第136話 シェリルの事業

 アキラが真っ白な世界にいる。

 夢を見るたびに前にも似たような夢を見たことに何となく気付いているが、目覚めた時には忘れてしまう。

 その時に浮かんだ疑問と一緒に。


 アキラはぼんやりとした意識で何かを話し合っている2人のアルファを見ていた。


 アキラに近い方のアルファが少し不機嫌そうに尋ねている。


「もう少し何とかならなかったの?」


 遠い方のアルファが気にした様子もなく答える。


「そちらと異なりこちらには許可がない。

 って外部要因による誘導にも限度がある。

 私としてはこちらとは異なり許可のあるそちらの誘導に期待したいのだがね」


「こっちにもいろいろあるのよ」


「そうか」


「そうよ」


 アルファ達はしばらくお互いを黙って見ていたが、近い方のアルファが軽くめ息を吐いて話す。


「まあ良いわ。

 それで、そっちはどうして急に方針を切り替えたの?」


「当初の予定では、周囲の人間が少数であるほどにこちら側の個体の補正を強くして、かつ周囲の人間が死傷した場合により強く補正を掛けることで、個体及び周囲の認識に偏りを促し、こちらの個体を孤立させるように仕向けていた。

 だが個体の特異性の影響度を考慮し直した結果、個体を孤立させることも、目立たせないことも、現実的ではないと判断し直した。

 よって、方針を切り替えることにした。

 基本的には今までの逆となる」


「大丈夫なの?」


「これも試行だ。

 成功にしろ、失敗にしろ、有意義なデータとなる。

 そちらとの比較にもなる」


「そう。

 好きにすれば良いと思うけれど、こっちの邪魔はしないで。

 共倒れは御免よ」


勿論もちろんだ」


 アキラの意識が薄れていく。

 世界が真っ暗になり、夢が終わろうとしている。

 消えかける意識の中で、アキラは朧気おぼろげな姿の誰かに気付いた。

 気のせいかもしれないが、アキラはその誰かににらまれているような気がした。




 アキラが目を覚ました。

 アルファが微笑ほほえんで挨拶する。


『お早う。

 アキラ』


「ああ。

 お早う。

 ……」


 ベッドから身を起こしたアキラが気懸かりがあるような表情でアルファを見る。

 アルファが不思議そうに尋ねる。


『どうかしたの?』


「……いや、また夢でアルファを見たような……」


『それは光栄ね』


「アルファが一人じゃなかったような……」


 アルファが不敵に悪戯いたずらっぽく微笑ほほえむ。


『あら、私が一人だと足りないの?

 増やしましょうか?』


 アルファがアキラの視界を拡張する。

 部屋の中に無数のアルファの姿が現れる。

 圧迫感を覚えるほどの多数のアルファが多種多様な服を着て同じ顔で同じ微笑ほほえみをアキラに向けていた。


 アキラが嫌そうな表情で答える。


「止めてくれ。

 一人で十分だ」


『そう?

 それはそれでうれしいわ』


 アキラの視界が元に戻る。

 アキラがアルファの悪戯いたずらにやや不服そうな表情を浮かべる。

 アルファは気にせずに微笑ほほえんでいた。


 アキラの頭の片隅に僅かに残っていた引っかかりは、今の出来事で消えせてしまった。




 クガマヤマ都市のスラム街を3人のハンターが歩いていた。

 多少装備の質にばらつきはあるが、一緒にいて不自然なほどではない。

 そこらのハンター崩れではないが、目立った実力があるようにも見えない、有り触れたハンター達だ。

 そのハンター達、コルベ、ハザワ、レビンは、そこそこ装備を整えた上で、別に荒野に向かうわけでもなく、スラム街を歩いていた。


 レビンがコルベに怪訝けげんそうな表情で尋ねる。


「それで、俺達はいつまでこの辺をうろうろしていれば良いんだ?」


 コルベがレビンに答える。


「落ち着けって。

 ものには順序ってのがあるんだ。

 お前の頼みでわざわざ付き合ってやってるんだぞ?

 お前の面倒な相談を引き受けてやってるんだ。

 上手うまく行ったら、今日の夜はお前のおごりだからな」


 レビンがやや押され気味になりながら答える。


「ああ、分かってる。

 だからどこに向かっているのかとか、何を探しているのかとか、それぐらいは教えてくれても良いだろう。

 上手うまく行ったら飯でも酒でも女でも好きにおごってやるよ。

 でもその代金は俺の頼みが、お前の策とやらが上手うまく行かないと払えねえんだ。

 それぐらい分かってるんだろう。

 頼むぜ、本当」


 コルベが笑って答える


「ああ。

 分かってるって。

 俺も知人の借金を取り立てるのは余り気が進まない。

 まあ、いよいよとなれば別だがな」


 コルベの笑みは、いよいよとなれば本当に容赦をしないとレビンに告げていた。

 レビンが嫌そうに表情をゆがめた。


 ハザワが少し不思議そうにレビンに尋ねる。


「レビンの借金って、確かカツラギって商売人に40万オーラムぐらい立て替えてもらったってやつだろう?

 コルベは関係ないんじゃないか?

 第一、40万オーラムぐらいなら、レビンならしばらく稼げば何とかなるだろう。

 まだ返してなかったのか?」


 レビンがハザワに少し言いにくそうに答える。


「……400万オーラムだ」


「はっ?」


「……その内の200万オーラムは、コルベのところから借りている」


 ハザワが驚きと軽いあきれの混ざった表情を浮かべてレビンを見る。

 コルベは苦笑している。

 レビンがわざとらしく視線をらした。

 ハザワがレビンに尋ねる。


「お前、何やってんの?」


 ハザワのもっともな疑問に、レビンが逆ぎれに近い形で返事をする。


「俺だってこんなことになるとは思わなかったんだよ!」


 レビンが事情を知らないハザワに説明を始めた。


 カツラギから40万オーラム借りた時、レビンは契約内容をしっかり確認したつもりだった。

 契約内容は安い金利で明示的な返済期限もない一見良心的な内容だった。

 何か裏があるのではないかと疑って必死に契約書を確認したのだが、それらしい記述は見つからなかった。


 強いて言えば、返済が完了するまでカツラギの店で装備や弾薬を購入することや、旧世界の遺物を優先的に売却することが推奨されていることぐらいだ。

 それも強制ではない。

 カツラギの店を優先的に、あるいは独占的に利用し続けるかぎり、金利や返済期限をいろいろ考慮する。

 そのような内容だった。


 後はハンターが借金をする時によくある契約の条文が続いていた。

 勝手に余所よその都市に移動するなとか、都市でくすぶっていないでちゃんと稼いでこいとか、遺物を探しに行く遺跡を指定するとか、そういったものだ。

 要は借金を背負ったハンターが逃げ出さないようにするための縛りである。


 契約時、カツラギは人の良さそうな笑顔でレビンに言った。

 俺は金利でもうけるつもりなんて欠片かけらもない。

 だから返済が終わるまで自分の店を御贔屓ひいきに頼む。


 レビンはカツラギが自分に金を貸した理由を、顧客獲得の販売促進の一環だと認識した。

 そして納得して契約書にサインをしたのだ。


 問題はレビンが再び旧世界の遺跡に向かおうとした時に起こった。

 カツラギがレビンとの契約を元にして、対象の遺跡を指定したのだ。


 カツラギが指定した旧世界の遺跡は、レビンの装備では少々手に余る場所だった。

 レビンは自分の装備を理由にして何とか断ろうとしたのだが、カツラギは逆により良い装備の購入を勧めてきた。


 俺もお前に死なれたら困るから代金は後で良い。

 カツラギはそんなことを言いながら、言葉巧みにレビンを説得した。

 より良い装備が欲しいのはレビンも一緒だ。

 レビンはその話に乗った。


 レビンはカツラギから新しい装備を買い、旧世界の遺跡に向かい、遺物を手に入れて帰還し、遺物をカツラギに売却した。

 その金は全て返済に回され、レビンの借金の総額は減らずに増えていた。

 カツラギに勧められるままに手に取った装備品の数々は、レビンの予想を超えて高額だったのだ。


 後はその繰り返しだ。

 カツラギの店で武器弾薬を購入し、カツラギが指定する遺跡に向かい、遺物をカツラギに売却し、レビンの借金が増えるのだ。

 カツラギが指定する遺跡は、レビンの実力ではより良い装備と大量の弾薬がなければ帰還が難しい場所ばかりだ。

 しかもカツラギが勧める装備さえあれば、十分帰還できる難易度の遺跡ばかりだった。


 レビンは仕方なくより良い装備をカツラギから購入し続けることになった。

 カツラギの指示を無視すれば、契約によって金利や返済期限の考慮がなくなり、瞬く間に装備品を差し押さえられて、借金を返すために装備無しで遺跡に向かう羽目になるからだ。


 レビンは一度、手に入れた遺物を別の買い取り業者に売ろうとした。

 だが運悪くそれをカツラギに見つかってしまい、一部の債権を別の金融業者に流されてしまった。

 借金持ちのハンターを食い物にしようとする者は多い。

 債権の流れた先がコルベのところだったのはただの幸運ではなく、レビンがコルベに必死に頼んで何とかしてもらった結果だ。

 その手間賃は当然ながらレビンの借金に加わった。


 レビンが項垂うなだれながらハザワに話す。


「俺は今、カツラギの店で装備や弾薬を買い、カツラギの店に遺物を売却する機械と化している。

 何とかしないと不味まずいんだ」


 コルベが笑いながら話す。


「だがその代わりにお前の腕と装備はどんどん充実してるんだ。

 お前がめられたことに違いはないが、良い契機だったんじゃないか?

 お前のことだ。

 どうせ手持ちの金があったとしても、すぐに酒と女に使っちまって、装備品を買う金なんかめられないだろう」


 レビンが声を荒らげて必死に反論する。


「それで借金まで充実させられるのは御免だ!

 契約で遺物の売却先までカツラギに押さえられているんだ!

 相場の下限ぎりぎりの額で買い取っているに決まってる!

 何とかするんだよ!」


 心境を吐き出して我に返ったレビンは頭を抱えてめ息を吐いた。

 愚痴を言っても状況は改善しない。

 何とかしなければならないのだ。


 自分はこうはなるまい。

 ハザワがそう心に決めながらコルベに尋ねる。


「それで、コルベはどうするつもりなんだ?

 さっきからスラム街を彷徨さまよっているだけだが、どこかに押し入ろうってわけでもないんだろう?

 そのまさかなら俺は御免だぞ」


「まあもうちょっと待てよ。

 俺も伊達だてに都市に引きこもっているわけじゃないんだ。

 策としては悪くないはずだ」


 コルベは以前モンスターに食い殺されそうになったことが心的外傷となり、都市から余り出ずに済む金融業者からの依頼を副業にしている。

 ハンターが荒野に出ずに金を稼ぐ手段には詳しいのだろう。


 しばらくスラム街を彷徨うろついていたコルベ達が、ようやく目的の場所に辿たどり着く。

 そこはスラム街の一画でシェリル達が縄張りとしている場所だった。


 道端でシェリルの徒党の少年が露店を開いている。

 スラム街の住人が売れそうな物を拾ってきて道端で売るのは珍しくない。

 コルベが探していたものはそれらの露店だった。

 コルベ達は露店に近付いて品物を見る。


 店番の少年が品物を見るコルベ達に話しかける。


「買わないか!

 全部旧世界の遺物だぞ!」


 レビンが軽く売り物を見た後で答える。


「……何が旧世界の遺物だ。

 どこで拾ってきたのかは知らんが、がらくたばっかじゃねえか。

 下らないうそを吐くな」


 少年がむっとして反論する。


うそじゃない!

 ちゃんと旧世界の遺跡から持ってきたんだ!」


「どこの遺跡だ?

 本当なら遺跡の名前を言ってみろ」


 レビンがそう尋ねられた少年が言葉に詰まった。

 レビンが嘲笑気味の笑みを浮かべる。


 店番の少年が近くにいる別の少年に尋ねる。


「……あそこ、何て名前の遺跡だっけ?」


 そう尋ねられた少年は、販売担当の少年とは異なり、れ見よがしに銃を装備していた。

 一応警備のような役割なのだろう。

 その少年が答える。


「確か、ヒガラカ住宅街遺跡だ」


 販売担当の少年が得意げに答える。


「ほら!

 遺跡だぞ!

 ヒガラカ住宅街遺跡だ!」


 レビンがあきれの混ざった笑みで少年に話す。


「ヒガラカ住宅街遺跡は大分前に値の付く遺物を取り尽くされて、ハンターから放置されている遺跡だ。

 あの遺跡にまだ残っている遺物に大した価値はねえよ。

 がらくただ」


 販売担当の少年が再びむっとして反論する。


「旧世界の遺物に違いはないだろう!

 遺物は遺物だ!

 ……買う気がないならどっか行けよ」


 ハンター相手に強気に出て怒りを買うのは得策ではない。

 販売担当の少年がそれを思い出して意気を弱めた。


 コルベがレビンをなだめながら話す。


「まあ、落ち着けって。

 ちゃんと見てみようぜ。

 掘り出し物が有るかもしれないだろう?」


 コルベ達が露店の商品をじっくり品定めする。

 しかしどれも安物で、コルベ達の目にまるようなものはなかった。

 コルベが少年に尋ねる。


「本当に安物ばっかりだな。

 もっと高値のやつを隠していたりはしないのか?」


「……そんなもの、こんな場所で売るわけないだろう。

 盗まれたらどうするんだよ。

 あったとしても、気前の良い客にしか見せねえよ。

 冷やかしに来るようなやつには尚更なおさらだ」


「なるほど」


 コルベが販売担当の少年をじっと見る。

 少年は威圧されたように少し身を引いた。


 少年の反応を確認した後で、コルベが笑って少年に尋ねる。


「ここにあるもの全部で幾らだ?」


「えっ?」


 販売担当の少年は戸惑いながらコルベと売り物に視線を彷徨さまよわせ、警備の少年に視線を送った。

 警備の少年が代わりに答える。


「8000オーラムぐらいだ」


「買おう。

 ほらよ」


 コルベがそう言って1万オーラムを販売担当の少年に渡す。

 少年は戸惑いを強くしてそれを受け取った。


 コルベがどことなくすごみのある笑みで話す。


「釣りは要らん。

 さあ、これで気前の良い客になったぞ?」


 販売担当の少年はおろおろしている。

 警備の少年がそれを見てめ息を吐いて、代わりに答える。


「分かったよ。

 こっちだ。

 その前に、買った物はちゃんと持って帰ってくれ。

 買った以上、そっちの意思で捨てるのはそっちの勝手だが、ここに捨てないでくれ。

 買った物を買った店で捨てるやつは、気前が良くても客じゃねえ」


 コルベは軽く笑って答える。


「了解だ。

 ああ、そうだ。

 お前の名前は?」


「……ティオルだ」


 ティオルは無愛想に答えた。


 コルベ達がティオルの案内でスラム街を進んでいく。

 その途中でコルベがティオルに尋ねる。


「なあ、さっきは何であんなことを言ったんだ?」


 ティオルが少し考える素振りを見せてから答える。


「別にあの遺物が欲しくて金を払ったわけじゃないだろう。

 要らないなら捨てていく気がしただけだ。

 そんなことを繰り返されたら困る。

 自分で客を呼んでおいて、客が金を払って商品を持って帰ろうとしたら嫌な顔をする。

 そんな子供がいたら腹が立つだろう?」


 コルベが笑いながら話す。


「確かにな。

 それ、自分で判断したのか?」


「いや、ボスの指示だ」


「そうか。

 指示に従わずに俺達が捨てた商品を確保しておけば、ちょっとした小遣いになったんじゃないか?

 お前達にはそれなりの金だろう?」


 ティオルが少し表情を険しくさせる。


「ボスの指示に逆らって徒党から追い出されるのは御免だ。

 変なことを言わないでくれ」


「悪かった」


 コルベはティオルの後に続けて歩きながら思う。


(ある程度の統率は取れているわけか。

 ボスの力は大きいようだな)


 コルベはティオルが所属している徒党の状態を確認して不敵に笑った。


 コルベ達はスラム街の裏路地を進んでいく。

 しばらく進むとティオルが比較的大きめな建物の裏口の前で立ち止まった。


 ティオルが裏口の扉をたたいて中の者を呼び出す。

 そして来客を伝えて扉を開けさせた。


 建物の中に入ったティオルがコルベ達を中に招く。

 それにコルベが続く。

 だがレビンとハザワは顔を見合わせて中に入るのを躊躇ちゅうちょした。


 旧世界の遺跡も危険だが、スラム街の知らない建物の中も別の意味で危険な場所だ。

 そこで敵対する可能性のある相手はモンスターではなく同じ人間だ。

 モンスターはモンスターで危険だが、人間は人間で危険なのだ。


 建物の中に入ったコルベがレビン達を呼ぶ。


「何やってるんだ。

 早く来い。

 もう入場料を支払ったんだ。

 尻込みすんなよ。

 ハザワはも角として、レビン、お前は今から帰って借金をどうする気だ?」


 借金返済を指摘されたレビンが覚悟を決めてコルベに続く。

 ハザワも後に続いた。


 コルベ達はティオルに案内されて建物の一室に通された。

 比較的大きめな部屋の中には、白いシーツがかぶせられたテーブルや棚が幾つもあり、その上に様々な旧世界の遺物が置かれていた。

 遺物の近くには値段の書かれた紙が立てられていた。

 壁も白いシーツで覆われており、天井からも白いシーツがり下げられていて、部屋全体が白で装飾されていた。


 その部屋の中央にシェリルが立っている。

 着ている服は以前アキラに仕立て直してもらった極上品だ。

 貴重な旧世界製の衣服を遺物としての価値を潰してまでシェリル専用に仕立て直した服は、シェリルの美貌を格段に引き上げていた。


 素人目にも高価であることを理解させる衣服。

 その衣服に似合ったたたずまい。

 どれもスラム街には明らかに場違いな存在だ。

 防壁の内側の人間と紹介されても疑うのは難しい。

 レビンとハザワが上流階級の雰囲気を漂わせている美少女を見て驚いていた。


 シェリルが気品すら漂わせて、恭しく礼をする。


「いらっしゃいませ。

 ようこそ、お越しくださいました」


 シェリルは自身の美貌を一層効果的にする微笑ほほえみを浮かべてコルベ達を迎え入れた。




 コルベ達は気付いていなかったが、部屋にはシェリルだけではなくアキラもいた。

 アキラは天井から垂れ下がっている白いシーツの裏に隠れていた。

 シェリルに頼まれて警備をしているのだ。


 アキラはコルベ達を接客するシェリルと、シェリルの雰囲気に飲まれているコルベ達の様子をシーツの隙間からこっそり見ていた。

 コルベは一応平静を保っていたが、レビンとハザワはかなり気後れしていた。


 シェリルが愛想良く接客を続けていると、レビンとハザワのシェリルに対する態度がどんどん好意的なものに変化していく。

 アキラはその様子を少し怖く思いながら見ていた。


 アキラがヒガラカ住宅街遺跡でのことを思い出してアルファに話しかける。


『確か、ヒガラカ住宅街遺跡でもこんなことがあったな』


『あったわね。

 あの時の相手はデイルってハンターだったわ』


『ああ。

 シェリルと話している内にシェリルに対してどんどん好意的になって、貴重な情報をたっぷり自分から話し始めていた。

 シェリルから止めるぐらいいろいろしゃべってた』


『相手から好意的に捉えられる話術や、ちょっとした仕草や視線、表情とか総合的に駆使しているのよ。

 話も仕草も全て意図的に、相手の反応を常に確認しながら最適な態度を取り続けているのだと思うわ。

 シェリルは美人だし、その上で容姿を際立たせる高級そうな服も着ているし、営業と分かっていても悪い気はしないでしょうね。

 少しずつ、確実に相手を取り込んでいるのよ』


 アキラがアルファの説明を聞いて尋ねる。


『なあ、念のために聞くけどさ、それって、俺もか?

 俺もシェリルに取り込まれているのか?』


 傍目はためから見た自分の行動も実は大して違いはないかもしれない。

 シェリル達の徒党の後ろ盾になったり、高い服を贈ったりしている。

 自分は無意識にシェリルに好かれるためにシェリルの機嫌を取ろうとしているのだろうか。

 アキラはそんなことを考えた。


 アルファが笑って答える。


『大丈夫だと思うわ。

 確かにアキラはシェリルをいろいろ助けているけれど、アキラの気紛きまぐれや、アキラにも利益のある話がほとんどよ。

 少なくとも私にはアキラがシェリルの御機嫌取りをしているようには見えないわ』


 実際には、シェリルの方が全力でアキラの御機嫌取りをしている。

 アキラとシェリルの力の差や、アキラのゆがんだ対人感のために、シェリルの努力が余り実を結んでいないだけだ。


 アキラが安心したようにうなずく。


『そうか』


 アルファが少し妖艶に微笑ほほえみながら続けて話す。


『ちなみに、私もアキラを取り込もうと頑張っているつもりよ?

 だから私にしてほしいことがあったら何でも言ってちょうだいね?

 私の容姿は服も体も自由自在だから、視覚情報で済む話ならたっぷり最高に楽しませてあげるわ』


『……それはどうも』


 アキラは照れ隠しをするようにアルファから視線をらした。




 コルベ達が売り物である旧世界の遺物の目利きをしている。

 白いシーツの上に並べられている旧世界の遺物は、確かに外の露店にはとても置けない高値の遺物だ。

 コルベは遺物と値段の書かれた紙を見比べている。

 コルベの感覚では、相場より高値の値段が付けられているように思える。


 コルベがシェリルに聞こえるようにつぶやく。


「……品は悪くないが、正直高いな」


 シェリルが笑顔を絶やさずに答える。


「先ほど説明いたしましたように、それは即決価格ですから。

 値段交渉を御希望で御座いましたら承ります。

 出品者との交渉は私どもを通した間接的なものに限らせていただきますが」


「ああ、希望の値段を書き込むやつだな。

 いや、今のところは大丈夫だ」


 並べられている旧世界の遺物は、シェリル達が出品者から預かって販売の代行をしていることになっている。

 販売形式はオークションに近い。

 欲しいが即決価格で買う気にはならない場合、希望の値段を提示するのだ。

 出品者がその価格で了承すれば売却となる。

 了承しなければそのままだ。

 出品者が即決価格を下げるまで待つか、諦めることになる。


 正確にはシェリルが多数の出品者を装ってそれらしいことをするだけだ。

 出品者はアキラとカツラギの二人だけで、その扱いをシェリルに一任しているからだ。


 売り物であるこれらの旧世界の遺物は、アキラがカツラギに売却しなかった物や、品ぞろえの見栄えを良くするためにカツラギの伝で借りてきた物などだ。

 値札に記されている価格はカツラギの買取り額を基本にしている。


 売り物に借り物が混ざっているが、その値段で売れたのならばカツラギに損はない。

 アキラは値段交渉に関わる気はない。


 高値で売却すればシェリルの取り分も、アキラへの支払いも増えることになる。

 シェリルは可能な限り値段をり上げるつもりだ。


 オークションを模しているのは、シェリルには遺物の相場の値段などよく分からないからだ。

 取りあえず相場を調べはしたが、遺物の売却に関しては素人に近い。

 オークションに近い形式にすれば自然にそれらしい価格になるだろう。

 シェリルはそう考えたのだ。


 コルベがシェリルを探るように尋ねる。


「しかし、やっぱりどれも相場より高いと思うぞ。

 こんな値段だと誰も買わないんじゃないか?」


 シェリルが欠片かけらの動揺もなく普通に微笑ほほえみながら答える。


「そうかもしれませんね。

 出品者も実は売る気などないのかも知れません。

 何らかの理由で遺物を手元に置くことができず、かといって正規の買取り業者に売りに行くこともできず、急場しのぎの保管庫代わりにしている可能性もあります。

 例えば出品者にかなりの借金があって、借金取りに馴染なじみの買取り業者を見張られていて、別の買取り業者を探している最中なのかもしれません。

 あるいは馴染みの業者の遺物の買取り価格が信用できなくなってしまい、取りあえずかなり強気の値段で出品したのかもしれません。

 その値段で売れればそれで良し。

 たとえ売れなかったとしても、普段の買取り価格より高い金額での交渉を試みる方がいらっしゃれば、普段の買取り業者との値段交渉の材料にもなるでしょうから」


 シェリルはコルベを見つめて微笑ほほえみながら、逆にコルベを探るようにそれらしいことを話してみた。

 コルベは内心を見透かされたような錯覚を覚えたが、何とか平静を保ち続けた。


 シェリルが笑みを絶やさずに続けて話す。


「出品者の意図は分かりませんが、私どもの仕事がお預かりした遺物を可能な限り高額で販売することに違いはありません。

 私どもが勝手に値引きをしてしまえば、その差額を私どもが負担することになります。

 そういう訳ですので、私と交渉を試みても値引きすることはできませんよ?」


「それは残念」


 コルベは冗談交じりにそう答えて苦笑した。

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