第166話 暗躍者達

 エゾントファミリーとハーリアス。

 巨大徒党同士の抗争の余波はスラム街にも及んでいた。

 そこら中から銃声が響く中、エリオ達はカツラギから購入した拠点防衛用の簡易防壁なども使用して拠点に立て籠もり、何とか難を逃れていた。

 それでも徒党員の動揺はひどく、エリオやアリシアのような幹部的な者が何とか暴走を抑えていたが、かなりぎりぎりの状況が続いていた。


 アキラともシェリルとも連絡が取れない。

 それは徒党の規律を大きく揺らがせていた。

 徒党の者達は自分達の組織がその2人に大きく依存していることを再確認しながら、何とか急場をしのぎ続けていた。


 そこにアキラとシェリルが現れる。

 アキラが軽く引くほどの歓声が上がり、徒党の者達がアキラ達に群がる。

 シェリルは何とかそれを収めようとしていたが、騒ぎはなかなか治まらなかった。


 アキラはシェリルを送り届けたらすぐに帰るつもりだった。

 だがシェリルはこの場でアキラを帰したら場の混乱に拍車が掛かると思い、アキラに頼み込んでとどまってもらった。

 そしてまとめ役の者達に自分がいない間の状況をまとめて報告するように指示を出した。


 徒党の者達はシェリルからいろいろ話を聞きたかった。

 だがシェリルが強い口調で指示を出したことと、そのそばにいるアキラが騒ぎに少しいらついて不機嫌そうな様子を見せていたことで、少し落ち着きを取り戻して各自の作業に入っていった。


「シェリル。

 何とかしてここのやつらと連絡ぐらい取れなかったのか?」


「キャロルさんに止められていました。

 アキラから私の護衛を請け負った以上、万一の事態を想定して、アキラ以外の人物に私の居場所や状況を伝えるのは避けたい。

 そう言われました。

 一応アキラと連絡を取ろうとしたんですが、その、つながらなくて」


「悪いな。

 こっちもあの後いろいろ立て込んでたんだ」


 疲れたのでぐっすり眠っていました、とも言いづらく、アキラは適当に誤魔化ごまかした。

 うそは言っていない。

 あの後大変だったのは本当だ。


「いえ、助けに来てくれただけでもすごうれしかったです。

 ……あと、その、あのヴィオラって人を、私達の徒党の顧問にするって話も、助かります」


 シェリルは何とか不安や不満の類いを表情と口調ににじませないように努力した。


 シェリル達の徒党は今のところアキラの利益になっていない。

 その目処めども立っていない。

 それはシェリルも理解している。

 だからこそ、シェリル達の徒党から利益を出すために徒党の頭をヴィオラにすげ替える、それがアキラの意図だったとしても、シェリルにそれを拒む術はない。


 アキラに見捨てられたらシェリルは生きていけない。

 それを防ぐために徒党の運営をこれからも必死で続けるつもりだった。

 その支えが奪われそうな状況に強い危機感を覚えていた。


 アキラが少し真面目な顔をする。


「ああ、俺の方で勝手に決めた上に、ちょっと図々ずうずうしい話なんだが、そのことで頼みがある。

 シェリル。

 ヴィオラのことを見張っていてくれ」


「見張り、ですか?」


「ああ。

 ヴィオラがまた変なことをしようとしていたら教えてくれ。

 近くにいれば気付きやすいだろう。

 加えて、シェリルがヴィオラを役に立たないと思ったら殺して良い。

 それが俺がヴィオラを生かしておく条件だからな。

 シェリルが自分でするのは難しいと思ったら、俺に殺す理由を添えて教えてくれ。

 俺が殺す」


「わ、分かりました!」


「ん?

 頼んだ」


 アキラは随分と気合いの入った返事をしたシェリルを少し不思議に思ったが、深くは気にしなかった。


 シェリルはアキラが徒党の頭をげ替える気などないことを知って喜び、アキラの頼みと期待に応えるために気合いを入れていた。


 アルファはシェリルとは別の方向でアキラのヴィオラの扱いに疑問を覚えていた。


『アキラ。

 ヴィオラの扱いは本当にそれで良いの?』


『え?

 アルファはヴィオラを殺した方が良いと思ってたのか?』


 むしろアルファは止めるがわ

 そう考えていたアキラが意外そうにする。

 ヴィオラの言葉が事実なら、ヴィオラを殺せば数十億オーラムの賞金が懸かるのだ。

 額に誇張が含まれていたとしても、賞金自体は掛かるのだろう。

 それ自体が完全にうそならば、アルファはヴィオラの表情などからそれを察知して伝えたはずだ。

 アキラはそう考えていた。


『そういう訳ではないけれど、アキラにしては随分あっさり引き下がったように見えたの。

 それが少し気になっただけよ。

 あのスリに関しては、何が何でも殺す気で、あの拠点に力尽くで乗り込む真似まねすらしたでしょう?

 それと比べると、ちょっとね』


『……まあ、一度殺す気で撃った後だからな。

 あそこまで脅しても駄目だったら、また考えるさ』


 確かに都合良く動かされはしたが、それはアキラを直接殺害するためではなく、更に一度殺す気で撃って多少は気が晴れた。

 それもヴィオラを生かした判断を産んだ理由ではある。

 だが、アキラにその自覚はないが、別の理由も存在していた。


 それは死体を積み上げる以外の方法で自分の身を守れるかどうかの確認だ。

 敵対した相手を中途半端に生かしてしまえば後で必ず復讐ふくしゅうに来る。

 だから殺す。

 相手を見逃せるほど自分は強くないのだから。

 アキラの脳裏にはそれがこびり付いている。


 アキラは他の手段を手に入れたかった。

 それが身の程をはるかに超えた高望みだとしても、手を伸ばすぐらいはできるのだ。


 手が届くかどうかは、全く別の話だが。




 ヴィオラが病院のベッドに横たわっている。

 既に治療済みであり、命に別状もなく、数日横になっていれば後遺症もなく退院だ。


 近くの椅子に座って雑談をしていたキャロルが、少し真面目な顔を浮かべて唐突に話題を変える。


「それでヴィオラ。

 今回のは何の仕込みだったの?」


 ヴィオラが不思議そうな顔をする。


「急に何の話?」


「アキラに撃たれたの、わざとでしょう?」


 キャロルの口調は軽いものだったが、絶対の確信が込められていた。


「アキラと会えばああなる可能性に気づけないほど間抜けじゃないでしょう。

 私とシェリルを連れてあの事務所に向かうのを決めたのはヴィオラよ。

 ヴィオラの事務所は他にもあるけど、近場に病院があって、自動治療キットの置き場所を私も知っている場所はあそこだけ。

 アキラとの交渉の前半も、わざとなんでしょう?

 もし銃口が頭を狙っていたら、あんな挑発はしなかったはず。

 私の行動を読んだ上で、アキラに撃たせた。

 一度殺す気で撃たせて、ヴィオラへの敵意を弱めるためにね。

 そして命乞いを装って比較的自然にシェリルの徒党に介入する口実を作った。

 アキラの敵意を一度弱めた後に、アキラとシェリルの両方の利益を提示してね」


 キャロルが意味深に笑う。


「そもそも、アキラとシェリルはも角、私も含めて装うつもりなら、初めからもっと上手うま誤魔化ごまかしているでしょう?

 それとも、最近そっちの腕が落ちてきているの?」


 ヴィオラが心外だと言わんばかりの表情を作って笑う。


「考えすぎよ。

 キャロルに助けてもらわなければ、あのまま死ぬところだったわ」


「私はヴィオラを友達だと思っているけれど、それでもその言葉を欠片かけらも信じられないのが、貴方あなたたちの悪さよね」


 キャロルもヴィオラが何かを装っていることぐらいは楽に見抜けるが、何をどこまで装っているかまでは見抜けない。

 装っているようにさえ装って、その意図を見抜かせない。

 その真偽を、裏の意図を見抜こうとして行動すると、いつの間にかヴィオラの思い通りに動かされており、気付けば奈落に落ちている。

 キャロルはヴィオラの近くでその手の人間を何人も見てきた。


 キャロルが少し不敵に微笑ほほえむ。


「まあ、私の顧客候補に手を出したことは、その顧客候補から撃たれたってことで気も済んだし、見逃してあげるわ。

 それも含めて撃たれたんでしょうけどね」


「そんなつもりはなかったのだけど、それでキャロルの気が済んだのなら、そういうことにしておくわ」


 ヴィオラとキャロルは互いに余裕の笑みを浮かべていた。


 部屋にノックの音がする。

 数名の男達が返事も聞かずに入ってくる。

 そして代表の男が身分証を見せながらヴィオラ達に告げる。


「ヴィオラ・アーラハンツだな?

 クガマヤマ都市長期戦略部治安管理課のエンドウという者だ。

 先日発生した大規模抗争への関与について話を聞かせてもらう」


 エンドウの部下達が病室のドアを塞ぐように立つ。

 それを見てヴィオラがめ息を吐いた。


 キャロルがエンドウに尋ねる。


「私、関係ないんだけど、帰っても良いかしら?」


「構わない。

 そもそも部外者にはお引き取り願う。

 事情聴取とはいえ、部外者には聞かせられない話題も出るのでね」


「そう。

 じゃあヴィオラ、私は帰るわ」


「あら、随分と薄情ね」


「知らなかったの?」


 笑って冗談に冗談を返してから、キャロルは軽く手を振って病室から出て行った。

 病室のドアを塞いでいた者達の半数が一緒に外に出ると、そのままドアの前に立って病室を外からも塞いだ。


 エンドウが鋭い目つきでヴィオラの前に立つ。

 ヴィオラは余裕を保っている。


「それで、その事情聴取に付き合えば良いの?」


「不要だ。

 事情聴取は我々がこの場に来る名目だ。

 勿論もちろんその書類は作成するが、それはこちらで処理する」


「じゃあ何をしに来たのよ」


「仕事の報告を聞きに来たのだよ」


「わざわざ出向かなくても後で報告書を送るわよ?」


「上からの催促だ。

 まあ、当初の規模よりかなり大きな騒ぎになった上に、君が入院したという報告が上がったのだ。

 加えてドランカムの構成員まで現場に出向いたという情報が届いている。

 早めに状況を確認したいのだろうな」


 そこまで話した後で、エンドウがあきれに近い表情を浮かべる。


「しかしまあ、何というか、一介のハンターがスリに金をすられたという程度の話から、よくあの規模の騒ぎを引き起こしたものだ。

 大した手腕だな」


 ヴィオラが不敵に笑う。


「あれは着火点にすぎないわ。

 火薬庫の周りのちょっとしたボヤ、不審火のようなものよ。

 その火がしっかり炎上するように手間ひまを掛けた下準備の方を重視してほしいわね」


 クガマヤマ都市は下位区画のスラム街に近い区域の勢力図など基本的には気にしない。

 その辺りで大小様々な組織の抗争が発生し、その余波で大勢死人が出ようとも、それを防ごうと介入したりはしない。


 しかし何事にも限度がある。

 エゾントファミリーとハーリアスはその限度を超えてしまった。


 抗争に勝ち抜き、統率の取れた巨大組織に成長し、その組織を維持するだけの金と戦力を保持するようになった。

 下位区画の繁華街にまで届くほどの強い影響力を持ち、人型兵器の購入、整備、運用まで可能にするほどの経済力を得た。

 そこまでは問題ない。

 組織の経営に成功して成り上がる。

 それは統企連が支配する東部では称賛するべきことだからだ。


 問題は、その組織の性質が東部の企業倫理にそぐわないことだ。

 真っ当な企業の統治、運営、経済活動に反することだ。

 防壁の外側に住む野蛮な人間が人型兵器を運用するほどの戦力を保持して、防壁に比較的近い場所で活動している。

 それは防壁内の住人の安心感にも影響する。

 それが防壁の価値を高めるのならば良いが、程度を超えれば悪影響にしかならない。

 最悪の場合、住人に他の都市への移住を検討されてしまう。


 時にはその手の組織が建国主義者とつながりを持つこともある。

 建国主義者が強力な兵器類をそれらの組織に流し、人員を潜り込ませ、決起時の戦力として活用するのだ。

 そこまで行かなくとも兵器類の売買は建国主義者の資金源になる。

 防壁内の住人の不安をあおるだけでも効果はある。


 都市はその前に手を打たなければならない。

 該当する組織を潰すのは戦力的には簡単だ。

 何の問題もない。

 防衛隊を派遣すれば事足りる。

 大規模なモンスターの襲撃や、まれに発生する都市間抗争用の戦力なのだ。

 下位区画から湧いて出た程度の戦力など容易たやすく蹴散らせる。


 しかし費用的には問題だ。

 当然だが防衛隊を派遣すれば多額の費用が掛かる。

 その費用を支払う必要になるまで事態を放置、悪化させた責任も問われる。


 そのため都市はより安価な手段を採用した。

 都市にとって目障りな組織同士を潰し合わせるのだ。

 当然それにも費用が掛かるが、防衛隊の派遣費用と比較すれば桁が幾つも下がる。

 十分安価だ。


 ヴィオラは都市からその工作を請け負っていた。

 つまり都市の外部協力者、雇われ工作員だった。


 ヴィオラは今まで他にも多くの人や組織を潰してきたが、その中には都市からの依頼もそれなりに混ざっていた。

 その功績は上々で都市からも高く評価されていた。

 下手をすると、都市からもその手腕を恐れられるほどに。


 なお今回の騒動に都市側が関わっていることを知っているのは、都市の職員でも一部の者だけだ。

 そしてドランカムに依頼を出したのは知らないがわの者達だ。


 当然エンドウは知っているがわの人間だ。

 そのエンドウでさえ、ヴィオラからの報告を内心で恐々としながら聞いていた。

 いろいろとえげつない内容が多々含まれていたからだ。


「……少し話がずれるが、こちらの人員が3名ほど行方不明になっている。

 何か知らないか?」


「それはその件の調査依頼かしら?」


「いや、雑談だ」


「そう。

 下位区画は壁の内側とは違って治安が悪いの。

 馬鹿なことをして、下らないめ事にでも巻き込まれたんじゃない?」


「例えば?」


「そうねぇ。

 都市とのつながりをほのめかして、嫌がる女性に手を出したとか。

 その手の背景を口説き文句にするのは良いけれど、脅し文句にするのは品が足りないと思わない?

 そういう人は加減を間違えやすいから、下らないめ事に巻き込まれる可能性も上がるのよね。

 統企連がハンターの倫理向上に予算を組むのも分かるわ。

 品性って、大切よね?」


 ヴィオラが意味深に笑う。

 エンドウは何とか表向き平静を保った。




 シェリルが自室で深刻な表情を浮かべている。

 その原因は通話相手であるヴィオラからの情報だ。


「……その話、本当なんですか?」


「別に信じろとは言わないわ。

 ただまあ、私も貴方あなたに悪いことをしたと思っているのよ?

 だからアキラよりも先に貴方あなたにこの情報を伝えたの。

 おびの意味も兼ねてね」


 情報端末を介しての会話だ。

 相手の表情は分からない。

 だがきっと笑っている。

 一見優しげなあのたちの悪い笑顔を浮かべている。

 シェリルはそう確信していた。


「脅し、ですか?」


「違うわ。

 言ったでしょう?

 おびだって。

 ああ、もう少し補足すると、アキラは既にあのアルナっていうスリを始末し終えたわ。

 だからそれが露見しても、機嫌を大きく損ねたりはしないと思うわ。

 アキラが自力でそれに気付いたり、貴方あなた達がそれを意図的に隠していたと誤解したりしなければね」


 シェリルはアキラが大きく機嫌を損ねた光景を想像してしまい震えてしまう。

 あの日、非常に機嫌の悪いアキラがシェリルの前でアルナを殺すと宣言した時の光景だ。

 しかも下手をすると今度はその殺意を向ける対象がシェリル達になり兼ねないのだ。


 動揺を抑えようと必死になっているシェリルに、ヴィオラの普段と何ら変わらない口調の声が突き刺さる。


「先手を譲っただけよ。

 貴方あなたの方から白状した方がアキラの機嫌を損ねにくいと思ってね。

 勿論もちろん、無理強いはしないわ。

 ただ、貴方あなたが何の対処もしないのであれば、私からアキラに教えるわ。

 私も有益な情報を伝えたりしてアキラの機嫌を取らないといけないの。

 分かるでしょう?

 じゃあね」


「ま、待ってください」


「何かしら?」


「……こちらで対処します。

 有益な情報を提供していただいて、ありがとう御座いました」


「どういたしまして」


 ヴィオラの機嫌の良さそうな声を残して通話が切れる。

 シェリルはヴィオラへの憤りから思わず叫びだしてしまいそうな自分を必死になって抑えた。




 シェリルに呼び出されたナーシャが拠点の部屋に入る。

 部屋の中にはシェリル、アリシア、エリオの3人が待っていた。


 シェリル達は非常に深刻な表情を浮かべており、ひどく重く緊迫した雰囲気をまとっていた。

 ナーシャがその雰囲気をいぶかしみ、気後れしながらシェリル達の前まで行く。


「あの、ボス、話って、何ですか?」


 シェリル達が一度顔を見合わせる。

 そしてシェリルが非常に険しく真面目な表情を浮かべて、断言するように問う。


「単刀直入に聞くわ。

 アルナにアキラの情報を流したのは、ナーシャね?」


 ナーシャの表情が大きく変わった。

 余りにも雄弁な、返答の必要性を感じられない表情だった。


 それを見たシェリル達の表情が更に険しく重苦しいものに変わる。

 何かの間違いであれば。

 その細い希望はついえた。

 ナーシャは人柄も良く、仕事も真面目で、徒党の他の者達とも良い仲を深めていて、最近では軽い取りまとめなども任されるようになっていた。

 シェリル達はナーシャを信頼していたのだ。

 それだけに衝撃も大きかった。


「本当だったのかよ。

 ……入ってこい!」


 エリオが合図を出すと数人の子供達が部屋に入ってくる。

 そしてナーシャを取り囲もうとして、動揺で僅かに固まる。

 彼らは合図が出たら、アキラの機嫌を大きく損ねた可能性のある誰かを逃がさないように拘束しろ、とだけ伝えられていた。

 その誰かがナーシャだとは思わなかったのだ。


 少年達が戸惑いながらシェリル達を見る。

 そしてシェリル達の重苦しい様子を感じ取ると、少しつらそうな表情でナーシャを拘束した。

 ナーシャも抵抗しなかった。


 アリシアが両腕をつかまれて項垂うなだれているナーシャを見てかなしげな表情を浮かべている。


「……シェリル、それで、その、……どうするの?」


 アリシアはできればナーシャを助けたいのだろう。

 シェリルもその気持ちは分かる。

 だが下手にかばえば自分達もアキラに連座で処理されかねない。


 ナーシャがシェリル達の徒党に入った時に支払った金はアキラから盗まれたものだった。

 アキラがあれほどの殺意を見せた相手に情報を流して逃げる手助けをした。

 その時点でシェリルにはもうナーシャをかばえない。


 加えてシェリルはもう気付いているのだ。

 アキラが自分を助けた後にあの場に残ったのは、アルナを殺すためだったことに。

 アキラは人型兵器同士が交戦するような戦場に残ってまでアルナを殺したかったのだ。

 その殺意はどれほどか。

 その余波はどこまでか。

 アルナの逃走を手伝った者にも、それを防げなかった者にも及ぶのか。

 下手にかばった者にまで及んでしまうのか。

 それを想像してしまうと、ナーシャの擁護などとてもできなかった。


 シェリルは黙って情報端末を取り出した。

 そして覚悟を決めてアキラへ通話要求を投げた。


「シェリルです。

 お話があります。

 今、よろしいでしょうか?」


 場に緊迫した空気が流れる。

 皆の視線がシェリルに集中している。

 シェリルがアキラに自分達の不手際をびながら事情を説明する。

 その間、アキラはほぼ無言だった。

 驚きの声もなく、苛立いらだちの声もなく、相槌あいづちもなく、話を聞いているかどうかも怪しい沈黙を返し続けていた。


 ちゃんと聞いていますか、などど確認するわけにもいかず、シェリルはアキラの落ち着きようが、限度を超えた不機嫌によるものや、自分達を切り捨てたゆえの無関心ではないことを祈りながら話を続けていた。

 そして何とか説明を終えた。


「……そうか。

 分かった。

 今からそっちに行く」


「分かりました。

 お待ちしています」


 アキラと通話が切れた。

 シェリルが大きな緊張から解放されて息を吐く。

 アリシアが心配そうに尋ねる。


「……どうだったの?」


「……アキラが今からこっちに来るわ」


 シェリルはそれだけ答えた。

 ナーシャに助かる望みがあるかどうか。

 アリシアが聞きたかったのはその辺りのことだったのだが、シェリルの様子を見てから再度詳しく尋ねる気にはなれなかった。




 アキラがシェリル達のいる部屋に入る。

 ナーシャを取り囲むように立っていた子供達が巻き添えを恐れるように壁の近くまで離れていく。


 ナーシャは諦めた表情を浮かべていた。

 怖いとは思っているが、動揺を生み出すほどではなかった。

 シェリル達の徒党に潜り込んだ時からあり得ることだと覚悟していたからだ。


(ごめん。

 アルナ。

 私はここまでみたい。

 アルナだけでも無事でいて)


 ナーシャはアルナの身を案じながらかなしげな微笑ほほえみを浮かべた。


 アキラがナーシャの前に立つ。


「そいつがナーシャか。

 放せ」


 ナーシャの両腕をつかんで拘束していた者達も他の者達と同じように離れていく。


「付いてこい」


 アキラはナーシャにそれだけ言って部屋から出て行こうとする。

 この場で撃ち殺されると思っていたナーシャが困惑して立ち止まっていると、アキラが振り返った。


「腕や足をつかまれて力尽くで引きずられる方が良いのなら、それでも良いぞ」


 ナーシャが困惑したままアキラに付いていく。

 アキラはナーシャを連れてそのまま部屋を出て行った。


 そのり取りの蚊帳の外に置かれていたシェリル達は、どうすることもできずにアキラ達を見送っていた。

 アキラから叱責を受けることもなく放置され、困惑したまま立ち尽くしていた。




 ドランカムの拠点内でミズハが怒気で顔をゆがめている。

 その原因は通話相手だ。


「ヴィオラ。

 よく私に連絡を取る気になれたわね?」


 ミズハの怒りがにじんだ口調に対して、ヴィオラの口調は余りにも軽い。


「あら、私の仕事が御期待に添えなかった?

 貴方あなたからの依頼はほぼ完璧に達成したわよ?

 アルナは死んだ。

 行方不明ではなく死体も存在していて、実はどこかで生きているという可能性もない。

 死んだ理由はエゾントファミリーとハーリアスの抗争に巻き込まれたから。

 貴方あなたの関与が疑われる可能性は完全にない。

 何が不満なのよ」


 ミズハはとぼけるヴィオラに苛立いらだちながら、激情のままに声を上げないように注意する。


「ふざけないで。

 カツヤに情報を流してその抗争の場に飛び込ませるなんて、何を考えているの?

 カツヤが死ぬところだったのよ?

 私を敵に回すつもり?」


「ああ、それ?

 それに関しては私は無関係よ。

 私の仕事ではないわ」


「私がそんな話を信じると思っているの?」


「別に無理に信じろとは言わないわ。

 でも事実よ。

 それに私が敵に回すのは、人にしろ組織にしろ既に破滅が決まっているような相手よ。

 恨まれて復讐ふくしゅうたくらまれても面倒だからね。

 貴方あなたかドランカムのどちらかに、明日辺りに破滅する予定でもあるの?」


「ないわ」


「そうでしょう?

 それにカツヤを絶対に関わらせたくなかったのなら、しばらくの間少し離れた場所でのハンター稼業でも回しておくぐらいの機転は利かなかったの?

 私に仕事を依頼した以上、近いうちに何かが起こる。

 貴方あなたがその程度の予想もできないとは思っていなかったから、わざわざ助言はしなかったけど、それは私の失態かしら?

 まあ、ドランカムの都合もあるのでしょうけどね」


 ミズハが痛い所を突かれると僅かに顔をゆがませる。

 それをヴィオラの失態にしてしまえば、それはそのままミズハの能力不足を認めることになる。

 それを認めたくないために別の理由で反論する。


「……カツヤにはクズスハラ街遺跡での前線基地構築関連の仕事が既に割り振られているのよ。

 クガマヤマ都市からも評価されているわ。

 だから急に遠隔地の仕事を割り振るなんてできないのよ」


「そう。

 でもそれはそちらの都合。

 私に言われても困るわ」


 少しの間、互いの出方をうかがうような沈黙が流れる。

 その後に、根負けしたような、一歩引いたような口調でヴィオラの方から話を再開する。


「まあ、そちらの事情があるにせよ、私の仕事にそこまで不満を抱かれた以上、素直に報酬を受け取ったままというのも心苦しいわね。

 返しても良いわよ?

 条件付きでね」


「条件?

 言ってみなさい」


「あの日、カツヤはなぜアルナの居場所を知っていたのか、その情報を私に流してもらうわ。

 その情報料を支払う形で返すわ。

 情報の内容によっては更に上乗せしてもいいわ」


 ミズハが予想外の内容にかなり怪訝けげんな態度を取る。


「……どういうつもり?

 カツヤにアルナの居場所の情報を流したのは貴方あなたでしょう?」


「さっきも言った通り、違うわ。

 そっちの認識は知らないけど、私があの抗争の引き金として、乱入者として呼んだのはアキラってハンターだけよ。

 アルナの居場所の情報を流した相手はアキラだけ。

 カツヤには流していないわ。

 その周囲の人間、カツヤにそれを伝える可能性がある人にもね。

 それにもかかわらずカツヤがあの場に割り込んできた所為で、私の予定も狂ったの。

 その結果、私はアキラに撃たれて入院中。

 この通話も病室からよ」


「本当に?」


「見舞いに来るなら歓迎するわ」


 疑うのなら確認に来い。

 ミズハはヴィオラの言葉から彼女が入院したということに対しての疑いを緩めた。

 それに引きずられて、ヴィオラはカツヤに情報を流していないということへの疑いも半信半疑まで緩んでいく。


 そこにヴィオラが更に続ける。


「当初の予定なら私が入院する羽目になることもなかった。

 だから私も私の予定を狂わせた何かを、カツヤがアルナの居場所を知った理由を知りたいのよ。

 勿論もちろん私も調べるつもりよ。

 でもドランカム内部のことは貴方あなたの方が調べやすいでしょう?

 カツヤに直接話を聞くとしても、貴方あなたの方が自然で簡単だわ」


 私怨を匂わせるヴィオラの口調に、ミズハが更に疑いを緩める。


「……本当に、カツヤに情報を流していないの?」


「流してないわ。

 私にも情報屋としての信用がある。

 取引相手に誤った情報を渡したりはしないわ。

 私の情報は正しい。

 だから皆、私の評判を知っていても私から情報を買うのよ。

 それは貴方あなたも知っているでしょう?」


 ミズハが思案する。

 ヴィオラは断片的な情報に恣意的な意見を加算して流すことはあっても、誤った情報を流すことはない。

 情報そのものは正確なのだ。


 分かれ道の右にわながあって怪我けがをする危険があると聞かされる。

 ある者がそれを信じずに右に行くと、確かにわながあって怪我けがをする。

 信じて左に行くと、もっと危険なわながあって大怪我けがをする。

 別の者が信じて右に行き、わなを回避して安心していると、左に行けば得られた利益をヴィオラがかすめ取ってほくそ笑んでいる。


 正しい情報で人を操る。

 それもヴィオラの質の悪さだ。

 ミズハもそれは知っていた。

 ならば少なくともカツヤにアルナの居場所の情報を流していないことだけは事実だ。

 そう判断した。


「分かったわ。

 どちらにしてもドランカムでも調査はする。

 その結果を貴方あなたにも渡す。

 それで良いわね?」


「取引成立ね。

 助かるわ。

 ああ、もう情報料は振り込んであるから確認してちょうだい。

 上乗せ分は調査結果をもらった後よ。

 それでは、失礼するわ」


 ヴィオラとの通話が切れる。

 ミズハが口座を確認すると、確かに既に振り込まれていた。

 自分は必ずこの話を受ける。

 ヴィオラにそう読み切られていたことに少々不快感を覚えたが、それもすぐに別の思考に流された。


 ヴィオラの仕業ではないとしたら、カツヤはどうやってアルナの居場所を知ったのか。

 ミズハはカツヤを死地に向かわせた何かに怒りを覚えながらすぐに調査を開始した。

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