第171話 ツバキの判断

 逃げるアキラ達と追うウェポンドッグ達。

 半壊したビルが建ち並ぶ入り組んだ遺跡で両者の攻防が続く。


 火力の面ではウェポンドッグ達が圧倒的に上回っている。

 アキラを周辺の建物ごと破壊するかのように、銃弾、砲弾、ミサイルを吐き出し続けている。


 アルファはバイクの機動性を生かした精密きわまる運転で敵の攻撃を回避し続けている。

 アキラは高速移動するバイクの周辺から巻き起こる爆風を肌で感じ、時に爆煙に包まれながら、幾ら倒しても減る気配がない敵を狙撃し続けている。


 敵は数も火力も耐久力も勝っている。

 その敵の猛攻に、アキラ達はアルファの弾道計算と地形の把握を基にした卓越した回避能力と、ミサイル等の迎撃や弱点部位を狙撃する照準の精度であらがっていた。


 遺跡の地形を変えながら続いた戦闘がついに終わりの兆しを見せ始める。

 両者の弾薬が尽き始めたのだ。

 それは際疾きわどいところでアキラ達を優勢に導いた。


 ウェポンドッグ達の弾薬は生体精製だ。

 巨大な砲弾やミサイルを数多く発射すれば、生体兵器に組み込まれた自動補給機能でも、旧世界の技術による精製機能をもってしても、弾薬の再供給には時間が掛かる。

 更にアキラは残弾が多い個体を優先的に撃破していた。


 弾切れになった個体が敵を食い殺すために走っても、流石さすがにアキラのバイクよりは遅い。

 更に敵の弾幕が減った分だけ回避行動による移動距離の損失が減る。

 アルファがその余力を直線的な加速にぎ込み、敵との距離を一気に稼いでいく。


 一度傾いた天秤てんびんはもう戻らなかった。

 アキラ達はそのまま遺跡を駆けていき、ウェポンドッグ達から逃げ切った。


 アキラが遺跡の奥部から外周部を通り荒野に出た辺りでバイクをめる。

 そしてバイクにまたがったまま遺跡の方を見る。


『……逃げ切ったよな?』


 アルファが安心させるように微笑ほほえむ。


『あの群れからは完全に逃げ切ったわ。

 元々奥部を住みにしているモンスターだから、行動範囲を広げたとしても外周部の奥側付近が限界よ。

 遺跡の外にまでは出てこないでしょう。

 もし出てきたら都市の防衛隊が躍起になって排除しているはずよ』


 アキラが軽くへたり込むようにバイクに身を預ける。

 そして大きく安堵あんどの息を吐いた。


『……疲れた。

 でも何とかなったか。

 いやー、大変だったな』


『お疲れ様、と言いたいところだけれど、完全に気を緩めるのは都市まで戻ってからにしなさい』


『分かってる。

 でも、少し休ませてくれ』


『仕方ないわね。

 少しだけよ?』


 アキラは軽くうなずくと、疲労を吐き出すようにまた大きく息を吐いた。

 車体に身を預けながら何となく視線を動かすと、車体にくくり付けて運んできた旧世界の遺物が目に入った。


 あんな立派な遺跡から持ち帰ってきた遺物なのだ。

 廃棄品扱いされた品ではあるが、品質に問題はないと言われたのだ。

 ならば相当な高額になっても良いはずだ。

 アキラはそう思い、売却想定額を無意識に上げていき、顔を大分緩ませた。


 バイクが突然動き出す。

 個別に柔軟な移動方向制御が可能な全輪駆動のタイヤを勢いよく回し、移動方向をその場でほぼ真横に変えながら、タイヤの強力な接地力で地面をつかみ急加速する。


 同時にアキラの強化服が勝手に動いて振り落とされないように体勢を整える。

 痛烈な慣性を強化服の身体能力で押さえ込みながら、アキラをその場から高速で離脱させる。


 アキラが反射的に体感時間を圧縮しながら慌てて尋ねる。


『アルファ!

 突然何だ!?』


『休憩は中止!

 敵よ!』


 アキラの後方で爆発が起こる。

 巨大な爆炎がその場に広がり、逃げるアキラに追いついてその姿を飲み込んだ。


 広がった爆煙の中からバイクに乗ったアキラが飛び出てくる。

 アキラは防護コートの力場装甲フォースフィールドアーマーのおかげで無事だ。

 バイクの方も問題ない。

 しかし車体にくくり付けていたリュックサックは爆風の衝撃に耐えきれず外れてしまい宙に飛んでいた。


 アキラが宙を飛ぶリュックサックを思わず目で追う。

 地面にぶつかって跳ねるリュックサックを見て表情を大きくゆがませる。


『俺の遺物が!?

 ここまで運んできたのに!?』


『遺物の心配は後にしなさい!』


 アルファが怒鳴りながら荒野を指差した。

 アキラは険しい表情で視線をそちらに向ける。

 しかしそれらしい敵の姿は見えない。


『いないぞ!

 見えないぐらい遠距離から攻撃されているのか?』


 そう尋ねた直後にアキラが驚きで僅かに硬直する。

 何もない荒野の景色の一部がゆがみ、そこから巨大な機械系モンスターが姿を現したのだ。

 ウェポンドッグに似ているが獣の部分も犬型の機械で生体部分らしい箇所は見当たらない。

 武装は背負っている巨大な大砲だ。


『光学迷彩か!

 ちょっとまて、何であんなやつがここにいるんだ?

 ここはもう遺跡の外だぞ?』


『かなり高度な迷彩持ちよ。

 しかも荒野側から来たようね』


『何で分かるんだ?』


『遺跡側から来たのなら私の索敵に引っ掛かるからよ。

 荒野側はアキラの情報収集機器から得た情報を元に索敵しているの。

 だから敵の発見が遅れたわ』


 アルファがバイクの移動方向を巨大な機械獣の方へ切り替える。

 アキラはそれで逃げずに戦うのだと理解してCWH対物突撃銃を構えようとする。


『アキラ。

 アンチ力場装甲フォースフィールドアーマー弾を使って』


 アキラは弾倉を交換しながら苦笑する。

 万が一の場合の切り札としておまもり代わりに買ったはずの弾丸を、またこんなに早く使うことになるとは思っていなかったのだ。


『……おまもりとして買ったはずなんだけどな』


 アルファがアキラの苦笑を吹き飛ばすように笑う。


『あら、おかげでこの窮地を切り抜けられるのよ?

 ここはその御利益に感謝するところでしょう?』


『物は言いようだな。

 ……この際だ。

 そういうことにしておくか!』


 アキラが笑ってCWH対物突撃銃を構える。

 バイクが更に加速する。

 敵の照準を狂わせるために高速で蛇行しながら距離を詰めていく。

 巨大な砲弾がアキラの脇を駆け抜けていき、後方で爆発を引き起こした。


 敵の砲撃を回避するために急激に曲がるたびに強い慣性がアキラとバイクに襲いかかる。

 アルファは車体の力場装甲フォースフィールドアーマーを慣性制御にも利用して、その移動速度からは考えにくい鋭い角度で移動方向を強引に曲げていく。

 アキラは強化服の身体能力で慣性に強引にあらがいながら銃を構える。


『アキラ。

 ブレードも使うわ。

 準備して』


『そこまで強い相手なのか。

 何でそんな強いモンスターがこんな場所にいるんだ?

 変だろ?』


『現実にいるのだから仕方ないわ。

 対処可能な程度の不運で良かったと思っておきなさい』


『そうだな』


 アキラが苦笑すると、左手でCWH対物突撃銃を構えながら、右手で懐からブレードを、ナイフの柄だけしかない形状の物を取り出して、先を外側に横に向けて握った。

 柄から銀色の液状金属が延びていき非常に長い刃を構築していく。

 刃は3メートル以上も延び続け、人間用としては不釣合いな長さまで延びきった後、青色に発光し始めた。


 アキラがブレードを横に伸ばしたまま砲弾をくぐっていく。

 そして極限まで集中してCWH対物突撃銃の照準を合わせた。


『撃って!』


 CWH対物突撃銃からアンチ力場装甲フォースフィールドアーマー弾が撃ち出される。

 弾丸が機械獣の頭部に命中し、強烈な衝撃変換光が辺りに飛び散った。


 機械獣は敵の弾道を計算しており、自身の力場装甲フォースフィールドアーマーを着弾付近に集中させていた。

 そのため並の戦闘車両程度なら一撃で車体ごと粉砕する衝撃を受けても、体勢を大きく崩す程度の損傷しか負わなかった。

 だが力場装甲フォースフィールドアーマーの防御力を一時的に大きく低下させた。


 機械獣が体勢を崩している間にアキラが一気に距離を詰めていく。

 そして敵の巨体と擦れ違いながらバイクの加速も乗せてブレードを振り払う。

 ブレードが敵の金属の体に食い込み切り裂き、火花を散らし切断音を響かせながら通り過ぎていく。


 バイクが機械獣を通り過ぎ、その背後で反転しながら停止する。

 ブレードの刃は砕け散っていた。


『やったか!?』


 アキラが険しい表情で機械獣を見る。

 基幹部を破壊された機械獣がゆっくりと崩れ落ちた。


 アルファが笑って勝利を告げる。


『倒したわ。

 今度こそ、お疲れ様』


 アキラが大きく安堵あんどの息を吐く。

 そして柄だけになったブレードを見ると苦笑して投げ捨てた。


『高いアンチ力場装甲フォースフィールドアーマー弾に旧世界製のブレード。

 切り札を2枚も消費して何とか勝ったか』


 アキラが大きくめ息を吐く。

 ブレードはツバキハラビルから持ち帰った遺物で、売らずに自分で使おうと懐にしまった物の一つだ。

 まだ残っているが、早速消費してしまったことに違いはない。


 アルファが気落ちしているアキラを元気づけるように笑って明るい声を出す。


『勝ちは勝ちよ。

 項垂うなだれていないで、遺物を拾って帰りましょう』


 アキラが少し驚きながら意外そうな顔をする。


『拾って帰るって、あれ、壊れてないのか?

 あんなに派手に飛んでいったけど大丈夫なのか?』


『廃棄品ではあるけれど、品質に問題はないって言ったでしょう?

 旧世界の遺物は結構頑丈なのよ。

 多分問題ないわ。

 それに少しぐらい壊れていたとして、貴重な遺物に違いはないもの。

 十分売れるわ』


 アキラがうれしそうに笑う。

 あれだけ派手に飛んでいったのでもう駄目になったと思っていたのだ。

 機嫌を取り直して遺物を拾いに向かった。


 アキラは飛んでいったリュックサックや中から飛び散っていた遺物を拾い直すと、それを抱えながらバイクにまたがった。

 バイクの運転をアルファに完全に任せて、遺物を落とさないように両手で抱えて、少々四苦八苦しながらクガマヤマ都市へ帰っていった。

 その場には巨大な機械獣の残骸だけが残された。




 ツバキハラビルの奥で、ビルの管理人格であるツバキが操作する自動人形がつぶやく。


「倒したか」


 ツバキはアキラ達の戦いを観察していた。

 ウェポンドッグの群れと交戦する様子も、機械獣を破壊して去っていく姿も、モンスターに備わった通信回線を通してしっかり捉えていた。


「正確な戦力の把握には遠い。

 だが、配慮する理由には達していると判断しよう」


 アルファはツバキと交渉してアキラに廃棄品を手に入れさせた。

 その交渉を成功させた背景には、アルファとツバキの力の差もあるが、ツバキの管理区域内で戦闘になった場合に発生する被害の考慮も大きい。


 廃棄品を与えれば大人しく引き下がるのならば、不必要な損害を被る必要はない。

 ツバキがアルファの提案を受け入れた理由はそこにある。

 言い換えれば、ありを踏みつぶす程度の労力で済むのならば、アキラを殺していたのだ。


 立場の差はあれど、もしアルファがありを竜だと虚言まがいの誇称をするほどに自分を軽視しているのであれば、ツバキは相応の対応をするつもりだった。

 ウェポンドッグの群れや機械獣はツバキがその確認のために動いた結果だ。


 ツバキはこの結果をもって、取りあえずアルファという背景込みで、アキラを配慮に値する存在だと判断した。

 良い意味でも、悪い意味でも。




 アキラはツバキハラビルから持ち帰った旧世界の遺物をすぐに売りに行くつもりだった。

 しかしアルファに止められた。

 また妙なうわさが発生しないように、発生しても実害をなるべく抑えられるように、いろいろと小細工をする。

 そう説明されたのだ。

 自宅に帰った後は、持ち帰った遺物を自宅の倉庫部屋に詰め込むと、装備の手入れなどを済ませて休憩に入った。


 翌日、アキラは少量の遺物を比較的無事だったリュックサックに詰めると、バイクに乗ってそれを持って荒野に出た。

 そしてヒガラカ住宅街遺跡まで行くと、そこで訓練などをしてしばらく時間を潰してから、非常に大回りをしてクガマヤマ都市まで戻り、ようやくカツラギに遺物を売りに向かった。


 カツラギは店舗を兼ねたトレーラーをいつもの場所にめて店番をしていた。

 そこにアキラがバイクで現れたので、あからさまに不満そうな様子で声を掛ける。


「アキラか。

 また回復薬の補充か?

 ハンター稼業の方はどうなってるんだよ。

 流石さすがにそろそろ遺物を売りにきてほしいところなんだがな」


 アキラはカツラギの大分期待の薄れた様子の催促を聞いても、いつも通りの態度を崩さなかった。

 そしてその態度に似合った口調で答える。


「ああ。

 今日の用事はそっちだ」


 カツラギが不満そうな表情を一変させて商売人の笑顔を浮かべる。


「おっ!

 そうか!

 やっとだな!」


 だがその笑みもすぐに怪訝けげんなものに変わる。


「……で、その遺物は?」


 アキラが小さなリュックサックをカツラギに見せると、カツラギは表情を不満と落胆の混ざったものに変えてめ息を吐いた。


 以前のアキラが遺物を売りに来たときは、かなり大きなリュックサックに限界まで遺物を詰め込んでいた。

 強化服無しでは移動も難しいほどの量だった。

 カツラギは同程度の量を期待していたのだが、今回は小さなリュックサックで、しかも中身がほぼないのかへこんでいる。

 量は全く期待できない。


「それだけかよ……。

 まあいいや。

 上がれ」


 カツラギはアキラをトレーラーの従業員控えの部分に入れると、テーブルに向かい合って座った。

 そしてやる気がなさそうな態度で応対する。


「まあ、じゃあ、鑑定するから遺物を出してくれ」


 アキラがリュックサックから遺物を取り出してテーブルの上に置く。

 立方体型の透明なケースに入った金属やゴムのような球形の物体。

 旧世界製の情報端末。

 それが6個無造作に置かれる。


 興味の薄そうなカツラギの表情が僅かな間を置いて固まる。

 そして驚きで目を見開いた後、食い入るように凝視する。


「こ、これは……、い、いや、待て、本物か?

 おい、これをどこで見つけてきた?」


「どこって、遺跡からだ」


「そうじゃねえ。

 どこの遺跡だ?」


「内緒だ」


「な、内緒って……」


 カツラギは軽い動揺と困惑を見せていた。

 アキラが軽い不満を見せる。


「出所を白状しないと買い取らねえって言うのなら他所に持っていく。

 一応約束通りまずはカツラギのところに持ってきたんだ。

 筋は通したぞ」


 カツラギが遺物をリュックサックに戻そうとするアキラを見て慌てて止める。


「待て待て待て待て待て!

 待て!

 ちょっと待て!

 戻すな!

 鑑定するからそこに置け!

 コーヒーぐらいは出してやる!

 それを飲んで待ってろ!」


 カツラギがコーヒーを入れてきてアキラの前に置く。

 そして鑑定用の器具類を持ち出して遺物を念入りに調べ始める。

 アキラはコーヒーを飲みながら、そうやって平静を装いながら、鑑定の様子を横目で見ていた。


 カツラギが単眼顕微鏡のような器具を片目に着けて、難しい表情で遺物をのぞき込みながら、何げないように装いながら尋ねる。


「なあアキラ。

 お前、これを何だと思ってるんだ?」


「高値で売れそうな遺物だと思ってる」


「高値って、具体的には幾らぐらいだ?」


 そこにアルファが割り込む。


『アキラ。

 思いっきり吹っ掛けて』


「10億オーラム」


 その額を聞いたカツラギが軽く吹き出した。


「いやいやいや、10億オーラムって、旧世界製の情報端末だからって、幾ら何でもその額はねえだろう。

 流石さすがに桁が間違って……」


 カツラギがそこまで言ってアキラの視線に気付いた。

 軽い不信と非難が込められていた。


「俺がそれを知らずに安い額を口にしたら、その安値で買い取る気だったな?」


 カツラギが誤魔化ごまかすように笑う。

 しかし誤魔化ごまかし切れていない。

 普段のカツラギならこのような失敗はしない。

 想像していなかった高値の遺物に動揺した結果だ。


「それは誤解だって。

 お互いに最低限の情報ぐらいは共有しておかないと買取り額でめかねないからな。

 一応確認しただけだ」


「どうだかな」


「そう言うなよ。

 お前だって俺が予想外の高値を提示しても、それはそれで不審に思うだろう?」


「俺は高い分には文句をつける気はないけどな。

 それで、査定は済んだのか?」


「まあ待てよ。

 予想外の高値になりそうなんだ。

 俺も遺物の鑑定が本職じゃねえ。

 しっかり鑑定しないと値段を付けにくいんだよ。

 できれば数日預かってしっかり調べたいんだが、駄目か?」


「駄目だ」


 カツラギがアキラをなだめながらも不満を見せる。


「それぐらい良いじゃねえか。

 俺とお前の仲だろう?

 ちゃんと時間を掛けてしっかり鑑定した方が絶対良いって。

 俺の知り合いの鑑定業者とかを介せば鑑定書ぐらいは付くかもしれないぞ?

 さっきも言った通り、俺は遺物の鑑定が本職じゃねえんだ。

 絶対そっちの方が良いって。

 な?」


 しかしアキラは首を横に振る。


「駄目だ。

 悪いが俺もそこまでカツラギを信じているわけじゃない。

 俺の手元から離れた後で偽物にり替えられて、やっぱり安値の遺物だったから返す、なんてことは避けたいんだ」


「大丈夫だって。

 信用ねえな」


「信用あふれる言動を普段からしていないからだ。

 さっきのも含めてな」


 カツラギが誤魔化ごまかすように笑いながら少し大げさに目をらした。

 アキラが軽いめ息を吐く。


「まあ、俺もカツラギがそこまでするとは思ってないよ。

 でも一度手放すとどこまで流れていくかは分からないからな。

 知り合いの知り合いの知り合いまでは信じられないってだけだ。

 万一何か起こったら、カツラギが全責任を取って俺に10億オーラム払ってくれるって言うのなら、持っていっても良いぞ?」


 カツラギが苦笑する。

 ハンター相手の商売人としてアキラの言いたいことは分かるのだ。


「いや、流石さすがにそれはな。

 しかしなあ……」


 カツラギが再びうなり始める。

 遺物の鑑定が本職ではないのは事実なのだ。

 自身の鑑定技術や手持ちの調査機器では手に余るのも事実なのだ。

 そしてしばらく考えた後で妥協案を提示する。


「俺の知り合いの鑑定業者をここに呼ぶってのは駄目か?」


「俺の前で鑑定するなら好きにしてくれ」


「良し!

 ちょっと待ってろ!」


 カツラギは情報端末を握って早速準備を始めた。


 しばらくするとカツラギが呼んだ数人の鑑定人達がやって来た。

 そして携帯可能な少々大げさにも見える大きさの調査機器を使用して遺物を調べ始めた。


 アキラは追加のコーヒーをすすりながら一見平然とそれを見ている。

 しかし内心では少し慌てていた。


『何か、随分大げさなことになってきたな。

 随分調べているけど、やっぱり機械類だし、あの衝撃で壊れていたか?』


 アルファはいつも通りに微笑ほほえんでいる。


『大丈夫よ。

 アキラはもっと堂々と高値で売れて当然のような態度をしていなさい。

 弱気を見せると付け込まれるわよ?』


『わ、分かってるよ』


 アキラはコーヒーをすすって気を落ち着かせながら、余裕の態度を維持する努力を続けた。


 遺物の鑑定が続けられる中、カツラギともう一人が席を外して奥に行く。

 そしてアキラに聞こえないように小声で話し始める。


「おいカツラギ。

 あの遺物を持ち込んだのはあのガキなのか?」


「どうでもいいだろう。

 鑑定だけしっかりやってくれ。

 どうなんだ?

 本物か?」


「持ち込んだ機器では精度に限度があるから確証はできないが、恐らく本物だ。

 品質も問題なさそうだ。

 強いて言えばケースに少々ゆがみがあったが、あの程度なら中身に影響はないはずだ。

 で、どこの遺跡から出てきた品なんだ?」


「しつこいぞ。

 開けて中を調べられないのか?」


「あの手の遺物には正しい手順で開封しないと中身を駄目にするものもある。

 体内に取り込むタイプの品とかは特にな。

 あの粉状の品はその手のものだと思う。

 勝手に開けて遺物を駄目にしたら責任なんか取れねえよ。

 何で出所を話せないんだ?

 あのガキが何も知らないただの運び屋だからか?

 遺物を見付けたハンターは別にいるのか?

 お前も出所の偽装に一枚んでるのか?」


「いいかげんにしろ。

 俺の客が持ち込んだ遺物の鑑定を頼んだ。

 それで良いだろうが。

 あんまりしつこいと、この件から外すぞ?」


 カツラギがそう言ってにらみ付けると、相手は舌打ちして追及を止めた。


 その後も入れ替わり立ち替わり遺物の調査結果の報告や相談、関連する密談などが続けられた。

 ようやく結論が出ると、カツラギは呼んだ者達を一度トレーラーの外に追い出した。

 そして遺物を挟んでアキラの向かいに座ると商売人の笑みを浮かべる。


「待たせたな。

 査定は終わったぞ。

 で、その金額だが、お前は即金即払いを希望している。

 ハンターオフィスの買取所だって普通は最短でも翌日で、下手をすれば数週間待たされるんだ。

 それを考慮に入れて聞いてくれ。

 良いな?」


「分かった。

 それで、幾らになるんだ?」


 カツラギが会心の笑みを浮かべる。


「6000万オーラム。

 これでどうだ?」


 アキラが表情を僅かに固くする。

 そしてどことなく険しい表情で、テーブルの上の遺物を黙ってじっと見詰める。


「おい、黙ってないでその額で良いのか答えてくれ」


 アキラの表情は予想外の高額に顔を緩ませるのを押さえた結果だ。

 遺物を凝視しているのは高額が付いた驚きで思わずまじまじ見てしまっているだけだ。


 しかしカツラギは焦りのためか、アキラの態度をその額で良いか悩んでいるように捉えてしまった。

 そしてもっとよく見るために遺物を手に取ろうとしたアキラの動きを、遺物を売らずにリュックサックに戻そうとする動作と捉えてしまった。


「おい!

 待て!

 考え直せ!

 6000万、6000万オーラムだぞ!?

 はっきり言っておく。

 もしそれをハンターオフィスの買取所に持ち込んだとしても、良くて5000万ぐらいだ。

 絶対に6000万にはならない。

 そりゃその分ハンターランクが上がったりはするだろうが、お前は金の方が良いんだろう?

 金の方が良いなら、悪いことは言わないから、俺に売っておけって」


 アキラは手に取った遺物とカツラギの顔を黙ったまま見比べている。


「それにハンターオフィスの買取所に持ち込むと絶対にいろいろ聞かれるぞ?

 他の買取業者だって同じだ。

 お前、遺物の出所を話したくないんだろう?

 俺なら何も聞かずに黙って買い取る。

 下手に吹聴ふいちょうもしない。

 お前もその方が都合が良いはずだ。

 だから俺に売っておけって」


 アキラは黙ったままだ。

 カツラギが焦りを高めて一歩踏み込む。


「分かった!

 条件付きで7000万オーラム出す!

 これでどうだ!

 流石さすがに俺もこれが限度だ!

 これで無理なら諦めるぞ!」


「条件って?」


 カツラギはアキラの前向きな意見を聞いて僅かに表情を緩めた。

 そして少し落ち着きを取り戻し、焦りを残しつつも商売人の笑みで続ける。


「7000万出すが、金で支払うのは3000万だ。

 4000万は俺の商品を買って相殺だ。

 どうせ回復薬をたっぷり補充するんだろう?

 問題ないはずだ。

 他の商品でも良いし、何か必要な物を注文してもいい。

 代金前払いってことでな。

 あと、また似たような遺物を手に入れたら、まずはちゃんと俺のところに持ち込むこと。

 これが条件だ」


 アキラは考え込む振りをして内心を落ち着かせていた。

 カツラギは内心の焦りを強めながら返答を待っている。

 妙な緊張感が流れている中で、アキラが平静を保った静かな口調で返答する。


「……分かった。

 それで良い」


「よし。

 すぐに振り込むから確認してくれ」


 カツラギはアキラの気が変わらないうちに急いで振り込み処理を済ませた。

 アキラが入金の確認を済ませてそれを伝えた。


「よし。

 取引成立だな」


 カツラギは笑って大きく息を吐いた。

 そして買い取った遺物を頑丈そうな収納ケースに丁寧に収納する。

 その後に収納ケースを外に追い出した者達に渡して戻ってきた。

 外でも外の者と僅かな駆け引きがあり、それも上手うまく行ったので非常に満足げな様子だ。


「なかなかの取引だった。

 さて、これからは俺の商売の時間だな。

 まずは回復薬か。

 持ってくるからちょっと待ってろ」


 カツラギが回復薬の在庫を抱えて戻ってくる。

 テーブルに置かれた回復薬の中には、アキラが最近常用している200万オーラムの回復薬とは違う製品が含まれていた。

 カツラギがそれをアキラの前に置く。


「俺のお勧めはこれだ。

 お前のために特別に仕入れておいた高級品だ。

 1箱500万オーラムだ」


「500万オーラムって、流石さすがにちょっと高くないか?」


 アキラが顔をしかめるが、カツラギは笑顔で続ける。


「本来はもっと東側の地域で活動するハンター向けの製品だからな。

 割高なのは仕方ない。

 高級品ってのはそういうものだ。

 だが良い品だ。

 言っただろう?

 お前のために特別に仕入れたって。

 はっきり言って、お前の回復薬の消費量は売っている俺すらちょっと不安になるぐらいだ。

 心当たりとかないのか?」


「……まあ、それは」


 アキラの回復薬の消費量は、超人を目指して無茶むちゃをしていると誤解されるほどだ。

 残留ナノマシン除去薬の服用を始めているが、それを消費しきるにはまだ時間が掛かる。

 次の本格的な遺跡探索はそれを飲み終わってからにする予定だ。


 カツラギが相手の納得を深めるように強くうなずく。


「だろう?

 そこでこの製品だ。

 これは回復薬を多用するハンター向けの製品で、残留ナノマシン問題の軽減に力を入れている。

 短期間に多用しても残留ナノマシンの影響がかなり低い。

 更に多用しないで済むように回復効果も高く、治療用ナノマシンが治療可能状態で体内にとどまる期間も長い。

 まさにお前向きの製品だ。

 今回は2箱仕入れてある。

 買っていけって。

 4000万オーラムもあるんだ。

 この手の命に関わる品をけちる必要なんかないだろう?」


「分かった。

 買うよ」


「毎度あり。

 お前なら買ってくれると思っていたよ」


ちなみに、俺が買わなかったらどうするつもりだったんだ?

 500万オーラムの回復薬なんて、この辺で売れるのか?」


「それはお前、まあなんだ、俺の商才だ。

 お前ならいずれこれぐらいは楽勝で買えるぐらい稼ぐハンターに成る。

 俺の商才がそう確信させたってことだ」


「どうだか」


 自慢げに語るカツラギに、アキラは半信半疑の視線を向けていた。


 カツラギは別にうそは言っていない。

 だが売れ残った場合に備えて、知り合いの業者を通して他所の都市に送って損失を最低限にする手筈てはずは整えていた。

 それもまたカツラギの商才なのだ。


 アキラは500万オーラムの回復薬を2箱、200万オーラムの回復薬を5箱購入し、更に追加で500万オーラムの回復薬を2箱注文しておいた。

 残りの1000万オーラムは保留にして、後で適当な小物を買う際に使用することにした。


 用事を済ませたアキラがバイクに乗って去っていく。

 カツラギがアキラの後ろ姿を見ながらつぶやく。


「このままアキラが遺物を持ち込んでこなかったら、アキラとシェリルの扱いを逆転させる必要があるとも思っていたんだが、まさかこんなものを持ち込んでくるとはな。

 シェリルの方も上客になりそうだし、俺の商運もまた上がってきたか?

 ここが賭け時か?」


 いつか統治企業に成り上がり、広範囲な統治経済圏を得て企業通貨を発行する。

 大望を夢見るカツラギはそれを実現する足掛かりを感じて満足げに笑っていた。

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