第198話 自動人形達

 アキラがバイクで足場の悪い地面を高速で駆けていく。

 茂った草やつたが細かな瓦礫がれきなどを覆い隠し、更にタイヤを滑らせて転倒しやすくしている。

 その運転難易度を荒野仕様のバイクの性能とアルファの運転技術で覆し、シオリ達の戦闘の様子を見て険しい表情で先を急ぐ。


 そしてある程度近付いた辺りで、両手のSSB複合銃を両方女性型自動人形の方へ向けた。

 2挺のSSB複合銃から対機徹甲弾が大量に撃ち出される。

 高額高性能な拡張弾倉の大容量に物を言わせた弾幕が女性型へ殺到した。


 その直前、アキラの攻撃を察知した女性型はその場から大きく飛び退きながら、射線を斜めに切断するように光刃を振るっていた。

 振るわれた光刃の残光が壁のように宙に残る。

 それは大気中の色無しの霧と反応して場に残った力場だった。

 その力場が殺到した弾丸の威力を減衰させ、弾道を僅かにゆがませる。

 その僅かな弾道の狂いと旧世界製自動人形の身体能力による回避行動により、女性型は弾丸の直撃から逃れた。


 アキラは驚きながらも銃撃を点から面に切り替える。

 流石さすがにその周囲に散った全ての銃弾を回避するのは女性型でも不可能だった。

 対機徹甲弾が女性型の体全体に次々に着弾していく。


 だが弾幕の威力も分散したために致命的な損傷を与えることはできなかった。

 それどころか女性型は着弾の衝撃すら利用して後方に飛び退き続け、同様に光刃を振るって弾丸を防ぎながらどんどん離れていく。

 アキラがシオリのそばにバイクをめた時、女性型は既に遠く離れていた。


 銃を下ろしたアキラが驚きを隠しきれない表情でつぶやく。


「結構当たったはずだぞ?

 どういう頑丈さだ」


 途中で攻撃手段を銃撃に切り替えていたシオリも銃を下ろす。

 そして少し不服そうな表情をアキラに向ける。


「アキラ様。

 御助力感謝いたします。

 ですが、アキラ様にはお嬢様達の方を優先していただきたかったです」


「撤退を含めた判断はトガミの仕事だ。

 その指示に従うようにレイナを説得したり、あるいは力尽くで従わせたりするのはそっちの仕事だ。

 その辺を俺に期待されても困る」


 シオリがめ息を吐く。

 そしてどこか楽しげにも見える苦笑を浮かべる。


「次からは、形だけでも護衛を依頼した方が良さそうですね」


「そうしてくれ。

 でもどっちにしろレイナはごねるんじゃないか?」


「ご心配なく。

 その場合、お嬢様を押さえ付ける仕事は私達で引き受けます。

 アキラ様はおとり役ですね」


「なるほど」


 シオリは軽く微笑ほほえみ、アキラも笑って返した。

 そこに普段の調子に戻っているカナエがやって来る。


「アキラ少年。

 またあねさんだけ援護して、贔屓ひいきっすか?

 そういうのは良くないっすよ?」


「いや、そっちは何か余裕そうだったから大丈夫だと思ったんだ。

 そっちの相手は?」


「アキラ少年が来た時点でそっちと同じように逃げていったっすよ。

 面倒臭かったから追わなかったっす」


 アキラがクズスハラ街遺跡奥部の廃ビルで人形と戦った時のことを思い出していぶかしむ。


「……そっちも逃げたのか?

 何となくだけど、ああいう連中は動けるならどこまでも襲ってくるイメージがあるんだけどな」


「そんなの知らないっすよ」


「そうだな。

 よし。

 戻るか。

 あ、悪いがこのバイクは一人乗りなんだ。

 そっちは走って戻ってくれ」


 カナエがあきれたように大げさに顔を横に振る。


「アキラ少年は女性の扱いが全く分かっていないっすね。

 そこは席を譲ってくれても良いと思うっすよ?

 私とあねさんだけなら何とかなるっすから」


「嫌だ」


 きっぱり断ったアキラとあきれ顔のカナエを見てシオリが笑っていた。


『アキラ。

 警戒して』


 僅かに弛緩しかんしていた空気が、意識を臨戦に戻したアキラの気配と、それに反応したシオリとカナエの警戒で四散する。


『アルファ。

 どこだ?』


『遺跡の方向。

 山ほど来ているわ』


 アキラが敵の方向へ視線を移す。

 そして思わず表情をゆがめる。

 遺跡の内部でも遭遇した生物系モンスターなどが群れを成して向かってきていた。


『俺もシオリ達も、あの量のモンスターにどうして気が付かなかったんだ?』


『恐らくそこら中に茂っている植物の所為よ』


『遺跡の中と同じって訳か。

 厄介極まりない植物だな。

 それにしても、何なんだあの量は……』


『これも恐らくだけれど、自動人形達が呼び寄せたのでしょうね。

 この状況で見付けるのは大変でも、見付かるのは結構簡単だからね。

 モンスターを呼び寄せる何らかの信号を高出力で飛ばしたのだと思うわ。

 旧世界製の自動人形の出力をかしてね』


『まさか、自動人形が引いたのは、時間稼ぎが終わったからか?』


『その可能性はあるわ』


 アキラがより険しい表情でモンスターの群れを見ていると、その1体が眉間に銃弾を食らって即死した。

 更にその近くのモンスター達も次々に被弾して倒れていく。

 驚いているとトガミから通信が入った。


「アキラ!

 シオリ!

 カナエ!

 すぐに戻ってくれ!

 そこら中モンスターの反応だらけだ!

 追ってくるのはレイナが狙撃して対処する!

 無視して走れ!」


 構わず逃げろ。

 シオリがそう返事をする前にトガミは通信を切った。


「お、お嬢様……」


「早く行け」


 思わずアキラを見たシオリとアキラの視線が合う。


「お嬢様を押さえ付ける仕事はそっちだろう?」


 おとり役は自分。

 アキラが暗にそう告げると、シオリから僅かな動揺が完全に消え去った。


 シオリが真面目な、誠実な表情で端的に告げる。


「お任せします」


「行ってくれ」


 シオリはアキラに頭を下げた後、背後を気にせずに全速力でレイナのもとへ走っていった。


 カナエがいつもの調子で笑っている。


「またあねさんだけ贔屓ひいきっすか。

 さっきも言ったっすけど、そういうのは良くないっすよ?」


「良いからとっとと行け」


「やれやれっすね」


 カナエは楽しげに笑った後、同じように背後を気にせずに全力で駆けていった。


 アキラが両手のSSB複合銃をモンスターの群れに向ける。

 そしてぎ払いながら引き金を引いた。


 大量の銃弾がモンスターの群れに直撃し、モンスターを無数の肉塊に変えていく。

 後続のモンスターがその肉塊を踏み潰して効率的に植物の栄養に変えながら前進する。

 緑の大地が瞬く間に赤く染まっていった。




 レイナはアキラ達の援護のために銃を長距離狙撃用の設定に変更したおかげで、遠距離のモンスターの群れにいち早く気付いた。

 集中して狙いを定めた弾丸がモンスターに吸い込まれるように次々に着弾していく。

 銃の性能、レイナの才能、冷静さを保ちつつ意気を上げる適度な高揚、繰り返した訓練と積み上げた実戦、それらが絶妙に組み合わさり、奇跡的な精密射撃と発射速度を実現していた。


 シオリやカナエがそばにいる状態で、カナエが活躍するような危険な状態にそもそも陥らないように、その上でレイナがハンター稼業の成果を稼げるように、シオリはレイナに遠距離攻撃を特に重視して訓練を付けていた。

 その成果が遺憾なく発揮されていた。


 シオリとカナエが自分の射線を避けながら走ってくる姿が見える。

 アキラが徐々に後退しながら群れを抑えている姿が見える。

 レイナは自分がシオリ達の撤退を手助けできていることに、限定的な状況であるとはいえ、一方的に助けられる立ち位置から脱却して、互いに助け合う立場にようや辿たどり着けたことに、深い達成感を覚えていた。


 そこでレイナの銃の弾倉が空になる。

 レイナはそれで高揚を少し引き戻されて、無意識に浮かべていた笑顔をしかめさせた。

 予備の弾薬は車ごと失っている。


「トガミ!

 替えの弾倉持ってきて!

 私の銃でも使えるやつ!」


 トガミがアキラの車両で見付けた弾倉をレイナのそばに置く。

 それを見たレイナが楽しげに少し不敵に笑う。


「随分良いのがあるじゃない」


「アキラから好きに使って良いとは言われたけど、後で怒られたら一緒に謝ってくれよ?」


 レイナが弾倉を銃に取り付けて設定をしながら悪戯いたずらっぽく笑う。


「あら、それはトガミの仕事でしょう?

 その辺の交渉はリーダーの役目なんだから」


「酷えな」


 トガミが苦笑して銃撃に戻る。

 レイナもすぐに射撃体勢に移って目標群に設定を合わせ、弾倉を介して照準情報を銃弾に送る。

 そして照準器が目標の捕捉を表示するのと同時に引き金を引いた。


 レイナの銃から連続して発射された弾丸が虚空を目指して駆けていく。

 そして明確に不自然に弾道を曲げて目標に正確に次々に着弾した。

 レイナは予想通りの威力に満足しながら、続けて目標群に照準を合わせて銃撃し続けた。


 誘導徹甲榴弾りゅうだん

 弾丸並みの大きさの小型ミサイルに近い特殊な弾丸。

 その大型拡張弾倉。

 レイナが使用した弾丸は、アキラがハンターランク50相応の割引額で弾薬等を購入できる権利を行使した上で高いと感じた取って置きだった。




 アキラが自分の頭上を飛び越えてモンスターの群れを上から急襲する弾丸に気付く。


『使われてる!

 俺の取って置きが!

 高かったのに!

 俺もまだ一度も使ってなかったのに!』


 嘆くアキラにアルファが微笑ほほえむ。


『車内に積んでいた弾薬を好きに使って良いと言ったのはアキラよ。

 価格に見合った性能で何よりと思っておきなさい』


『……報酬の計算は、この弾薬費を先に差し引いてから、その残りを分配する方式にしてもらう。

 絶対だ』


 アキラはそう言って自分を誤魔化ごまかすと、後続のモンスターに、高い弾丸を使われてしまった理由達に不満げな視線を向けた。


『それにしても多い。

 アルファ。

 これは流石さすがに変だろう』


『確かにそうなのよね。

 あの2体の自動人形が呼び寄せたと言っても限度はあるわ。

 遺跡中のモンスターを呼び寄せでもしない限りこうはならないはずよ。

 でも原因が分かったところで状況が変わるとは思えないし、今は対処に専念しなさい』


『分かってる。

 ……俺もそろそろもう少し前進するか』


 背後のモンスターの数を大分減らした辺りでバイクを前方へ加速させる。

 そして両手のSSB複合銃を左右に向けて撃ち続けた。

 追い越して先回りしようとしている側面のモンスター達に銃弾の嵐を浴びせて血肉に変えていく。

 それでも群れ全体の量は然程さほど減っていない。


『……本当に多い。

 予備の弾薬は車だし、早めに追い付いた方が良いな』


 俺にはモンスターの群れに遭遇するのろいでも掛かっているのだろうか。

 アキラはそんなことを思いながら先を急いだ。




 イイダ商業区画遺跡に無数に存在する半球状の建物。

 その一棟の出入口付近にメイド服を着た自動人形が立っていた。

 自動人形は遺跡の通信機能を利用して強い信号を内部に送っていた。

 しばらくすると内部に生息していたモンスターが大量に自動人形を目指して殺到し、そのまま建物の外まで出てきた。


 モンスターが自動人形に襲いかかる。

 だがその直前に自動人形の姿がき消える。

 そしてそこから大分離れた場所、遺跡の外側の方向に再び姿を現した。


 モンスターの群れはそのまま遺跡の外を目指し、更なる信号に誘導されてアキラ達がいる方向へ一斉に向かっていった。




 全速力で走り続けたシオリはアキラの車にようやく追い付くと、勢い良く跳躍して走行中の車に飛び乗った。

 そして真っ先にレイナの安否を確認する。


「お嬢様!

 御無事ですか!」


 レイナがどこか楽しげに笑う。


「シオリ。

 それ、私の台詞せりふだと思うわ」


「……それもそうですね。

 とにかく御無事で何よりです」


 少し遅れてカナエが車内に飛び込んでくる。


「ちょっと。

 狭いっすよ。

 詰めて下さいっす」


「これで後はアキラだけか」


 トガミが視線をアキラの方に戻すと、バイクを更に加速させながら進んでいるアキラの姿が見えた。


「……ちょっと待て!

 アキラまで飛び込んでくるんじゃないだろうな!?

 まさか、バイクごとか!?」


 その通りだと言わんばかりにバイクが更に加速する。

 慌て出したトガミの前で、アキラはバイクの姿勢制御装置を応用して車体を僅かに上げると、そのままバイクを跳躍させた。

 飛び上がったバイクはそのままアキラの車の屋根に着地した。

 着地音が車内に小さく響いた。


 レイナとトガミが天井を見ながら軽い感嘆の声を上げる。


「……すごいわね」


「あいつ、結構何でも有りだな」


 カナエはアキラの曲芸に楽しげに笑っている。

 シオリは今のを見たレイナが何か影響されないかと心配になって軽く頭を抱えていた。




 アキラはバイクから降りると車の屋根に残ったまま後方に視線を移した。

 モンスターの群れはいまだ健在だ。

 元気良く駆けて追ってきている。

 速度は群れの方が上だ。


『しつこいな。

 アルファ。

 もっと車の速度を上げられないか?』


『無理よ。

 地面は走行に適した状態ではないし、車体には重い装甲タイルがたっぷり貼ってあるし、積み込んだ弾薬も遺物も結構な重量よ。

 荒野仕様の高出力車両とはいえ限度があるわ』


『そうか。

 じゃあ仕方がないか』


『あら、積荷を捨てるの?

 勿体もったいないわね』


『モンスターを追っ払うんだよ!』


『冗談よ』


 アキラがアルファの下らない冗談にめ息を吐きながら、モンスターの群れに向けてSSB複合銃を構える。

 その瞬間、アキラの世界がゆがんだ。


 出力全開で勝手に動く強化服の動きに自身の体の動きを合わせながら、その速度から発生した強い空気抵抗を強引に押しのける動きにすら緩慢さを覚えながら、視界に映るアルファの真剣な表情から現在の危機的状況を理解しつつ、アキラは高速で振り返り敵との距離を詰めていく。


 一度追い払った2体の自動人形が空から高速で落下して車の屋根に着地していた。

 着地の衝撃が車体の強固な装甲タイルを砕き、砲撃にも耐える力場装甲フォースフィールドアーマーを突破して車体をゆがませる。


 装甲タイルの破片がひどくゆっくりと飛び散っていく世界で、男性型が飛び散る破片を押しのけながら銃を素早くアキラに向けて光弾を発射する。


 アキラは至近距離で放たれた光弾を、反動で足下の装甲タイルをし曲げるほどの脚力が生み出した移動速度で辛うじて回避しながら、男性型の懐に飛び込んだ。

 そして右手のSSB複合銃を男性型の胸に突き刺すように押し当てると、その勢いのまま男性型を押し倒した。

 そのまま車体と銃で男性型を挟み込んで回避不可能な状態を押しつけ、SSB複合銃の破損を覚悟した発射速度で銃弾を撃ち出した。


 大量の銃弾が男性型の胴体部分に撃ち込まれる。

 弾丸が着弾とほぼ誤差なく後続の弾丸と衝突する。

 極めて狭い区間内で跳弾を繰り返し、圧力で弾丸同士を結合させる。

 その荒れ狂う銃弾の威力を一点に集中した衝撃が、カナエとの戦闘時に負った損傷箇所から内部に伝播でんぱし、男性型のジェネレーターを破壊した。


 女性型も着地と同時にアキラへの攻撃を開始していた。

 伸縮式の警棒を光刃に変えながら素早く構えを取りアキラに向けて斬撃を放とうとする。

 その攻撃までの僅かな時間の間に、バイクがビルの側面に垂直に貼り付くほどの接地力が生み出した初速で急発進して女性型に激突する。

 その衝撃で女性型の体勢が僅かに崩れて斬撃の軌道が狂う。

 光刃がアキラのそばを通り過ぎ、車体の装甲タイルが発生させた力場装甲フォースフィールドアーマーを切り裂いていく。

 明らかに刀身より長く伸びた斬撃の跡は車体の端を通り過ぎ、その先のモンスターまで両断していた。


 飛び散った衝撃変換光が辺りを照らし、飛び散った装甲タイルが光を遮って影を作り出す。

 光速に追いつけないもの達だけが止まったようにゆっくりと動く世界で、アキラは意識を加速させて自身の体に意思を流し込み、意識の加速に身体を追いつかせようとしていた。


 女性型がアキラをかばおうとするバイクを斬り飛ばすようにける。

 車体を大きく斬りつけられたバイクが屋根から落ちて荒野に転がっていく。

 破壊されたバイクは斬りつけられた瞬間に車体の力場装甲フォースフィールドアーマーを限界まで高めており、女性型の光刃の出力をできる限り奪っていた。


 その間に男性型を撃破したアキラが女性型との距離を詰める。

 光刃の出力が落ちて斬撃を飛ばせなくなった女性型もアキラに合わせたように距離を詰める。

 両者の速度が合わさった結果、アキラは女性型の間合いにその光刃が振るわれるより早く潜り込んだ。


 再度振るわれた光刃をアキラは片方のSSB複合銃の銃身で防いだ。

 拡張弾倉を短時間で空にする発射速度を実現するために、銃本体を発砲の衝撃から保護する力場装甲フォースフィールドアーマーの強度を限界まで上げていたのだ。

 それでも銃が光刃に耐えた時間はごく僅かだ。

 だがその僅かな時間でアキラはもう片方のSSB複合銃を女性型に突き刺し、押し倒した。

 そして男性型を破壊した時と同じように大量の銃弾を女性型の胴体部分に撃ち込んだ。


 カナエの痛烈な攻撃を事前に食らっていた男性型の時とは異なり、女性型はすぐには破壊されず暴れて逃れようとする。

 アキラはそれを強化服の出力を限界まで上げて力尽くで押さえ付けながら銃撃し続ける。

 その弾倉が空になった時、女性型もようやく動きを止めた。

 同時に、アキラもそのまま崩れ落ちた。


 全ては一瞬の出来事だった。




 シオリとカナエが事態の確認のために車両後方の扉から器用に屋根に上がる。

 そしてその場の光景を見て表情を驚きで染めた。


 一度追い払ったはずの2体の自動人形が機能を停止して倒れている。

 アキラもそれらと相打ちになったようにそばに倒れている。

 そしてそのアキラのそばに、メイド服を着た自動人形が楽しげな表情で立っていた。


 シオリとカナエがそのメイド型を敵と見做みなして反射的に動き出す。

 どちらも一瞬で間合いを詰めながら、シオリは発光する刀身を高速で抜き放ち、カナエは力場装甲フォースフィールドアーマーで強化した拳に強化服の出力で駆けた勢いを乗せて繰り出した。


 メイド型はその場から一歩も動かずに微笑を浮かべていた。

 そして右手でシオリの刀をつかみ、左手でカナエの拳をつかんで受け止めた。

 2人掛りの衝撃がメイド型の身体を通って足下に伝わりその場の装甲タイルを押し潰したが、メイド型は全く損傷を受けていなかった。


 シオリ達が自分達の攻撃を容易たやすく受け止められたことに驚愕きょうがくする。

 当然のことのように微笑ほほえんでいるメイド型が口を開く。


「止めませんか?」


 シオリが刀から手を離して飛び退きながら瞬時に銃を構える。

 カナエがメイド型の片足を踏み、片腕をつかんで敵の回避を封じる。

 すかさずシオリがメイド型の顔面を狙って発砲する。


 撃ち出された弾丸はメイド型の手に遮られた。

 メイド型は射線を完全に見切ってはじくどころか、着弾の瞬間まで見切って弾丸をつかんでいた。

 少し遅れてメイド型が弾丸をつかむために離したシオリの刀が足下に落ちて音を立てた。


 メイド型が腕を大きく振ってカナエを引き剥がす。

 飛ばされたカナエはシオリの横に着地した。

 非常に険しい表情を浮かべているシオリ達の前で、メイド型はつかんだ弾丸を荒野に捨て、刀を拾ってシオリに投げ返すと、敵意がないことを改めて伝えるように愛想の良い微笑ほほえみをシオリ達に向けた。


「ご心配なく。

 もう交戦の意思はありません。

 料金分は働いたってやつですよ」


 シオリは戻ってきた刀をつかむと、険しい表情で迷いを見せながらも刀をさやに収めた。

 カナエもそれを見て構えを解く。

 構えは解いたが警戒は全く解いていない。

 シオリも同じだ。

 2対1で劣勢を強いられる相手で、加えて下にレイナがいる状態なのだ。

 瞬時に戦闘を再開する心構えを保っている。


 カナエは切り札の強化薬をひそかに服用すると、その効果が表れるまでの時間稼ぎのために口を開いた。


「戦う気がないのなら、自己紹介ぐらいしてほしいっすね」


 メイド型が少々大げさに礼をする。


「リオンズテイル社所属の汎用人格で、オリビアと申します。

 縁があれば是非とも御贔屓ひいきを」


 シオリ達の表情に強い驚きと隠しきれない動揺が浮かんだ。


 オリビアがスカートの内側から白いカードを取り出すと、それをシオリの方へ軽くはじいて飛ばした。

 シオリがそれをつかみ、いぶかしむようにカードを軽く確認してからオリビアに怪訝けげんな顔を向ける。


「これは……」


貴方あなたにではありません。

 彼が目を覚ましたら渡してください。

 では、失礼」


 オリビアはアキラを指差しながらそう言い残し、軽く一礼する。

 次の瞬間、オリビアの姿が忽然こつぜんと消えせた。

 シオリが慌てて周囲を探るが行方は全く分からなかった。


「……立体映像!?

 どこから!?」


 カナエはどことなく楽しげにも見える様子で顔を少ししかめている。


「……多分そのカードを飛ばした直後にはもういなかったっすね。

 実体を高度な迷彩で隠しながら、立体映像をその場に残して立ち去ったんだと思うっす。

 しかもあの立体映像、消える直前まで気配があったっすよ。

 気配付きの立体映像。

 随分と高度なデコイっすね。

 あれも旧世界製の自動人形なんでしょうけど、いやー、危なかったっすね!」


 カナエは欲求不満を誤魔化ごまかすように少し語尾を強めた。


 車内からレイナの声が響く。


「シオリ!

 そっちで何が起こってるの!?」


「今から戻ります!

 説明はその後で!

 お嬢様達はそのままモンスターの群れに対処してください!

 追い付かれますよ!」


 突然の事態に手を止めていたレイナ達は慌てて銃撃を再開した。


 カナエが意味深な視線をシオリに送る。


「それで、あねさん。

 どうするんすか?」


「……まずは下に戻ってからよ」


 シオリは問われている内容を理解した上で、返答を拒否した。




 シオリ達が車内に戻ってくる。

 カナエは運んできた2体の自動人形を粗雑に車内の奥に投げ飛ばし、シオリは気絶しているアキラを丁寧に横に寝かした。


 シオリは説明を求めるレイナ達をまずは押さえつけた。


「落ち着いてください。

 アキラ様は気絶しているだけです。

 まず、お嬢様はそのままモンスターの対処をお願いします。

 トガミ様は車の運転をお願いします。

 アキラ様が気絶したので、車の自動運転の設定が分からなくなりました。

 最悪の場合、この場で突然まる可能性もあります。

 すぐに運転を手動に切り替えてください」


「わ、分かった」


 トガミが急いで運転席に向かう。

 その辺の割当てを決めるのは本来はリーダーのトガミの仕事なのだが、力関係ではシオリ達の方が上であり、事態の緊急性も考慮して、文句を言わずに駆けていく。


「私とカナエだけでは、上で何が起こったのかは分かりませんでした。

 アキラ様が目を覚まされたら事情を聞く必要があります。

 詳しい話はその後にしましょう。

 それまでお嬢様は引き続きモンスターの対処をお願いします。

 私とカナエは少し休憩に入らせていただきます。

 少々疲れましたので」


「えっ?

 私だけで対処するの?」


 軽い戸惑いを見せるレイナに、カナエが嫌みっぽい笑顔を向ける。


「お嬢。

 私達が戻ってきたら早速甘えるつもりっすか?」


「や、やるわよ!」


 レイナは反射的に言い返した。

 そして内心で大変だと思った。

 トガミとアキラの分を補うのは流石さすがに楽だとは思えない。

 少し引きった顔で必死に銃撃するが、少しずつ群れとの距離が縮まっていく。

 シオリ達の様子をちらっと見ると、シオリ達は本当に休息を取っていた。

 しかもカナエが嫌みっぽく手を振ってきた。


「やってやるわよ!」


 これは一人前扱いされた結果であり喜んだ方が良いのだろうか。

 レイナはそう少し悩みながら必死に銃撃し続けていた。


 シオリはそのレイナと白いカードの両方を視界に入れて、真面目な表情で思案し続けていた。

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