第204話 総合支援強化服

 アキラが自宅の車庫で訓練にいそしんでいる。

 車庫は購入した大型車両のために拡張したのでかなりの広さだ。

 そしてその車両は現在修理に出しているので、訓練に十分な広さがある。


 だがアキラの視界に映っているのはその車庫の光景ではない。

 施設内部の一部を切り取って持ってきたような空間が映っている。

 アキラはその空間を駆け巡り、アルファの猛攻をしのぎ続けていた。


 弾倉を装填していないSSB複合銃でアルファを狙って引き金を引くと、撃ち放たれた架空の弾丸が極めて高精度な弾道計算に従って宙を飛ぶ。

 アルファが実在しない壁の裏に隠れてその銃撃をかわし、壁の裏から視覚情報だけのブレードで壁ごとアキラを斬ろうとする。


 アキラはそれを大きく飛び退いてかわそうとした。

 だが戦闘の余波で床に散らばっていた瓦礫がれきに足を引っかけてしまった。

 その接触判定に従って強化服の一部が固定される。

 その所為せいで大きく体勢を崩した次の瞬間、壁の裏から出てきたアルファに銃撃されて額を撃ち抜かれた。

 頭部を大きく損傷したアキラの死体が床に転がった。


 アキラが自分の死体を見下ろしてめ息をく。

 そして表情に軽い嫌気をにじませながら不満をこぼす。


「……今度は10秒持たなかったか。

 アルファ。

 手加減しろとは言わないけどさ、もうちょっとこう、敵の想定を緩めるっていうか、俺が蹴散らされるだけの戦闘にならないように調整できないか?」


 離れた壁の位置にいたアルファが瞬間移動をしたようにアキラの目の前に現れた。

 旧世界風の露出過多の戦闘服を着用しており、現在の感覚では機能性を疑う露出部から胸の谷間や腰の一部、脇や鼠蹊そけい部などが見えている。

 両手には先ほどアキラを攻撃したブレードと銃を持っている。

 ブレードの刀身は薄く僅かに発光しており、銃には実弾用の銃口の他に光線を撃ち出すような出力部が付いていた。


 アルファがアキラをたしなめるように微笑ほほえむ。


『駄目よ。

 これでも一応いろいろ調整しているのよ?

 対応できるように頑張りなさい』


「やってはいるけどさ、何かもう、敵の武装や初期位置の設定次第というか、運次第になっている気がする。

 敵があの距離から壁ごと切り裂いて攻撃できるブレードで武装している想定とか、今の俺の訓練に必要か?」


 アキラは少し怪訝けげんな様子を見せていた。

 するとアルファが少し揶揄からかうように微笑ほほえむ。


『運次第と言っても、アキラの運なら適切な設定だと思うわよ?

 何しろ実際にその武装の敵と戦ったばかりなのだからね。

 私としては、その不運に対処できる実力を早急に身に着けた方が良いと思うわ』


「……まあ、そうかもしれないけどさ」


 実例付きの根拠を聞いたアキラが顔をゆがめる。

 半分納得したような、別の意味で納得できないような、複雑な表情だった。


「取りあえず、大分散らかったし一度戻さないか?」


『分かったわ』


 アキラの視界から訓練用に拡張表示されていたものが消えていく。

 床に転がっているアキラの死体や、その周辺に飛び散っている血の跡。

 車庫内を近距離戦闘訓練場に変えていた壁や通路。

 戦闘の余波で崩れた壁の穴や残骸。

 床や壁の弾痕。

 それらが全て消えると、アキラの視界に広々とした車庫の光景が戻ってきた。


「しかしこの訓練は便利だな。

 弾を好きに撃っても実際に撃ってる訳じゃないから弾薬費も掛からない。

 高価な弾を撃ち放題だ。

 これならもっと前からこういう訓練をやっておけば良かったんじゃないか?」


『強化服からのフィードバックでアキラが自然な実戦を体感できるほどに、私が強化服の各部を精密に操作するためには、それだけ高性能な強化服が必要なのよ。

 前に強化服を買い換えたおかげもあって、その辺もそれなりに満足できる性能になったわ。

 中途半端な性能だと、強化服の制御で再現している銃撃の反動や壁とかの当たり判定も適当になるから、初めからやるのは無理なのよ』


「ああ、そうなのか。

 高い金を出して装備を新調した甲斐かいがあったな」


 アキラはそれで納得した。

 アルファはいつものように微笑ほほえんでいる。


 アルファの説明は間違ってはいない。

 だが重要な部分がいろいろ足りておらず不完全だ。

 この訓練を成り立たせている最も重要な要素は、アキラとアルファをつなぐ通信領域の専有と最適化が進んだことで、微細で大量な情報の送受信が可能になったからだ。


 壁の裏にいて見えないはずのアルファからの攻撃に対してアキラが回避行動を取れたのも、現実では気配とでも称するような何かを感じ取ったからだ。

 アルファの行動を読み切って回避した訳ではない。

 勘を働かせるために必要な膨大な情報。

 現実を飛び交っているノイズのような知覚も難しい何か。

 アキラはそれらをこの仮想の訓練で、現実と同じように感じ取っていた。


 これはいずれはアキラが実在しないアルファを体感的には触れられるようになることを意味する。

 そして同時に、実在しないアルファがアキラの首に手を伸ばせるようになることも意味する。

 幽霊が、人の首を絞めるように。


「アルファ。

 ちょっと疲れた。

 休憩にして良いか?」


『良いわよ。

 何なら今日はもう終わりにしておく?』


「そうだな……。

 もう少し続けるかどうかは、少し休んでから考えるよ」


 アキラは通信量の負荷による疲労を訓練の緊張によるものだと思っている。

 更に体感時間の圧縮を自然に行う訓練も一緒に行っているので、訓練の時間から考えて少し疲れすぎている異変に気付くことはなかった。


 休憩中にシェリルから通話要求が届いた。

 アキラが情報端末を操作してそれを受けようとすると、アルファが口を挟んでくる。


『一々情報端末を使わなくても、言ってくれれば私が中継するわよ?』


「良いんだよ。

 そっちに慣れすぎると、情報端末を使うって考えが消えそうだからな。

 下手なボロを出さないためにも使っておかないとな」


『完全にごまかすつもりなら、アキラも頭に埋め込むタイプの情報端末を買った方が良いかもしれないわね』


「いや、それはちょっと、何か嫌だ。

 せめて脳波コントロール式の外付けタイプだな。

 でも脳波を読み取られるってのも何だかいろいろ筒抜けになっていそうで……、今更か?

 少なくとも24時間いろいろ見られている訳だしな」


 アキラが軽く揶揄からかうような視線をアルファに向けると、アルファも悪戯いたずらっぽい意味深な微笑ほほえみを返してくる。


『安心しなさい。

 私は口が堅いから』


「そりゃどうも」


 アキラも余裕の笑みを返した。

 アキラはある意味でもう開き直っていた。


 逆にアルファはそのアキラの態度を内心いぶかしんでいた。

 だがそれが表に出ることは決してなかった。




 アキラがシェリルから連絡を受けた場所を目指して荒野をバイクで進んでいる。

 そのそばを飛んでいるアルファが不思議そうにしている。


『それにしても、訓練を止めて別の訓練を受けに態々わざわざ出かけるの?』


『良いじゃないか。

 俺も蹴散らされ続けるのは飽きてきたんだ。

 気分転換にもなるし、シェリルの話にも興味があるしな。

 それにアルファとの訓練は、今日はもう終わりにしても良いって言ってただろう?』


『でも、今更エリオ達との訓練を再開しても、アキラにとって良い訓練になるかどうかは微妙だと思うわよ?』


『まあ、そこはシェリルの話がどこまで本当なのか、それ次第だな』


 自宅の車庫での訓練を一旦中断した後にシェリルから連絡があった。

 内容は暇ならエリオ達の訓練に付き合ってほしいというものだ。

 アキラは訓練内容の詳細を聞いて興味を持つと、自宅での訓練を切り上げてエリオ達の訓練に付き合うことにした。


 荒野の指定された場所に到着すると、そこには数台の大型トレーラーがまっており、その近くでエリオ達が敵味方に分かれて模擬戦をしていた。

 その訓練の様子をシェリルや背広の者達などが見ていた。


 アキラがトレーラーの近くにバイクをめてシェリル達に合流すると、比較的荒野向けの服装をしているシェリルがうれしそうに笑ってアキラを迎えた。


「アキラ。

 今日は急な誘いを受けていただいてありがとう御座います」


「気にしないでくれ。

 面白そうな話だったからな」


 背広の男がアキラに愛想良く挨拶する。


「アキラ様ですね?

 私は機領の営業をしておりますヨドガワと申します。

 今回はシェリル様共々、我が社の総合支援強化服の性能テストにお付き合いいただけるとのことで、大変ありがとう御座います」


「え、あー、はい」


 アキラがシェリルにいろいろ説明してほしそうな視線を送ると、シェリルがそれに応えて口を挟んでくる。


「ヨドガワさん。

 まずは私とアキラで話がありますので、その間にエリオ達の方の準備をお願いします」


「分かりました。

 では」


 ヨドガワは会釈してトレーラーの中に入っていった。


 シェリルがアキラのそばに寄り、手を取ってじっとアキラを見詰める。


「それにしても、お久しぶりです。

 また会えてうれしいです」


「ん?

 そんなに会ってなかったっけ?」


 不思議そうにしているアキラに、シェリルが少し寂しそうな口調で続ける。


「……私としては、毎日でも会いたいです」


「それは無理だ。

 俺もそこまで暇じゃない」


 多少誇張して着飾ってはいるが、シェリルの態度にうそはない。

 その恋人との一時の逢瀬おうせを喜び、会えない日々を寂しく思うようなシェリルの姿にも、アキラはいつも通りの態度で応じていた。

 握る手にも、恋い焦がれるまな差しにも、ひどく興味の薄い態度を返している。


 多くの者を惑わせる仕草も、引き付ける言葉も、好意を抱かれる表情も、おもい人にだけは通じない。

 シェリルはその現実を改めて見せ付けられて、少し心を痛めた。


「どうかしたのか?」


「……いえ、何でもありません。

 でも暇があれば暇潰しにでも顔を出してくれるとうれしいです」


「ああ、まあ、暇ならな」


 シェリルは頑張って微笑ほほえんだ。

 取りあえず嫌われてはいない。

 急に呼んでも暇なら来てくれるぐらいには良い関係を築いている。

 それを支えにして、無駄に悲観しようとする心を抑え込んだ。


 シェリルがアキラに改めていろいろ説明する。


 イナベはシェリル達が自身の対抗馬を裏工作で失脚させた見返りとして、シェリル達に卸す遺物の質や量の向上の他に、戦力の提供を申し出た。


 一応アキラがシェリル達の戦力的な後ろ盾になっているとはいえ、シェリル達の拠点に常駐している訳でもない。

 基本的に報復目的の抑止力であって、直接の防衛力ではない。

 スラム街の店舗に高価な遺物を流している以上、イナベとしても盗まれました、奪われましたでは済まないのだ。


 そこでイナベは自身の伝で新興企業の新商品の実戦テスト、商品モニターの先にシェリル達をじ込んだ。

 いずれは都市の防衛隊にも売り込もうという商品だ。

 スラム街程度の危険度の地域で役に立たないようでは話にならない。


 シジマ達のようなスラム街の徒党と話を通しているとはいえ、シェリル達の戦力はアキラを除けばエリオ達程度の微々たるものであり明確に弱小だ。

 徒党加入者を子供に絞っている所為せいもあって、人数を増やしてもそこまで戦力は増えない。

 しかも増えた縄張りの警備もそろそろ本格的に進めなければならない。

 戦力の増強はシェリル達にとっても急務だった。


 その状況でイナベの提案は渡りに船だった。

 開発中の装備の商品モニターを建前にしているので、シェリル達にも費用は掛からない。


 それらの話を興味深く聞いていたアキラが軽い疑問を覚える。


「エリオ達の装備をそっちでそろえると、カツラギが文句を言ったりしないのか?」


「確かに言われました。

 そこは調整中です。

 ご心配なく。

 カツラギさんはアキラからの紹介ですし、いろいろお世話になっていますので、不義理を働くつもりはありません。

 強化服はカツラギさんの取扱商品からは外れていますし、大丈夫です」


「ふーん。

 まあ、そこは好きにしてくれ。

 それにしても、強化服か。

 それも総合支援強化服って、何かすごそうだな」


 そこでヨドガワが戻ってくる。

 そして一緒に来た男がアキラの話を耳にして話に加わる。


「総合支援強化服に興味がお有りですか!

 是非とも購入の検討を!

 当社が自信を持ってお勧めする新世代の強化服です!」


「そ、そうですか」


 少々押され気味のアキラに対して、タバタが熱っぽく饒舌じょうぜつに語る。


「失礼。

 私はタバタ。

 今回の総合支援強化服、正確にはその総合支援システム、システム名キングスマインドの技術責任者です。

 その総合支援システムの利用を前提とした強化服の設計、開発にも関わっています。

 強化服の枠を超えた次世代の運用を目的に……」


 放っておくと長々と続きそうな話を、ヨドガワが口を挟んで止める。


「タバタ。

 営業の方は俺がやるから、試験の準備を進めてくれ」


「あ、失礼。

 アキラ様。

 当たり判定の計算等のために、使用する銃器等をこちらの試験システムと連動させますので、御協力をお願いします。

 情報収集機器と連動可能な照準器なら、大抵の製品で大丈夫です。

 無理な製品の場合はこちらで用意した調整済みの銃を使用してもらいます。

 どうします?

 初めからこちらで用意した銃を使いますか?」


「それじゃあ、一応俺の銃で大丈夫か確認してください」


「分かりました。

 ではこちらへ」


 アキラがタバタに連れられてトレーラーの中に入る。

 各種機材が乱雑している内部は、研究室と整備場を混ぜたような独特の雰囲気を漂わせていた。


 アキラのSSB複合銃に組み込まれている照準器は支援システムに対応していた。

 簡単な連携調整を済ませた後、訓練で使用する架空の弾丸の説明を受けてから、車内に積まれていた表示装置に映っている的を狙って弾道等の微調整を始める。

 近距離の的と遠距離の的がランダムに表示されていく。

 それをしっかり狙って引き金を引く。

 命中判定が繰り返された後、アキラが首をかしげた。


「……最後のやつ、命中判定が出たけど、あれ、外れた気がする」


「そうですか?

 こちらのシステムでは命中判定が出ていますけど」


「もう一度あの距離の的を、当たっても消えないようにして出してくれ」


 アキラが再び表示された的を再度狙撃する。

 今度は意図的に少しずれた位置を狙い、一度わざと外してから少しずつ狙いを的に近づけていく。

 更に照準をずらして何度か撃ち続けて、システムの命中判定と自身の命中判定の誤差を把握していく。


「結構誤差が大きい気がするけど、ある程度離れた場所の目標に対しては、銃や弾丸の集弾率を計算した上でランダムで命中判定を出している感じか」


「……その考えでお願いします」


「分かりました。

 あ、調整はこれで大丈夫です」


 アキラがタバタと一緒にトレーラーから出て行く。

 その姿を他の技術者が見て怪訝けげんそうにしていた。


「なあ、さっきのさ、本当だと思うか?」


「さあな。

 命中したはずだって文句を言うやつは多いけど、外れたはずだって難癖付けるやつは普通いないからな。

 それっぽいことを言って格好付けてるだけかもな」


「ログは残ってるし、精度計算を限界まで上げて試してみるか」


 銃器の性能試験でもないので、システムでは命中判定をある程度省略している。

 厳密な命中判定を実施すると計算量が多すぎて試験に支障が出るからだ。

 敵や味方が被弾しているかどうか分からない状態で、結果が出るまで動きを止める訳にもいかない。

 総合支援システムの試験では、被弾したかどうか即時に分かる方が重要だ。


 技術者が端末を操作して記録から再計算処理を実行する。


「……結構掛かるな」


「まあ、本部のコンピューターでもないし、トレーラーに積んでいる性能のやつで厳密に計算すればそうなる。

 お、出たぞ。

 うーん。

 まあ、この程度なら、難癖の範疇はんちゅうか?

 照準を細かく左右にずらしているけど、それっぽいだけなんじゃないか?」


 軽く笑っている者の横で、別の技術者が少し真面目な顔で再度処理を実行しようとしている。


「何やってるんだ?」


「入力データをいろいろ増やして再計算をしてみようと思ってな」


「例えば?」


「周辺の大気の状態とかだ。

 空気の粘性とか、微量な色無しの霧の濃度とか、いろいろだよ。

 入力データに入れられるものは全部入れてみよう」


 データ量を増やして再度計算処理を実行する。

 先ほどより時間が掛かった後に計算結果が表示される。

 それを見た技術者達が顔を引きらせた。


「……うそだろ?」


「……合ってる。

 これ、照準を交互に左右に振ってるけど、命中判定のぎりぎりを探ってるんだ。

 当たりと外れが交互に繰り返されてるぞ」


「いや、まて、無理だろ。

 これ、下手をすると、あいつが俺達のシステムの弾道計算式を知ってないと不可能なレベルだぞ!?」


「……照準調整用でランダム要素は無い設定だ。

 何度か撃って、その命中判定から逆算したとか……。

 いや、実際に計算した訳じゃないんだろうけどさ、感覚的に何となく分かったとか……」


 技術者達が少し引きった苦笑いを浮かべながら顔を見合わせる。


「……怖っ」


「あいつ、何でもあのとしすごいハンターらしいが、やっぱりそういうやつって、何か違うのかもな」


 妙な薄気味悪さを覚えた技術者達は、気を切り替えるように作業に戻った。


 技術者達の予想は大体合っていた。

 いろいろ計算して指示を出したのはアルファだ。

 そして強化服と照準器の性能に助けられたとはいえ、その指示通りに撃ったのはアキラだ。

 アキラの実力は既に一般人の感覚では十分異常な域に達していた。




 総合支援強化服の性能テストを兼ねたアキラとエリオ達の模擬戦が始まった。

 以前の模擬戦と同じようにアキラ1人対エリオ達全員で、どちらかが全滅するまで交戦する。

 以前と異なる部分はエリオ達も全員強化服を着用しており、フルフェイスのヘルメットに内蔵された機器で総合支援システムからの支援を受けていることだ。


 総合支援システムは部隊全員の位置や状態を把握して、司令塔として部隊全体の指揮も執る。

 各員の情報収集機器が収集した情報の一括管理を実施して、敵味方の位置の共有や、隠れている敵位置の推測も行う。

 敵味方識別装置による誤射の防止も行う。

 無秩序な集団を統率の取れた組織に変貌させ、効率的な部隊運用を可能にするのだ。


 加えて各員の強化服を操作して、簡単な照準補正や動きの補正も実施する。

 さらには敵の攻撃を感知して咄嗟とっさに回避行動を取らせたり、時には反撃まで行わせたりする。


 これは強化服が本人の意思以外で動くことを意味する。

 これを便利だと考えるかどうかには個人差が出る。

 体が勝手に動くことに拒否感を覚える者も多い。

 だが自然な動作補助のおかげもあって今のところエリオ達から不満は出ていなかった。


 何度か模擬戦が続く中、エリオ達は5割ほどの勝率を保っていた。

 タバタ達はその様子を観戦して満足げな様子を見せていた。

 自分達が開発した総合支援強化服の性能に手応えを感じているのだ。


 所詮はスラム街の子供であり素人同然の者達が、自分達の総合支援強化服の支援を得たことで、1対部隊であるとはいえ、高ランクのハンターと五分に渡り合っている。

 営業の宣伝としても、技術開発の成果としても、十分な内容だ。


 何度目かの模擬戦の後の休憩中に、タバタが上機嫌でエリオ達に声を掛ける。


「どうだ?

 この総合支援強化服の性能は。

 君達でもこのシステムの支援を受ければ、まあ部隊での運用が前提とはいえ、君達の後ろ盾になっているというあのハンターにだって勝てるんだ。

 すごいだろう」


 エリオ達が微妙な表情を浮かべて顔を見合わせる。

 そしてエリオが全員の意見を代弁する。


「確かにすごいんだけど……」


「ん?

 不満点があるなら遠慮無く言ってくれ。

 まだまだ試験運用で商品としては開発中の段階なんだ。

 使用者の意見はどしどし取り入れて改善に努めないとな」


「いや、そういうのはあんまりない。

 強化服は慣れるまで初めの内は走るのも難しいって聞いたけど、俺達は普通に動けているし……」


「そうだろう。

 俺達もその辺の自然な動作制御補助には力を入れてるんだ」


「ヘルメットに出る指示の画像とか声とかも、邪魔だったりうるさかったりしないし……」


「そうだろうそうだろう。

 通常の視界を遮らず、小さく単純で見やすく、識別も容易で分かりやすい。

 指示表記や各種情報表示のデザインも、計算されてるんだ。

 声による指示や状況説明も、聞きやすい声で、短い言葉で適切な行動を促す内容にちゃんと調整されて……」


 タバタは自分達が開発した総合支援強化服の説明を自慢するように続けていたが、エリオ達の反応に気付くと饒舌じょうぜつな口を一度閉じた。


「それで、何が不満なんだ?」


「不満は無いんだけど、俺達がアキラさんと五分に戦っているってのは、ちょっと言いにくいんだけど、単に手を抜かれているっていうか、手加減されているだけだと思う」


 上機嫌だったタバタの顔が怪訝けげんそうにゆがむ。


「何だって?

 手加減?」


「いや、どっちかと言えばハンデかな?

 俺達は前にもアキラさんと似たような訓練をやってたんだけど、その時も俺達の勝率は5割ぐらいだったんだ。

 勝率がそれぐらいになるようにアキラさんの方でいろいろ調整したって話だった。

 強化服の出力を落としたり、情報収集機器を使うのを止めたり、アキラさんだけ銃の射程を短くしたりしていたって聞いた。

 多分今も似たようなことをやってるんじゃないか?」


「……そうか。

 私はちょっと席を外す。

 では」


 タバタは少し真面目な表情でそう言い残すと、エリオ達から離れてアキラの方へ向かっていった。


 不味まずいことを言ったかもしれない。

 エリオはそう思って少し顔を険しくした。




 タバタから事情を聞かれたアキラが少し返事の内容を考えてから答える。


「別に手を抜いているつもりも、ハンデを勝手に付けているつもりもないけど、訓練として真面目にやっているんであって、確かに実戦を想定して動いている訳じゃないな。

 それを手加減だって言われたら、まあ、そうだとしか言えない」


「そうなのか……」


 タバタが顔をしかめている。

 休憩中にアキラ達と雑談を交えながら商品を勧めていたヨドガワも、勧める根拠を否定されたことで苦笑いを浮かべていた。


 シェリル達が総合支援強化服の商品モニターに選ばれた理由には、イナベの権力以外にヨドガワ達の都合も含まれている。

 アキラを自社の強化服の宣伝に利用するためだ。


 個人で人型兵器の撃破に成功したり、クズスハラ街遺跡外周部の一部を半壊させた巨人の撃破に貢献したりと、その高い実力を示しているアキラは、高ランクのハンターを求める者達の中でも目敏めざとい者達から結構注目されていた。


 スラム街出身の特に秀でた才もない若手ハンターが、ある企業の強化服を手に入れたことで短期間に成り上がった。

 それが事実ではなかったとしても、そう推察できる情報を流して後は勝手に推察してもらうだけで、高い宣伝効果が見込める。


 シェリルとアキラの関係。

 そのシェリルに機領が商品モニターとして開発中の強化服を提供していること。

 それを下地に追加の情報をひそかに流せば、勝手に誤解する者も出てくる。


 公表されていないが、実は以前からアキラと機領は協力関係にあったのではないか。

 機領から試作の強化服を提供されていたのではないか。

 十分な成果を元に機を見てそれを公表するつもりなのではないか。

 全ては機領製強化服の宣伝活動だったのではないか。

 その強化服を手に入れれば、自分もアキラのように成り上がれるのではないか。

 それらの推察から流れるうわさだけでも、宣伝効果は十分だ。


 スラム街の子供程度が高ランクハンターに5割の勝率を維持できるのは、総合支援強化服の宣伝としては申し分ない。

 だがアキラもエリオ達もその勝率はアキラの手加減によるものだと認識している。

 それでは駄目だ。

 流れるうわさにそんな内容が混ざってしまえば、宣伝効果は半減だ。

 そう判断したヨドガワが笑ってアキラに提案する。


「ではアキラ様。

 総合支援強化服の性能を体感していただくために、実戦を想定して戦ってもらえませんか?」


「急にそう言われてもな」


 難色を示すアキラを見て、ヨドガワが口調に軽い挑発を含ませる。


「別に1対1ではありませんし、本気を出して負けたとしても仕方ないですよ」


 挑発に気付いたシェリルが表情を僅かに不満げに変える。

 だがアキラは挑発だったことにすら気付かずに普通に答える。


「別に勝ち負けはどうでもいいんだ。

 ただ、実戦を想定して動くと余計な金が掛かる。

 強化服のエネルギーパックだってただじゃないし、無理をして動けば体に強い負担が出るから回復薬も必要になる。

 疲労が残ればしばらくハンター稼業を休む場合もある。

 それを分かった上で実戦同様に戦えって言ってるのなら、こっちも依頼として金を取るぞ?

 興味本位で参加しているだけなんだ。

 無料でそこまで付き合う義理はないからな」


 本気を出して負けた事態を避ける口実か。

 それとも素の態度なのか。

 ヨドガワが少し迷っているとタバタが口を挟む。


「分かった。

 その経費はこっちで出す。

 加えて1戦ごとに10万オーラム出そう」


「おい、タバタ?」


「10万オーラムか。

 うーん」


 急に勝手に話を進めるタバタの態度にヨドガワが少し慌て始める。

 アキラは興味が薄いように軽くうなっている。

 タバタはそのアキラの態度を見て、ヨドガワを無視して更に話を進める。


「分かった。

 じゃあこうしよう。

 連勝するたびに報酬を10万オーラムずつ増やしていく。

 代わりに条件はそっちも同じだ。

 負けた場合はそっちも払ってもらう。

 これでどうだ?」


「乗った」


 アキラは軽く笑って答えた。

 逆にタバタは表情をかなり真面目なものに変える。


「よし。

 じゃあ次の模擬戦からはお互いに実戦想定だな。

 それ用に設定を変えてくる」


 タバタがトレーラーに戻っていく。

 ヨドガワは少し迷ってから、アキラ達に会釈して急いでタバタの後を追った。


 シェリルが一応確認を取る。


「アキラ。

 良かったのですか?」


「えっ?

 何か不味まずかったか?」


「いえ、アキラがそれで良いのでしたら構いません」


 シェリルはアキラが連敗して大金を支払う羽目になり機嫌を大きく損ねるのを心配していた。

 だがアキラの態度から、これなら大丈夫だろうと考え直して、細かい指摘を口に出すのを取りめた。

 負けたらどうするんですか、などというアキラの実力を疑うような、機嫌を損ねかねない言葉はなるべく口に出したくないのだ。


 アキラは少し不思議そうにしていたが、シェリルがすぐに別の話題を振って気をらしたので、細かく聞き直したりはしなかった。

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