


「カツヤを連れ戻しに来た」


 きっぱりとそう答えたアイリに、カツヤが悲痛な表情を向ける。


「撤退しろって、ちゃんと指示を出したはずだ!」


 アイリが表情を少し鋭くする。


「部隊の指揮を投げ出した人の指示に従う義理は無い。

 ユミナからも1人で飛び出すなと言われたはず」


 アイリ達が決死の覚悟で助けに来たことぐらいはカツヤにも分かっている。

 部隊でアキラと戦っても、勝てずに多数の犠牲を出したのだ。

 その基準ならば、この場の少数では勝ち目などどこにも無い。


(また俺が仲間を死地に連れてきてしまったのか……)


 カツヤの精神が再び沈み込んでいく。

 だがそこにアイリの厳しくも優しい声が届く。


「死ぬ時は一緒。

 私達を死なせたくないのなら、カツヤが生きて帰れば良い」


 カツヤがほうけたような様子を見せる。

 そしてその後に少し笑った。


「……分かったよ。

 戻る」


 仲間を死なせないために精一杯頑張る。

 ただそれだけのために過酷なハンター稼業を楽しみながらも頑張っていた。

 カツヤはそのかつての自分を思い出し、意気を取り戻していた。


「それで良い。

 一応言っておくけれど、後でカツヤがユミナにぶちのめされる時に、かばったりはしない」


「な、何とかならないか?」


「駄目。

 ならない。

 流石さすがにそろそろカツヤは1回ぐらいユミナに壁まで殴り飛ばされた方が良い。

 その後の治療ぐらいは手伝う」


「そ、そうか」


 軽口を挟んでアイリは少し楽しげに笑い、カツヤは苦笑を浮かべた。

 落ち着きを取り戻したカツヤは、一度は切断した仲間達との連携を取り戻していた。


 カツヤが気を引き締めて真面目な顔を浮かべる。


「さて、問題はあいつが俺達を帰してくれるかどうかだな」


「難しい?」


「……分からない。

 取引を思いっきり蹴ったんだ。

 あいつが当初の宣言通り俺達を皆殺しにするつもりなら、このまま撤退してあいつをユミナ達の所まで連れていく形になるのは不味まずい。

 アイリ。

 ユミナ達は俺達を置いて撤退してくれそうか?」


「ユミナにはカツヤを連れ戻す努力をすると伝えた。

 待っているかもしれない」


「……そうか。

 通信が回復していれば、俺達の到着と同時に撤退できるようにタイミングを合わせられるんだが……」


 ユミナの所には負傷で戦えない仲間達も多い。

 そこに皆殺し前提のアキラが現れれば多大な被害が出る。


「仕方無い。

 すまない。

 誰か1人戻ってユミナ達に状況を伝えてくれ。

 俺達は5分後に全速力で撤退する。

 俺達が合流したら、即ビルから脱出できるように手筈てはずを整えてくれ」


 アイリが戻る者を選び視線で伝えると、彼女は心配そうな顔をしながらもユミナ達の所へ急いで戻っていった。

 カツヤ達はその場にとどまってアキラの襲撃に備える。


「……頼む。

 持ってくれ。

 5分後で良いんだ」


 カツヤは祈るようにそうつぶやいた。




 アキラは離れた場所から情報収集機器でカツヤ達の行動を大まかに探知していた。

 自分を追わずにその場にとどまっているカツヤ達は、アキラには追加の増援を待っているようにしか思えなかった。

 カツヤが無鉄砲に飛び出し、他の者が援護に向かい、その中の危険を顧みずに急いだ者達がぎりぎりで間に合った。

 残りの者達はティオルの襲撃を恐れて慎重に向かっている。

 その残りもじきに追い付く。

 そうとしか思えなかった。


 隊長であろうカツヤを殺せば、部隊は撤退するかもしれない。

 そう期待して、あと少しのところで失敗した。

 しかも逃げる時に残弾を大量に消費してしまい、あと僅かしか残っていない。

 その状況にアキラが頭を抱えてめ息を吐く。


(どうする?

 どうすればこの悪化した状況を切り抜けられる?)


 カツヤだけでも手に余るのに増援まで加わった。

 残弾もすぐに尽きる。

 その状況で冷静に突破口を考えるが、落ち着いた頭で考えた常識的な判断は、もう勝ち目など無いという常識的な答えを返し続けていた。


 アキラが思考を切り替えるために一度大きく首を横に振る。


(違う。

 考え方を変えろ。

 無理矢理やりにでもこれで有利になったと考えろ。

 状況をどう解釈すれば、俺が有利になったと捉えられる?)


 自分でも無茶苦茶むちゃくちゃだと思う思考で状況を捉え直す。

 すると多分に推量を混ぜたとても都合の良い仮定と、それを基にした手段を思い付いた。

 そして思い付いてしまうと、自分でも無茶むちゃがあると思いながらも、他の手段を思い付けなかった。


「……やるしかないか」


 アキラが再び覚悟を決める。

 大人しくその場にとどまり、カツヤ達の撤退を待つという選択肢もあった。

 だがアキラはそれに気付けず、気付いたとしても信じられず、待てなかった。




 カツヤ達はアキラを退けた部屋から動かずに周囲を警戒していた。

 全員の情報収集機器を連携して各自が特定の方向の情報収集を受け持つことで、かなり広範囲の索敵を実現している。

 この連係機能も総合支援強化服の強みだ。


 本来は車載の総合支援システムに収集情報を送信して情報処理を実施する。

 これにより更に広範囲高精度な索敵と様々なサポートを得られるのだが、今は通信障害の所為せいで機能していない。

 それでも短距離通信による連携なら可能で、総合支援システム非接続の処理でもアキラの大まかな位置をつかむぐらいは可能だった。


 カツヤはアキラが潜んでいる通路の方向へ銃を構えたまま警戒を保っている。

 アキラの位置はその通路の少し先だ。


(あいつ、あそこから動かないな。

 逃げる気配は感じられない。

 でもこっちをすぐに攻撃できる位置でもない。

 こっちの出方をうかがっているのか?

 それとも逃げて背後を取られるのを恐れているのか?

 逃げてくれれば追わないし、こっちも撤退できるんだが……)


 カツヤが僅かに苦笑する。


(……信じられないか。

 お互いに)


 お互いに信じ合った方が無駄な戦いを避けられるので得だ。

 それを分かった上でお互いに信じられない、と相手も思っている。

 カツヤはアキラも同じように考えていると、それだけは通じ合っていると、その納得を不思議に思いながらも受け入れていた。


 アキラの反応が動きを見せる。

 カツヤ達が表情を一気に険しくして銃口を通路に合わせた。


 通路からアキラが全速力で飛び出してくる。

 その動きをカツヤは極限の集中で捉えて、違和感を覚える。

 アキラはSSB複合銃を握って構えていた。

 だがグリップではなく銃身をつかんだ投擲とうてきの構えだった。


 覚悟を決めたアキラがSSB複合銃をカツヤ達に向けて勢い良く投げ付ける。

 銃が激しく回転しながら宙を飛ぶ。

 一瞬後、その銃口から残弾全てが周囲に無差別に撃ち出された。


 SSB複合銃は簡易自律銃座の銃撃部品としても使用できる。

 荒野向けのバイク等に搭載されているアーム式銃座に組み込み、発砲を制御装置に任せることも出来る。

 そのためのいろいろな銃撃設定も可能だ。


 アキラはSSB複合銃に10秒後に自動で全弾撃ち尽くすように設定した。

 そしてぎりぎりまで待って時間を調整し、絶妙な瞬間に飛び出してカツヤ達に投げ付けた。

 ほぼ水平に飛ぶ銃が空中で激しく回転しながら対力場装甲アンチフォースフィールドアーマー弾を周囲に無差別に散蒔ばらまく。

 発砲の反動で銃本体の軌道が不規則に揺れており、銃口から弾道を見切るのは極めて困難だ。


 多数の弾丸が撃ち出されているが、照準など滅茶苦茶めちゃくちゃで集弾性など無いに等しい状態だ。

 加えてカツヤ達の装備なら数発ぐらいは耐えられる。

 だが運悪くかなり多く連続して被弾すると危ない。

 カツヤより装備の性能が低い仲間達は尚更なおさらだ。

 カツヤは反射的に仲間達にアキラへの銃撃よりも仲間達自身の防御を優先させるように指示を出していた。


 逆にアキラは回避を完全に捨てて、被弾を覚悟して全力で距離を詰めた。

 強化服と防御コートの出力を全開にして、時が非常に緩やかに進む世界の中を、自分とカツヤ達とその間しか存在しない世界の中を、被弾しながらも強引に突き進む。


 SSB複合銃はアキラの体感時間ではかなり長く、現実ではほんの僅かな時間で全弾を撃ち尽くし、そのまま勢い良く壁に激突した。

 カツヤ達がすぐにアキラへの銃撃を再開しようとする。

 その銃弾を浴びるよりも早く、アキラがもう1ちょうのSSB複合銃を投げ付けた。


 極限の集中にる静止手前の世界の中で、アキラがカツヤの動きを注視する。


(仲間がいるなら、お前は仲間の安全を優先する!)


 SSB複合銃がカツヤの仲間達へ向けて飛んでいく。

 それは既に壊れているが、カツヤ達には分からない。


(この状況なら、お前は仲間を下がらせて自分が前に出る!)


 アキラが全速力で駆けながら刀を抜く。


(そして仲間に被弾させないために、俺への攻撃よりも、銃の破壊を優先する!)


 その想定はエリオ達との模擬戦を基にしたものだ。

 カツヤがそう動く保証などどこにも無い。

 だがアキラはそこに全てを賭けた。


 単純な才能であればカツヤの方が上だ。

 才能が五分であれば、アルファから非常に効率的な訓練を受け続けているアキラは、現在の装備性能の差もあって、カツヤを確実に蹴散らしている。


 その才能で磨かれたカツヤの実力は非常に高い、しかし知らずらずの内に受けていたサポートの所為せいでかなりゆがんでいる部分も存在していた。

 そして通信障害によりそのサポートを突如失ったことで、サポートに依存していた動きの精度が極端に低下し、実力を大分下げてしまっていた。


 それでも類いまれな才能はそのゆがみを戦いの中で急速に修正し続けた。

 本来の実力を取り戻し始めていたカツヤは素早く銃を撃ち落とすと、アキラから放たれる濃密な殺気を、仲間を守るという強い思いで振り払い、たじろぎもせずに銃口をアキラに合わせた。


 死をぶつけ合う直前に、アキラとカツヤの視線が交差した。

 一瞬後、敗者が鮮血をき散らし、その勝敗を確定させた。

 頭から一刀両断されたカツヤが左右に分かれて崩れ落ち、絶命した。


 カツヤはアキラの想定通りに動いていた。

 仲間を下げ、自身は前に出て、先に銃を撃ち落とした。

 そのどこかを僅かでもおろそかにして、その分だけアキラへの攻撃を早めていれば、仲間を見捨てていれば、カツヤが勝っていた。

 そしてそれは、今のカツヤにはどうしても出来ないことだった。


 カツヤを殺してもアキラの戦闘は終わらない。

 部隊長死亡による混乱に乗じて、逃げ出すか残りを始末すると決めていた。

 しかしそれは阻止された。

 カツヤが死んだ瞬間、アキラのそばに気配が増えたのだ。


(そこには誰もいないはず!?)


 アキラが驚愕きょうがくしながら反射的に斬り掛かる。

 だがあっさりと防がれた。

 アキラの動きが止まる。

 余りの驚きの所為せいだけではない。

 渾身こんしんの力を込めた刀身を、相手に強固に固定された所為せいでもあった。


「お久しぶりですね」


 ツバキが中指と人差し指で刀を摘まみながら微笑ほほえんでいた。




 小型輸送機がクズスハラ街遺跡を飛んでいる。

 仮設基地を出発して既に大規模遺跡探索区域の内部に入っている。

 周辺のビルの屋上より少し上の高度を、胴体部の左右を大きく開けて飛行していた。


 サラとシカラベ、パルガとヤマノベが左右に分かれて機体の側面に立ち、大型の銃を構えている。

 エレナが自身の情報収集機器と機体の索敵装置を駆使して迷彩状態の機械系モンスターを探知すると、その情報をサラ達に送信した。


 サラがその情報を基に照準を合わせて引き金を引く。

 轟音ごうおんとともに撃ち出された弾丸は、飛行している機械系モンスターを一撃で粉砕した。

 シカラベ達も同様に周囲のモンスターを銃撃している。

 輸送機を襲うモンスターが次々に撃墜されていく。


 シカラベが借り物の大型銃の性能に今更ながら舌を巻き、少し怪訝けげんな顔を浮かべる。


「エレナ。

 これ、本当にどこから調達してきたんだ?

 やばい物じゃないんだよな?」


 銃と輸送機を手配したのはネリアだ。

 輸送機は仮設基地に配備されていたもので、銃はヤナギサワ直属部隊の予備だ。

 自身の権限で持ち出せたので、ネリアが勝手にエレナ達に貸していた。


「経緯は軽く説明したでしょう?

 それ以上のことは私も知らないわ。

 不安なら自前のを使って」


 シカラベは懸念の残る表情のまま追及を諦めた。

 エレナの態度から自分と似たような疑問を抱いている上で割り切っていると判断し、取りえず疑問を棚上げして敵の撃墜にいそしむ。


 パルガが苦笑に疑問を滲ませて口を挟む。


「シカラベ。

 銃の出所なんかより、あの女の出所を気にしろよ」


 パルガの視線の先には、空中をまるで見えない足場を蹴って跳躍し続けているような動きを見せているネリアの姿があった。

 機敏な動きで空中の機械系モンスターに接近し、両手のブレードで切り裂いている。

 何も無い空中に突如十字に刻まれた機械系モンスターの残骸が出現し、そのまま落下していくという奇妙な光景が繰り返されていた。


「空中に強固な力場装甲フォースフィールドアーマーを展開して足場にすれば、理論上は空中を蹴って移動できる。

 それは知ってるけどさ、実際にやってるやつを見たのは初めてだ。

 イカレてる。

 そこまでして接近戦にこだわるか?」


 ヤマノベも同じ光景を見て苦笑を浮かべている。


「近接戦闘特化のやつの実力は、頭のイカレ具合に比例しているって話を聞いたことがあるが、あれを見る限り納得だ。

 美人だが、お近づきにはなりたくないタイプだな。

 まあ義体者はその気になれば顔なんか幾らでも変えられるから、方向性の差異はあっても大抵は美人だけどな」


 その時、ちょうど自身の側の敵を潰し終えたネリアが宙を駆けて戻ろうとしていた。

 そのままヤマノベのそばに来て微笑ほほえむ。


「一応、生身の時からこの顔よ?」


「そ、そうですか」


 ネリアは別に脅すつもりなどなかったのだが、ヤマノベは冷や汗をいて顔を引きらせた。


 そのまま輸送機の胴体部分を通り抜けて、ついでにブレードのエネルギーパックを交換して、逆側の空中に飛び出そうとするネリアをサラが呼び止める。


「ねえ、今更だけど、こんな高性能な銃を貸してくれたり、輸送機を手配してくれたりしてくれたのは助かるけど、アキラを助けるためにどうしてそこまでするのか聞いても良い?」


「ん? 予備の人型兵器が無かったからよ」


 ネリアはそれだけ答えて再び宙に飛び出した。

 その訳の分からない返答に、サラは表情を複雑そうにゆがめた。


「エレナ。

 意味、分かる?」


「さっぱりだわ」


 エレナも似たような表情を浮かべていた。


 仮設基地に予備の人型兵器が残っていれば、ネリアは人型兵器部隊の応援に向かっていた。

 しかし予備の機体はイナベの指示で全て増援部隊側に配備されており、他のハンター達の部隊と一緒に該当区域の制圧作業に割り当てられていた。

 それにより、今は味方、の判断の味方の対象が、元々所属していた都市の人型兵器部隊よりアキラに偏った。

 それだけだった。


 シカラベが口を挟む。


「それでエレナ、そのアキラはどこにいるんだ?

 見付かりそうなのか?

 居場所は不明なんだろう?

 見付かるまで遺跡内を探し回って、当てもなく飛び続ける訳じゃないよな」


「彼女が帰ると言うまでは、このまま探索を続行よ。

 それと、一応当てはあるわ。

 輸送機の高性能な情報収集機器で、アキラの貸出端末とかから送信されている短距離通信の波長とかを探しているの。

 通信障害が回復すればすぐに分かるんだけど……」


 エレナの険しい表情を見て、シカラベも別の意味で表情を険しくする。


(時間や残弾、輸送機のエネルギーが許す限りは捜索を続けるつもりか。

 ……早まったかな)


 シカラベはドランカムの都合で今回の大規模遺跡探索に参加できなかったが、待機要員として仮設基地に待機していた。

 その後に都市が指揮する増援部隊に加わることになったのだが、必死になってカツヤ達の救援に向かう羽目になる気がして気乗りしなかった。


 そこでエレナから連絡を受けたシカラベは、余り考えずにアキラの救援に加わった。

 増援部隊の編制を待たずに出発したい。

 都市側の指揮に従って順に制圧作業を進めるよりアキラの捜索を優先したい。

 その程度の内容だと考えていたのだが、輸送機に、強力な大型銃に、得体の知れない女にと、少々予想外のことが多かった。


 大規模遺跡探索の周辺を包囲していた機械系モンスターは、迷彩状態で飛行しながら包囲の内に入る者は通過させるが出る者は攻撃する。

 シカラベはエレナ達にそう聞かされていたのだが、輸送機等の飛行可能なものは対象外なのか、一度出た者が再度入ろうとするのは防ぐのか、輸送機は包囲区域に近付いた時点で襲われていた。


 エレナ達を責めるつもりはないが、初手でつまずいたのは事実だ。

 その後の戦闘も、借りた大型銃の性能がなければ難しい状況が続いていた。


(……幾らカツヤが嫌いだからって、少し安請け合いしすぎたか。

 俺も焼きが回ってきたか?)


 シカラベは自身の選択に少々後悔しながら、追加で現れた敵の銃撃を再開した。

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