第218話 巨額、或いは端金

 仮設基地で事態の調査依頼を受けたエレナ達は後方連絡線を通って大規模遺跡探索区域の近くまで行くと、それ以上奥に進むのは止めて、まずはその場での情報収集を開始した。

 既に通信障害の領域内だ。

 この場で何らかの情報を得てもそれを仮設基地に送信は出来ない。

 通信障害領域の外まで一度戻る必要がある。

 その手間を考えて、後方連絡線から離れずに、出来る限りの調査を先に行うことにしたのだ。


 エレナが車載の情報収集機器で様々な調査をしている間、サラは見張りとして辺りの様子を探っていた。

 一見周囲に異常は感じられない。

 大規模な戦闘の気配も無く、都市の部隊が突如連絡を絶った場所とは思えない静けさだ。


「通信障害を除けば特に異常無しって感じね。

 エレナ。

 そっちはどう?」


 エレナが操作の手を止めて首を横に振る。

 その顔はかなり険しい。


「駄目。

 どうしてもつながらない。

 連絡が途絶えた本隊は仕方無いとしても、調査目的の追加組ともつながらないわ。

 追加組は通信障害を把握しているのだから通信機能を強化していると思うし、まだそんなに遠くには行っていないはず。

 だから私達ぐらいとならつながっても良いと思うんだけど、反応無しよ。

 それらしい通信ノイズすら探知できなかったわ」


 サラも親友の様子から事態の深刻さを理解して表情を険しくする。


「ちょっと様子を確認するだけって依頼内容からは大分逸脱しているわね。

 エレナ。

 人型兵器の部隊が最後に送ってきた映像の場所まで行って状況を確認してくれば報酬割り増しって話だけど、どうする?」


「正直、気が進まないわ。

 通信障害だけならまだしも、ここに来るまでに誰とも擦れ違わなかったでしょう?

 これほどの異常事態なのだから、大規模遺跡探索の部隊も人員を割いて仮設基地と直接連絡を取ろうとするはずよ。

 そしてその人員は後方連絡線を経由するはずだから、その人員と擦れ違っても不思議は無いわ。

 でも擦れ違わなかった」


「あの人型兵器は飛べるタイプだから、後方連絡線を経由せずに直接仮設基地に向かったんじゃないの?」


勿論もちろんその可能性もあるわ。

 でも……、ちょっとね」


 少し慎重になりすぎて奥に進むのを躊躇ためらった所為せいで、折角せっかくの成果を捨てようとしているのかもしれない。

 エレナはそう思いながらも嫌な予感を振り払えなかった。

 しかしこの場で帰還してはここまで来た意味が無い。

 どうするか、と迷う前に、まずは索敵機器の索敵範囲を限界まで広げる。

 既に周辺の調査は終えているので、情報収集機器の機能も全て索敵に振り分けた。


 これで全く反応無しなら流石さすがに少しは奥に進もう。

 そう思っていると、索敵機器が反応を捉える。


「サラ。

 一応警戒して。

 近付いてくる反応が1、いや2よ。

 近場と遠距離。

 遠距離の方はかなり速いわ」


「了解」


 サラが戦車砲並みに巨大な銃と、それに比べれば小型の大型銃を構える。

 どちらも人型兵器との連絡が途絶えたことを考慮した火力重視の武装だ。

 危なくなったら即撤退の方針で、作戦継続時間を多少捨ててでも威力を重視している。


 近い方の反応は瓦礫がれきの山の向こうから近付いている。

 瓦礫がれきの山はかなり高く、普通の感覚では通行不可能なのだが、反応は勢い良く近付いてくる。


「エレナ。

 貸出端末とかの識別コードとかは確認できない?」


「できないわ。

 ひどい通信障害の所為せいなのかもしれないし、違うのかもしれない。

 とにかく要注意よ。

 ちょっと下がっておくわね」


 エレナが車を移動させて反応との距離を取る。

 モンスターの可能性も十分にあるので奇襲を受けるわけにはいかない。

 サラも警戒を高める。

 その間も反応は更に接近し続けている。

 しかも加速していた。


 サラが反応の方向に銃口を向けて敵襲に備える中、ついにその反応の元が瓦礫がれきの山を勢い良く飛び越してエレナ達の前に現れた。

 迎撃するかどうかのぎりぎりの判断の瀬戸際で、サラが相手に気付いて思わず声を出す。


「アキラ!?」


 アキラはバイクで瓦礫がれきを飛び越そうとして予想以上に飛び上がってしまい、空中で顔を引きらせていた。

 その後に何とか着地する。

 バイクの衝撃吸収機能と制御装置による高度な姿勢制御に加えて、傾いていた車体を接地時に強化服で強引に支えて転倒を防いでいた。

 それでも顔は引きったままだ。


「あ、危なかった」


 動悸どうきを抑えるのが限界のアキラとは異なり、ネリアは楽しげに笑っている。


「随分と無茶むちゃが好きなのね?」


「好きでやってるわけじゃない!」


「またまた、冗談でしょう?

 あれだけのことをやっておいて、説得力無いわよ?」


「本心だ!」


 アキラが何とか呼吸を整えていると、エレナが車をアキラのそばまで寄せて、運転席から苦笑気味な顔で笑いかけてくる。


「アキラ。

 奇遇ね」


「エレナさん?

 サラさんも。

 どうしてここに?

 大規模遺跡探索には参加していないんじゃ……」


「直接参加はしていなかったけど、不測の事態の予備戦力として仮設基地に待機はしていたのよ。

 そうしたら探索部隊との通信が途絶えたから、様子を見てくるように頼まれたの。

 アキラは遺跡探索の帰り、で良いのかしら?」


「あ、はい。

 そんなところです」


「何があったのか聞いても良い?」


「えっとですね、いや、俺にも何が何だか分からないことだらけで……」


 エレナはアキラの様子から無事なのは確かだと判断して安心すると軽く笑う。


「取りえず、貴重な情報源ってことで仮設基地まで送っていくわ。

 詳しい話はその後にしましょう。

 良いかしら?」


「はい。

 お願いします」


 アキラもエレナ達の様子からこの辺りは安全なのだろうと判断して安堵あんどした。

 だがそれも僅かな間だった。

 エレナがアキラの後方を指差して続ける。


「あっちの人にもそう伝えないとね。

 通信障害で連絡が取れないから、ここで待っていれば良い?

 それとも何か連絡手段があるの?」


「えっ?」


 アキラがすぐに振り返り、エレナの指差した先を確認する。

 安堵あんどで緩んでいた顔がすぐに険しいものへ変わる。

 そこには少し離れた空を見覚えのある人型兵器が飛んでいた。

 エレナの索敵機器が捉えたもう一つの反応であり、今も真っぐこちらに向かっている。


 エレナ達はその機体を何らかの事情でアキラと合流した都市部隊のものだと判断していた。

 だがアキラ達はそうは捉えなかった。


「……ネリア」


「多分ね。

 仮設基地に直接戻るのなら方向がずれてるわ」


 ザルモが追ってきた。

 狙いは自分。

 このままではエレナ達を巻き込む。

 後方連絡線の途中に設置されている防衛地点までは遠い。

 後方連絡線の延長作業は中断されているが整備は続いているので、途中に遮蔽物はほとんど無い。

 空から狙われれば良い的だ。

 アキラはそこまで一瞬で判断すると、ネリアをバイクから強引に引きがしてエレナに投げた。


「エレナさん!

 そいつを連れて先に戻ってください!」


 アキラはエレナがネリアを慌てて受け止めている間にバイクを反転させると、先ほど飛び越えてきた瓦礫がれきの山に向かって加速した。


「ちょっとアキラ!?」


 エレナが慌てて呼び止めるが、アキラは振り返りもせずにバイクで瓦礫がれきの山を器用に登っていく。

 そしてそのまま向こう側へ消えていった。


 高速で接近していた機体が武装の一つである巨大な砲を構える。

 その口径に見合う巨大な砲弾が瓦礫がれきの山の向こうの、大分離れた場所で爆発した。

 巨大な爆発音が響き、地を揺らす。

 着弾地点から吹き飛ばされた瓦礫がれきがエレナ達のところまで飛んでくる。


 エレナは急いで車を急発進させてそれらの瓦礫がれきを避けようとする。

 間に合わなかった瓦礫がれきはサラが蹴飛ばして防いだ。


 機体はエレナ達に気付くと迷ったように僅かに動きを止めたが、そのすきかれてアキラから無数の誘導徹甲榴弾りゅうだんを食らうと、エレナ達を完全に無視してアキラを追い始めた。


 エレナ達は驚きと混乱で次の行動を取れないでいた。

 ネリアはアキラの行動に意外そうな表情を浮かべていたが、それは取りえず棚上げしてエレナに行動を促す。


「誰だか知らないけど、急いで仮設基地に戻ってもらえない?」


 エレナが少し厳しい視線をネリアに送る。


貴方あなた、誰?

 アキラの知り合い?

 何があったの?

 どうして都市の機体にアキラが襲われているの?」


「その質疑応答、この場にとどまり続けることより重要?」


「場合によってはね。

 聞いて判断するわ」


 エレナ達はネリアに鋭い視線を送っているが、ネリアは余裕の態度を保っていた。


「何にせよ、車両でも徒歩でもアキラの支援は出来ないと思うわよ?

 追い付けないからね」


 それでエレナも決断した。

 アキラを置いていくことに躊躇ちゅうちょはあったが、この場に残っても何も出来ない以上、その前提での最善を尽くさなければならない。

 ならばこの車両でアキラを探すより、通信障害領域の外に出て仮設基地に状況を報告し、増援を送ってもらった方が良い。

 そう判断した。


「……サラ!

 戻るわよ!」


 サラも険しい顔でエレナの決断を受け入れる。


「……分かったわ!

 急いで!」


 エレナが車を急発進させて後方連絡線を進もうとするとネリアが口を挟む。


「索敵機器ぐらい積んでいると思うけど、迷彩持ち対応の機器なら調査範囲と精度を最大出力にしてちょうだい」


 エレナが疑念の視線を送る。

 それを実行すると高出力の反響定位の所為せいで、自分達の位置をそこら中のモンスターに知らせる結果になり兼ねないからだ。


「理由は?」


「弊害以上に、高度な迷彩持ちを警戒したいから。

 私もアキラもここでいろいろあったの。

 信じろとは言わないけれど、アキラが私を貴方あなた達にその手の助言用に残した可能性を考慮してほしいわ」


 エレナは少し迷ったが、索敵機器の設定を指示通りに変更した。

 そしてその結果を確認して驚愕きょうがくする。

 仮設基地の方向、既に通り過ぎた場所の上空に、迷彩機能を有効にして飛行している機械系モンスターの反応を多数確認できたのだ。

 その結果を横目で見たネリアもこれには流石さすがに顔を少ししかめた。


「通すけれど、帰さない。

 そういう布陣か。

 面倒ね」


 通信障害後に仮設基地へ連絡を取りに行った者達は、この飛行型機械系モンスター達により通信障害圏内で撃破されていた。

 人型兵器部隊の応戦によりそれなりに数を減らしていたが、まだまだ残っている。

 飛行可能な人型兵器を阻止するために広範囲に薄く展開されているおかげで、エレナ達の前には少数の機体しか配置されていない。

 それでも十分な脅威だ。


「……サラ。

 突っ切るわよ。

 良い?」


 険しい表情のエレナに、サラが笑って返す。


「判断はエレナに任せているわ。

 気にせずに行って」


「……ありがとう」


「どう致しまして」


 エレナも笑って返して意気を高めた。

 その後に再び顔を少し険しくする。


「しかし、ちょっと火力が足りないかしらね?

 サラ、何機までいけそう?」


「頑張ってみるけど、やってみないと何とも言えないわ」


 車載の武装とサラの装備だけでは厳しい。

 エレナが手段を模索しているとネリアが再び口を挟む。


「何なら、私が運転を代わりましょうか?」


 判断に迷っているエレナに、ネリアが笑って続ける。


「アキラは任せてくれたわよ?」


「……分かったわ。

 汎用端子で良い?

 それとも無線?」


「この通信障害だからね。

 一応汎用端子でお願いするわ」


「……全く、本当に何があったのよ」


「いろいろあったのよ」


 エレナはネリアのアキラに対する妙な気安さに思うところはあったが、今はそれどころではないと割り切った。

 車の制御装置から汎用端子を引っ張ってネリアにつなぐ。

 するとネリアがすぐに車の運転を引き継いだ。


「ちょっと待って。

 端子をつないだだけで運転できるの?

 まだ設定変更前よ?」


「私の方でやっておいたわ」


 エレナはまるで車の制御装置を乗っ取ったようなネリアの手腕に驚きながらも、今は好都合だと判断した。

 ネリアに運転を完全に任せて、自身は大型の銃を持ってサラの横に立つ。


「火力優先の備えが大当たりだったけど、当たってほしくなかったわ」


 苦笑を浮かべるエレナに、サラが明るい声で笑って返す。


「何が起こるか分からないハンター稼業。

 備えが当たったのなら上出来よ」


「まあ、そういうことにしておくわ」


 エレナ達は軽く笑い合った後、意気をみなぎらせて銃を構えた。


 ネリアが間延びした声とともに車を急加速させる。


「突っ込むわよー。

 攻撃まで3、2、1、ゼロ」


 緊張感に欠ける声とは対照的に、攻撃の合図は絶妙な距離で出されていた。

 先手を取ったエレナ達が空を飛ぶ肉眼では見えない機械系モンスターに一斉に砲火を放つ。

 サラが撃ち出した巨大な弾丸が、機械系モンスターをはじき飛ばすように吹き飛ばす。

 エレナが撃った対力場装甲アンチフォースフィールドアーマー徹甲弾が、敵の強固な装甲を貫き基幹系に損傷を与えて撃ち落とす。

 ネリアが操作する車載の機銃から撃ち出された無数の銃弾が、空中の敵をぎ払っていく。

 表面装甲を破壊されて迷彩をがされた敵が姿を現しながら落下し、轟音ごうおんを立てて地面に激突した。


 残りの敵が不可視の状態で無数の銃弾を放つ。

 舗装済みの地面が途端に穴だらけに変わっていく。

 降り注ぐ銃弾をネリアが巧みな運転で回避していく。


 後方連絡線の防衛地点までは車で急げばすぐの距離だ。

 だが砲火をくぐって進む距離としては十分に遠い。

 地上から、空中から、激しい砲火が交差する中を、エレナ達はその才気を十全に活かし、破壊した機械系モンスターの残骸でその実力を示しながら進んでいった。




 アキラは遺跡の中をバイクで必死に逃げ回っていた。

 バイクに積んだ弾薬の量など高が知れている。

 ザルモの機体と真面まともに戦うのは不可能だ。


 代わりに大型車両に比べて格段に小回りが利く。

 その利点を活かし、人型兵器では通れない狭い路地を通ったり、バイクのままビルの中に入ったりしてザルモの攻撃から逃れていた。


 今も無理矢理やり飛び込んだビルの廊下で何とか一息吐いている。

 防御コートの迷彩機能を有効にして、バイクを待機状態にして出力を下げて、敵の索敵から出来る限り逃れようとしている。

 しかしそれも長くは続かない。


「どうしようかなー」


 アキラは面倒そうな表情で頭を抱えていた。

 徒歩で人型兵器から逃げ切れるとは思えない。

 移動速度も索敵範囲も相手が圧倒的に勝っている。

 今のところはバイクを使用して何とか逃げ続けているが、そのエネルギーもいずれ尽きる。

 いろいろと手詰まりだった。


 取りえずは深呼吸を繰り返し、回復薬を少量ずつ服用して、心身の疲労を出来る限り癒やしていく。

 カツヤ達との戦闘で脳を酷使しすぎた。

 その所為せいで突然意識を失っても不思議の無い状態だ。


 服用している回復薬には戦闘続行状態を維持する効能の一部として意識を保つ効果も含まれている。

 その効果が切れれば即座に昏倒こんとうし、数日は目覚めない。

 アキラは何となくそう思っており、気絶しないために追加の服用を続けていた。

 だがその回復薬もいずれ尽きる。

 それも手詰まりの理由の一つだ。


 そのまましばらく休憩しているとビルが大きく揺れ始めた。

 倒壊の前兆だ。

 旧世界製の頑丈さのおかげで、一瞬で崩れ去ることはない。

 だが間違いなく倒壊する。


「またかよ!」


 アキラは舌打ちしてバイクを起動させると、そのまま一気に駆けだした。

 そして事前に切れ目を入れておいた壁に激突し、勢いのままに突き破ってビルから脱出する。

 そして器用に着地すると、タイヤでしっかりと地面をつかんで加速する。


 倒壊したビルから立ち上る煙の中からザルモの機体が現れる。

 ビルを倒壊させたのはザルモだ。

 アキラを見失い、近くにいるが見付からないと判断した場合に、周辺のビルの中に潜んでいると考えて、ビルを倒壊させてあぶり出す真似まねを繰り返していた。


 ザルモはビルから出てきたアキラを高性能な索敵機器で捕捉すると、予想通りだとわらいながらも苛立いらだちながら操縦席で叫ぶ。


「いやがったな!

 い加減に死にやがれ!」


 機体の大型ミサイルポッドからミサイルが次々に飛び出す。

 それぞれが大きく異なった弾道で宙を飛び、アキラに異なった角度で襲いかかる。


 アキラはバイクで疾走しながらSSB複合銃を真上に構えると、無数の誘導徹甲榴弾りゅうだんを撃ち出した。

 弾丸は全て迎撃用。

 低速だが高い誘導性の設定に変更済みだ。

 それらの弾丸が次々とミサイルに着弾していく。


 しかしミサイルを撃ち落とすには威力が足りていない。

 力場装甲フォースフィールドアーマー付きのミサイルは誘導徹甲榴弾りゅうだんの爆発に耐えて目標へ前進する。

 それでも流石さすがに弾道は狂った。

 ミサイルはアキラから少し離れた場所に着弾し、一帯を吹き飛ばしていく。

 ビルの一部が崩れ落ち、瓦礫がれきが雨となって降り注ぐ。


 アキラがその瓦礫がれきの雨を全力でくぐる。

 似た経験はあるが今度は自力であり、降り注ぐ瓦礫がれきが道を塞ぐ前に死に物狂いで突破していく。


 機体が大型の砲を構える。

 それに気付いたアキラがSSB複合銃を機体に向けて、大量の対力場装甲アンチフォースフィールドアーマー弾を浴びせ続ける。


 次々に着弾した弾丸が衝撃変換光で機体を包み込む。

 だがザルモはそれを高出力の力場装甲フォースフィールドアーマーで無視して機体の射撃体勢を維持する。

 そして巨大な砲弾を撃ち放った。


 アキラは自分の銃撃で相手の体勢を全く崩せていないことに気付くと、銃撃を即座に中止して回避行動に移る。

 周囲を見渡し、近くのビルの中にバイクごと飛び込んだ。


 アキラを狙った砲弾が僅かに遅れてビルに直撃し、壁を粉砕して内部に到達した直後に爆発する。

 密閉空間での爆発がビルの一部を内側から吹き飛ばし、旧世界製の強固なビルを半壊させた。


 アキラはその爆風を背で受けながらビル内の通路を疾走し、そのままビルの逆側から脱出する。

 砲撃の威力の大半を頑丈なビルの構造で軽減させたが、防御コートの耐久をごっそり削られていた。

 道路に出ると周囲を見渡して次の隠れ場所や盾代わりのビルなどを探しながら、防御コートのエネルギーパックを交換する。

 その間もバイクは出来るだけ加速させ続ける。


「クソッ!

 すげえ威力の弾を気軽に撃ちやがって!

 幾ら掛かってるんだよ!

 人型兵器まで使ってるし、スラム街の商店を襲う程度のやつがすることか!?

 そんなに金を掛けて俺を殺してどうするんだよ!?

 どんな利益があるか知らないけど、絶対赤字だろうが!」


 アキラは今まで他者に何度もめられて殺されかけていた。

 それは銃弾1発分の安値で殺せる安い命だと見做みなされていたという意味でもある。

 しかし今は違う。

 運用に巨額の費用が掛かる人型兵器まで使用して、個人用の弾薬とは価格の桁が違う人型兵器の弾薬を存分に消費してまでアキラを殺そうとしている。


 その巨額を費やして殺しても割に合うほどに自分の命は高値になった。

 スラム街の無力な子供が、それほどまでに成り上がった。

 アキラはそう思いながらも全く喜べなかった。


 これならば多少められていた方がましなのではないか。

 そのような考えが無意識に浮かぶ。

 それでアキラは自身の弱気に気付くと、浮かべていた険しい表情を意図的に変える。

 内心を上書きするように笑みを形作る。


 どこかの誰かが巨額を投じてまで自分を執拗しつように殺そうとしている。

 アキラはその理不尽を嘲笑あざわらった。


「その程度のはした金で俺を殺せると思ってるんじゃねえぞ!」


 割に合わない。

 その判断を見誤ったのは自分ではなく相手の方だ。

 その結果を押し付けるためにバイクを勢い良く反転させる。

 タイヤの強力な接地機能で地面を削りながら半回転すると、急加速した。




 ザルモはアキラを殺せないことに苛立いらだっていた。

 だがその苛立いらだちには、得体の知れない相手に不安を覚えた上で、それを無意識にごまかそうとするものも含まれていた。

 一度退いて機体の装備を変更し、今度こそ殺せると息巻いていた。

 だが相手はいまだに健在だ。

 その現実がザルモに焦りと不安を与えていた。


 機体の変更後の装備は頑丈な大型車の撃破を優先して威力重視の内容になっていた。

 多少外れても周辺を吹き飛ばして車両を横転させ、その後に確実に破壊する。

 その意図で命中率を破壊範囲で補う武装を詰め込んでいた。


 しかし今のアキラは小回りの利くバイクで逃げている。

 現在の武装では、直角に曲がって路地に逃げ込むアキラを正確に狙うのは困難だ。

 頑丈な旧世界製の建物も、アキラを一帯ごと吹き飛ばすのを困難にしていた。


 まるでこちらの武装に合わせて移動手段を切り替えたようなアキラに、ザルモは不気味さまで覚えていた。


「……落ち着け。

 相手は逃げ回ることしか出来ない。

 俺の方が圧倒的に有利だ」


 そう自身に言い聞かせるようにつぶやき、機体から再び無数のミサイルを放つ。

 ザルモはアキラを追っているが、一定以上の距離は詰めない。

 それは武装の効果的な射程を維持するためでもあったが、自分からアキラとの距離を詰めるのを無意識に避けている所為せいでもあった。


 威力重視の装備は非常に重く、飛行し続けているだけで機体のエネルギーをかなりの早さで消費する。

 残存エネルギーさえ十分ならいつでも上空に退避できる。

 ザルモは万一の事態に備えたエネルギー節約のために機体を地面に降ろす時間を増やしていた。




 反転したアキラがザルモを目指す。

 その視界の先には地上で次々とミサイルを発射する敵機体の姿がある。

 多くのミサイルは上空から弧を描いて目標を狙っている。

 だが一部は地面すれすれの高さを飛び、遺跡の道路を通って直接アキラを目指していた。


 アキラがこのまま前に進めば前方のミサイルとの直撃は免れない。

 直撃すれば間違いなく即死だ。

 だがアキラはわらいながらバイクを更に加速させ続けた。

 既に横道にれてミサイルをかわすのは不可能な速度を出している。

 アキラとミサイルの距離が急激に縮まり続ける。


 アキラが前方にSSB複合銃を向けて誘導徹甲榴弾りゅうだんを撃ち出す。

 だがミサイルを狙ったものではない。

 無数の榴弾りゅうだんはアキラとミサイルの中間辺りの至る所に着弾して爆発した。

 爆炎や瓦礫がれきが辺りに飛び散り、爆煙が舞い、爆風が空気をき乱し、空気中の色無しの霧の濃度を著しく乱していく。


 ミサイルは目標に直接命中しなくとも殺傷範囲で爆発する。

 組み込まれている情報収集機器で敵の位置を捕捉し、追尾し、事前に設定された有効範囲に入ると起爆する仕組みだ。

 本来は機体からの指示でも爆発するが、現在その機能は通信障害の所為せいで使用できない。


 アキラは誘導徹甲榴弾りゅうだんの爆発を、局所的で短時間だが強力な情報収集妨害煙幕ジャミングスモークの代用にした。

 その僅かな時間、僅かな範囲で、限界まで加速したアキラと一時的に目標を見失ったミサイルが擦れ違う。

 巨大な物体が真横を駆け抜けていき、空気を大きく乱していく感覚を肌で味わいながら、アキラは奇妙な高揚を顔に出して死地を紙一重で突破した。


 アキラの横を通り過ぎたミサイルが軌道修正に失敗して近くの瓦礫がれきに激突し爆発した。

 その爆風を背に受けて、アキラが更に加速する。

 残りのミサイルが軌道を大幅に修正してアキラの後を追う。


 逃走一択だったアキラが急に自分の方へ向かってきたことに、ザルモが僅かに動揺を示す。

 それにより、僅かに反応が遅れる。

 ミサイルに正面から飛び込むアキラの自殺まがいの行動に驚き、それで殺せなかったことに更に驚き、それで更に反応が遅れる。

 砲で応戦するべきか、上空に飛んで逃げるべきか、その迷いで更に行動が遅れる。

 その遅れは合計しても数秒に満たないものだったが、全力で加速していたアキラに一気に距離を詰められるには十分な遅れだった。


 そこでザルモがようやく機体を最大出力で上空へ飛ばした。

 強力な推進装置が巨大な質量を押し上げる。

 近くのビルの屋上を越えて、地上の人間が豆粒に見える高さまで一気に到達させた。

 地上までの距離がザルモを安堵あんどさせる。

 落ち着きを取り戻し、視線を機体のカメラを通してアキラに向ける。

 その途端、ザルモの顔が驚愕きょうがくに染まった。

 視線の先には、空中の機体をバイクで追うアキラの姿と、そのアキラを追う無数のミサイルの姿があった。


 アキラはバイクの加速を維持したまま地面の瓦礫がれきを利用して跳躍し、そのまま近くのビルの側面に飛び乗ると、その勢いのままに側面を突っ切り、ザルモの機体を目指して空中に飛び出していた。


 アキラの狙いは後続のミサイルを自分に当てることだ。

 ザルモは咄嗟とっさにそう判断して全力で回避行動を取る。


めるんじゃねえ!」


 機体が機敏な動きで宙を舞い、飛び込んでくるバイクを避ける。

 続けて殺到するミサイルも何とかかわす。

 空中で慣性に従って飛ぶしかないバイクに後続のミサイルが一斉に襲いかかる。

 バイクは複数のミサイルの爆発に飲み込まれ、一瞬で木っ端微塵みじんに吹き飛んだ。


 ザルモの機体も爆風を浴びて吹き飛ばされ、空中で体勢を大きく崩していた。

 それを何とか立て直して、視線を爆破地点へ向ける。

 空中を漂う爆煙の量がミサイルの威力のすさまじさを示していた。

 ザルモの表情に歓喜が満ちる。


ったぞ!

 くたばりやがった!」


 勝利の実感がザルモの緊張を緩めていた。

 その緩んだ分だけ、次の光景がザルモに衝撃を与える。

 歓喜の表情が一瞬で凍り付く。

 機体のカメラ越しにアキラが銃口をザルモに突き付けていた。


 アキラは機体と交差した瞬間、バイクから飛び降りて機体に飛び移っていた。

 そして両足の接地機能で機体に貼り付き、振り落とされないように強化服の身体能力で機体の一部を片手でしっかりとつかんでいた。


 もう片方の手でSSB複合銃を握り、銃口を機体に押し付けて引き金を引く。

 無数の対力場装甲アンチフォースフィールドアーマー弾が最速設定の発射速度で撃ち出される。

 その威力を示す強烈な衝撃変換光が機体を包み込んだ。


 半狂乱のザルモがアキラを振り落とそうと機体を無茶苦茶むちゃくちゃに移動させる。

 空中を闇雲に飛び続ける機体に強烈な慣性が掛かる中、アキラは振り落とされないように必死になって機体につかまりながら銃撃し続ける。

 機体の腕がアキラをたたき落とそうとする。

 それを辛うじてかわし、つかまる部分を変更しながらとにかく撃ち続ける。


 両足が離れて片腕だけでつかまっている状態で、真面まともに狙いも付けられない体勢で、高価な拡張弾倉を撃ち尽くす寸前に、対力場装甲アンチフォースフィールドアーマー弾が機体の推進装置を破損させた。

 それにより機体は挙動を狂わせ、近くの高層ビルに激突した。


 アキラはその直前に辛うじてビルの側面に飛び移っていた。

 ビルに激突して落下していく機体をビルの側面に貼り付きながら見ていると、機体は空中で体勢を立て直し、どこかよろよろとした不安定な挙動ではあるが、その健在ぶりを見せ付けていた。


 アキラが心底嫌そうな顔を浮かべる。


「あれでも倒せないのかよ……。

 頑丈にも程があるだろう……」


 このまま貼り付いていても良い的だ。

 そう考えたアキラはめ息を吐いて刀を抜くと、ビルの側面を切り裂いて中に入っていった。

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